書籍詳細
極道CEOは懐妊妻にご執心~一夜の蜜事から激愛を注がれ続けています~
あらすじ
「俺のそばにいてくれ」
余命宣告を受けた志麻は、旅先で極道の賢人と出会い、最後の思い出にと一夜をともにする。ところが帰国した志麻は、診断が誤りと聞かされ、さらに妊娠が発覚! 「俺の妻になれ」――戸惑う志麻は、追いかけてきた賢人から熱く激しく求められ…。極道である賢人との関係を周囲に反対されても、彼がぶつけてくる一途な情熱に、志麻も抗えなくなって…!
キャラクター紹介
広瀬志麻(ひろせしま)
エクステリアを扱う会社勤めのOL。旅先で賢人に助けられ人生が変わった。小学生の頃母と死別し、父とも現在は疎遠。
城田賢人(しろたけんと)
建築会社のCEOも務める極道の若頭。鵬翔会組長の愛人だった母が亡くなり、十歳で引き取られた。
試し読み
「どうした。今日はやけに不幸そうな顔してるな」
窓に腕をかけ、身を乗り出す城田さん。
通行人が私と城田さんを交互に見ていく。不審なものを見るような目線にいたたまれなくなる。
私はちょこちょこと車に近づいた。
「城田さん、どうしてここに?」
「志麻はその質問が好きだな。君に会いに来たに決まっているだろ」
城田さんは今日もスーツを着ている。
間違いない。どう見ても城田さんだ。夢じゃない。
「私も会いたかったです!」
助手席の窓に両手をかけ、背伸びをする。
一瞬目を丸くした城田さんは、なぜか私の頭を真顔でなでた。
「なんですか?」
「いや、犬みたいだなと思って……」
たしかに助手席から顔をのぞかせている犬をたまに見かけるけど、それじゃ内外が逆。って、そんなのどうでもよくて。
「あんまり連絡くれないから、私のことを忘れたのかと思ったじゃないですか」
頭に置かれた手が温かい。
よかった。城田さん、元気そう。
「そんなわけないだろ」
「そうですか……。会えてホッとしました」
これからどうするか、ひとりで考えても袋小路に追い込まれるだけのような気がしていた。
城田さんの顔を見たら、なんとなく安心した自分に気づく。本当は、彼に相談したかったのかも。
彼なら、私の話をちゃんと聞いてくれる。緊張するけど、話してみよう。
「俺に会えなくてしょぼくれてたのか。今夜は朝まで一緒にいてやるからな」
ニッといたずらっぽく笑いかけられ、ぼわっと胸が熱くなる。
「とりあえず、乗れ。飯に誘おうと思って来たんだ」
後部座席のスライドドアが自動で開く。
私は迷わず、その中へ足を踏み入れた。
城田さんが予約しておいてくれたのは、川のそばの高級料亭だった。
周囲は背の高いビルが建ち並んでいるのに、そこだけ静かな別世界。
ライトアップされた日本庭園に面した和室に、料理が運ばれてくる。
女将さんを名乗る人が、並べられる料理の説明をしてくれた。
「苦手なものがあれば言えよ」
「あ、生ものがちょっと」
「そうだったか」
妊娠中なので、生ものは避けたい。
城田さんが女将さんを呼び、私のメニューを変えてくれるように頼む。
「ではお刺身を別のものに差し替えますね」
女将さんは嫌な顔ひとつせず去っていく。いや、この人の前で嫌な顔なんてできないか。
以前はお刺身が大好きだったので、とても名残惜しい。
私はお刺身をあきらめ、目の前の小鉢にあるものを食べた。
女将さんがたしか、平貝の昆布〆めとか言ってたっけ? 貝は一度湯通ししてあるらしい。
「おいしっ」
甘酢と昆布出汁のハーモニーが、今の私にはとてもおいしく感じる。
「どんどん出てくるからな。遠慮なく食べろよ。少し痩せたみたいだ」
何気ない城田さんの言葉に、喉が詰まりそうになる。
痩せたのは、食べづわりだとわかる前に、吐き気でご飯が食べられないときがあったから、そのせいだろう。
「今日は日本酒にしようと思うが、飲めるか? ビールのほうがいいか?」
城田さんの横にはすでに冷えた日本酒が置いてある。
「いえ、今日はお茶で」
妊娠中にお酒を飲むことはできない。
「そうか。今日はノンアルの気分か」
無理にすすめてこないし、お酒を飲まない理由を詮索したりしない。
やっぱり、いい人だなあ……。
社会的にはよくない人なんだろうけど、私にはちょっと不思議なくらい優しい。
少しすると、お刺身の代わりに天ぷらが用意された。
「わああ」
喜んでそれを完食すると、中央にあるお鍋の下のコンロに火がつけられた。
「当店名物の水炊きでございます」
女将さんが頃合いを見て、ぐつぐつ沸騰したお鍋の蓋を取る。
「ほわ~」
立ち上る湯気の向こうに、鶏肉と玉ねぎのシンプルな水炊きが現れた。
お出汁は黄金に光り、なんとも言えないいい香りが漂う。
ああ、この湯気を体中に浴びたい。
鶏肉と玉ねぎを口に入れると、それぞれ蕩けそうに柔らかく、玉ねぎの甘みが鶏のうまみを引き立てる。
コラーゲンたっぷりの水炊きが喉を通過していく。
すでにフル活動している胃が、優しく温められていくのを感じた。
「語彙がなくなるくらいおいしいです」
「そうだろ。今日は志麻と温かいものを食べたい気分だった。このところ忙しくて、さすがに疲れたよ」
「抗争の後処理、やっぱり終わってなかったんですか?」
「そうそう。サツに賄賂渡してその場を収めて……ってこらこら」
城田さんは楽しそうにお酒を飲む。
「癒やされたいなと思ったら、君の顔が浮かんだんだ」
動かし続けていた箸を止めてしまった。
器から目線を上げると、城田さんが整った顔でこちらを見つめていた。
「で、この前の返事は考えてくれたか?」
私は口の中にあったものをごくりと飲み込む。
「あれって冗談じゃなかったんですか」
「冗談だったら、今日だって誘ってないだろ」
城田さんが呆れ顔で頬杖をつく。
「すみません。恋愛経験が少ないせいか、そういうのわからなくて」
「遊び目的の女に、忙しい合間を縫って会いに行ったりしないだろ。そう言うと恩着せがましく感じるかもしれないけど。俺はただ君の顔を見たかったんだよ。本気だからさ」
「あ……」
そう言われればそうか。
鋼メンタルのわりに自分に自信がない。だから彼のことを信じられなかっただけ。
このままでいいのか、私。
自分の気持ちを話さなければ。他人から歩み寄ってもらうことばかり期待してちゃいけない。
「あの、返事と言うか、私もお話したいことがありまして」
掘りごたつなので正座をし直すということはないけど、箸を置いて背をぴんと伸ばした。
緊張で鼓動が高鳴る。
「実は私、妊娠しています」
城田さんの目が見開かれた。
「あなたの子です」
そこで言葉は途切れた。
今さらながら、彼のリアクションが怖くて、それ以上言えなくなってしまった。
困るに決まっている。笑われたらどうしよう。うろたえるかもしれない。
城田さんは何度か瞬きし、大きな手で自分の額を押さえた。
「ちょっと待ってくれ。驚いた」
本当に驚いたのだろう。わずかに頬が上気しているように見える。
「たしかにグアムで、できるようなことをした。ちゃんと覚えている」
「しましたね」
「君が初めてだと思えないくらいの反応をするから、こちらも油断したというか、我慢できるはずのものができなくて」
「ちょ、具体的に言わないでください!」
いつお店の人が来るかわからないのに、そういう話はやめてほしい。恥ずかしい。
「いつわかったんだ?」
「つい最近です」
「そうか……だから今日はぺったんこな靴を履いて、アルコールも生ものも避けたのか。もう立派な母親だな」
今度は口元を押さえ、目を伏せる城田さん。
長いまつ毛の影が頬に落ちる。
言われてみれば、私、ちゃんとした妊婦さんみたいな選択をしている。
妊娠しているとわかったとき、その場であきらめようとは思わなかった。
戸惑いつつも分娩予約を取り、ヒールのない靴を履き、食事に気をつけている。
母親の自覚というほど大層なものじゃないけど、なにかが私の中に芽生えているのはたしかだ。
私はそっと、まだ膨らんでいない自分の腹部をなでる。
「じゃあ、付き合ってくださいじゃなくて、結婚してください、だな」
ゆっくり開いた瞼から見えた黒い瞳が、私をとらえる。
「結婚しよう」
突然のプロポーズに、呼吸が止まりそうになった。
彼にふざけているような様子はない。
普通の人でも逃げる男の人は多いのに、ヤクザな城田さんは至極真面目な顔でそんなことを言う。
責任を取ろうという強い意志を感じた。
「い、いいんですか……?」
結婚は、「付き合う」とは段違いの重い選択だ。ノリだけでできるものではない。
少なくとも、私はノリでは結婚できない。
「だって子供ができたんだろ。それに、そもそも好きじゃなきゃ、付き合おうとも言わない」
「好きっ?」
「好きだよ。今までの話の流れで、どうしてそこ疑うんだよ」
城田さんはちょっと呆れたような目で私を見ている。
「嘘……」
頬が熱すぎて、両手で包んでうつむいてしまった。
城田さんが私のことを好きだなんて、信じられない。
しかも、結婚しようだなんて。
「簡単に決めていいんですか? 私がすごくだらしない、嫌な人だったらどうします」
「そんなこと言ったら、俺なんて反社会的な、世間の嫌われ者だ。もちろん、結婚するなら完璧な一般人を装うさ。心配するな」
笑いながら話す城田さんを前にすると、なんだか肩の力が抜けた。
「一緒にいて心地いいと感じたのは君が初めてだ。だらしなくてもいいから、隣で笑っていてほしい」
穏やかな彼の声を聞いていたら、うっかり涙腺が緩んで涙が出そうになる。
もっと早く、彼に相談すればよかった。
「もう一度言う。俺の妻になれ、志麻」
テーブルの上に、城田さんが厚くて大きな手を差し出す。
この手なら、私も子供も守ってくれそうだ。
「はい」
私はそっと、彼の手のひらに自分の手を乗せた。
顔を上げると、城田さんが力強く微笑んでいる。
私もつられて微笑むと、彼の手が私の手を強く握った。