書籍詳細
目覚めたら、極上ドクターの愛され妻になっていました~過保護な旦那様は記憶を失くした彼女を愛し蕩かしたい~
あらすじ
「君のことは知り尽くしてる」
敏腕医師の抑えきれない熱情で、もう一度甘い初夜に溺れて…
転落事故に遭った元看護師の美桜は目覚めると、憧れの医師・良希に、1年前に彼と自分が結婚したと聞かされる。その間の記憶が無い美桜は、甘い日々を思い出させようとする彼に蕩かされるまま新婚生活をリスタートさせる。純真な美桜への愛欲を我慢できなくなった良希は、再度心が通じた新妻に熱情を注ぎ込むと、美桜の恥じらう姿にさらに煽られ…。
キャラクター紹介
水元美桜(みなもとみお)
元看護師。外科医師・良希と結婚してから1年間の記憶を失くしている。真面目な性格で、花を育てるのが好き。
水元良希(みなもとよしき)
第一線で活躍するイケメン外科医。夫としての自分を忘れた美桜を守りつつも、以前のように触れたくて堪らない。
試し読み
その夜。夕食を済ませたあと、映画鑑賞でもしようと良希さんが提案した。サブスクで新作が配信されたらしい。
「二人で観に行った映画なんだぞ。美桜がすごく感動して、DVDが出たら絶対買うって宣言してたなあ」
「そうなんですか?」
海外のロマンス小説をベースにした恋愛映画らしい。身分違いの二人が、困難を乗り越えて結ばれるラブストーリーである。
「すっかり忘れてるけど、確かに面白そうです」
「本人が感動したんだから、間違いないよ」
ソファに並んで座り、笑い合った。
「あのさ、美桜」
リモコンをテーブルに置き、良希さんがこちらを見た。
「これは、言いわけってわけじゃないが……SNSとか元カノとか、可南子がいろいろ喋ってたけど、心配しないでほしい」
突然持ち出された話題にドキッとする。結花が帰ってから、まったく口にしなかったのに。
「確かに俺は、何人かの女性と付き合ってきた。だが、結婚を約束したのは美桜だけだ。医学の神に誓ってもいい」
「い、医学の神様……?」
ギリシア神話のアスクレーピオスだろうか。しかし、そんな返しをする雰囲気ではない。良希さんは大真面目である。
「SNSが誰の仕業なのか、正直見当もつかない。だが、今後も続くようならきっちり対処する。俺を信じてくれ、美桜」
強く抱きしめられた。熱い身体から、必死な思いが伝わってくる。
「よ、良希さん……ちょっと、苦しいです」
「あっ、ああ、すまない」
すぐに解放されたが、まっすぐな眼差しはぶれない。いたたまれなくなるほど、真剣に見つめてくる。
「分かってくれるか」
「はい、もちろんです。私はあなたを、信じてる」
そう、良希さんのことは信じられる。私がずっと憧れていた、尊敬する水元先生だから。この人は女性にモテるけれど、不実なことは絶対にしない。
「美桜」
「え? ……きゃっ」
ソファに押し倒された。良希さんの顔と身体が、真上から被さってくる。
「ああっ、あの……ちょっと待ってください」
「待てない。俺の気持ちを、もっとしっかり伝えたい」
「でも……んっ」
唇が重なった。身体を押し返そうとするけれど、なぜか指先から力が抜けてしまう。
(良希さん……)
初めての口づけ。いや違う、私はこれまで何度も、彼とこうして唇を重ねている。柔らかくて、温かな感触を覚えている。
いつしか私は、彼の首に腕を回していた。なにか考えようとしても、思考が遮断される。あまりの気持ち良さに、身体の奥が痺れて、どうしようもなかった。
「美桜……映画はあとだ」
ふわりと身体が浮く。良希さんが軽々と私を抱き上げていた。
「ベッドに運ぶぞ」
「よ、良希さん。でも、私……」
急激な展開に戸惑うけれど、上手く言葉にできない。彼のキスはまるで媚薬だ。免疫ゼロ状態の私には危険すぎて、怖い。
「大丈夫。君のことは知り尽くしてる」
意味深なセリフに耐えられず、彼の胸に顔を埋めた。表情を見られたくなかった。
「……ったく、可愛すぎるだろ。もう、いっそのことソファで」
良希さんの息が荒くなったそのとき、着信音が鳴り響いた。このメロディーは、彼の仕事用のスマートフォンである。
「くっ……」
悔しそうなうめき声が聞こえて、そっと顔を上げる。良希さんが唇をかみしめ、つらそうな顔をしていた。
「よ、良希さん。あの……電話が」
「楠木教授だ。あの堅物先生……まったくもう」
良希さんが大きく息をつき、私をゆっくりとソファに下ろす。リモコンの横に置いたスマートフォンを取り上げると、深呼吸してから応答した。
「水元です。どのようなご用件でしょうか」
事務的な口調が彼の心境を表す。私に済まないと合図してから、廊下に出ていった。
「……びっくりした」
あり得ないほど鼓動が速い。ソファに身を投げ、乱れた息を整える。
しばらくそうしていると、階段を上っていく足音が聞こえた。論文の話だろうか。楠木教授との電話は長引きそうだ。
「どうしていきなり、あんなこと……」
キスをしたからだと思い至り、熱くなる頬を押さえた。あの口づけが、彼の理性を吹き飛ばしたのだ。そして私の理性も。
不思議な現象だった。元カノとか、可南子さんとか、すべてのモヤモヤが消えている。あまりにも単純すぎて、我ながら驚いてしまう。
「ええと。あっ、そうだ!」
じっとしていられず、キッチンに移動した。別のことをすれば落ち着くだろう。そわそわする心と身体を、どうにかしたかった。
気を紛らわすため、手作りチョコレートの材料を確認することにした。
明日はバレンタインデー。材料は買ってあるので、午前中に作る予定でいる。チョコレートの種類は、トリュフ、ケーキ、マカロン。あれこれ迷った末、ハートの型抜きチョコに決めた。シンプルなぶん、デコレーションを凝ったり、メッセージを添えたりできる。
収納棚からデパートの紙袋を取り出し、中身を確認した。
「板チョコとココアパウダー、ペンシルが三色……よし、準備オッケー」
紙袋を棚に戻そうとして手を止めた。よく見ると、奥にもう一つ紙袋が入っている。
奥行きのある棚なので気づかなかった。取り出してみると、これもデパートの紙袋だ。他に買い物をした覚えはないが、とりあえず中身を確認した。
「板チョコとココアパウ……ええっ?」
まったく同じ材料が入っている。まさか、間違えて二回買ったとか? でも、私は記憶喪失だけど、物忘れの症状はないはず。
もしやと思い、二つ目の紙袋をがさがさと探った。
「あった!」
袋の底にレシートを見つけた。日付は今年の二月一日。バレンタインフェア特設会場と印字されている。記憶喪失になる三日前の日付だ。
チョコレートを手作りするつもりで、材料を買っておいたらしい。
覚えがないのは記憶喪失のせいだと分かりホッとするが、まったく同じものを買うとは、我ながらビックリである。
「?」
ふと、違和感を覚えた。記憶を失くす前の私も、良希さんに手作りチョコをプレゼントするつもりだった。それならなぜ、高級チョコレートを買ったのだろう。
良希さんの他にチョコレートを贈る相手などいないはずなのに。
しばし考え、ある人物の顔がぱっと浮かんで思わず声を上げた。
「そうか、お父さんだ」
私は毎年、父にバレンタインチョコを贈っている。日頃の感謝を込めて、ちょっとした恩返しのつもりで。今の今まで、すっかり忘れていた。
「でも、いつもは千円くらいの普通のチョコなのに。今年は奮発したのかな?」
よく分からないが、高級チョコは失くしてしまったので、父のぶんは買い直しだ。
今度実家に帰るとき、同じくらい高級なお菓子を買っていこう。というより、一度電話してみようかなと思った。記憶を失って以来、考えることがありすぎて父の存在をすっかり忘れていた。私の状態については良希さんが連絡してくれたが、きっと心配している。チョコレート紛失といい、つくづく親不孝な娘である。
紙袋を片付けてからリビングに戻り、父に電話をかけた。すぐに元気な声が聞こえて、私はホッとしながら近況報告した。
『そうか、そうか。元気そうでなによりだ。良希君が心配いらないと言ってくれたが、近々見舞いに行こうとしてたんだよ』
かなり安心したようで、父は嬉しそうに笑った。
『傷が治って、あとは記憶だけってことか。それなら、家の中ばかりじゃ気が滅入るだろう。良希君と旅行でもしたらどうだ』
旅行――心配性の父らしからぬ、思い切った提案である。
『もちろん体調が良ければの話だが……例えば、思い出の場所を旅するのはどうかな。と言うのも、お父さんも最近、あちこち出かけてるんだ。若い頃に、お母さんとデートした公園とか』
「そ、そうなの?」
親が『デート』なんて言うと、こちらが照れてしまう。
「知らなかった。お父さんって、意外にロマンチストなんだね」
『いやいやそうじゃなくて、懐かしい気持ちに浸れるんだ。忘れていたことも、鮮やかに思い出したりしてな』
「ふうん」
そういうものかしら。半信半疑だが、悪い提案ではないと思った。
「でも、良希さんは仕事が忙しいし、私のことで、これ以上負担をかけられないよ」
『忙しいからこそ、そういった時間が必要だと思うぞ。良希君も気分転換になるんじゃないか?』
「うーん……」
確かに気分転換は必要だ。ただでさえ忙しいのに、私がこんな状態だからストレスが溜まるだろう。いくら大らかな良希さんでも、いつか限界がくる。
それに、二人で旅行してのんびりできるとしたら、私も嬉しい。
「そうだよね。良希さんに提案してみる。ありがとう、お父さん」
『なにごとも明るく、前向きに考えるんだぞ。くれぐれも無理しないようにな』
電話を切り、ソファに横たわった。
忘れていたことも鮮やかに思い出す。例えば、良希さんと旅した場所に行けば、それをきっかけに、プロポーズの言葉や、結婚に至る様々な記憶が蘇るかもしれない。
幸せな予感に浸るうち、なんだか眠くなってきた。今日は結花が来て、可南子さんが来て、刺激的なことがたくさんあったし、身も心もエネルギーが尽きたらしい。
良希さんはまだ下りてこない。論文の仕事が忙しいのだ。
旅行に行きたいけど、誘ってもいいのかな。二人のために、よく考えようと思った。