書籍詳細
手段を選ばない腹黒御曹司はママと息子を求め尽くして離さない~旦那様の執愛は激しすぎてストーカー寸前です~
あらすじ
「世界できみだけを愛してる」離島に逃れて極秘出産したのに…!?
恋人・豪と音信不通になり失意のすず。その上、彼の子を妊娠したと分かり動揺するも、それから三年、息子と穏やかに暮らしていた。ところがある日、自分を捨てたはずの豪が現れる。御曹司である彼は、家の事情ですずへの求婚を妨害されたが、執着愛を昂らせ、ずっと彼女を捜していた。豪に重すぎる熱情を注がれ、すずの抑えていた想いも疼き始め…!
キャラクター紹介
三園すず(みそのすず)
心優しく前向きなシングルマザー。両親を早く亡くしたため温かい家庭に憧れている。
羽生田豪(はにゅうだごう)
業界最大手・ほずみフーズの後継者。仕事中の厳格な様子からは考えられないほど、すずと太陽を溺愛している。
試し読み
月が替わる頃に、私は初めて豪さんのひとり暮らしするマンションにお邪魔した。
新宿区にある独身者用のマンションはまるでホテルみたいに立派で、賃貸とはいえかなり高級なことがひと目でわかった。
もしかして……豪さんってすっごいエリートのお金持ち? そんな疑惑が今更湧いてくる。
考えてみれば彼はいつだって高級そうなスーツや時計を身に着けているし、車だって高そうなものに乗っていた。クリスマスには私のリクエストでフライパンをくれたり、出張のお土産と称して素敵な傘や枕をくれたりしたけど、じつはかなり高級なものだったのかもしれない。
いいところに勤めてそうとはなんとなく思っていたけど……もしかして私たちとんでもなく生活ギャップがあるんじゃないだろうか。
意識すると緊張してきて、私は彼が初めてうちへ来たとき並みにカチコチになってしまった。
「いらっしゃい。すずがうちへ来てくれるなんて嬉しいな」
豪さんはいつものようにニコニコと嬉しそうに出迎えてくれたけど、広いうえに最新の家電やモデルルームみたいな家具が揃っている室内を見て、私はますます硬くなってしまう。
「どうかした? 一応掃除したから、汚くはないと思うけど……」
なかなか部屋の奥に進み入らない私を見て、豪さんが斜め方向な心配をする。
「そ、そうじゃなくて。こんな素敵なお宅にお邪魔するの初めてだから、緊張しちゃって……」
自分を貧しいと卑下したことはない。世の中には自力で生活費を稼ぎながら大学に通っている学生はたくさんいるし、ちょっと慌ただしいけど普通のことだと思っていた。
けどさすがに、自分の恋人と生活レベルが違いすぎるのは怯んでしまう。もしかして今まで無理して付き合ってくれていたのかなと、恥じる気持ちまで湧いてきた。
きっとそんな思いがぎこちない笑顔に滲み出ていたのかもしれない。豪さんは「すず?」と私の顔を覗き込むと、朗らかな笑みを浮かべた。
「じつはここ、知人の経営するマンションで格安で部屋を借りてるんだ。もともとモデルルームだったから家具も使っていいって言われて。綺麗だし広いんだけど持て余し気味で……我ながら分不相応だなって感じてるよ」
恥ずかしそうに肩を竦めて言う彼に、少しだけホッとした。
「そうなの? 豪さんすごいお金持ちなのかなって、ちょっとびっくりしちゃった」
「……まさか」
「もし私の生活レベルに合わせてくれてるんだったら、悪いなーって思ったりして」
自虐的なことを言ってしまった私に、豪さんがふと浮かべていた笑みを顔から消す。
「……すず。そんな悲しいこと言わないで」
言葉通り本当に悲しそうに、彼は私の髪を指で撫でながら言った。途端に申しわけなさや自責の念が湧いて、「ごめんなさい」が自然に口を衝いて出た。
お互いにどんな生活スタイルを持っていようと、私たちは私たちだ。距離を感じることなんかない。お付き合いをして四ヶ月、一緒にいて楽しかった時間がふたりの真実なのだから。
「今日はお招きありがとう。豪さんのおうちに来られて嬉しい」
気を取り直して微笑めば、豪さんも真剣だった顔をふにゃりと崩した。
ふたりの休みが重なった貴重な本日は、おうちデートの予定だ。部屋で映画を観て、お散歩がてら買い物に行って、それから晩ご飯を一緒に作って食べる。たわいもないけれど彼のそばでのんびり過ごせることが嬉しい。
「お茶淹れてくるから、観たい映画選んでて」
豪さんはリビングに私を案内し、自分はキッチンへと向かった。リビングはダイニングキッチンと繋がっていて、振り返ればカウンターで紅茶の用意をしている豪さんと目が合い、嬉しそうに微笑まれた。
「大きいテレビ……。こんなの電気屋さんの店頭でしか見たことない」
リビングの中央にはまるでスクリーンのように巨大なテレビが鎮座している。これで観る映画はさぞかし迫力があることだろう。
私はテーブルに置いてあったタブレット端末を使って、登録してある映画サイトから何を観ようか選んだ。と、そのとき。
「ん……?」
リビングの隅っこ、棚の陰に書類用の封筒が立てかけられているのを見つけた。それだけならば気に留めることもない光景だけど、封筒に印刷されている会社のシンボルマークが……どこかで見覚えがある。
気になるけれど社名は棚の陰に隠れていて見えず、私はやけにソワソワした。
豪さんは新宿区にある会社に勤めている。製造販売系の会社でそこそこ大きいというのはわかっていたけど、私の知っている企業の関連会社だったのだろうか。
何故だろう、こんな些細なことが妙に引っかかる。思いきって封筒を見てみようと思い、ソファーから立ち上がりかけたときだった。
「すず、映画決まった?」
お茶を運んできた豪さんに背後から声をかけられ、私はドキリとして浮かしかけていた腰を戻した。
「あ、ううん。まだ」
「色々あるから迷うよな。ジャンルから絞っていこうか。すず、コメディとか好きでしょ?」
テーブルにお茶を置いた豪さんが私の隣に座る。封筒のことを聞こうか迷ったけど、彼のウキウキしている様子を見ていたら聞く気がなくなった。楽しい雰囲気に水を差してしまいそうだし、よく考えればそんなに気にするようなことでもない。
「洋画のコメディがいいかな。新しいやつがいい」
私は封筒のことを忘れ、せっかくのおうちデートを楽しむことに集中した。
「うわ……土砂降り」
晩ご飯を終えた私たちは部屋のロールカーテンを開けて、いつの間にか豹変していた天気に驚いた。
予報では夜間に天気が崩れるかもと言っていたけど、ここまでの大雨になるのは予想外だ。遠くで雷まで鳴っている。帰りは豪さんが車で送ってくれる予定だけど、これほどの土砂降りだと運転も大変そうだ。
雨が弱くなるまで待ったほうがいいかなと思いながら窓の外を眺めていたら、スマートフォンを見ていた豪さんが「すずの家のほう、雷のせいで停電してるって」と教えてくれた。
「え~困ったな。懐中電灯の電池残ってたかな」
雨の中帰宅して真っ暗な部屋が待っていると思うと気が滅入った。ひとり暮らしの停電は心細いものだ。
すると豪さんは「うちに――」と言いかけてからハッとして口を噤み、それから顔を真っ赤にして私に背を向けた。
「……泊まっていくといいよ。停電してたら色々不便だろうし防犯上もよくないし。明日の朝、送っていってあげるから」
私はしばらく固まったあと、みるみる顔を赤くした。
豪さんの申し出はとてもありがたい。けど、恋人同士の男女が宿泊するということは、深い意味があるわけで……。
すぐには答えられないでいると豪さんは背を向けたまま、小さいけれどはっきりとした声で言った。
「すずが嫌なら何もしない」
私は自問自答する。豪さんとそうなることが、私は嫌……なのかな。
嫌ではない。でも怖い。初めては痛いって言うし、恥ずかしいし、それに大人の階段を上ってしまった自分がなんだか想像できなくて。
どう伝えればいいのか戸惑っているうちに、沈黙の時間が流れる。すると豪さんはパッと振り返り、眉を八の字に下げながらも屈託のない笑顔を向けた。
「ごめん、すずに責任押しつけるような狡い言い方だった。言い直す。何もしないよ、だから気兼ねなく泊まっていって」
「……うん」
ズキンと胸が痛んだのは、彼が私を気遣ってくれているのがわかったから。
豪さんは自分を狡いと言ったけど、私のほうが狡い気がする。以前彼に『遠慮しないでいいよ』と告げたのに、結局そうさせているのは私だ。キスから二ヶ月が経つのにそれ以上進展していないのは、彼が強く迫ってこないのをいいことにそういう雰囲気をなんとなく避けていたからだ。
「お風呂用意しておくから、今のうちに歯ブラシとか下のコンビニで買ってくるといいよ。着替えは俺のスウェットでよければ使って」
「うん。ありがとう」
豪さんはソファーに戻ると、手もとのタブレットで湯はりの操作を始めた。私は上着を着てお財布だけ持つと、マンションの一階に入っているコンビニエンスストアへと向かった。
「えっと、歯ブラシとクレンジングと……あ、セットがあるんだ。助かる~。あとは替えの下着とタイツも……」
コンビニで必要そうなものを籠に入れながら店内を回っていた私は、衣類売り場の女性用下着の前で足を止めた。急なお泊まりなど緊急の事態を想定しているのだろう、値段は安いけど可愛くもないしお洒落でもない。
私は少し悩んでから、一番無難そうな下着を籠に入れた。そしてさらに少し考えてから「よし!」と小声で気合いを入れる。
覚悟を決めた。今夜私は豪さんに抱かれる。可愛くない下着で申しわけないけれど。
恋人同士ならばいつかはする行為だ。子供じみた恐怖に囚われてグズグズしているのは、我ながらわがままだと思う。男の人の事情はよくわからないけど、きっと豪さんはずっと我慢していてくれたに違いない。
そうして私は密かに決意を固めて会計を済ませ、ドキドキと胸を高鳴らせながら部屋へ戻っていった。
お風呂から上がると、豪さんはリビングのソファーに毛布を運んできているところだった。
「客用の布団がないから、悪いけど俺のベッド使ってもらっていいかな。俺はここで寝るから」
そう話しながらソファーに毛布を下ろす彼の背中に、私は思いきってギュッと抱きつく。心臓がドキドキいいすぎて爆発しそうだったけど、豪さんも驚いて固まってしまっていた。
「い……一緒に寝たい。……私、嫌じゃないよ。だって豪さんのこと好きだから」
静寂が流れた。豪さんは完全に固まっていて、だんだんと耳が赤くなっていくのが後ろから見えた。
「すず……」
ようやく絞り出したような声で豪さんは私に呼びかけると、ゆっくりと顔を振り向かせた。頬を染めたその顔は緊張と夢心地が混じったような表情で、熱っぽい眼差しが私を射た。
「そんな可愛いこと言われたら……俺、色々我慢できなくなる……」
出会ったときから恋慕の色を浮かべていた瞳が、今までで一番その色を濃くする。
豪さんは静かに振り返り私にキスをすると、腕に強く抱きしめてから大きく嘆息した。
「……シャワー浴びてくるから、寝室で待ってて」
「うん」
豪さんが廊下に出ていってから、私もフーっと息を吐き出す。すごく緊張した。まだ何も始まってないのにもうこんなにドキドキして、いざとなったら心臓が壊れちゃうんじゃないかと心配になる。
私は熱く火照った頬を手で扇いで冷ましてから、ひと足先に寝室へと向かった。
「――あ」
豪さんがそう小さく呟いたのは、彼が私の服をすべて脱がせたあとだった。
夢中で首筋にキスをしていた彼が止まったのを見て、私は目をしばたたかせる。
「どうしたの?」
すると豪さんは口もとを手で覆い、まるで苦悩するかのように渋い表情をして言った。
「……ごめん、本当にごめん。少し待ってて」
「え? な、何?」
「……ゴムが……」
ゴムと言われて一瞬何かわからなかったけれど、今の状況を考えて避妊具だと理解した。そして納得すると同時に、妙な気恥ずかしさが湧いてくる。
突然のお泊まり、しかも直前で私がOKしたせいで、避妊具を用意するタイミングがなかったのだろう。こんなことならさっきコンビニへ行ったとき買っておけばよかったと思ったけど、恥ずかしくてひとりでは買えなかったかもしれない。
「すぐ戻る。寒くないようにして待ってて」
そう言って豪さんはベッドから下りようとした。きっと急いで下に買いにいくのかも。真っ最中でも避妊を怠らない彼の誠実さに感激するものの、裸でひとり残されるのも虚しい。
そのとき、私はあることを思い出して咄嗟に彼の腕を掴んだ。
「あ、待って。私、持ってるかも」
豪さんにバッグを取ってきてもらい、中を探る。記憶の通り、バッグの内ポケットに折り畳んだチラシに混じってコンドームがあった。
「前にバイトで性病予防キャンペーンのチラシ配りやったの。そのチラシにコンドームが付いてて。余ってもらったのバッグに放り込んでおいたの忘れてた」
無意識とはいえ避妊具をずっと持ち歩いてたなんて、ちょっと恥ずかしい。照れ笑いを浮かべると、豪さんも恥ずかしそうに笑って「ありがとう」とそれを受け取った。
「ごめんね、ムード壊しちゃって」
ベッドに上がり直した豪さんがチュッと私の頬にキスを落とす。
「ううん。私がなかなか返事しなかったせいだから……んっ、くすぐったい……」
「すずのせいじゃないよ。……ここ、くすぐったい?」
「うん。でも……嫌じゃない」
確かにムードは少し薄れてしまったかもしれない。けど、却って緊張が解けてよかった気がする。
豪さんはチュッチュッと私の耳もとや首筋に唇を這わせ、大きくて滑らかな手で体を撫でていった。何度も私に「愛してるよ」と告げ、そしてひとつになったときには感激と興奮で恍惚としながらキスの雨を降らせた。
「愛してる。大切にする。……一生離さない」
「うん。離さないで」
「死んでも離さない」
繋がったままギュッと抱きしめてくる彼の背に手を回し、その誓いが永く続くことをそっと願った。