書籍詳細
幼馴染みの(元)極道社長からの昼も夜も果てない猛愛に逆らえません
あらすじ
「悪いけどもう二度と離してやれない」初恋の続き…は重すぎる愛!?
恋人に裏切られ仕事も失った梅乃は、幼馴染みの京之介と偶然再会。実家が極道だった彼はなんと足を洗って社長になっていて!? 京之介に強く勧められて彼の会社に就職した梅乃は、熱烈&極甘なアプローチで迫られ…!「絶対に好きにさせる自信があるから」――初恋の梅乃と一緒になるため生きてきた彼の、二十年分の溺愛に蕩かされ、堕ちていき…。
キャラクター紹介

羽田梅乃(はねだうめの)
引っ込み思案だが、周囲に流されない強さと優しさを持つ女性。京之介とは小学校で六年間ずっと同じクラスだった。

一堂京之介(いちどうきょうのすけ)
極道の息子である自分に普通に接してくれた梅乃に一途に恋をする。現在は組を抜けて起業し、社長業に就く。
試し読み
なんて言えばいいのかと頭を悩ませていると、京之介君が私の様子を窺いながら切り出した。
「結婚間近の恋人がいたよな? 相手は結婚後も梅乃ちゃんに働けって言うのか?」
「どうして京之介君が知っているの?」
私は就職してから一度も京之介君とは会っていない。だから当然、上司と付き合っていたことは知らないはずなのに。
動揺を隠せずにいる私に対し、京之介君は「しまった」と呟いて手で口を覆った。気まずそうに視線を逸らす彼に「どうやって知ったの?」と尋ねた。
「いや、その……悪い、三年前くらいに再会して以来、菊谷とは連絡を取っていたんだ」
「悠里と?」
意外な情報源に目を白黒させてしまう。
私と悠里とは今も頻繁に連絡を取り合っているし、つい数日前にも会ったばかりだった。だけど一度も京之介君と繋がっているなんて言っていなかったのに。
私だけ除け者にされた気分になり、視線が落ちる。
「悠里じゃなくて、直接私に聞いてくれたらよかったのに……」
そもそもなぜ私とは音信不通になってしまったのに、悠里とは連絡を取り合っていたのだろうか。
私はてっきり極道の世界に入った以上、住む世界の違う私とは離れるためだと思っていた。でもそれは悠里にも言えることだ。それなのに私とだけ連絡を断ったということは、私のことが嫌い? それとも悠里と付き合っているの?
様々な考えが浮かぶたびに、寂しい気持ちが積み重なっていく。
「梅乃ちゃん?」
私の名前を呼ぶ声に顔を上げれば、心配そうに私を見つめる彼と目が合う。
「あっ……」
もしかしたらふたりは私がこういう反応をすると予想し、なかなか言い出せずにいたのかもしれない。
それに悠里には、高校三年間付き合った彼氏と別れて以来、恋人がいなかった。そんな悠里の相手が京之介君なら、寂しくなるより喜ぶべきじゃない?
京之介君が極道の世界から足を洗ったのは、悠里のためかもしれない。それほど本気なら私は祝福するべきだ。
そう結論づけて必死に笑顔を取り繕った。
「ごめん、私のせいでふたりとも言いづらかったんだよね」
「えっ?」
キョトンとなる京之介君に笑顔で続ける。
「大丈夫、ふたりが付き合っていたと聞いてもショックを受けないから」
「ふたり? 付き合っている?」
意味がわからないと言いたそうに首を傾げる彼に、もどかしくなる。
「だから付き合っているんでしょ? ……京之介君と悠里」
私から切り出した瞬間、京之介君は目を見開いた。
「なに言って……っ! そんなわけないだろっ!?」
声を荒らげた彼にびっくりしたのは私だけではなく、店内にいた客とマスターもだった。それに気づいた京之介君は周りに「すみません」と謝った後、真剣な面持ちで私を見据えた。
「菊谷とは付き合っていない」
「それなら、どうしてふたりとも私には連絡を取り合っていることを話してくれなかったの?」
疑問をぶつけると、京之介君はたじろぐ。
「それは……俺が言わないでくれって頼んだからだ」
じゃあ私のことが嫌いだから、連絡を取りたくなかったってこと? そう聞けばいいのに、それが事実だったらと思うと怖くて聞けなくなる。
すると京之介君はなにか言いたそうに口を動かした後、小さなため息をひとつ零して冷めた珈琲を一気に飲み干した。
「梅乃ちゃんは、前に再会した日に俺と話したことを覚えている?」
「話したこと?」
「あぁ」
彼に言われ、必死に記憶を呼び起こす。
あの日はたしかお互いの近況報告をして、そこで私はちょうど就活中だと伝えた気がする。それと京之介君から若頭として修業中だって聞いたよね。
「俺が極道の世界に入ったと言っても怖がらず、住む世界が違うのに声をかけてくれて嬉しかったって梅乃ちゃんが言ってくれたんだ」
「あっ……」
そういえば、そんなことを言った気がする。
「それを聞いて、本当は気軽に梅乃ちゃんに声をかけるべきではなかったと気づいたんだ。俺の入った世界は堅気とは違うって理解していたつもりだったのにできていなかった。梅乃ちゃんは嬉しそうに話していたけど、俺は梅乃ちゃんと住む世界が違うという現実に悲しくなった」
悲しげに瞳を揺らす彼の姿に、なぜか胸が痛む。
ゆらゆらと揺れていた瞳は私をとらえ、真っ直ぐに見つめてきた瞬間、トクンと胸が鳴る。
「初恋を終わらせることができていなかったことにも気づかされたんだ」
「えっ……」
初恋ってどういうこと?
処理が追いつかず、脳内はパンク状態に陥る。
「梅乃ちゃんと再会して、初恋を諦めたくない、同じ世界で生きたいって思ったんだ。だから極道の世界から足を洗って、梅乃ちゃんに見合う男になるために努力をしてきた」
京之介君が言っていることは本当なの?
すぐには信じることなどできない話に困惑してしまう。
「中途半端なままでは会いに行きたくなくて、連絡を断った。だけど菊谷から散々バカにされたよ。その間に梅乃ちゃんに恋人ができたらどうするんだって。……情けない話、極道の世界から抜ければ、すべてがうまくいくと勝手に思っていたんだ。それが間違いだと気づいたのは、そうやって俺が頑張っている間に菊谷から梅乃ちゃんに恋人ができたって聞いた時だった」
苦しそうに顔を歪めながらも、京之介君は私から目を逸らすことなく続けた。
「結婚間近とも聞いて、さすがに諦めようと思っていた。だけど、結婚してからも梅乃ちゃんに会社を辞めさせて、別の場所で働かせる男なら話は違う。……菊谷から今の仕事が楽しいって聞いている。それなのになぜ相手は梅乃ちゃんに仕事を辞めさせたんだ? 俺なら絶対にそんなことしない。なにより梅乃ちゃんの気持ちを優先するのに」
胸が苦しくなることばかり言われては、もう疑う余地もない。京之介君は嘘でも冗談で言っているわけでもない。本当に私を好いてくれているのだと――。
理解した途端、胸がギューッと締めつけられて苦しくなる。
「梅乃ちゃんが言えないなら、俺が言ってやる。その男は今の時間は仕事中? だったら会社に乗り込むか」
ブツブツと物騒なことを言う京之介君にギョッとなる。
「違うの! 京之介君、誤解だから」
「えっ?」
京之介君に想われていたことで頭がいっぱいで、肝心なことを伝えていなかった。
「だから、その……私には恋人なんていないの」
「でも菊谷は結婚間近だって……」
「悠里にもまだ話していないの」
きっと三井さんのせいで会社に居づらくなって辞めて、いまだに就活中という今の状況を話したら、さっきの京之介君のように会社に乗り込んで文句を言うって言いそうだから。
就職先が決まって、きっぱりと三井さんのことを忘れることができてから話すつもりだった。
「私は彼にとって遊びだったみたいで。……私と付き合う前から専務の娘さんと恋人だったんだ。それなのに勝手にひとりで盛り上がっちゃってさ。結局会社に居づらくなって辞めたの……っ」
できるだけ京之介君に心配かけないように平静を装いながら話したものの、最後は声が震えてしまった。
だめだな、まだ立ち直れていないみたい。遊ばれていたのに、なぜ三井さんに優しくされた記憶ばかりが脳裏に浮かぶのだろうか。
すると京之介君は急に立ち上がり、私の隣に腰を下ろした。
「え? 京之介君?」
次の瞬間、京之介君はびっくりする私をそっと抱き寄せた。
爽やかなマリンブルーの香りが鼻を掠め、彼のぬくもりに包まれて思考が停止してしまう。
「つらい話をさせてごめん」
大きな手が優しく背中や髪を撫でるたびに、彼に抱きしめられていると実感させられていく。
きっと私を慰めてくれているんだよね? それはありがたいんだけれど、ここは喫茶店で周りに人がいるのに。
「きょ、京之介……君?」
恥ずかしくて小声で彼の名前を呼ぶものの、さらに強い力で抱きしめられた。
「大丈夫、誰も見ていないから泣いてもいい」
「えっ?」
彼の話を聞いて目を触り、涙が溢れていることに初めて気づいた。
嘘、なんで? 泣くつもりなんてなかったのに。まだこんなにも失恋を引きずっていたなんて……。
一度自覚してしまうと、涙が止まらなくなる。その間もずっと京之介君は私の背中や髪を撫で続けてくれた。
どれくらい泣き続けていただろうか、私が泣き止んだことに気づいた彼はゆっくりと離れていった。
「大丈夫か?」
「う、うん」
どうしよう、恥ずかしくて京之介君の顔がまともに見られない。それに他にお客さんもいたよね?
チラッと店内に目を向けたものの、いつの間にか店内には私たちしかいなかった。するとカウンターからマスターがトレーにカップを乗せてやって来た。
「こちら、ハーブティーになります。よかったらどうぞ」
そう言ってテーブルに置かれたカップからは、青リンゴのような優しい香りがする。
「こちらはリラックス効果のあるカモミールになります。心を落ち着かせる効果もあるんですよ」
きっと泣いた私を気遣って用意してくれたんだよね。
「すみません、ありがとうございます」
マスターにお礼を伝えて受け取る。カップの温かさが両手に伝わってきて、それだけでホッとなる。
「マスターは自分でハーブを育てていて、俺もその日にあったハーブティーをよく淹れてもらっているんだ」
「そうなんだね」
一口飲むと、渋みと苦みを蜂蜜がうまく緩和してくれて美味しさが広がる。
「少し蜂蜜を入れてみましたが、お口に合いましたか?」
「はい、とっても美味しいです」
私の言葉を聞き、マスターは安心した表情で「それはよかったです。どうぞごゆっくりお過ごしください」と言い、戻っていった。
ハーブティーのおかげでだいぶ落ち着いたけれど、冷静に今の状況も理解できるようになった。
私のことをずっと想い続けてくれていた京之介君に甘えて、泣いちゃうなんて。だけど彼の手があまりにも優しくて、涙が止まらなくなってしまった。
「泣いたりしてごめんね」
ハーブティーを飲みながら謝ると、隣に座る京之介君は首を横に振った。
「いや、むしろ嬉しかったよ」
「え? 嬉しかった?」
意外で聞き返してしまった私に彼は頷く。
「俺の前で弱い部分を見せてくれて嬉しかった」
目を細めて甘い声で囁く京之介君に胸がギュッと締めつけられる。
「だからこれから先も、泣くなら俺のそばでだけにしてほしい。そうでないと、梅乃ちゃんが悲しい時に慰めることができないだろ?」
「……っ」
蕩けるほど愛しそうに見つめられながら言われた言葉に、心臓が止まりそう。
次第に顔が熱くなっていくのを感じ、鏡を見なくても自分の顔が赤いのが予想がつく。
「だからといって、今すぐに俺の気持ちを受け入れてほしいなんて思わないから。ただ、俺が梅乃ちゃんを好きだってことだけは知っていてほしいし、これから好きになってもらうチャンスを俺に与えてほしいんだ。……そばにいることを許してくれないか?」
正直、振られたばかりだし次の恋をする気にもなれない。それに京之介君を好きになれるかだってわからない。
だけど京之介君は優しくて、話をするのが楽しくて一緒にいると居心地がよかった。だから幼いながらも周りがなんて言おうと、私は彼との関係を変えるつもりはなかったんだ。でも……。
「いいの? もしかしたら私、京之介君を好きになれないかもしれないよ?」
京之介君を恋愛対象として見たことはない。小学生の時はずっと友達だったし、大きくなってからは住む世界が違う人だと思っていたから。
正直な気持ちを打ち明けると、彼はゆっくりと口を開いた。
「大丈夫、絶対に好きにさせる自信があるから」
まるで私が彼に恋をすることがわかっているような口ぶりに驚き、目を見開いた。