書籍詳細
(元)若頭社長の寵愛本能のなすがまま~甘やかし尽くして、俺の色に染めてやる~
あらすじ
「俺の女になる覚悟しとけ」
狂おしいほどの恋情で愛し貫かれて
看護師の鈴音の勤め先に、元極道の千隼が入院してきた。自分を前に臆することのない鈴音に驚いた千隼は、抑えが利かないほど彼女への恋情に溺れていく。熱く迫りながらも紳士な千隼に、鈴音も強く惹かれるのを止められず…。「俺を惚れさせた責任を取ってくれ」――千隼の色香を孕む瞳に囚われると、鈴音は彼の本能のまま激しく愛されるしかなくて…。
キャラクター紹介
桜田鈴音(さくらだすずね)
真面目で努力家な看護師。両親を亡くし、妹と二人暮らしをしている。
鳳 千隼(おおとり ちはや)
鳳組の元若頭で、現在は不動産会社の社長。自分を怖がりもせず世話を焼く鈴音が頭から離れず、夢中になる。
試し読み
翌日、仕事を終えて帰宅すると、蘭子はバイトに行っていた。
蘭子が帰ってくるまで眠ろうと、シャワーを浴びてベッドに突っ伏す。
顔を横に向けると、このマンションに不釣り合いなインテリアやチープな家電が目に入って苦笑が漏れたけれど、すぐに瞼の重みに耐えられなくなった。
よく眠ったのかもしれないし、そうでもなかったのかもしれない。
次に目を開けたのは、スマホの着信音が聞こえてきたときだった。
寝ぼけ眼のまま手探りでスマホを探し出し、半目でディスプレイを確認する。
直後、弾かれたように飛び起き、反射的に通話ボタンをタップしていた。
「もしもし?」
『悪い、鈴音。寝てたよな?』
「い、いえ……!」
『声が寝起きだけど、まあいいか』
電話の向こうでクスッと笑う声が聞こえる。
千隼さんの声で、思考が一気にクリアになった。
「えっと、どうしたんですか?」
『これからそっちに行っていいか?』
「もちろんです。千隼さんの家なんですから、私たちに遠慮しないでください」
『そうはいかない。蘭子ちゃんもいるんだし、不在のときに勝手に入ると嫌だろ』
「そんなことないですから」
蘭子も私も、外出時にはそれぞれの部屋に鍵をかけている。
千隼さんがいつ来てもいいように、そして彼と私たちがお互いに気を遣わなくていいように……とふたりで相談して決めた。
ところが、千隼さんはこの部屋に来るときには必ず事前に連絡をくれるのだ。
私はもちろん、特に蘭子を気遣ってくれているようだった。
『とりあえず、十分くらいで着くからあとでまた話そう』
私は「わかりました」と言って通話を終え、ふぅ……と息を吐く。
電話は声が近くに感じるせいか、まだ慣れない。
彼の声が触れていた鼓膜から、甘い熱が密やかに広がっていった。
「……って、私、部屋着! ああっ、しかもスッピン……!」
ぼんやりとしていた私は、慌ててベッドから下りる。
今からだと着替えるだけで精一杯で、メイクをする時間なんてない。
ところが、電話を切ってから五分後には千隼さんが到着し、彼の来訪を告げるインターホンの音が響いた。
自分の格好を気にしながらも玄関に急ぐと、ドアを開けた先に千隼さんがいた。
「ただいま」
「お……おかえりなさい?」
くすぐったいやり取りとルームウェアとスッピン。
全部が恥ずかしくてたじろぐ私に、彼がさらりとキスを落とす。
「っ……! ここ、外ですよ!」
「誰もいないよ。鈴音がそんな可愛い格好で出てくるのが悪い」
「そ、そういうのは責任転嫁で――んっ!」
言い返す私の唇が、再び千隼さんに塞がれる。
そのまま肩を抱かれて部屋の中へと体を滑り込まされ、今度はドアに優しく押し付けられた。
甘ったるく食まれた唇に熱が灯る。
キスの仕方をまだきちんと知らない私は、彼にされるがまま。
ドキドキして恥ずかしくて逃げ出したいのに、大切に扱われていることがわかる優しいくちづけが嬉しい。
なんて考えていると、微かに開いた唇の隙間から熱い塊が押し入ってきた。
「ッ、ふ……っ」
それが千隼さんの舌だと気づいたときには、彼の熱を口内に感じたあとだった。
自分のものじゃない塊が口腔を這い、優しく舌を捕らえられる。
ゆるゆるとくすぐられ、かと思えば搦め取られて。まるで私を探るような動きに、身も心も思考までもが追い詰められていく。
呼吸も忘れて翻弄されていると、おもむろに唇が解放された。
肩で息をする私の顔は、きっと真っ赤に違いない。
反して、千隼さんは涼しげに目元を緩め、私を見下ろした。
「これくらいでそんな顔してると身が持たないぞ」
「なっ……! わ、私、初心者なんですけど……!」
「知ってる」
クスクスと笑う彼は、どこか少年のような無邪気さを纏っている。
大人で、色っぽくて、いつだって余裕そうで。そんな千隼さんばかり見てきた私の胸の奥が、トクンと甘い音を立てた。
「鈴音が俺のキスに早く慣れてくれるように頑張るよ」
「が、頑張るって……」
頬の熱がさらに上昇する。
あと三秒もすれば、抗議の言葉が溢れそうだったのに……。近づいてきた端正な顔に見惚れていると、再び唇を塞がれてしまった。
触れるだけのくちづけに、なんだか疼きにも似た感覚が芽生えてくる。
「そんな物足りなさそうな顔するなら、もっと濃厚なキスするぞ」
私をするりと抱き寄せた彼の瞳が、愛おしげに弧を描く。
美麗な面持ちに見惚れて、身を委ねかけたとき。
「ただいまー」
玄関のドアが開錠される音が響き、直後に蘭子が家の中に入ってきた。
弾かれたように千隼さんから離れると、蘭子が私たちを見る。
「おかえり。腹減ってないか? もう少ししたらピザでも頼むか」
彼が飄々と笑うと、蘭子が微妙な顔をしながら「着替えてきます」と言い、私たちを押しのけるようにして部屋の中へと足を踏み入れた。
「俺たちも中に入るか」
ここに留まっていたのは千隼さんのせいです、とか。
蘭子に見られたらどうするんですか、とか。
言いたいことはたくさんあったけれど、私は全身の熱を冷ますためにできるだけ千隼さんの顔を見ないようにした。
* * *
四月に入っても生活は平穏そのもので、千隼さんとの関係も順調だった。
今日は付き合って二か月目の記念日。
一か月のときには引っ越しの件で慌ただしく過ぎていき、残念ながらなにもできなかったけれど、今回はたまたま土曜日でお互いの休みが重なっている。
それがわかった段階で彼からデートに誘われていて、今日は鳳家にお邪魔することになっていた。
(もしかして、キス以上のこと……ううん、家には社員の人たちがいるはずだし、そんなはずないよね?)
今日の予定が決まったのは、一週間ほど前。
そのときからずっと繰り返している自問自答は、まったく解決していない。
千隼さんが育った家を見てみたかったし、彼と時間を気にせずにゆっくり会えるのは初めてだから楽しみで仕方がなかったけれど。もしふたりきりになったら……という妄想を何度もしてしまい、日に日に緊張感が膨らんでいった。
(でも、千隼さんなら無理強いはしないだろうし、そもそもさすがに社員さんたちがいる家で甘い雰囲気にはならないよね)
「鈴音、着いたぞ」
千隼さんの声でハッとし、車から降りる。
重厚な門構えの日本家屋は、想像よりもずっと立派な造りだった。
門を潜ると左側に庭が広がり、大きな松の木の傍には池がある。数匹の錦鯉が泳いでいるらしく、「あとで庭も案内するよ」と言われて頷くことしかできなかった。
「男ばかりで賑やかだが、緊張しなくていいから」
彼が玄関の引き戸を開けると、「おかえりなさい!」と十人の男性に迎えられた。
「千隼さんの彼女さん、こんにちは!」
「めちゃくちゃ可愛い人じゃないですか!」
「なんていうか、清楚っすね!」
次々に声をかけされ、気圧されながらも「こんにちは」と頭を下げる。
「おい、こら。鈴音が困ってるだろ。ちょっとは落ち着け」
千隼さんの一声でみんなが離れ、和気藹々とした雰囲気のまま客間に通された。
三十畳はありそうな和室に、なぜか全員が集まっている。
「俺は着替えてくるけど、お前らは自分の部屋に行けよ」
「いや、馴れ初めとか聞きたいっす」
「俺は鈴音さんと話したいです」
みんな、見るからに若い。恐らく私よりも年下だろう。
そのせいか勢いがあって、私はずっとたじろぐばかりだった。
「なんでお前らに馴れ初めなんか教えないといけねぇんだ。いいか、余計なこと言ったら、もう差し入れしてやらないからな」
千隼さんが釘を刺すと、「脅しっすか!」と冗談めかした声が上がる。
そのやり取りは、社員を相手にしているというよりも友人や親戚のような和やかな雰囲気で、社長と社員という感じはまったくしない。
しかも、千隼さんはなんだか楽しそうで、リラックスしているようでもあった。
彼のこんな姿を見られただけで、幸せな気持ちになる。
千隼さんが席を外すと、コーヒーを振る舞われた。お礼を言って手土産として購入しておいた焼き菓子を渡せば、大袈裟なくらい喜ばれた。
彼を待っている間は誰も私を質問攻めにするようなことはなく、「リラックスしてくださいね」と気遣ってくれた。
「余計なことは言ってないだろうな」
すぐに戻ってきた千隼さんの言葉に、「言ってません!」とみんなの声が揃う。
私も頷こうとしたとき、彼の姿を見て目を見開いた。
「着物……」
千隼さんが身に纏っているのは、美しい藍染めの着物。
灰青色の帯と合わせた着こなしは、似合うのはもちろん、様になっている。
「ああ。着物は全部ここに置いてあるから向こうでは着ることはなかったんだが、この家に戻ってからは着物ばかりだ」
「に、似合ってます」
ふっと目を細める姿が色っぽくて、なんだか彼を見られない。
「ここだと落ち着かないだろ。俺の部屋に行こう」
千隼さんに促され、みんなにお礼を言って彼についていく。
案内された部屋は、旅館のように和モダンな造りになっていた。
十二畳ほどの部屋のうち半分が板の間で、ダブルサイズのベッドとデスクが置かれている。
書棚には書籍がずらりと並んでいたけれど、全体的にシンプルな雰囲気だった。
「てっきり和室なのかと……」
「昔はそうだったんだが、和室はプライバシーが守られにくいからな。まだ組が解散するなんて思ってなかった頃に、組長と若頭の部屋だけリフォームしたんだ」
千隼さんが居間から持ってきたコーヒーをローテーブルに置き、座布団を指差す。
「障子を外してドアに鍵をかけられるようにしたら、オヤジには微妙な顔をされたよ。だが、結果的にそのおかげで大事な情報が外部に漏れずに済んだこともある」
肩を並べて座れば、彼の横顔が懐かしげに笑みを浮かべた。
「組長……って、千隼さんのお父様ですよね? どんな人だったんですか?」
「豪気で、真っ直ぐで、温かい人だった。妻子はいなかったが、組員たちを本当の家族のように大事にしてた。ヤクザらしくて、でもどこかヤクザらしくなかったよ」
幸せそうなのに、少しだけ寂しそうに見える。
父のことを語る息子であり、尊敬する師を偲ぶようでもあった。
それから、千隼さんは自身の生い立ちを少しだけ話してくれた。
自分を捨てた母親、組長であるお父様との出会いとここで過ごした日々。
傷だらけで、けれど温かくて。簡単には語り尽くせない思い出を静かに語る彼は、普段のような精悍で怜悧な雰囲気はない。
家族の話をする、ごく普通のひとりの男性だった。
「なんにせよ、オヤジには感謝してるよ。オヤジが大事にしてたものは、これからも俺が守っていきたいと思ってる。それが俺が通せる最後の仁義だからな」
真っ直ぐな双眸は、まるでお父様の意志を継いだことを語っているみたいだった。
「さっきいた奴らは、元組員の関係者ばかりなんだ。組員だった奴はいないが、組員の子どもだったり取り立てで行った先でネグレクトを受けてた子どもだったり……みんな、複雑な事情を抱えてる。だから、ここは寮というより下宿みたいなもんだな」
「千隼さんが着替えに行かれたとき、ここの家賃は格安だと聞きました。差し入れも頻繁にしてくれて、ときどき千隼さんが料理を作ってくれるって」
「あいつら、そんなこと話してたのか」
「はい。みなさん、千隼さんのことが大好きみたいですよ」
「親に愛されなかった子どもの気持ちがよくわかるからな。俺がオヤジから与えてもらったものを少しでも教えてやれたらいいな、とは思ってる」
千隼さんが慕われている理由がよくわかる。
ここにいる人たちや新塚さん。楠さんとはまだあまり話したことはないけれど、彼だってそうだろう。
千隼さんのことを少しでも知れたのが嬉しくて、自然と笑顔になる。
私を見ていた彼も微笑み、ふと沈黙に包まれた。
顎を掬われ、視線が真っ直ぐに絡み合う。
鼓動が大きく跳ね、甘くなった空気にこの先に起こることを予感する。
「あ、の……千隼さん……」
「黙って」
低い声が鼓膜をくすぐり、背筋が粟立ちそうになる。
「でも、みなさんが……」
「俺が部屋に入ったら家を空けるように言ってあるから、今は俺たちしかいない」
「え?」
「あいつらにはホテルを押さえたから気にしなくていい」
なんて用意周到なんだろう。
蠱惑的な笑みがすべてを見透かすようで、私は最初からずっと千隼さんの手の上にいたみたいだ。
少しだけ悔しいのに、キスを落とされた唇からは文句も抗議の言葉も出てこない。
甘く優しいくちづけにうっとりするまでは、あっという間のこと。
繰り返し食まれる唇が熱くて、頭が沸騰してしまいそう。
彼が私の口内に舌を差し入れ、キスは次第に深く激しくなっていく。
息が苦しくなったところで、千隼さんが私を抱き上げてベッドに移動した。
そのまま組み敷かれ、視界いっぱいに彼の顔が映る。
「なにも考えなくていいから、俺だけを見てろ」
ドキドキして、どうすればいいのかはわからない。
けれど、怖くはないし、不安だってない。
緊張感はあるけれど、千隼さんにならすべてを委ねてもいいと思えた。
顔中にキスの雨が降る。
甘くて優しい触れ方に、彼に大切にされていることが伝わってくる。
アイボリーのⅤネックのトップスの裾から、大きな手が差し込まれる。
素肌に触れられると、羞恥とともにくすぐったいような感覚に包まれた。
緊張で身が強張りかけると、千隼さんが甘やかすようなキスをしてくれる。
深すぎず、けれど浅くもない。
どこか小さな子どもをあやすがごとく優しく、ときおり思い出したかのように舌を搦め取られる。
程なくして、くすみピンクのチュールスカートも脱がされ、下着も取られた。
肢体をさらすのは恥ずかしくてたまらなかった。
それなのに、帯を解き、着物を脱いでいく彼から目が離せない。
腕に絡むような刺青も、体に散見している傷跡すらも愛おしい。
思わず微笑むと、千隼さんが不意を突かれたように目を見開いた。
「ああっ、クソッ……!」
突然悔しげに吐き捨てられ、反射的に肩が強張る。
なにか失敗したのかと考えて、不安になったとき。
「可愛いなんてもんじゃない。本当にどうしてくれようかと思わされるよ」
困り顔で微笑まれて、鼓動が大きく跳ね上がった。
「ここまで俺を夢中にさせたんだ。逃げられると思うなよ?」
凶悪で重い束縛のような言葉なのに、私には愛の囁きにしか聞こえない。
色香を孕む瞳に射抜かれた瞬間、この人のすべてが欲しい――と強く思った。
「逃げません……。逃げたりなんかしませんから、もっと……」
言葉の代わりに乞うように首に腕を回せば、微かな舌打ちが聞こえた。
「っ……!」
刹那、そのまま彼に貫かれ、痺れるような感覚と甘い痛みに襲われた。
あとはもう、無我夢中で千隼さんを受け入れるしかなくて。激しい熱を与えられる中、彼の匂いと体温が全身に刻み込まれていった――。
心地好い微睡みと気だるさに包まれる中、声が聞こえてきた。
「そうか……。ああ、わかった。引き続き動向を追ってくれ」
まだ目は上手く開かないけれど、それが千隼さんのものだということはわかる。
姿を確認したくて必死に瞼を持ち上げれば、ベッドに腰掛けてこちらに背中を向ける彼が映った。
殺気を纏った美しい獣が私を見ているのに、今はただ愛おしさしか感じない。
数秒して千隼さんと目が合うと、彼に柔らかい笑みを向けられた。
「起きたか」
「やっぱり綺麗……」
「なんだ、まだ寝ぼけてるのか」
「そうかもしれません」
ふふっと笑えば、額にくちづけられた。
このままもう一度眠ってしまいたいところだけれど、目に入ってきた時計が二十二時を指していることに気づいてギョッとする。
「もうこんな時間……! 私、そろそろ帰らないと……」
「泊まっていけばいいだろ」
「でも、蘭子が……」
「蘭子ちゃんの許可ならもらってるよ」
「へっ?」
悪戯な笑顔を見せる千隼さんに反し、私は目を真ん丸にしてしまう。
「一晩借りてもいいかと訊いたら、『お姉ちゃんが夜勤のときはいつもひとりですから』とあっけらかんと言われたぞ。相変わらずしっかりしてるな」
感心した様子の彼は、まったく悪びれる素振りはない。
「こっ……高校生になんてこと言ってるんですか!」
「気にするな。あの子は頭がいい子だからな」
「気にします……! もうっ!」
怒る私にも、千隼さんは余裕綽々に笑うだけ。
この家にふたりきりになれるようにしたとき同様、彼はやっぱり用意周到だった。
「帰るなんて寂しいこと言うなよ。今夜くらいは俺に鈴音の時間をくれ」
もっと全力で抗議するつもりだったのに、甘く囁かれて毒気を抜かれてしまう。
絆されるって、こういうことを言うのかもしれない。
結局、私は泊まらせてもらうことになり、千隼さんはお父様が気に入っていたという檜造りのお風呂に案内してくれた。
「一緒に入るか?」
「はっ、入りません!」
「冗談だ。今日はそこまで望まねぇよ」
〝今日は〟と強調された気がするけれど、気づかなかったことにしよう。