書籍詳細
極道の許嫁として懐妊するまで囲われることになりました~危険で甘美な20年分の独占愛~
あらすじ
「俺の子を孕め」
【魔法のiらんど コラボ小説コンテストマーマレード文庫賞佳作受賞!!】
令嬢の葵衣は、突如現れた極道の貴臣に、自分たちは家同士の決めた婚約者だと告げられる。戸惑う葵衣だが、貴臣の屋敷で祖父の代の“ある約束”を知り、跡継ぎを産めという彼の要求を受け入れる。「おまえは俺だけを見ていろ」――この関係に愛はないと覚悟していたはずなのに、毎晩求めてくる貴臣に予想外に甘く蕩かされ、彼の濃密な熱情に溺れていき…。
本作は2022年に魔法のiらんどで実施された「極上の男×身ごもり・シークレットベビー小説コンテスト」でマーマレード文庫賞・佳作を受賞した『極上極道と秘密の妊活します』に、大幅に加筆・修正を加え改題したものです。
キャラクター紹介
藤宮葵衣(ふじみやあおい)
藤宮製紙の令嬢。婚約破棄された矢先、極道の貴臣が突然現れ、熱烈強引に求婚される。清楚で気丈さも併せ持つ。
堂本貴臣(どうもとたかおみ)
若くして堂本組の組長を継ぎ、複数の企業も経営。威厳を感じさせる、強靭な体躯と精悍な顔立ちが印象的。
試し読み
ほっと息をついた私は脱衣所から出ようとして、扉を開ける。
すると、眼前に貴臣が立っていた。まるで番人のように立ちふさがっているので、思わず身を引いてしまう。
「溺れていなかったな。心配したぞ」
「……ご心配おかけしました。お風呂どうぞ」
「では、俺も入ろう」
微笑を浮かべた貴臣は、私と入れ替わりに脱衣所へ入っていった。
彼の安堵した様子から察するに、今の心配は冗談ではなく、本気だったらしい。極道なのに、怖いのか優しいのか、よくわからない男だ。
でも、今まで私の周りにはいなかったタイプだわ……。
ほかほかに温まった体を、長椅子に落ち着ける。そうすると、これから起こるであろう行為を想像してしまい、自然と体が強張った。浴室からは、貴臣が入浴しているかすかな音が聞こえてくる。
無理やり組み伏せられたら、どうしよう。
けれど泣いたりしてはいけない。貴臣がどのようなやり方をしたとしても、受け入れなくてはならないのだ。
そう覚悟を決めたはずなのに、ぶるぶると体の震えは止まらなかった。
ややあって、がらりと脱衣所に続く扉が開く。お揃いのバスローブをまとった貴臣は微塵も憂いのない顔をして、大股でこちらに近づいてきた。
「待たせたな」
「ま、待ってないわ。早かったのね、もっとゆっくり浸かっていいのに」
気丈に振る舞ってみたものの、すぐに長い腕が絡みついてきて、体ごと掬い上げられる。
「きゃ……な、なにするの!?」
「お嬢様を閨にさらうんだよ。俺の忍耐もそろそろ限界だ」
軽々と横抱きにされて、舞台へ連れ去られる。
数段の階段を上った貴臣は紗布を掻き分けた。
そこには純白のシーツが広がっていて、二組の枕が並べられている。舞台と思っていたが、ここが寝所だったようだ。仕切られていたので、それとはわからなかった。
ほのかな明かりを照らす行灯が、薄暗い褥を橙色に染め上げている。
私の体は優しく布団に横たえられた。
すると片手を取られ、指を絡め合わせてつながれた。強靱な肉体が覆い被さり、仰臥する私の体をすっぽりと隠す。
どこにも逃げ場はなく、彼の腕の中に囚われた。
精悍な顔が近づいたと思ったとき、雄々しい唇にくちづけられる。
目を閉じて、彼の唇の弾力を味わった。
あ……きもちいい……。
貴臣の唇も、つながれたてのひらから伝わる熱も、体の奥深くまで浸透して不安を鎮めさせた。
情熱的な愛撫を施され、蕩けた体は彼の中心に貫かれる。破瓜の血を流した私は、貴臣の子種を体の奥底で受け止めた。
これで彼の子を、孕んでしまうかもしれない。
けれどそのことに嫌悪はなく、それどころか愛しさが胸を占めていた。
どうしたというのだろう。彼との行為は、義務だったはずなのに。
乱暴に扱われるかもなんて不安に思っていたけれど、そんなことはまったくなかった。貴臣は紳士的に、けれど情熱をもって、私を抱いた。
そのことに安堵している私がいた。極道だからといって、乱暴者かもしれないだなんて、浅はかな思い込みだった。
霞む意識の中でそんなことをぼんやり考えていると、体を重ねた貴臣は頬を擦り合わせてくる。しっとりとした彼の肌の感触が安堵をもたらした。
「……最高だ。好きだぞ」
「あ……」
とくん、と胸が弾む。
貴臣に『好き』と言われて嬉しかった。私の胸にも恋心が芽生えるのを感じたから。
けれどすぐにその淡い喜びを打ち消す。
これは体を重ねた相手に対するリップサービスなのだと、私の脳が冷静に分析した。行為のあとなのだから、そうとしか考えられない。もしくは、『体が好き』という意味なのだろう。
間近から私の顔を覗き込んできた貴臣は、愛しいものを見つめるように双眸を細める。
情欲に濡れた瞳に愛しさの欠片がちりばめられているのを目にし、切なさが胸を衝いた。
彼の熱の籠もった愛撫と甘い囁きに溺れていく。
私は意識を失うまで抱かれ続け、濃厚な精を呑み込まされた。
そうして私は数日間、褥に囚われ続けた。
今日は何日なのかわからず、貴臣以外の誰とも顔を合わせない。
愛欲を貪ることの繰り返し。
やがて頽れるようにして意識を手放した私は、ふと唇をふさがれたことで、うっすらと瞼を開けた。
「ん……」
口中に冷たい水が流し込まれ、夢中で飲み下す。
くちうつしで喉を潤すのは、なんて心地よいのだろう。まるで乾いた大地に雨が染み込むように、じんわりと水分が体中に浸透した。
濡れた唇が離れると、貴臣はまた情欲に塗れた双眸を向けてきた。彼の性欲は限りがない。絶倫の男の相手をする大変さを身に染みて知ったが、今回は体を求める発言ではなかった。
「飯の時間だ。起き上がれないなら、ここで食べさせてやる」
もう食事の時間らしい。
食事は別室のダイニングに用意されているので、初めはそこでいただいていた。
けれど食事を終えるとすぐに求められることもあったためか、「移動が面倒だ」と言い出した貴臣は、いつの間にか寝所のテーブルにセッティングさせるように命じたらしい。
舞台のような寝所のエリアから歩いてすぐの位置なのだけれど、さらにベッドにまで食事を持ってこられたのでは、褥から出る時間がなくなってしまう。
「だ、大丈夫よ。食事のときくらいは落ち着いて食べたいから、テーブルへ行くわ」
そう答えると、片眉を上げた貴臣はバスローブを手にする。彼はそれを、ふわりと私の肩にかけて裸の体を覆った。
「なんだ。俺に抱かれてるときは落ち着かないのか?」
茶化すように言われ、自らもバスローブを羽織った貴臣に腰をさらわれる。行為が終わったあとでもこうして彼はかまってきて、私から視線を逸らさないので、体の熱が冷める暇がなくて困ってしまう。
「落ち着かないわよ……。わけがわからなくなってしまうの」
「それでいい。俺とのセックスに夢中になっているおまえは最高に可愛いぞ」
額にくちづけをひとつ落とされる。たったそれだけのことで貴臣の熱を感じてしまい、胸がきゅんと疼いた。
テーブルへ着席すると、そこにはご飯に味噌汁、鮭の切り身、小松菜のおひたしにお新香と、旅館の朝食のような膳が用意されていた。和食に限らず、洋食や中華など毎回様々なメニューが提供されるので飽きない。
貴臣とともに、「いただきます」と挨拶した私は手を合わせる。
箸を手にして食事をいただく。食材に高価なものが使用されていることがわかるが、それ以上に調理の腕前がよい。いただく食事はどれも味つけが絶妙で、美しく盛りつけされていた。
「食事は若衆が作ってくれているんでしょう? まるでプロが作った料理みたいね」
「そんなに美味いか?」
「ええ、とても」
「俺にはあまり味がわからないけどな」
なぜか私の顔を見ながら箸を進める貴臣は、手元を見ていない。それにもかかわらず、ご飯のひと粒も零したりはしないのだけれど。
彼はいつもそうなので、不思議に思い訊ねてみた。
「あの……貴臣はどうして私の顔を見ながら食事するのかしら。ご飯を見ないから味がわからないのじゃなくて?」
「おまえを見ていたいからだ。一瞬たりとも目が離せない」
その答えに、私は箸を取り落としそうになった。かぁっと頬が火照る。
「貴臣ったら……もう」
獲物を見定めるように貴臣は、こちらに眼差しを注ぎながら自らの唇を舐める。妖艶なその仕草に、どきりと胸が弾んだ。
ずっと彼に囚われていて、心と体は甘い悦楽に浸ってばかり。
でもそれが、嫌ではないのが戸惑いを生む。
貴臣の絡みつくような視線に困りつつ食事を終える頃、ふいに部屋の扉が小さくノックされる音が耳に届く。
そんなことは初めてだったので首を巡らせると、素早く席を立った貴臣が大股でそちらへ向かった。衝立となる壁があるので、テーブルから部屋の出入口は見えない。
男性の声がひとこと何かを告げると、貴臣が「そうか」とだけ返答しているのが聞こえた。
戻ってきた貴臣の瞳から、欲の色が消えているのを見て取った私の心は、なぜか落胆する。
ど、どうして私、がっかりしてるの……?
まるで、もっと抱いてほしいと願っていたみたいだ。彼とはあくまでも契約として体を重ねているだけなのに。
慌てて自らの心を立て直し、平静を装う。
「どうかしたの?」
「上に用意ができた。おまえに見せたいものがあるから、着替えろ」
見せたいものとは何だろう。
小首を傾げたけれど、この淫蕩な空間からひととき抜け出せるわけなので、気分転換ができる。私はいそいそと席を立った。
ところがシャワーを浴びようとすると、貴臣がぴたりと後ろをついてくる。
まだ一緒にお風呂に入ることは、許していない。明かりのもとですべてをさらすのは羞恥があるから。そう言っているのに、貴臣は果敢にその一線を越えてこようとする。
「……シャワーを浴びるわね」
「俺もだ。一緒に浴びるか」
「それは、ちょっと。恥ずかしいから、だめ」
上目遣いで断ると、ぐっと息を詰めた貴臣は鋭い双眸を向けてくる。
けれど、すぐに目元をゆるめると、心を鎮めるかのように深い息を吐いた。
「まあ、今から一緒に風呂に入ったら長引くことは間違いないからな。俺は母屋で済ませてくる。ゆっくり支度していろ」
そう言って踵を返す貴臣の背を見送る。
なぜか物足りないような想いが胸に吹き込んだけれど、慌てて打ち消した。
ふう、とひと息ついた私はバスローブを脱ぐと浴室に入り、熱いシャワーを浴びる。
ふと紅いキスマークが内股に散っているのが目に入る。
「こんなにつけるんだから、もう……」
迷惑なはずなのに、なぜか声が弾んでしまう。
けれど、浴室から出て洗面台の鏡を見たとき、さすがに息を呑んだ。
首筋から胸元にかけて残されている無数のキスマークは、ひどい執着の徴のようで青ざめる。ずっとベッドにいて睦み合っていたので、これほどついているなんて気づかなかった。
これを貴臣以外の誰かに見られたら、何事かと驚かれてしまう。
「そうだわ。ストールで隠せないかしら」
着替えのため、部屋にあるウォークインクローゼットへ赴く。そこにはワンピースやブラウス、スカートなどの洋服が取り揃えられていた。引き出しを開けると、下着のほかにストールも置いてある。ここを訪れたときには着古した部屋着だったので、ありがたく用意されていたものを借りることにした。
白のブラウスにピンクのスカートを穿いて、水色のカーディガンを羽織る。サイズはぴったりだった。シフォンのストールを首元に巻き、姿見に映して、キスマークが隠れているのを確認する。
そのとき、クローゼットの外から声がかけられた。
「葵衣、どうだ。服は選んだか?」
貴臣がやってきたので、扉を開ける。
まだ濡れている髪を、彼は無造作に掻き上げる。すでに漆黒のシャツとスラックスをまとっていた。裸体よりも雄の色気が滲んでいて、どきんと跳ねた鼓動を素知らぬふりをして抑える。
「ええ。着替えたわ」
私の服装を一目見た貴臣は、双眸を細めた。
首に巻いたストールを、指先でするりとなぞられる。
「寒いのか? どうして綺麗な首元を隠すんだ」
どうしてと問われて、開いた口がふさがらない。
あなたがキスマークをつけるからですけど……。
唇を尖らせた私は、さりげなく貴臣の手を退けて、ストールの位置を調整した。
「寒いからよ。ずっと裸でいたから風邪を引いたみたいだわ」
「それはいけないな。裸でいさせた詫びとして、身にまとうものをプレゼントしてやろう」
微笑んだ貴臣は私の腰をさらって部屋を出る。階段を上って一階へ行くのは久しぶりだ。
「でも、服はクローゼットに入っているわ」
「まあ、見てみろ。これをおまえのために用意させた」
一階に到着すると、貴臣は和室の襖を開け放った。
飾り気のない和室だったその部屋から眩い光が溢れる。
「まあ……」
そこには数々の豪奢な着物が衣桁掛けにされて飾られていた。
鮮やかな百花繚乱が舞う朱の友禅に、可憐な桜吹雪の白綸子、漆黒の縮緬地には怜悧な月夜が描かれている。いずれも意匠を凝らした高価な代物だ。しかも着物だけではなく、金彩や黒繻子の帯に、色とりどりの帯締め、それから螺鈿細工のかんざし、鼈甲の櫛などの小物もずらりと揃えられている。