書籍詳細
若きエリート閣僚に甘く狡猾に娶られました~策士すぎる彼は最愛の妻を捕らえて離さない~
あらすじ
策略家な御曹司×囚われの令嬢 溺甘政略婚
大臣と企業重役の顔を持つ御曹司・総司に、期間限定の結婚を申し込まれた美織。祖父の計略による望まぬ縁談から逃れるため彼女は話を受け入れる。政略婚のはずなのに、家でも外でも甘く愛を囁く総司に翻弄されっぱなしで…!契約期間の終わりを迎え、自身の恋心に気づき「抱いて」と見つめる美織に、総司の愛欲は爆発。昂る熱情を彼女に刻み込み…!
キャラクター紹介
暁 美織(あかつき みおり)
清楚なお嬢様に見えて、一途で情熱的。祖父から政治のコマとして育てられるが、総司に溺れるほど愛を注がれる。
神代総司(かみしろそうし)
大企業の御曹司。自身は凄腕エンジニアの重役で、大臣にも就任。眉目秀麗な策略家だが、美織にだけは激甘。
試し読み
すると、美織は意を決したような表情で「総司さん」と呼びかけてきた。
「私たち、そろそろ別れるべきですよね?」
「え……?」
思わず驚きの声を上げてしまいそうになる。だが、こちらの動揺を悟られたくなくて、慌てて声のトーンを下げた。
美織は総司をジッと見つめてきたあと、書類を差し出してきた。離婚届だった。
すでに美織が記載するべき箇所は記入済みで、きちんと捺印がされている。
自分だって離婚を切り出すべきだ、頃合いだなどと考えていたくせに、彼女から離婚を打診されるとは思っておらずに動揺してしまう。
唇が震える。膝の上に置いていた手はギュッと握りしめすぎて痛いほど。
ダメだ、と叫びたくなる自分がいる。
そんな資格はないのだと理性が賢明にも本心をねじ伏せた。
離婚届に視線を落としていると、美織はあくまで淡々と話しかけてくる。
「DXの基盤が出来上がったようですね。来春には、大臣を辞任するかもしれないのでしょう?」
「それをどこで……?」
そんな話は出ているし、辞任に向けて調整をしているのも確かだ。
しかし、それを誰から聞いたというのか。
疑問に思ったが、すぐにその考えを改める。彼女も総司と同じで、政財界のつてなどいくらでもある。
噂が流れる時点で、ある程度の信憑性があるという証拠。それを彼女は、わかっているのだ。
「いや、いい。確かにそんな話が流れているし、美織の耳に入るのも当然か」
「ええ」
神妙な顔つきで頷く彼女を見たあと、小さく息を吐き出す。
これは、回避できそうにもない。
もうしばらく彼女との関係を続けたいと思っていた総司からすれば、彼女からの申し出を拒否したかった。
だが、契約上それはできない。この結婚は、DX推進担当大臣になっている間だけというのが当初の約束だ。
美織にしても、離婚してバツイチになれば、菊之助からの縁談攻撃を避けることができる。彼女が自由になれるのは、これからだ。
元々彼女に借りを返すため、そして境遇に同情したからこそ、契約結婚を持ちかけた。
彼女を救えた今、これ以上総司の元に留めておくのは無理なのだろう。
――留めておきたいなんて、俺が思うなんてな……。
自分の心の変化に戸惑ってしまう。心の片隅にある、なんとも言えない気持ちを押し隠す。
きっと気の合う同居人と離れるのが少し寂しいだけだ。
そんなふうにモヤモヤとした気持ちを分析するのだが、やっぱりしっくりこない。
何をそんなに憂える必要があるのだろうか。
自分の心に聞いてみるのだが、これと言った答えは導き出せなかった。
再び美織を見ると、覚悟を決めた表情でこちらを見つめている。
零れ落ちそうになるため息を無理矢理抑え込み、美織を見つめた。
「確かに……お互いが目的としていることは達成できた。これ以上、契約結婚をする必要はないのかもしれない」
「……はい」
小さく頷いたあと、美織は俯(うつむ)いてしまったために表情が見えなくなった。
だが、こうして離婚届を差し出してきたのは、覚悟が固まっている証拠だ。
それなら、彼女の願い通りにしなければならないだろう。それも、契約内容に組み込まれていたのだから。
重苦しい沈黙が落ちているダイニング。カウンターにある置き時計の秒針の音だけがやけに大きく聞こえた。
「なぁ、美織。俺と離婚して大丈夫か?」
バツイチということで、菊之助からの縁談攻撃はとりあえず鳴りを潜めるだろう。
しかし、時間稼ぎになるだけで、再婚をしろと責められる可能性はある。
だからこそ、離婚したあとのフォローはしっかり入れてあげたい。
これからのことを憂えて申し出ると、彼女は首を横に振った。
「大丈夫。総司さんの手を煩わせないようにするから」
「そんな心配をしているんじゃない。美織は、俺に甘えればいいんだ。契約の内容にそう記してあるし、美織に契約結婚を打診したときに約束しているだろう?」
「……」
「美織を暁先生から守ると言ったはずだ。それを反故にするつもりはない」
きっぱりと言い切ると、彼女は小さくほほ笑んだ。
その表情がとても儚く見えて、心臓がドキッと大きく音を立てた。
消えてしまいそうな彼女を見て、無性に胸騒ぎがする。
この細い腕を捕まえていなければ、一生彼女の姿を見られなくなってしまうのではないか。
そんな不安さえも感じられるほど、今の美織は泡のように弾けて消えてなくなってしまいそうだった。
美織は一度総司を見たあと、再び視線を落として離婚届をジッと見つめる。
「母方の従兄にあたる人なんですけど……。台湾でツアーコンダクター会社を経営しているんです。彼にお願いしたら、すぐに台湾に来いと言われました」
美織がここ最近忙しかったのは、台湾に渡るために色々と準備をしていたのだろう。
「台湾か」
「はい。さすがに国外に出てしまえば、おじい様も簡単に手出しできなくなるかと思うんです」
目の付け所はいいだろう。総司も美織に今後は国内ではなく、海外に拠点を置いた方がいいとアドバイスするつもりだった。
彼女が頼れる人物がいてよかったと安堵したのと同時に、なぜか台湾に行かせたくはないという思いに苛まれる。
総司の目の届かない場所に行ってしまったら、会えなくなってしまう。そんなふうに考えそうになる自分を叱咤する。
美織の今後の幸せを思えば、気心知れた人物のところに行った方がいい。そう自分に言い聞かせた。
「……その方がいいのかもしれないな。バツイチになった美織を、暁先生がすぐさまどうこうするとは考えられないが、念には念を入れた方がいい」
「はい、私もそう思います」
きっぱりと言い切る彼女を見て、考えに揺らぎがないのを感じ取った。
彼女が幸せになるのなら、それでいい。彼女の望む通りにしてやりたい。
一度席を立ち、自室へと行く。そして、印鑑を持ってダイニングルームへと戻ってきた。
離婚届と一緒に置かれていたボールペンに手を伸ばして必要事項を記入したあと、印鑑を押す。
あとは、区役所に提出すればすべて終了だ。
ただの紙切れ一枚。それだけなのに、サインをした途端に美織が赤の他人のように感じてしまうのはどうしてなのだろう。
沈黙を苦しく感じ、この関係にピリオドがついたことで何もかもが終わってしまったのだと思って切なくなった。
離婚届を丁寧に茶封筒の中に入れる美織を引き留めたくなる。
だが、振り切るように、総司は無理をして笑った。
「離婚届を提出するのは、もう少し待っていてくれないか。辞任が決定してからにしたいから。俺がそれを預かっていてもいいか?」
「はい」
深く頷き、美織はその茶封筒を差し出してきた。
それを受け取ったあと、総司は美織に向かって頭を下げる。
「ここまで美織には世話になったな。ありがとう」
「やめてください、総司さん」
美織は、自分の顔の前で両手を振って更に何度も首を振り続ける。
「お世話になったのは、私の方です。あのとき、総司さんが契約結婚を申し出てくれなかったら……、私はずっと暁家から逃げ出せなかったと思います」
「美織」
「こうして自由になれたのは、全部、全部……総司さんのおかげなんです」
嬉しそうにほほ笑む彼女が、なんだかとても眩しく感じた。
柄にもなくドキドキしてしまい、それを否定するように頭を振る。
「いや、俺だって美織のおかげで、なんとか政策を進めることができた」
「でも、それっておじい様の力だから。私はなんにもしていないですよ?」
付属品として役に立てたからよしとしてくださいね、なんて肩を竦めて笑う彼女だが、それだけではない。
彼女の存在に、確実に癒やされていた。それだけは本当だ。
だが、それを伝えられなかった。
潔く終わるには、余計なことは言わない方がいい。自分で気持ちのブレーキをしっかりとかける。
平静を装いながら、美織をまっすぐに見つめた。
「約束は約束だ。台湾に行ったあとも、美織をサポートしたい」
「い、いらないです。そんなの」
拒否しようとする彼女を見て、なぜだか腹立たしく思えてしまった。
完全に総司との縁を切ろうとしているのか。そんな邪念に駆られてしまったからだ。
美織は、遠慮深い人である。だからこその拒否だとわかっているのに。
「慰謝料代わりとして、受け入れて欲しい」
頑なに総司からの申し出を辞退しようとする彼女をなんとかして懐柔しようと、咄嗟に出てきた言葉だ。
こんなふうに言いたくはなかったのに、総司も意固地になっていた。
慰謝料という言葉に、美織の顔が少しだけ歪む。
それを見て後悔をしていると、彼女はキュッと唇を噛みしめた。
どこか覚悟を決めたように真摯な瞳をこちらに向けてくる。
「それじゃあ……慰謝料代わりにお願いしたいことがあります」
緊張を滲ませた彼女の声を聞いて、背筋を伸ばす。
なんでもどうぞ、と促すと、美織は涙目で懇願してきた。
「私を抱いてください」
息を呑む。聞き間違いかと思って彼女を見つめ返したが、ずっとまっすぐな視線を向けている。
その視線には冗談の類いは一切感じられない。
唖然として何も言えずにいると、彼女は視線をそらして頬を赤らめた。
「……処女なんです、私」
かすれた声だが、しっかりと彼女の言葉は耳に入ってくる。
総司の強い視線に気づいたのだろう。ゆっくりと再びこちらを見つめてきた。
彼女の顔には羞恥の色が浮かんでいて、ドキッとするほど艶やかだ。
恥ずかしそうに身じろぎをし、彼女はお願いの理由を話し出す。
「おじい様の監視が厳しくて……。恋愛なんてずっとできませんでした」
「……美織を自分の駒として結婚させようと躍起になっていたぐらいだからな」
ええ、と美織は悲しそうに頷いた。
「そんな私が、こうして総司さんと結婚しました。周りは契約結婚だなんて知らないから、本当の夫婦だと思っているはずです。もちろん……肉体関係もあると、普通なら考えるでしょう?」
「……そうだな」
お節介焼きに「早くお子さんが誕生するといいですね」などと言われたことがある。
世間一般はそんな目で見ているのだろう。
総司が頷くと、彼女は淡々と言う。
「総司さんと離婚したあと、私は誰かと恋をして再婚するかもしれません。そのとき、結婚していたのに処女である事実が相手にバレると、私に何か問題があったのではないかと疑われるかもしれませんし、詮索されるのも面倒です。だから――」
切羽詰まった表情で、彼女は再び懇願してきた。
「抱いて欲しいんです」
「美織、だが――」
落ち着かせようとしたのだが、彼女は一気に捲し立ててくる。
「このまま離婚して放り出されても困ります!」
「美織」
「お願いです、総司さん。今夜だけでいいんです。……本当の妻として抱いてくれませんか?」
あまりの必死さに、何も言えなくなってしまった。
彼女が憂えるのもわかる気がする。だが、冷静になって考え直した方がいい。
そう思う反面、彼女が望むのならそれを叶えてやりたい。
――いや、それは建前だな。
心の中で、自分自身を嘲笑う。
このまま関係が解消されれば、二度と彼女は総司の前に現れないだろう。そんな気がしてならない。
だが、美織を抱けば、彼女の記憶に総司の存在が確実に残るはず。ハジメテを捧げた男として。
彼女の記憶にだけでも、爪痕を残したいと思うのは卑怯な発想だろうか。
どうして、美織に対してこんなに必死になってしまうのだろう。
彼女と離れたぐらいで、何を困惑することがあるというのか。
異性に対して、こんな執着に似た感情を抱いた経験はない。それなのに、どうして激しい感情に振り回されなければならないのか。
わからない。何もかもがわからない。
ただ、一つだけわかっているのは、彼女の手を何かと理由をつけてでも離したくない。そう思っていることぐらいだ。
真剣さに満ちた彼女の瞳を見つめながら、立ち上がる。そして、彼女に手を差し伸べた。
「後悔しないか?」
声が震えそうになるのを、グッと堪える。どうしてこんなにも切なくなってしまうのだろう。
総司の手に、彼女は戸惑う素振りを見せずに手を重ねてきた。
キュッと握りしめられ、彼女の体温を感じる。
「後悔なんて……しません」
「美織」
「だって、私からお願いしたんですよ? 後悔なんてするはずがないんです。だから――」
彼女はこちらを見上げ、泣きそうな表情で希(こいねが)ってきた。
「抱いてください、総司さん」
* * * *
「抱いてください、総司さん」
大胆すぎるお願いだ。それに彼が応えてくれるのか。半信半疑だった。
だが、彼は「わかった」と言って、繋いでいた手を引き寄せてくる。
すっぽりと彼の腕の中に収まり、温かなぬくもりを感じた。
彼の体温をずっとずっと味わっていたい。そんなふうに思いながらも、これが最後なのだと自分に言い聞かせる。
そのまま彼の自室へと連れ込まれ、気がつけばベッドに押し倒されていた。
彼のことだ。もう一度「本当にいいのか?」と念を押してくるかもしれない。
「やっぱりやめておこう」と拒絶される可能性もある。
そんな返事に怯えていたのだが、美織を見下ろしている彼の目を見てその可能性を消した。すでに彼の欲望には火がついたようだ。
ギラつく目は確かに美織(おんな)を求めている。
彼の目を見て、もう逃げられないのだと悟った。
あんな大胆な誘いをしたくせに、心のどこかでまだ躊躇している部分がある。
それを見て見ぬふりをするように、目を閉じた。
「美織」
彼が覆い被さり、耳元で囁いてくる。
その甘くて低い声は、ドキドキしてしまうほどにセクシーだ。
雄を前面に出した彼を、ずっと見たい。総司への恋心に気がついてから毎日思っていた。
願いが実現する。しかし、同時に彼との別れを意味していた。
神代総司という男性は、曲者で自信家。仕事しか頭にない、女性に冷たい最低男。
調べた限りでは、そんな人物像が浮かんだ。
だけど、そう思っていたのは最初だけだ。
一度、懐に入れた人間には、とことん優しい。そんな彼の素の部分を知ってしまった。
あれだけ彼とはほどよい距離感でいようと思っていたのに、気がつけば時折見せてくれる優しさに、絆されていたなんて……。
彼は美織を、女性として好きなわけではない。ただ、任された大臣職を遂行するために結婚しただけ。
お互い、都合がいいだけの契約結婚だった。それなのに、彼に恋をしてしまった……。
このまま一緒にいても、総司は美織の気持ちに応えてはくれない。
それがわかっていて、側に居続けるなんて真似はできなかった。
彼から別れを告げられたら、泣きじゃくって縋ってしまったかもしれない。
それが怖くて、自分から別れを告げた。
でも、少しだけ希望を持っていたのは内緒だ。
もしかしたら、彼も美織と同じ気持ちでいてくれて、離婚に反対してくれるのではないか、と。
――都合がよすぎるよね。
キュッと閉じていた目から、涙が滲んできてしまう。
慌ててそれをごまかそうとしたのだが、できなかった。
彼が唇にキスをしてきたからだ。
「っ……ぁ……んん」
なんだかしょっぱく感じた。泣いていたからだろうか。
結婚披露宴のときに不意打ちで彼にキスをされたが、あのときよりも濃厚な大人なキスに翻弄されそう。
美織が初体験だと告白したからだろう。彼は労るように優しく何度もキスをしてくれる。
だが、だんだんと舌を絡めるようなキスへと変化していき、呼吸が乱れてしまう。
「ほら、鼻で息をするんだ。あとは、こうやって……唇の角度を変えたときに、呼吸をする……ああ、上手だ、美織」
離婚後、他の誰かを好きになったとき、困らないようにしてくれているのだろうか。
優しく丁寧に、教師のようにキスの仕方を教えてくれる。
総司に抱いて欲しい一心で、あんな強がり――他の誰かと恋愛などと――を言ったが、本心ではない。
もう、二度と恋なんてできないと思う。総司以上の男性なんて、見つからない。
先程は切なさで涙が滲んでいたが、今は違う理由で視界がぼやけていた。
呼吸がままならないほど濃厚なキスをされ続けて、涙目になってしまう。
それに気がついた総司は、唇で目元に触れてきた。
涙を吸い取り、「しょっぱいな」と目を細めて笑う。
「キス、気持ちいいか? 美織」
「っ!」
そんな恥ずかしいこと、言葉にできない。
一気に顔が熱くなっていくのを感じていると、彼は口角を少しだけ上げた。
「初めてのセックスだ。男と抱き合う快楽を、美織に教えてやるよ」
大人の余裕を感じる。さぞかしこういった場面に慣れているのだろう、と腹立たしく思った。
しかし、そう言った彼の表情は苦渋に歪んでいる。
どうしたのかと問いかけようとしたが、それは叶わなかった。
彼が美織の服に手をかけたからだ。
あっという間にすべてを剥ぎ取られ、生まれたままの姿になった美織を総司は熱っぽい目で見下ろしてくる。
ゾクリと背中に甘美な刺激が走るほど、彼の視線にドキドキした。
彼の視線が熱すぎて、慌てて腕で身体を隠そうとする。
そんな美織をほほ笑ましいと言わんばかりに目尻を下げて見下ろしながら、彼は着ていたロングTシャツを脱ぎ捨てた。
セクシーな裸体に目が釘付けになってしまう。
「美織、――」