書籍詳細
秘密で息子を産んだら、迎えにきたエリート御曹司の熱烈な一途愛で蕩かされ離してもらえません
あらすじ
「一生、俺の側にいてくれ」
結婚前日、婚約者・隼人の裏切りを知り姿を消した美咲は、直後に妊娠が発覚。密かに息子を育てて5年が経とうとしていた。しかし、あるきっかけで美咲の居場所を突き止めた隼人が、誤解を解きたいと、変わらぬ熱情で迫ってきて…!隼人と息子との3人暮らしが始まると、隼人の溺甘ぶりがさく裂!?数年の空白を埋めるように2人に愛を注ぎ――。
キャラクター紹介
栗原美咲(くりはらみさき)
男性が苦手だったが、隼人に見初められる。ある事情から、隼人の子を密かに育てている。
伊波隼人(いなみはやと)
大手住宅メーカーINAMIの御曹司で後継者。一目ぼれした美咲に積極的に迫ってくる。
試し読み
「突然このような話をして、申し訳ありません。ですがご両親にも、私がどれだけ美咲さんを本気で想い、真剣なのかを知っていただくのが一番かと思いまして」
みるみる表情が険しくなる父とは対照的に、母が「まぁ!」と喜声を上げる。
「こんな玄関先じゃなんですから、中で詳しくお聞かせいただけます?」
怒りに震える父を押しのけて、母は伊波さんをリビングへと案内してしまった。しょうがなく、私も後ろを追いかける。騒ぎを聞きつけた弟の健吾までもがやってきたものだから、リビングはあっという間に人でギュウギュウになった。
「それで」
全員がソファに座ったのと同時に、まずは父が口を開いた。
「美咲と真剣交際がしたいとおっしゃるんで?」
「はい。こんなにも心動かされた女性は、美咲さんが初めてなんです」
伊波さんはレストランで話したようなことを、両親の前でもう一度語った。
「私がどれだけ美咲さんを想っているか、ご理解いただけましたでしょうか」
「まあ、大体は……しかし美咲との交際を許すかと言ったら、話はまた別ですが」
「お父さん。私、伊波さんにはちゃんとお断りしてて……」
「あら、やだ。もったいない」
そう声を上げたのは母だ。
「いくら昔のトラウマがあるって言っても、そろそろ恋愛に興味を持ってもいい年頃よ。しかも相手が伊波さんなんて素敵じゃない。それを断るなんてねぇ」
「母さんは黙っていなさい!」
「お父さんだって伊波さんのことを褒めてたじゃない。伊波社長は将来大成するだろうって。健吾も彼のような男になってほしいもんだ、なんて言ってたくせに」
「母さん!!」
父は真っ赤になって母の話を遮った。どうやら今の言葉は真実らしい。
「美咲はどうしてお断りしたの? 伊波さんじゃ不足?」
「そんなわけないでしょう! ただ、私は伊波さんに相応しい人間じゃないし……」
「相応しくないとはなんだ」
口をへの字にして、そっぽを向いていた父が身を乗り出した。
「美咲はどこに出しても恥ずかしくない子だと、父さん自信を持って言えるぞ。少し内気で人見知りなところが玉に瑕だが、最近は社会人として頑張ってるじゃないか」
「そうよ。ちょっと頑固だけど素直に育ってくれて、親としては鼻が高いんだから。伊波さんを惚れさせたほどの女なんだって、もっと胸を張りなさい」
「だけど伊波さんほどの人が、私なんかを本当に好きになってくれるわけが……」
「俺の美咲さんに対する想いは本物だよ。ご家族にも自分の気持ちを打ち明けるなんてこと、伊達や酔狂でできないって」
つまり生半可な気持ちで、この場にいるわけじゃないんだ……そう語る伊波さんの目から、真剣な気持ちが伝わってきた。
頬がジワジワ熱を持つ。羞恥で顔が上げられない。
「伊波さんって結構強引なんだ」
健吾がケラケラ笑って揶揄うと、母が「あら、いいじゃない」と口を挟んだ。
「美咲はおっとりしてるからね。伊波さんくらいグイグイ引っ張ってくれる男性がちょうどいいのよ。それで、美咲はどうするの? 伊波さんとお付き合いするの?」
「母さん、それは早計すぎる。第一、二人はまだ知り合って間もないんだから。まずは交際の前に、適度な距離を保ちつつ、お互いを知るところから始めるべきだ」
「あら。お父さんなんて、私と出会って数時間後に、口説いてきたくせに」
「母さん!」
さっきよりも真っ赤な顔で大声を上げる父。まさか、本当に?
「時間なんて関係ないわよ。要はフィーリングでしょう? それに付き合ってみないとわからないことだってたくさんあるし、まずはお試し三ヶ月なんてどうかしら」
「通販じゃないんだから」
「いや、俺もお母さんの意見に賛成だな。三ヶ月付き合ってみて、改めて答えがほしい。結果、やっぱり受け入れられないとしても、そのときは潔く諦めるから」
「伊波さんが私に幻滅するかもしれませんしね」
「それは絶対ないな。君は俺が尊敬する栗原社長が、手塩に掛けて育てたお嬢さんだ。俺は社長を心から信頼しているからね」
居住まいを正した伊波さんは、両親に向かって「三ヶ月間、どうぞ見守ってください」と言って頭を下げた。
伊波さんに「尊敬する」「信頼している」とまで言われ、母には過去の行動を暴露されてしまった父は、それ以上何も言うことができなかったらしい。うぅむと唸ってコクリと頷いた。
「美咲さんも、それでいいかな?」
晴れやかな笑顔を浮かべる伊波さんを見て、前に芝山社長が「やり手」と称していたことを思い出す。
たしかにこの人はやり手かも。
これはもう、承諾する以外ないじゃない。
こうして半ば流されるままに頷いてしまった感が、無きにしも非ずの私だったけれど、とにもかくにもお試し交際期間が幕を開けたのである。
交際の申し込み自体は強引だったけれど、今まで男性と一度もお付き合いしたことがない私のペースに合わせてか、伊波さんは驚くほどゆっくり物事を進めてくれた。
お仕事が忙しいというのに、毎日欠かさずメッセージのやり取りをし、夜には時間が合えば電話で話した。
最初は何を話したらいいかわからず、おやすみの挨拶程度で切っていた電話も、回数を重ねるごとに通話時間が少しずつ長くなっていく。
そして週末は二人でお出かけ。私の行きたいところを中心にプランを練ってくれて、エスコートのとき以外は手を握らないどころか、指先一本触れようとしない。
健吾は「伊波さんって奥手なの?」なんて呆れていたけれど、恋愛初心者の私にはむしろ、これくらいのほうが緊張せずに済んでちょうどいい。
「俺だったら好きな子とベッタリくっつきたいとかって思うけど。姉ちゃんに本気って言ってたの、実は嘘なんじゃない? 弄ばれてないよな?」
「それはないと思う」
さすがの私もこの頃になると、まっすぐに向けられる熱い眼差しと、事あるごとに伝えられる愛の言葉に、伊波さんの想いの深さを実感するようになっていた。
だから彼の行動に疑問を持つことはない。
ちなみに弟の言葉を伊波さんに伝えると、彼は笑って、
「美咲さん、強引なのは好きじゃないだろう?」
と言った。そのとおりだったので、素直に頷く。
「でも健吾……弟が、『本当に好きな相手なら、つい手を出したくなるのが男ってもんだよ』なんてことも言って……伊波さんも、そうなんですか?」
その問いに伊波さんは「うーん」と考えた後、
「まあ、そういう気持ちがないとは言わない」
と素直に白状した。
「でも、あまり一気に詰められても混乱するだろう? 美咲さんがちょうどいいペースで進んでいければって思ってるよ。ただ一つお願いを聞いてくれると嬉しいけど」
「なんでしょう」
「美咲さんが俺のことを、本心から受け入れられたときには、キスしてもいい?」
「えっ」
「美咲さんの前では聖人君子でいられたらよかったんだろうけど、俺はただの人間でしかないから。いつか君とキスしたい。それ以上もしてみたいって、欲は持ってる」
欲って……! だけど伊波さんもれっきとした大人。そういうことを考えたって、おかしくないのかもしれない。
「美咲さんは? そういうこと、考えたことある?」
「私っ、あのっ……」
なんと言ったらいいかわからず、まごまごしている私の頭を、伊波さんはポンポンと撫でてくれた。
「ごめん、困らせちゃったね。こんな話されても嫌だってわかってたのに、ちょっと自制が利かなかった。今は絶対にそういうことしないって約束するから、安心して」
優しく微笑まれて、体の力が抜けていく。
「わかりました……でも」
俯いたまま、ポツリと呟く。
「嫌じゃ、ないです。私、伊波さんとなら……」
その言葉が終わる前に、伊波さんが私を抱きしめた。
彼が普段つけているトワレの香りが、いっそう濃く感じられる。
「ごめん、突然こんな……だけど嬉しくて」
手を握ったこともない私に、こんな抱擁はあまりに衝撃的で……けれど、振りほどく気にはなれなかった。
シャツ越しに感じる逞しい肉体と、伊波さんが齎す熱に頭の中がフワフワする。
返事をする代わりに、彼の背に手を回す。刹那、伊波さんの体がピクンと小さく跳ね、先ほどよりもずっと強い力で抱きしめられた。
──あぁ、私……伊波さんのこと、本気で好きになってたんだ……。
胸に宿った小さな恋情は、お試し期間の三ヶ月を過ぎる前に、たしかな愛へと変わっていた。まさか自分がこんなに早く恋に落ちるなんて、思ってもみなかったけれど、この気持ちに嘘はつけない。
互いの愛を確かめるように、私たちはいつまでも抱きしめ合ったのだった。
そして約束の三ヶ月が経ち、伊波さんは再び我が家を訪れた。
「お嬢さんと結婚を前提にお付き合いをさせてください」
深々と礼をした伊波さんに、父は口をあんぐり開けて絶句した。
まさか結婚なんて言われると思ってもみなかったのだろう。かくいう私も、伊波さんがそんなことを言い出すとは思わなくて、唖然とした。
「あらあら、じゃあ二人は相思相愛になったってこと?」
母はさすがだった。伊波さんの言葉に一瞬驚いた様子を見せたものの、すぐにいつもの調子に戻って私たちを祝福してくれた。
「一気に結婚前提のお付き合いなんて、美咲にしてはやるわねぇ」
「これは完全に私の独断で、美咲さんにもまだお話ししていなかったことなんです」
さすがの母も、この言葉には驚きが隠せない様子だ。またしてもなぜか同席している健吾も、父と同じ表情で伊波さんを見ている。
「ですが私は結婚したいと考えるくらい、美咲さんとの将来を真剣に考えております。プロポーズはまた後日改めて行いますが、今日は皆さまに私の気持ちを知っていただけたらと思いまして」
「……今すれば、いいんじゃないですかね」
伊波さんとの交際を一番反対すると思っていた父が、まさかの言葉を発した。
「こういうのは勢いも大事なんですよ。どうせもう、家族の前で宣言したんです。今がプロポーズのタイミングじゃないですか」
父は俯いたまま、ボソボソと言った。母と出会ってすぐ交際を申し込んだ父だ。時間をかけて、なんて頭はそもそもないのかもしれない。
「お父さんはそれでいいの?」
思わぬ発言に焦る私に、父は、
「いつかは美咲も嫁ぐ日がくるだろう。どこの馬の骨ともわからん輩よりは、身元がしっかりしていて為人もわかっている伊波社長のほうが、断然いいに決まっている」
と答えて、ガックリと肩を落とした。
「お父さん……」
「かわいい娘が親元から巣立っていくのが寂しいのよ。それより大事なのは美咲の気持ちでしょ。どうなの? 伊波さんと結婚する気はあるの?」
正直、そこまで理解が追いつかない。結婚だなんて突然言われても……。
だけど、したくないとは思えなかった。
いつか結婚するなら、相手は伊波さんがいい。
お父さんも言っていたじゃない。勢いも大事なんだって。
タイミングがあるならば、それはまさに今だと思う。
「私も、伊波さんと、結婚を前提に、お付き合いが、したい、です」
勇気を振り絞って言葉に出すと、伊波さんがポカンとした顔になった。
私の返答は予想外のものだったのだろう。あたふたとした様子で何かを言いかけては口を噤む……を何度か繰り返した後、急に「ごめん!」と謝罪した。
え、もしかして結婚を前提にって話は、冗談だったの?
一瞬で、リビングの空気が凍り付いた。父の拳がフルフルと震えている。
そんな雰囲気に一人気づかない伊波さんは、なおも焦りを募らせた様子で、
「すぐにOKしてくれるなんて……ごめん、改めてちゃんとプロポーズがしたい!」
と、まさかのプロポーズやり直し宣言。
「女の人って、一生の思い出に残るロマンチックなプロポーズに憧れるって言うよね? 夜景の見えるレストランとか、いや、クルーズ船を貸し切って、ああでもヘリの上も捨てがたい。とにかくもう一度やり直させてくれないか!」
必死の形相に、笑いが堪えられなくなった。
「今だって充分、一生の思い出に残るプロポーズですよ」
家族の前で公開プロポーズなんて、滅多に経験できることではない気がする。これで思い出に残らないほうがおかしいというもの。
「それに、大切なのは場所じゃないと思うんです。伊波さんが心からそう思ってくれた──私にとってはそちらのほうが重要ですから」
「美咲さん!」
感極まったらしい伊波さんは、家族の前にもかかわらず私を抱きしめた。
「一生大切にする。幸せにするって誓うよ!」
ギュウギュウに抱きしめられて、身動きが取れない。
「それはまだ早い!」と喚く父の声と、健吾の口笛が聞こえる。
リビングは一気に混乱を極めたけれど、それすら嬉しく思える私なのだった。
その後、伊波さんのご両親も交えて両家の食事会が行われ、話し合いの結果、入籍と身内だけの挙式を半年後に、披露宴は翌年の六月に行うことが決定した。
相変わらずのスピード感。だけどもう、動じることはない。
「六月か……長いな」
伊波さんはそう言うけれど、彼は一ヶ月後に海外視察を控えているうえに、帰国後も新規プロジェクトに携わることが決まっているのだ。当面は挙式なんてしている余裕もないくらい、多忙な日々が続くからしょうがない。
「美咲の夫は俺だって、一日も早く自慢して回りたい」
「伊波さんって、案外子どもっぽいところがあるんですね」
「そうだよ。こんな俺は嫌?」
「いいえ、伊波さんの新しい一面を知ることができて、嬉しいくらいですよ」
「ならよかった。けど美咲、何か忘れてないか? 俺のことは名字じゃなく名前で呼ぶって、決めたばかりじゃないか」
両家の顔合わせが済んだ後、そんな約束を交わしていたのだ。けれどつい癖で「伊波さん」と呼んでしまう。
「ごめんなさい、隼人さん」
「婚約者なんだから、名字で呼ぶなんて他人行儀なことはなしな。次に名前で呼ばなかったら、罰としてキスするぞ」
「罰以外で、キスはしてくれないんですか?」
「……いいのか?」
「むしろ、罰でされるほうが嫌です」
「ごめん。もう二度と罰でするなんて言わない」
謝る隼人さんの顔が、ゆっくりと近づいてきた。
頬に手を添えられるのと同時に、ソッと目を閉じる。
唇に、温かくて柔らかな感触。
──この幸せが、一生続きますように。
隼人さんの情熱を唇で感じながら、心からそう願ったのだった。
半年後、この幸せを自ら捨てて、一人逃げ出すことになるなんて思いもせずに──。