書籍詳細
凄腕パイロットに囲われたら、眩むほどの愛の証を刻み込まれました
あらすじ
「今日はきっと離してあげられない」
イケメン機長の濃密愛でご懐妊
家事代行サービスで働く真世は男性が苦手。ある日、不在のはずの家主、国際線機長・翔と居合わせ固まってしまう。けれど、何度か顔を合わせ話をするうちに、紳士な彼に安心感を抱くように。一方、温かく癒やしてくれる真世をトラウマごと包み込みたいと気持ちを募らせる翔。彼の甘やかな熱に蕩かされ、心も体も満たされた真世は赤ちゃんを授かり…!
キャラクター紹介
持田真世(もちだまよ)
食事と睡眠を大切にするよう教えられ育ち、現在は家事代行サービスで働く。
星野 翔(ほしの かける)
国際線のパイロット。家事の依頼をきっかけに真世と出会い、やすらぎを感じつつ、激しい熱情も抱くようになる。
試し読み
「行こうよ。おうちデートの次はお外デート」
「お外デート」
今日は何度も互いにオウム返しだ。はっきりと言葉にしたわけじゃないが、勘違いでなければ。
「この際だからはっきりさせておくけど」
「は、はい」
「俺は君に……真世さんに好意を持ってる」
たった今真世の心の中に生まれた願望がそのまま翔の言葉となった。じっとこちらを見つめる力強い目に真世はすっかり囚われてしまった。
「こんな風にまどろっこしいことをしなくても会える関係になりたい」
「……星野、さま」
「それ、やめて」
人差し指が真世の唇に触れた。薄い皮膚を通して感じる温もりに、真世の胸がどきりと高鳴った。
「様なんてつけられるのはちょっと」
「……」
初めてのことばかりで、真世はどうしたらいいかわからない。好意を嬉しく思うのに、どう返事をしたらいいのか迷う。今日この日のために、自分は何をしてきたか。それを思い返せばすぐに答えは出せるのに。
慣れないスパイスで何を作ったらいいか。家で何度も何度も練習した。なぜそんなことをしたのかと聞かれれば、おいしいものを食べてほしかったという真世のエゴだ。
「……ごめん、焦った自覚はある。今すぐじゃなくていいから。お茶でも淹れよう」
何も言えないでいると、翔はその空気を察した。ソファから立ち上がり、左に感じていた重みがなくなる。たったそれだけだったが、近くにいた存在を感じられなくなり、心にぽっかり穴が開いたような虚無感を覚えた。翔は今までと同じように話題を変えようとしてくれた。真世のことを思ってくれてだろう。いつもならその優しさに甘えてしまうところだが、このときばかりはそうしなかった。
「あの」
立ち上がった翔の裾を引っ張る。真世が一歩前に進むと想像してなかったのだろうか。翔はわかりやすくぎくりと体をこわばらせた。あまりにも大胆すぎたかと一瞬後悔しかけたが、甘えてばかりの自分ではいたくなかった。
「私、今日清水の舞台から飛び降りる気持ちでここに来てて」
正直に言えば楽しみと思う気持ちの裏に残る恐怖を隠せなかった。心の中だけで思うだけでは相手に伝わらない。ゆっくり深呼吸をして翔と視線を合わせる。
「会いたいって思ったんです」
「っ」
真世に感情が顔に出るなんて言っていたが、翔も同じだ。信じられないと驚いたばかり目を見開いて固まってしまっている。
「いつも、私のこと考えてくれているってわかってるんです。でも今日だけはちゃんと……」
続きを伝えたくても感極まってしまい、何も言えなくなってしまう。唇が震えてうまく次が出てこない。何せ真世は恋に疎い。学生時代の淡い恋なら経験があるが、大人になってからは一切ない。自分の気持ちを伝えることもこれが初めてだ。言葉が詰まり、沈黙が流れる。
それでも、今自分の言葉で伝えなければここに来た意味がない。重なった視線から逃げ出さないようにもう一度翔を見つめた。
「自分で考えて、会いたいって思ったからここにいるんです」
言い切った後、わかりやすく大きく息を吐く。
「ありがとう」
どうしたらいいかと混乱していると、優しい温もりに包まれた。先ほど玄関で感じたものよりずっと強く抱きしめられている。
「君のこと……真世さんのこと考えているふりして自分が逃げてただけかもしれない」
「逃げていた……?」
「そう。真世さんが少しでも自分に警戒してたり困ったなって顔をしたらそれ以上踏み込むのを止めたりしてたから。君のことを思っていると言えば聞こえはいいかもしれないが、結局は真世さんに言わせてしまった」
反省、と零して翔が小さく息を吐く。その吐息が肌をくすぐり、嬉しいやら恥ずかしいやらで真世は返す言葉を失った。
これ以上ないくらいきつく抱きしめられている。けれども、全然苦しくない。迷いながらも真世は大きな背中にそっと手を回す。
「アプリを通してじゃないと会えないことにずっと虚しさを感じていた。仕事以外のことで話をしたいし、デートにも誘って……都合が合えばでいいから、OKをもらいたい」
「……私なんて、そんな価値あるのでしょうか」
「そんなこと言ったら俺だって君の隣に並べる価値があるか自信がないよ」
そんなこと。と真世は翔の胸の中で首を横に振る。すると体が少し震えていて、笑っていると伝わってきた。そんな振動に交じって翔の心音が肌を通して伝わってくる。少し速い鼓動を感じることができるくらい少し余裕が出てきたときだった。
「好きだよ」
シンプルで力強い言葉が頭上に落ちてくる。驚きが勝り、真世は思わず甘い拘束から逃げてしまった。
「っ、す、すき」
「そう。ちゃんと伝えたかったから」
回りくどい方法でしか自分の思いを口にできない真世と違い、翔はまっすぐに思いを伝えてくる。甘い囁き声に乗せられた思いが、心の中にじんわりと広がっていく。思いは同じはずなのに、真世は言葉に詰まって返事もできないでいた。
「まーよさん」
「は、い」
やっとの思いで絞り出した返事は震えていた。嬉しくて嬉しくてたまらないはずなのに、感極まると人は何もできなくなってしまう。追い打ちとばかりに涙が一つ、二つを目尻から零れ落ちてくる。
「泣かしたいわけじゃないんだけどなあ」
「すみま、せ」
長い指が真世の目尻を撫でていく。涙でぼやけた視界が少しクリアになると、優しく微笑む翔がいた。慈しみを浮かべた瞳に映るのは自分。涙をぬぐう温もりを与えられるのも自分だ。
――なんて、幸せなんだろう。
真世はたまらなくなって、翔に思い切り抱き着いた。すう、はあ、と深呼吸して気持ちを整える。
「私も、好きです」
涙で声が震えてしまう。翔への思いが弾け飛びそうだが、絞り出した声はガラガラでちっとも可愛げがない。
「うん。ありがとう。嬉しい」
なんとも情けない告白だが、翔の声には喜びが浮かんでいるようにも聞こえた。同じ気持ちでいてくれたことが、真世の喜びを倍にさせる。じわじわ広がる幸せを噛みしめていると、「さて」と頭の上で聞こえてきた。
「じゃあ、名前。呼んでもらえる?」
「名前……」
「そう。せっかくこうして思いが通じたんだから。真世さん、俺の名前を呼んで。仕事中は星野様でもいいけど、今は違うでしょ?」
こだわるなあ、と真世は笑いで体を震わせる。まだ緊張しているが、翔の気遣いに少しずつそれが解れていく。
「言っとくけど名字はなしだよ」
「わ、わかってます」
まだ唇は少し震えている。それでも翔の期待に応えたくて、真世は気持ちを整える。
「かけ、うさん」
最後の最後でミスしてしまった。決まらない自分が情けない。
「はい。かけうさんですよ」
「すみませ……」
やり直しで。と真世は小さく懇願した。いつまでも待っていると優しい声が耳に響いた。その声の妖艶さに膝の力が抜け落ちそうになった。
「翔さんの声の威力、すごいです」
「そう?」
ぎゅっと胸に抱かれているが、今どんな顔をしているか想像できる。それはもう意地悪な顔をして笑っているだろう。想像はできても、今の真世にそれを指摘する余裕はない。しかも、力の抜けた足を支えるように、翔が支えてくれている。奇しくも体の全てを預けてしまっている。相変わらず翔の鼓動は少し速いが、言動にそれが表れていない。
「真世さん」
名前を呼ばれる。そっと顔を上げると、想像した意地悪な顔のかけらもなくて、目を細めて真世を見下ろしている。その顔は慈しみに溢れていて、全てが自分に向けられていた。
「真世さん、好きです」
「……私も、好きです」
真世がそう言い切ったとき、額に温かいものが落とされた。ほんの一瞬だけの触れるようなキス。額から広がる幸せに、真世は翔と同じように目を細める。
「ごめん。我慢できなくて」
びっくりしたが、嬉しかった。真世は首を横に振る。
「嫌じゃない?」
「嫌じゃありません」
自分でもびっくりするくらいの速さで否定してしまった。これじゃあもっとしてほしいみたいだとすぐさま顔を逸らす。すると、頬が温もりに包まれた。
「じゃあ、今度は唇にしてもいい?」
「っ」
どストレートに聞かれてしまった。今度はすぐに答えられなかった。
嫌ではない。けれども恥ずかしさが勝ってしまい、小さく頷くしかできなかった。
近づく顔。自然と目を閉じる。キスは初めてではない。ただ、本当に久しぶりでどんなものか忘れてしまった。一つ一つきちんと確認してくれるのは嬉しいが、少しもどかしい。そう思ってしまうのはワガママなのだろうか。
そんなことを考えていると、柔らかい温もりが重なる。秒にも満たない刹那のキスだった。それを自覚した瞬間、心臓がこれ以上ないくらい早鐘を打った。
「……はあ~」
少し離れていた体をまたぎゅうっと抱きしめられた。頭上で聞こえるため息に合わせるように真世も息を吐いた。
「理性壊れそう」
「翔さん?」
「このまま家にいると、危ない」
そっと体が離れていって、二人の間に空間ができる。それがあまりにも寂しくて真世は無意識のうちに手を伸ばしていた。
「……」
「……」
翔を追いかけて、思い切り抱きしめてしまった。抱き着いて温もりが伝わってきたとき、初めて自分の行動に気づいてしまった。
「真世さんも離れがたい?」
「……すみません」
そろそろと離れると、翔が体を震わせて笑っていた。
「これからはいつでも一緒にいられるね」
「ソウデスネ……」
一歩、二歩、と前倣えのポーズで離れていく。恥ずかしさで翔の顔を見られない。
「さて、からかうのはこのくらいにして、出かけようか」
「え?」
「デート。これからは家の中だけじゃなくて外でも一緒にいられるんでしょ?」
「そ、そういうことになりますね」
「クリスマスマーケット。当日忙しい二人だから、楽しもう?」
そう言って翔は真世の手を握ってきた。自分の手と翔の間で視線を行ったり来たりさせながらも答えはもう決まっていた。
「はい……行きたい、です」
よし、と小さなガッツポーズと共に、翔が支度を始める。
「帰りは送っていくから、支度して」
「いえ、そこまでは……」
「夜道は危ないでしょ? それとも彼氏に送らせたくない?」
「かっ、かれ……」
彼氏。改めて言葉にされると困惑が勝ってしまう。一日の中で色々起こりすぎて、追い付いていかない。
「手を繋いで歩きたいんだ」
「て……ですか?」
「そう。浮かれてるって笑う?」
「っ、そんなこと」
勢いよくぶんぶんと首を横に振ると、「よかった」と翔が胸を撫で下ろした。
「バッグは? それだけ?」
「え、と。待ってくださいね」
今日の材料を買うためのエコバッグも持った。家にある道具で調理したため持ち物も少ない。
「あ、スパイス……」
もらったスパイスをキッチンに置きっぱなしだったことを思い出す。取りに戻ろうとしたら、手首を掴まれる。
「それは、今日は忘れるのはどう?」
「……忘れる?」
「そう。今日の忘れ物。また取りに来て」
どうしてそんなまどろっこしいことをと思ったが、翔なりの甘えなのかもしれない。そう悟った真世は少し肩を竦ませて笑みを浮かべた。
「忘れるんですか? ハウスキーパーとして失格かもしれないですよ?」
「今日は違うでしょ? また俺んちで使えばいい」
可愛い甘え方だ。心が繋がったからか、かっこいいだけでなくこうして可愛い面も見つけてしまう。
「じゃあ、今日は忘れ物をすることにします」
「もし家で使いたくなったら、うちに取りにくればいい。これからはいつでも来ていいんだから」
「わかりました」
くすくすと笑みを浮かべていると、掴まれた手に力が込められた。
手を結び直して、互いに力を込める。靴を履くときも、外に出るときも手は離れなかった。真世が二人の結び目を解こうとすると、力が込められるのだ。翔の強い意志を感じて、真世はされるがままとした。
「行こう。外は寒い」
「はい」
その宣言通り、ドアを開けると冷たい空気が頬を撫でていく。高層階ということもありまだ室内だが、ガラスを通じて感じる空気は冷たく体温を奪っていく。
「代々森公園なら、ここからだと電車が一番近いかな? 車でもいいけど、この時間は混むかもなあ」
「電車の方がいいですかね。今の時間ならラッシュと逆方向だし」
「そうだね。あまり遅くなってもよくない。今度はドライブでも行こうか。日光におすすめのレストランがあるんだ」
次の予定がどんどんできていく。日光は行ったことがないと告げると、紅葉の時期は綺麗だとか、冬は日本三大名瀑が凍って綺麗だとか……話題が尽きない。エレベーターを待つ時間も楽しくて真世の口元は緩みっぱなしだ。
「滝に行くとなると、山登りですよね? 空も綺麗なんじゃないですか?」
「そうなんだ。空気が澄んでいるから、色が違う」
「私、初めてここに来たとき、空を飛んでいるみたいって思いました。夏の暑い日だったんですけど、気持ちがパッと晴れて……」
そう語っていると、結んだ手の力がさらに強くなった。どうしたのだろうと思って視線を手、翔、と移していく。視線が交わう。翔は見たこともないような優しい笑みを浮かべていて、真世はその顔に見惚れてしまった。
「嬉しい」
見惚れてしまっていた真世は、言葉を忘れてしまった。
「俺もここのマンションを買うとき、同じことを思ったんだ。時期も夏ごろだったし」
到着したエレベーターのドアが開いた。一緒に中に乗り込むと、エレベーターにしては広い室内なのに、肩が触れ合うほど近くに存在を感じた。
「やっぱり真世さんは、真世さんだ」
「翔さん……?」
首を傾げて続きを促すが、翔はくすくすと笑うだけで何も教えてくれない。何がやっぱりなのだろうか。翔の真意がわからない。時々こうして一人で納得するような仕草を見せるが、さっぱりわからないのだ。
「俺が思ってたこととか、好きだなってことにいつも気づいてくれる」
「そうですか? 自分ではよくわからないです」
こてんと頭を真世の肩に乗せてくる。甘えたような動作に、心臓がどきりと高鳴った。
――可愛いって思っちゃう。
大人の男の人に甘えられた経験はない。けれども、心がムズムズとくすぐったくってたまらない。それに、こんな翔を見られるのは滅多にないのでは? と思い現状を甘んじて受け入れた。
「大好きだってことだよ」
まっすぐな好意をぶつけられた。肩に置いていた頭が離れて、今度は見上げる形になる。視線が絡み合い、美しい顔がゆっくりと近づいてきた。そっと唇が触れる。一度、二度と重ね合うと、段々とキスが深くなっていく。繋いだ手とは別の手で体を引き寄せられ、さらに密着してしまう。
「……んっ」
結んだ手と指の間がしっとりと汗ばんでくる。呼吸を奪われるほどのキスが続き、頭がぼうっとしてくる。大きな手が真世の背中を撫で、そのままゆっくり上がってくる。真世の髪を乱し、よりいっそう口づけが深くなる。しかし世界最高峰の技術が組み込まれたエレベーターはエントランスまであっと今に運んでくれる。一瞬唇が離れたとき到着を知らせる音が鳴り響いた。
「……」
「……」
お互いどこか気まずくて無言になってしまう。心臓がバクバクと存在を主張し続けて苦しいくらいだ。
「髪乱しちゃったね」
先に口火を切ったのは翔だった。自分ではどうなっているかわからないため、手櫛で直していると「こっちだよ」と大きな手がまた髪に触れた。
「すみません」
「俺がしたからね」
はい、綺麗。と直してもらった後、長い指が真世の髪を一房さらっていき、さらさらと流れ落ちていく。
「ありがとうございます……」
その手つきがまるで名残惜しいとでも言わんばかりで、真世の心臓はまた早鐘を打つ。
――付き合うってなると、こんなに甘々になっちゃうの……?
ついていけないと真世はコートをぎゅっと握り締める。何かに縋っていないとパニックで叫び出してしまいそうだった。
「っ、ふ」
そんな風に自分の感情をやり過ごそうとしていると、隣から笑い声が聞こえてくる。何かあったのかと思って顔を上げると、口元を手で押さえて必死に笑いを堪えている翔が目に入った。
「真世さんっていつも冷静なイメージだったから……」
「な、なっ!」
どうやら一連の流れをしっかり見られていたようだ。ぐうの音も出ないと真世はふい、とそっぽを向いた。
「ごめんごめん。すごく可愛くて……俺にしか見せない姿って思ったら嬉しくなった」
先ほどからずっと繋がれていた手の結びがまた強固になる。真世はそれだけで機嫌を取り戻してしまう。