書籍詳細
熱愛オフィス~エリート御曹司に愛されすぎてます!!~
あらすじ
このままここで君と夜をすごしたい
地味で平凡だった私がエリート御曹司に見初められて……!?
「君に会うたびに、どんどん好きになる」不動産会社で働く桜は、ひょんなことから親会社の御曹司・桂木省吾に認められ、新しいプロジェクトのメンバーに迎えられる。初めての仕事ばかりで慣れない自分を優しく見守りフォローしてくれる彼に、ときめいてしまう桜。そんな中、何気なく聞いた桜の質問をきっかけに、省吾が情熱的に迫ってきて……!?
キャラクター紹介
田島 桜(たじま さくら)
桂木ハウジングで働くOL。下町近くの物件管理をしているため、商店街の人々と親しい。
桂木省吾(かつらぎしょうご)
桂木コーポレーションの御曹司。徹底した仕事人間で、一部では冷徹御曹司と呼ばれる。
試し読み
「田島さん。……もしかして、僕が怖いか?」
いきなり訊ねられ、桜は無意識に首を縦に振ってしまった。桂木の片方の眉尻が吊り上がる。しまった――。そう思ったけれど、もう後の祭りだ。
「ち、違うんです。怖いといっても、決して悪い意味じゃなくて……畏怖というか、 いろいろとすごすぎるというニュアンスの『怖い』なんです。本当です、嘘じゃありません」
こちらを見つめてくる桂木の視線が、信号のほうに移った。信号が変わり、車がまた走り出す。せっかく少しずつ桂木との関係性を築けつつあると思ったのに、これで台無しになってしまったらどうしよう。桜は顔を上げられない。しかし、意外にも聞こえてきたのは怒声ではなかった。
「君はおもしろい人だな。僕のことを面と向かって怖いと言ったのは君がはじめてだよ」
桜は驚いて運転席のほうを向いた。桂木は、さっきまでと何ら変わらない様子で運転を続けている。
(よかった……怒ってないみたい)
気持ちが楽になり、ほっとして助手席の椅子にもたれかかった。
(菊池社長の言うとおりだったかも)
桂木は「冷徹御曹司」と呼ばれているだけあって、人を寄せ付けない独特のオーラがある。しかし、それは外見上のことであり、本当の彼は気配りができる心優しい人だ。
本当の意味で強くて優しい人というのは、桂木のような人物のことを指すのではないだろうか。それに、彼はとても頼りがいがある。もちろん、それは彼の役職からくるものではなく、彼自身の人柄からくるものだと思う。
桜は前向きではあるが、臆病な性格ゆえに新しいことを始めるのに時間がかかってしまう。一歩踏み出す前にあれこれと躊躇してしまい、時期を逃した結果、諦めてしまうこともあったりする。
だけど、桂木と話していると、本当の意味で前向きになれるような気がした。躊躇したり迷ったりはしても、結果的にやる気だけが残る。
彼は、ほんのわずかな期間で、桜の向上心を掻き立ててくれた。これから先、また弱音を吐いてしまうこともあるだろうが、そんな時はまた桂木と話したい。
そのことを伝えようと思うのに、うまく言おうとすればするほど頭がこんがらがってきた。
「あのっ……桂木本部長は、どうしてそんなに優しいんですか?」
唐突な質問を受けて、ハンドルを切る桂木の横顔が一瞬だけ引きつったような気がした。ふと思いついたことをそのまま口にしてしまったのだが、思えば答えに困るような聞き方をしてしまったように思う。
「すみません……急におかしなことを聞いてしまって……」
ざっと思い返してみただけでも、桜はいろいろと桂木から世話になったり助けられたりしている。しかも、ほとんどが桜自身のおっちょこちょいや不甲斐なさがきっかけになっていた。
桂木が優しくしてくれるのは、自分の未熟さのせい。そして、そんな半人前を自らプロジェクトメンバーに選んだからには、できる限り面倒を見ようとしてくれているからに違いなかった。
生まれてはじめて目が覚めるようなイケメンに遭遇し、仕事上とはいえ、こんなふうに同じ空間で時をすごしている。ただそれだけなのに、柄にもなく浮かれてしまうなんて……。
「あ……えっと、さっきの質問は、なしってことでお願いします。私ったら、変なことを口走ってしまって……すみません、忘れてください」
桂木は、あくまでも仕事の上でいろいろと気遣ってくれているだけ。ただそれだけなのに、いったい何を期待してあんなことを聞いてしまったのだろう。
桜はあまりの気まずさに、肩をすぼめ下を向いた。
それにしても、さっきからやたらと胸がドキドキして、心臓の音がうるさいくらい鳴り響いている。それどころか、なぜか胸から上が熱を持ち、顔に至っては熱くなりすぎて湯気が出そうだ。
「窓……少し開けてもいいですか?」
苦し紛れに訊ねた声が、ちょっとだけ裏返った。桂木がボタンを操作し、助手席の窓を少しだけ開けてくれた。流れ込んできた外気が冷たくて心地いい。桜は大きく息を吸い込み、心を落ち着かせようとしてみる。
「大丈夫か?」
一声かけられただけなのに、心臓がドキリと跳ねた。ふと気がつけば車はもう桜のアパートの近くまで来ている。
「はいっ、大丈夫です! ただ、ちょっとだけ息が苦しくなってしまって……。あ、でも平気です。車酔いとか、ぜんぜんそういうのじゃありませんから……」
話し方が、やけにしどろもどろになってしまう。自分のことながら、明らかに様子がヘンだ。こんなにそわそわとした気持ちになるのは、いったいいつぶりだろう?
降って湧いたような高揚感が、桜の全身を包み込んでいる。
(うわぁ……何、この感じ! もう、私ってば……)
あともう少しでアパートに到着するというタイミングで、桂木がスピードを落とし、車を路肩に停めた。桂木が桜のほうに向きなおる。防犯灯の灯りが、ぼんやりと桂木の顔を照らしだす。その表情は、いつも以上に険しかった。
ただ黙って見つめられることに耐えられなくなり、桜は膝に置いた指先を、もじもじと重ね合わせた。
「君が僕のことを優しいと感じるなら、それは相手が君だからだ」
「え?」
「……いや、さっき聞かれたことの返事だ。なしってことにされたが、忘れることはできなかったものだから。君とは仕事上のかかわりがあるし、僕には君をプロジェクトに参加させた責任もある」
やっぱり――。
桂木が自分に優しくしてくれるのは、彼の責任感の強さゆえだった。わかっていたことなのに、桜は少なからず気落ちして肩を落とす。
(……って、私ったら、なんでガッカリするかなぁ。いったい、何様のつもり?)
桜が恥じ入って頬を赤らめていると、桂木がまた話し始める。
「それとは別に、実はもうひとつかなり個人的な理由がある」
「かなり個人的な理由……ですか?」
「ああ、極めて個人的な理由だ」
話す桂木の眉間に深い縦皺が寄った。あまりにも強く見つめられて、桜は耐えきれずに下を向いてしまう。
桂木が言うところの「極めて個人的な理由」とは、なんだろう?
もしかして、気がつかないうちに何かとんでもない大失敗をしでかしてしまった?
にわかに不安になった桜に、桂木が低い声で呼びかけてきた。
「田島さん?」
「はい、すみませんっ!」
桜は反射的に謝って下を向いた。しかし、何がどうすみませんだったのかわからないままだ。
「どうか顔を上げてくれないかな? どうやら僕は、また君を怖がらせてしまったようだな。だとしたら、申し訳ない。……しかし、これだけは聞いてもらいたいし、できれば理解してほしいと思う」
桜は桂木に言われるままに、顔を上げた。彼の顔の位置が、さっき見た時よりも若干近くなっている。
「僕が君に優しくする、もうひとつの理由だが……。それは、僕が君に個人的な興味を覚えたからだ。君に会うたびに、君にもっと近づきたい。もっと君のことが知りたいという思いが高まっていく」
言われていることの意味は、なんとなくわかる。しかし、彼が何を言わんとしているのかが、さっぱりわからない。
「あの……申し訳ありません。おっしゃっている意味が、今ひとつよくわからないんですが……」
桜は、思ったことをそのまま桂木に伝えた。
「そうか。では、もっとわかりやすい言い方に変えよう。……田島さん、僕は君が好きだ。同じ人間の異なる性を持つ身として、君を愛おしいと思い、できれば君と付き合いたい――恋人同士になりたいと思っている」
桂木は桜を見つめながら、一言一句はっきりと発音した。
いきなり何を言い出すのかと思えば「恋人同士になりたい」?
どうにも理解できずに、桜は我知らず思いっきり首をひねる。
「えっ? ……じょ、冗談ですよね? まさか、桂木本部長が本気でそんなことおっしゃるわけありませんよね?」
桜は思いっきり顔を引きつらせて首を横に振った。
だって、どう考えても変だ。彼ほどの男が、いったい何を血迷っているのか。もしかして忙しすぎて、ちょっとした錯乱状態に陥ったのでは……。
あれこれと考えを巡らせる桜の目の前に、桂木の顔が迫る。
「僕は、そんな質の悪い冗談なんか言わない。僕が君に言うことは、すべて真実だし本当の気持ちだ。君のことがものすごく気になる。考えてみるに、君が『椿理容店』の前で井戸端会議をしていた時からそうだ。あの時、聞くとはなしに君が『ミモザビルディング』に向かうことを知って、すぐにあとを追った。声をかければよかったのに、こそこそと隠れながら君が掃除をする様子を見守っていた」
なるほど――。桂木は「ミモザビルディング」にいる時、意図的に身を隠していた。
しかし、桜が彼の立てる物音に気づき、あの不審者騒ぎに繋がったわけだ。
「そ、そう……だったんですか……。声をかけずに見ていらっしゃたんですね」
かろうじてあいづちを打ったものの、すでに喉元まで心臓がせり上がってきている。
桂木の話は続く。
「ああ、そうだ。プロジェクトの話はさておき、僕はあの日以来君のことが頭から離れなくなった。どうにかして君と個人的な接触を持ちたいと思い、できる限りスケジュールを調整した上で君を会議室で捕まえ、こうして君とすごす時間を作った」
桂木の話によると、超がつくほど忙しい彼は今という時間を作るために、前倒しで仕事を片付けてきたらしい。
ただでさえ分刻みのスケジュールに追われている桂木だ。時間を工面するために、いつも以上の集中力を発揮して仕事を片付けてきたに違いなかった。
「それもこれも、君と少しでも同じ時間を共有したいと思ったからだ。……いや、だからといって君に自分の気持ちを押し付けるつもりはない。なにぶん、こういった衝動に囚われたのははじめてのことで、いささか戸惑っているんだが――」
桂木の顔に困惑の表情が浮かぶ。常に自信に満ち溢れて毅然とした態度を崩さない彼が、明らかに思い悩んだ様子で眉尻を下げている。
はじめて見る彼のそんな表情を前に、桜はどうしていいかわからず、ただオロオロとするばかりだ。
「ちょ……ちょっと待ってください。戸惑っているのは私です。だって、こんなのどう考えてもおかしいし、普通に考えてありえません」
「どうしておかしいんだ? なぜありえないと思う?」
「だって、桂木本部長ほどの人が私を好きになるわけないじゃないですか。いったい私のどこにそんな要素があるんですか。私はなんの才能もない凡人だし、顔だって十人並みでスタイルだってよくな――んっ……んん……?」
ふいに桂木の顔が迫ってきて、気がついた時にはもう二人の唇が重なっていた。
押さえつけられているわけではない。けれど、あまりの衝撃に、桜は微動だにできなかった。息が止まり、目の前にあるはずのない星が煌めく。
「……ぷわっ! か……かつ……」
唇が離れ、桜は大きく息を吸いながら目を瞬かせた。身体中の皮膚がひりひりと熱くなり、そこかしこからとろとろと溶けてしまいそうだ。
「……すまない。君の同意も得ないまま、こんなことをすべきではないのはわかっている。だけど、君は決して才能がないわけではないし、顔だってスタイルだって悪くはない」
桂木の唇は、まだお互いの息がかかるほど近い距離にある。鼻先は今にも触れそうになっているし、そうしようと思えば睫毛の本数だって数えられるほどだ。
「だ……けど……。でも……」
桜はどう反応していいかわからないまま、身を硬くして口ごもった。
もしかして、起きたまま夢でも見ているのだろうか?
そんな桜の疑念を拭い去るように、桂木が再び唇を重ねてきた。今度は最初の時よりも、ずいぶんと控えめで、ほんの少し触れるだけのキスだ。
「今の僕は、たぶん君の言うところの『普通』の状態ではないんだと思う。だからといって、いきなりこんな失礼な真似をしてもいいわけがない。すごく申し訳ないと思っている……。だけど、できればもう少しだけこうしていたい……。いいかな?」
いつになく控えめな桂木の問いかけに、桜は無意識に頷いてしまっていた。
そっと伸びてきた彼の掌が、桜の顔をゆっくりと上向かせてくる。小刻みに繰り返されるキスのせいで、心臓は破裂しそうだ。けれど、なぜかそれまでガチガチに固まっていた身体から徐々に力が抜けていき、自然と目蓋が下りていくぶんリラックスした状態になっている。
何度目かのキスが終わったあと、桂木の唇が桜の額に移った。彼の身体からは、温かな温度が感じられる。視線が下りてきて、また見つめ合う格好になった。
「突然すまなかった。しかし、君を好きだと言ったのは本当だ。それだけは、わかってほしい」
そう呟いた桂木の瞳からは、どこまでも真摯な思いが伝わってくる。
桜は小さく頷き、自分を見る桂木の瞳を見つめ返すのだった。