書籍詳細
別れたはずの凄腕ドクターが婚約者として現れたら、甘い激愛を刻みつけられました
あらすじ
「お前の全てを俺のものにしたい」S系医師に熱烈愛で迫られご懐妊…!
縁談から逃げ、祖母の元を訪れた莉羅。ところが、祖母宅には男性ドクターの來も暮らしていた。その上、莉羅は初日から彼と同じ部屋で眠ることになり…!「お前の全てを俺のものにしたい」――俺様気質だけど情熱的な來に翻弄され、愛を知っていく莉羅。とある事情で実家に戻った莉羅だが、追いかけてきた來に甘く蕩かされると、妊娠も発覚して…。
キャラクター紹介
吉澤莉羅(よしざわりら)
医療法人の理事長の娘。見合い話から逃れるため家出をする。恋愛小説に出てくるような男性との恋に憧れている。
浅野 來(あさの らい)
海外でも高い評価を得る優秀な医師。現在はある事情から莉羅の祖母の家に住み、町の診療所で働いている。
試し読み
頬を伝った水滴が唇に触れ、微かな塩味を感じる。暫くしてようやくそれが自分の涙だと気づき、薄目を開けた。
「目が覚めたか?」
頭上から來さんの低い声が聞こえる。
「私……どうして……」
「極度の緊張からくる過呼吸。それと軽い脱水。ちょうど今、点滴が終わったところだ」
ここは來さんの診療所。そうか、私、順位の発表の途中で意識が朦朧として……あの後、倒れちゃったんだね。
來さんが言うには、ついさっきまで私のことを心配して皆ここに居てくれたそうだ。
「そうですか……皆さんに迷惑かけちゃいました。そして來さんにも……」
彼はまだ、ウエットスーツを着たままだ。
「俺のことはいい。それより意識が戻るまでずっと泣きながら謝っていたが、もしかして優勝できなかったことを詫びていたのか?」
「えっ……」
一瞬、麻里奈さんと賭けをしたことを知られたのではと焦ったが、そうではなかったようで……。
「言っとくが、俺は別にお前に優勝してほしくて波乗りを教えたわけじゃない。上達する喜びを知ってほしかっただけだ」
來さん、違うの……そうじゃないの。
でも、本当のことは言えなかった。來さんが賭けのことを知れば、きっと怒る。そして見事に賭けに負けた私をまた呆れた顔で見るよね。それだけじゃない。私はあなたとの未来を賭けの対象にしてしまった……。
愚かな自分を恥じ、唇を噛む。すると來さんが立ち上がり、私の顔を挟むようにベッドに両手をついた。
「優勝はできなかったが、お前はよく頑張ったよ。……約束のご褒美だ」
「あ……」
ベッドの軋む音と共に涙で濡れた頬に潮の香りがする温もりが触れ、その温もりは唇へと滑っていく。でも、賭けに負けた私にご褒美を貰う資格などない。そんな頑なな思いが緩みかけた唇を再び固く閉じさせた。
「欲しかったくせに……無理するな」
痺れるような甘い声色が私と來さんの間の空気を揺らし、同時に私の心も大きく揺さぶった。
そんな声で囁かれたらダメだ……來さんのご褒美が欲しくて我慢できなくなる。
密着した胸が激しく疼き、気づけば自分の気持ちが制御できなくなっていた。とうとう溢れる想いに抗えず、ぎこちない手つきで彼の背中に腕をまわす。すると來さんが少しだけ顔を上げ「ふふっ」と笑った。
「いい娘だ……」
熱を孕んだ妖艶な双眸に見つめられ、私の理性は完全に溶け落ちた。
「來さんのご褒美……ください」
彼は私の額に張りついていた濡れた前髪を撫で上げ、頬を大きな手で包むと強く唇を押し当ててきた。それは深く濃密な交わり。濡れた唇を割り、差し入れられた硬い舌が歯列をなぞるようにゆっくり動く。程なく絡めとられた舌は彼のなすがまま。口腔内で淫らに踊らされた。
そんな状態が暫く続き、來さんの唇が離れると――。
「下手くそ」
体を起こした彼がまた呆れたように零す。
「ご、ごめんなさい」
キスひとつまともにできない自分に自己嫌悪。シュンとして肩を窄めるが、なぜか來さんは笑っている。
「でも、そこがお前らしい。可愛いよ」
ああ……來さんに初めて可愛いって言われた。
この上ない幸せを感じ、堪らず來さんに抱きつくも彼にサーフィン大会の順位を聞かされた瞬間、現実に引き戻される。
「波乗りを始めてまだ一ヶ月だ。それで四位は凄いぞ」
來さんがどんなに褒めてくれても上手く笑えない。
「それで、來さんは……」
「俺か? 俺はもちろん一位だ。麻里奈も予想通り一位だったよ」
麻里奈さんも……聞く前から結果は分かっていたけど、やっぱり辛い。
「そうですか。來さん、おめでとうございます」
本当はもっと沢山おめでとうって言いたかったけど、これ以上何か言ったら泣いてしまいそうで言葉が続かない。
そんな私の気持ちなど知る由もない來さんが目の前で微笑み首を傾げた。
「一位になった俺へのご褒美は? 何をくれる?」
「私が來さんにご褒美をあげるのですか?」
「当然だろ? 俺も頑張ったんだから」
確かに……と納得したけれど、まだバイト代を貰っていない私は一文無しだ。
「でも私、來さんが喜ぶようなもの、プレゼントできないかも……」
申し訳なくて視線が落ちると彼が人差し指を立て、それを私の方に向ける。
「そんなことはないさ。今俺が一番欲しいのは、莉羅……お前だから」
「えっ? わた……し?」
予想もしていなかった言葉に驚いて勢いよく顔を上げれば、愛しい人が優しい目で微笑んでいた。
「俺は割と我慢強い方なんだよ。でもな、そろそろ限界だ。この可愛い唇だけじゃ満足できなくなってきた。お前の全てを俺のものにしたい……」
一瞬呼吸が止まり、心臓がドクンと震える。
それはつまり、そういうことだよね。鈍感な私でも察しはつく。それに、恋愛小説を読み漁っていたから少なからず興味はあった。
「で、でも、まだ心の準備が……それに私、胸が小さくて幼児体形だし……來さんをガッカリさせちゃうかも……」
恥ずかしさと自信のなさが語尾を曖昧に途切れさせる。しかし來さんは私の心配を豪快に笑い飛ばした。
「別に今すぐとは言ってない。いくらなんでも、さっきぶっ倒れたばかりの女を無理やり押し倒そうなんて思っちゃいないさ」
「はあ……」
「それともうひとつ。全ての男が巨乳好きとは限らない。お前みたいなペッタンコがいいってヤツも居るんだ」
えっ! 知らなかった。男性は皆大きい胸が好きだと思っていたけど、違うんだ。
「ひとつ賢くなりました」
「ふっ……真面目」
今にも吹き出しそうな顔をした來さんが私の頭をクシャリと撫でる。
「じゃあ、シャワーも浴びたいし、そろそろ帰るか。香苗さんと凪が待ってるぞ。あ、麻里奈も居るかもな」
麻里奈さんも……。
差し出された手を握り、笑顔で立ち上がるも麻里奈さんの名前を聞き、気持ちが沈んでいく。そしていつまでこの手に触れていられるんだろうと、切なくなる。
こんなに來さんのことが好きなのに……やっと本当の恋を知ったのに……。
診療所を出た後も來さんは握った手を離さなかった。私はその手をギュッと握り締め、彼の横顔を覗き見る。
麻里奈さんはあの賭けをなかったことにはしてくれないだろう。だったら他に何かいい方法は……。
降るような蝉の声を聴きながら必死に考えた。だけど、そもそもいい方法なんてものがあれば、麻里奈さんとあんな無謀な賭けなどしなかったわけで、こんな辛い思いをしなくて済んだのだ。
ごめんね、來さん、私は何もできない。
自分の無力さに落胆して控えめなため息をついた時、玄関の引き戸が開いて今一番会いたくない人物が顔を覗かせた。
「声がすると思ったら……やっぱり帰って来てたんだ」
「……麻里奈さん」
「大変だったねぇ~、負けたショックで倒れちゃったのかな?」
彼女は私の横に立つと体を密着させ、來さんには聞こえないような小さな声で耳打ちしてくる。
「――ふたりきりで話がしたいの」
私は微かに頷き、精一杯の笑顔を作って來さんに声をかけた。
「先にシャワーを浴びてきてください」
來さんは私の後でいいと言ったが、麻里奈さんと女同士の大切な話があると言うと「いつからそんな仲良しになったんだ?」と茶化して歩き出す。
彼の後ろ姿が完全に見えなくなったのを確認して麻里奈さんが口を開いた。
「約束は守ってもらうから。それと、來君や香苗さんには賭けのことは秘密だよ」
「はい……」
「心配しなくても今すぐこの町を出て行けなんて言わないから。期限は今月いっぱい。一週間後の土曜日まで猶予をあげる。それまでこの綺麗な景色をその目に焼きつけておくのね。もう見られないかもしれないから……」
麻里奈さんのローズピンクの唇の端が上がり綺麗な白い歯が覗く。そんな麻里奈さんの笑顔を見て、ふと疑問に思った。
彼女はどうして來さんが悲しむと分かっていて工場誘致を容認したんだろう。來さんが好きなら彼が嫌がることはしないはずでしょ?
その疑問を言葉にすると、麻里奈さんが露骨に嬉しそうな顔をする。
「それはね、來君があんたみたいな女に興味を持ったから。これは、お仕置きだよ」
麻里奈さんは、自分の気持ちを知りながら私と付き合った來さんにお灸を据えたかったのだと。その話を聞いた瞬間、耳を劈くようなけたたましい蝉の鳴き声も、堤防の向こうから響く波の音も、全ての音が私の耳から消えた。
來さんを懲らしめたいという思いだけで、この海を埋め立てるの? この美しい景色を壊すの? 麻里奈さんはどうかしている。
「県から工場建設の打診があったって聞いた時、渋るパパに賛成するよう勧めたのは私。若者の定住を望むなら、こんな海より雇用を生む企業を誘致した方がいいって言ったら納得してくれたわ。パパはね、私の言うことならなんでも聞いてくれるの」
「酷い……」
思わず漏れた一言に麻里奈さんが異常に反応した。
「はあ? 酷いのはどっちよ? 言っとくけど、一番酷いのはあんただからね。あんたさえここに来なければ、こんなことにはならなかったんだから」
えっ……私のせい?
呆然と立ち竦む私の肩を麻里奈さんが力任せに押し、低い声で怒鳴る。
「この疫病神! さっさとこの町から出て行きなさいよ!」
二日過ぎても麻里奈さんに言われた〝疫病神〟という言葉が頭から離れなかった。
当時はなんて酷いことを言うんだろうってショックを受けたけど、時間が経つにつれ、そうかもしれないと思うようになっていた。
私がここに来なければ、麻里奈さんが工場誘致を町長に勧めることはなかったし、美しい景色が危機に晒されることもなかった。景色だけじゃない。誘致が決まれば、おばあちゃまの家もコムラードも、そして來さんの診療所も全て消えてしまうのだ。
自分を責めては落ち込む――そんなことを繰り返し、先のことは何も考えられずにいる。
今夜もなかなか寝つけず、カーテンの隙間から見える夜空をぼんやり眺めていると、ドアをノックする音が聞こえた。
あっ……來さんだ。
「凪のヤツ、やっと寝たよ」
疲れた表情の來さんが私の隣にドカリと座り、徐に肩を抱く。私は広い胸に頬を当て、彼の体温を感じながら静かに瞼を閉じた。
トクトクと聞こえる來さんの心臓の音――許されるなら、ずっとこの音を聞いていたい。そう、他には何も望まないから來さんの傍に居させてほしい。
いっそのこと、來さんに全てを話し、あんな賭けなどなかったことにしてしまおうかとも考えた。しかし納得して賭けをすると言ったのは、誰でもない。私なのだ。
――約束を破るということは、人を裏切るということ。そんな愚かで卑怯な人間にだけはなってはダメよ……。
これは、私が幼い頃、亡き母が繰り返し言っていた言葉。
そうだよね。約束は守らないと……。
ならば、せめて思い出が欲しいと思った。
残された時間はもう僅か。このままさよならだなんて……イヤだ。どんなに月日が流れても忘れないように、この体に來さんの温もりを刻みつけたい。
そんな切ない願望が羞恥を消し去り、私の背中を押した。
「來さん、私からのご褒美……受け取ってくれますか?」
別れを決めた後に抱いてほしいだなんて自分勝手でずるい欲求かもしれない。人として最低だよね。でも、どんな罰を受けてもいいからあなたが欲しかった。
彼は私の申し出に少し驚いたような顔をしたが、すぐに「喜んで……」と目を細める。意を決して膝立ちになると、その瞳から視線を逸らさぬよう顔を近づけ、自ら唇を重ねた。でもそれは、ぎこちない不慣れなキス。だけど私には、精一杯のキス。
「相変わらず下手だな」
今となっては呆れて苦笑するあなたも愛おしい。堪らず抱きついて頬擦りすれば、お返しとばかりに無精ひげが残る頬を押しつけてくる。
ちゃんと覚えてるよ。チクチクして痛いけど、來さんは気持ちいいんだよね? あなたのことは何ひとつ忘れない。低く通る声も筋肉質の逞しい体も、長めの前髪から覗く綺麗な瞳も絶対に忘れないから……。
再び唇が触れた瞬間、背中に添えられた手に支えられ体がゆっくり倒れていく。ふかふかの敷布団に体が沈むと、彼は私を包み込むように優しく抱き締め「心配するな」と呟いた。
心配なんてしていない。これは私が望んだこと。
数瞬見つめ合った後、啄むように何度も唇が弾み、お互いの半開きの口から漏れた熱い吐息が混じり合う。そして湿った舌先が私の下唇を舐め、ちゅっ……と淫靡な音を立てて吸い上げた。
「柔らかくて甘い……莉羅の唇、舐めて吸ったら溶けてしまいそうだ」
顔を上げた來さんが囁くように言う。
そんな彼を見上げ、このまま來さんの舌に溶かされてしまいたいと本気で思った。溶けて消えてしまえば、もう悩まずに済むから……。
「いいよ……唇だけじゃなく、私の体……全部溶かして」
「ふっ……煽り方は知っているんだな」
大きな手に覆われた小さな胸が愛しさと切なさで震えている。程なくその胸が來さんの目と外気に晒され、露わになった肌の上をしなやかな指と舌が滑っていく。
彼から与えられる甘い刺激で全身が燃えるように熱い。
「怖いか?」
怖くないと言えば嘘になる。でも、後悔したくないの。
「來さんだから……怖くない」