書籍詳細
旦那様はエリート外科医~抑えきれない独占愛欲で懐妊妻になりました~
あらすじ
「俺のものだってしるし、たくさんつけさせて」極上ドクターの滾る情熱で赤ちゃんを身ごもって…!
敏腕ドクターの啓佑と結婚して幸せに過ごす実織だが、実は彼に言えないある悩みが…。そんな折、二人の始まりが契約結婚だと知った後輩が、実織に急接近&アプローチ!?独占欲を煽られた啓佑は、冷静さを失って実織を激しく求め…。「俺のだってしるし……たくさんつけさせてもらうよ?」実織の妊娠が発覚すると、啓佑の溺愛はますます加速して…!
キャラクター紹介
黛 実織(まゆずみ みおり)
素直で頑張り屋な看護師。憧れだった医師・啓佑と昨年結婚。職場では旧姓の「倉橋」で働いている。
黛 啓佑(まゆずみ けいすけ)
実織の夫で外科医。執刀医として優秀な上、穏やかな性格と麗しい容姿で患者や同僚からも絶大な人気がある。
試し読み
「倉橋先輩」
とんとん、と肩を叩かれ、名前を呼ばれる。
「見つけた、ここにいたんですね」
振り返った先でうれしそうに微笑んでいたのは――
「時村くん……」
私を『倉橋先輩』なんて呼ぶのは時村くんくらいなものなのに、すぐには誰なのかわからなかった。病院でのスクラブ姿の彼しか知らなかったから、スーツ姿が新鮮だ。
「ごめん、全然気付かなかったよ。いつもと雰囲気違うから」
「スーツなんて大学の卒業パーティー以来かもです。着慣れてないのバレちゃってますよね」
「ううん、似合ってるよ」
ブラックのスーツに、淡いグリーンのシャツ。それにスーツと同色のブラックのネクタイを合わせていて、シックななかにもかわいらしさが感じられる。むしろ着慣れているように思えるくらいだ。
「先輩に褒められると、着てきた甲斐がありますね」
私の言葉に、時村くんは照れたように笑った。
「……先輩の旦那様、大人気ですね」
私を挟んだ向こう側で行われている、女性同士の火花散る戦いを目にした時村くんが、いっそ感心したようにつぶやく。
「そうみたいだね」
私ももう一度、そちらに視線を飛ばしてみる。さっきまでは五、六人の輪だったのに、さらに拡大して十人程度の集団に成長しつつあった。……啓佑さんって本当にモテる人なんだな。今さらながら実感する。
「大変ですね」
「でも去年もこうだったから、予感はしてたんだよね。しばらく続くと思う」
質問が一通り出尽くすまでは状況は変わらないだろう。私は彼に同調して苦笑する。すると、お馴染みの時村くんスマイルが発動。
「暇を持て余してるなら、付き合ってくださいよ。僕、だいたい挨拶が済んでしまって、居場所がなくて」
啓佑さんが落ち着くまで、どこかで時間を潰さなければと思っていた私にとっては悪くない提案なのかもという思いが、ほんの少し過った。けれど。
「……ごめん。それはちょっと」
「僕と一緒にいると、変な噂に拍車がかかるから、って理由ですか?」
申し訳ないと思いつつも、私がうなずく。
「……やっぱり、誤解を与える行動は慎むべきかな、と」
私にその気はなくても、周りがどう見るかはわからない。なら、脇が甘いと取られる行動は取るべきではない。
「黛先生も一緒ですし、そう思うのはわかります。でも、契約結婚の話、誰かに知られちゃってもいいんですか?」
「っ……」
周りに聞こえないように、吐息混じりの囁き声で訊ねられる。その条件を出されると、毎回飲まざるを得ないのを、彼は知っている。
「人目が気になるならあっちに行きましょう。屋根がないからか、人が少ないですよ」
時村くんはテラスのほうを指さして歩きはじめた。必ず私がついてくると信じているような歩調だ。
「あっ、時村くんっ」
「こっちであたしたちと一緒に飲もうよ~」
途中のテーブルで、若々しい女の子たちのグループに声をかけられる。
「ごめん、またあとでね」
けれど彼は片手で謝るポーズをして、通り過ぎてしまう。
「……呼ばれてるけど、いいの?」
「いいんです。先輩といるときは、先輩が最優先って決めてますから」
あの子たちも、確か新卒看護師だった。時村くんがすぐにやってこないと知った彼女たちの表情は寂しそうに見えた。普段、仲良くしている子たちなのだろうか。
彼と接する機会は多いけれど、他の看護師との交友関係を意外に知らない。というか、あまり誰かと一緒にいるところを見かけない気がする。
……それくらい、常に私の傍にいる、ということかもしれない。
テラスに出た時村くんは、そこにあるベンチの前に私を促した。
見覚えのある、華奢な造りの木のベンチは、まさに一年前、私と啓佑さんが座ったものだ。
「お酒、なにかもらいましょう。なに飲みますか?」
側を通りかかったウェイターを呼び止めて、時村くんが私に訊ねる。
「あの……オレンジジュースをください」
お酒は嫌いじゃない。啓佑さんがワインが好きなこともあって、結婚してからはシャンパンやワインを多少は飲めるようになったし、最初の一杯くらいはお酒にしておこう……とも思ったのだけど、疲れのせいかお酒を飲みたいという気持ちにはなれなかった。
「僕も同じものを」
「かしこまりました」
ウェイターが私と時村くんにオレンジジュースの入ったロンググラスを手渡して、その場を離れる。
「乾杯しましょう。ってことで、倉橋先輩、ひと言お願いします」
「えっ、私が?」
グラスを持つのとは逆の手て、自分を指し示して訊き返した。時村くんがすかさずうなずく。……ひと言って、急に振られても。
「……じゃ、今後ともよろしくお願いします」
「はい、お願いします」
なんともベーシックな台詞になってしまったけれど、グラスを掲げて乾杯した。
おいしい。オレンジジュースの爽やかな酸味が心地いい。
時村くんがベンチに腰を下ろしたので、私もそのとなりに腰かける。
あまりくっつきすぎないように、こぶしひとつ分以上の間が空くようにしつつ、さりげなく周囲を見回した。……こちらに注目している人はいなさそうで、安心する。
「お酒苦手なんですか?」
手のなかのグラスを視線で示して、時村くんが訊ねる。
「ううん。体調がいいときは飲んだりするよ」
「じゃあ今日はいまいち?」
心配そうに眉を顰める彼に、首を横に振る。
「あ、ううん。その、疲れが溜まってるのかな。大したことないんだけど」
「無理しないで、身体大事にしてくださいね」
「ありがとう」
新年度に入ってもうすぐ三ヶ月。そのうち身も心も今の環境に適応してくれたらいいのだけど。
「……そういえばさっきの話ですけど、僕のほうがおどろきましたし、見違えました」
「なんの話かな?」
彼のほうを向いて訊ねると、私の頭からつま先までを改めて観察するような視線を向け、時村くんスマイルを浮かべた。
「先輩、かわいい。すごくかわいいです。今日のドレス、すっごく似合ってます」
「そんな、大げさだよ」
いつも学生と間違われるほど幼く見える私が、大人っぽい格好をしているから珍しく感じるのだろう。私が笑うと、彼は大きく首を横に振る。
「そんなことないです。本当にかわいい。僕の奥さんだったらいいのになって思うくらい」
やや勢い込む様子は、お世辞を言っている風には見えなかった。ということは、心からそう思ってくれている、ということだろうか。
「あ、ありがたいけどそんなに褒められると恐縮しちゃうよ。私なんて全然――」
と話を続けようとして、ブレーキをかける。
「……どうしたんですか?」
「あ、ううん。その……『私なんて』って言葉は使っちゃいけないって言われてるの、思い出して」
「ふうん。黛先生からですか?」
「……うん」
なぜか言い当てられてしまう。時村くんの前だから、敢えて啓佑さんの名前は出さないようにしたのに。
私は自分に自信がない性質だから、ついくせで使ってしまうのだけど――
『「私なんか」って言い方、俺は好きじゃないな』
『実織はかわいいし、いいところをたくさん持ってる。看護師としても、女性としてもね。だから、もっと堂々としていてほしい』
いつか、啓佑さんにそう言われてから、自分を卑下する言葉は使わないようにしようと決めたんだった。まだこうやってぽろっと出てしまうこともあるけれど、意識するだけでもだいぶ回数は減ったように思う。
……あのときはうれしかったな。女性としての自分を評価してくれたのは、啓佑さんが初めてだったから。好きな人にそう思ってもらえるなんて、幸せでいっぱいだった。
「大事にされてますね」
「ありがたいことにね」
「でも本当にそうなんですかね」
オレンジジュースを呷った彼の台詞が皮肉だったことに、そのときやっと気が付く。かわいらしい童顔に、やや苛立ちが滲んでいる。
「黛先生、さっきすごい勢いで看護師に囲まれてましたけど……ああいうの、いやだと思わないんですか? 俺なら黛先生にチクリと言っちゃうかもです。『よそ見しないで』って」
「先生はよそ見してるわけじゃないよ。突き放すようなこと言っても角が立つってわかってるから、穏便に対応してるだけで」
看護師さんたちとの関係も大切だ。啓佑さんが悪いわけではなく、お仕事を上手く回すためにも必要なこと。私は、自分を納得させるみたいにそう言った。
「――とはいえ、気にならないと言えばうそになるけど……先生のこと信じてるから、私は大丈夫」
本音を言えば……なにかのきっかけがあれば他の人に心変わりされてしまうことも、あり得るのかもしれないし、それを横で黙って見ているしかないのもつらい。
弱気に押された私は首元を飾る、ダイヤのネックレスに触れた。これを彼が贈ってくれたときにかけてくれた言葉を思い出してみる。
啓佑さんからたくさんの愛情を注いでもらっているのはわかっている。だからそれを信じて、気丈でいなければ。自身を奮い立たせるためにも、私は笑顔でそう言った。
「無理して笑わなくていいですよ」
すると――時村くんが小さく首を横に振った。
「僕の前では無理して笑わないでください。先輩、うそつけないタイプでしょう。だからすぐにわかります」
笑い飛ばそうかと思ったけれど、こちらを向いた時村くんの顔がひどく真剣で――できなかった。
「……どうしてわかっちゃうんだろう。そうだね、無理してるのかも。本当は、不安なんだ」
常々、時村くんにはついぽろりと本音をもらしてしまう。その理由がなんとなくわかった。彼が私の不安を言い当てるのが上手いからだ。
こんなの誰にも打ち明けられなくて、ずっと胸にしまい込んでいたのだけれど……そろそろ、自分だけでは抱えきれなくなってきていた。それを時村くんに指摘されて、いよいよ留めておくことができなくなる。話しはじめたら気がかりが言葉となって、おのずと唇からこぼれてきた。
「前に時村くんに言われたことをずっと考えてた。私と啓佑さんは愛し合って結婚したわけじゃないから、いつか啓佑さんの理想に適う人が現れて、心変わりされてしまうこともあるんだろうな、って」
すごく悲しいし寂しい。できることなら、そんな日は来ないでほしいと思う。
でも、私と啓佑さんの距離が縮まった、一年前のこの懇親会のときのように、転機が訪れるのは突然なのだ。いかに身構えていても、その瞬間がやって来るのを拒むことはできない。……だから、そういうものだと受け入れるしかない。
ぽつりぽつりとこぼれ落ちる不安な思いと一緒に、目の奥から熱いものが込み上げてくる。視界がすりガラスを通したようにぼやけ、溢れた滴が左右に一筋ずつの軌跡を残して伝っていく。
滴が顎先まで落ち切らないうちに、時村くんがそれをスーツのポケットから出したハンカチで拭ってくれる。シャツの色にも似た、ミントカラーのハンカチからは、微かにお香のようないい香りがした。
「黛先生が先輩を本当に愛してるなら、そういう不安を感じさせないはずです」
ほんの少し顔を近づけると、時村くんが真剣な眼差しできっぱりと言った。
「それに、先輩が不安に思っているのを気付かないっていうのは、先輩への気持ちが本物じゃないって証拠だと、僕は思います」
――そんなことない。啓佑さんはいつも私のことを想ってくれているし、その気持ちだって偽物なんかじゃない。
「僕ならそんな思いはさせない。前にも言いましたけど、僕、先輩のことが大好きです。黛先生に負けないくらい」
反論しようと口を開いたとき、それを遮られる――職場の人間が多く集まるという周囲の状況にそぐわない、ひどくプライベートでいて情熱的な台詞を耳にして、頭のなかが真っ白になった。
「と、時村くん……」
「だから、黛先生なんかじゃなくて僕と――」
彼はハンカチを膝に置くと、私の両手を掴もうと手を伸ばしてきた。
「他人の妻と知ってて堂々と口説くのはどうなんでしょうね」
そのときだった。私たちが座るベンチに近づいてくる影が静かにそう発して立ち止まる。時村くんは伸ばした手を遮られる形で、その人影のほうを向く。私もほぼ同時に振り向いた。
――啓佑さんだ。私は思わずその場に立ち上がる。
珍しく、啓佑さんは怒っているみたいだった。それはそうだろう。彼が今言った通り公然の場で、夫である彼もその場にいるというのに、妻が口説かれているとあれば、気分が悪くなって当たり前だ。
「そうですね。契約結婚とはいえ夫婦ですものね。……今後も夫婦関係が続いていくのかどうかはわかりませんけど」
分が悪い時村くんだけど、うろたえたり怯んだりせず残念そうにため息を吐いてから、小さな声でつぶやいた。そしてハンカチをしまってゆっくりと立ち上がる。
対する啓佑さんは、時村くんがその秘密を知っているとは当然知らなかったからだろう、わずかに口を開いて息を呑む。
私のほうを向いた時村くんは、打って変わってにこっと爽やかに笑った。
「信頼する旦那様がお迎えにいらしたので、僕は仲間のところに戻りますね。それじゃ、お互いにパーティーを楽しみましょう」
私と啓佑さんと両方に頭を下げてから、時村くんは屋内に向かって行った。
「…………」
あとに残された私と啓佑さんは、少しの間気まずさで言葉を交わすことができなかった。
◆◇◆
懇親会はさんざんだった。あのとき、どうにか周りにいた看護師をまいて私のところへやってきてくれた啓佑さんだけど、やはりまたすぐに居場所を知られ、捕まってしまった。結局私は、ぬるいオレンジジュースを持ち運びながら、会がお開きになる時間まで少しずつレストラン内を移動して時間を潰したのだった。
帰宅の途に就く間、「つまらない思いをさせていたらごめん」とか、「疲れたよね?」とか、私のことを気遣ってくれたけれど、時村くんの話題は上がらなかった。
私から彼のことに触れるべきだったかと思いつつ、啓佑さんに怒られるのでは、という恐れがあって、思い留まったのだけど――
「……実織。寝る前にちょっといいかな」
お互いに入浴を済ませ、寝室に移動したとき。意を決したみたいに、啓佑さんからそう切り出された。
「どうしたの?」
自身のベッドの端に腰かける啓佑さんに手招かれ、そのとなりに座った。
「今日はごめん」
謝罪の言葉を口にした彼が、私の背を引き寄せ、強く抱きしめてくれる。温かい手が、大事なものに触れるときのように、優しく背中を撫でた。
「その……時村くんのこと。ああいう隙を与えてしまったのは、俺が傍にいられなかったからなのはわかってる。だから、ごめん」
「私こそ、ごめんなさい」
啓佑さんの温もりに抱かれながら、私も堪らず謝った。
「私は啓佑さんの奥さんなのに、啓佑さんの前で別の男の人に……告白されてしまった上に、固まってしまってきっぱり断ることができなかったでしょう。啓佑さんの気分を悪くさせたな、と思って……申し訳なくて」
お風呂のなかで考えた。やっぱりこのまま、なかったことにはできない。
いくらおどろいたにせよ、あの場ではっきりと断るべきだった。そのことに対しては、きちんと啓佑さんに謝る必要があるだろう。
「実織のせいじゃないから、君が謝る必要なんてないよ。……まぁ本音を言えば、確かに毅然と断ってほしかったな、って気持ちはあるけど」
「……ま、まさかあのタイミングで言われるとは思ってなくて、びっくりしちゃって」
ほんの少し身体を離して、冗談っぽく笑う啓佑さん。彼がそう思うのは自然なことなので反論の余地はない。私も頭ではきっぱりと受け入れられない旨を伝えるべきだ、とわかっていた。
「勇気あるよね、彼は。周りの目もあるし、俺が近くにいるかもしれないのに――実際、近くにいたんだけど」
時村くんがあっさりとあの場を去ったのは、彼自身、それがよろしくないことだと理解しているからなのだろう。だから啓佑さんが出てきてしまったのなら、引くしかない。
啓佑さんの腕のなかから解放され、彼との間に少し距離ができた。
「……時村くん、やっぱり俺たちの話を聞いてたんだね」
「うん。あとでそれを私に確かめてきて。……契約結婚の話が病棟内に広まったとしても、私は平気。だけど、啓佑さんの印象が悪くなるのはいやだったの。だから、誰にも言わないでってお願いしたんだ」
「もしかして、勤務後ふたりで残ってたのって、そのことが関係してたりする?」
「えっ、啓佑さん……どうしてそれを?」
残業に関しては隠し通せたと思っていたから、彼が把握しているなんて思いもしなかった。
「そういう噂を耳にしたから」
……隠れて行動しているつもりでも、見る人には見られているものだ。
「……契約結婚のことを黙っててもらう代わりに、時村くんの採血とかの技術確認に付き合っていた感じかな。ほら、私も去年は長谷川さんに頼んで勤務外の時間に練習に付き合ってもらったりしたから、今年はプリセプターとしてその分張り切って教えようと思ったんだけど、不急の残業はだめってことだったから」
技術確認という言葉を出されると断りにくいところがあったけれど、いよいよあらぬ疑いをかけられそうだ。彼は力もついているし、もうこれきりにするべきだろう。
――すると、啓佑さんがすまなそうに表情を歪めた。
「……実織がそうやってかばってくれていたこと、知らなくてごめん」
「そんな、かばうなんて……啓佑さんは知らなくて当然だよ。だって、私が黙って勝手にしたことなんだから」
むしろ啓佑さんを煩わせたくなくて、気付かれないようにしていたのだから。彼が申し訳なく思う必要なんてない。
啓佑さんは私の両肩を掬うように軽く掴んで、柔らかいマットレスの上に押し倒した。シーリングライトの明かりに翳る彼の優しげな顔が、真上から私を見つめる。
「そういう優しい実織のこと、やっぱり好きだな」
「け、啓佑さん……」
お風呂上がりなので結ばずに垂らしたままだった髪がひと房、顔にかかっている。啓佑さんはそっとそれらを掻き分け、いとおしげに撫でると――額と額をくっつけて、こう訊ねた。
「練習に付き合ってただけ? ……時村くんに、なにかされなかった?」
「っ……な、なにもされてないよっ……」
超至近距離で見つめられている上に、ちょっと掠れたセクシーな囁き声が相乗して、鼓動が倍速になる。
「心配だな。実織は無防備なところがあるから……付け入られるんじゃないかって」
「んっ……」
啓佑さんの唇が、私のそれに触れる。ちゅ、と音を立ててすぐに離れた。
再び私を見つめる瞳の奥には、苦しげとも切なげとも取れる情熱が滾っているように感じられる。
「俺、今すごく時村くんに嫉妬してる。……実織を取られないように、俺のだってしるし……たくさんつけさせてもらうよ?」
「ぁ、ふ、あっ……」
直前の言葉を貫くとばかりに、彼は私の額や頬にキスしたあと、首筋や鎖骨の辺りにキスを落とし、その場所をきつく吸い上げる。見えないけれど、きっとその場所には痕がついているはずだ。ぞくぞくするような感触に、あえかな声がこぼれる。
――私が啓佑さんのものであるという、赤いしるしが。
「実織は俺のものだよ。そのかわいい声を聞いていいのは俺だけだからね」
「うん。……私は、啓佑さんのものだよ」
むしろ、身体中にしるしをつけてほしいと思った。時村くんが触れてくる隙がないくらいに、私は彼のものであると示してほしい。
「実織――……」
優しく私の名前を呼びながら、パジャマのボタン外していく啓佑さん。
彼の温もりとひとつに溶け合いながら、私は身体のあちこちに咲いた赤い花を指先で撫でる私は、改めて彼の愛情の深さを知った。