書籍詳細
クールな脳外科医の溺愛は、懐妊してからなおさら甘くて止まりません
あらすじ
「君が欲しくてたまらない」憧れの旦那様から果てぬ情欲でひたされて…!
密かに想いを寄せていた医師・壮一郎と結婚が叶った美優。幸せいっぱいのはずの彼女だが、実は夫婦になっても壮一郎と寝室は別のままで、縮まらない距離に不安を感じていた。ところが、実は美優への情欲を昂らせていた壮一郎は、ある日を境に、クールな彼からは想像できないほど溺甘な旦那様に豹変!?際限ない愛に蕩かされて、美優の妊娠も発覚し――。
キャラクター紹介

岩沢美優(いわさわみゆ)
保育士。母との関係は悪いが、祖母の愛情を受け、明るく前向きな女性に育つ。

岩沢壮一郎(いわさわそういちろう)
美優の働く保育園が併設された病院の脳外科医。容姿端麗・頭脳明晰で、将来は病院を継ぐことが決まっている。
試し読み
「美優は性格だけじゃなく外見だって美人だ」
「び、美人って……私がですか?」
こんな下膨れのお多福顔、どこをどう見ても美人とは言いがたい。けれど、壮一郎は至極真面目な顔で首を縦に振った。
「肌はきめ細かいし、色も白い。性格のよさが顔に出ているし、僕は美優の優しくて穏やかな顔が大好きだ。顔だけじゃない。僕にとって美優は誰よりも美しくて魅力的な女性だよ」
今まで男性から言われた事のない言葉を連発され、美優は顔をリンゴのように赤く染めて下を向いた。
壮一郎が嘘やおべっかを言う人ではないし、きっと本心からそう言ってくれているに違いない。
だが、彼の言葉と現実の自分には明らかな齟齬があった。
「そんなに褒めてもらって、すごく嬉しいです。でも、仕事柄外に出る事も多いから色白と言えるかどうか……」
美優はもともと色白だし、一年中日焼け止めクリームは欠かさない。けれど、忙しい時は塗り直しができないし、常時うっすら日焼けしている状態だ。
「確かに顔はそうだが、洋服の下は白いままだっただろう?」
「それはそうですけど――」
同意してすぐに、箸で摘まんでいたアスパラガスを皿の上に落とした。壮一郎の顔を見ると、彼もハッとしたような表情をしたまま固まっている。
そうだった――。
壮一郎には顔や手足だけでなく、普段日に当たらないところまで見られてしまっている。
美優の頭の中に、昨夜の失態が思い浮かぶ。彼は紳士だから、ジロジロと眺めたりはしなかっただろう。けれど、妻の身体が色白だとわかるほどには見られていたわけで……。
そう思った途端、顔に火が点いたように熱くなり、かろうじて持っている箸まで落としそうになる。色は白くても貧相な身体を見られた事を思い出し、美優は頭のてっぺんから湯気が出るほど恥じ入って赤面した。
「ご、ごめん! そういうつもりじゃ……」
目が合った壮一郎が、いつになく動揺した様子で美優のほうに身を乗り出してきた。心なしか、彼の顔も赤くなっているような気がする。
自分だけではなく、壮一郎にも気まずい思いをさせてしまうなんて!
美優は箸を置き、彼に向かって深々と頭を下げた。
「あ、あのっ……昨夜はたいへんご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。い、以後あのような醜態をさらさないよう気を付けてまいりますので、何卒ご容赦くださいますようお願い申し上げます」
気が動転しているせいか、口調がやけに堅苦しくなってしまった。言い終えてから気が付き、余計恥ずかしくなって顔を上げられなくなってしまう。
ガタンと音がして壮一郎が席を立った。彼は座っていた椅子を美優のそばに移動させると、静かに腰を下ろした。
そして、美優の両肩にそっと手を添えて顔を上げるよう促してくる。
「美優、謝らないでくれ。僕は何も迷惑だなんて思ってないし、むしろ昨夜の事について何も言わないままでいた僕のほうが悪いんだから――」
「いえ、壮一郎さんは私に恥ずかしい思いをさせまいとして、黙ってくれていたんですよね? おかげで、朝も普通でいられたからとてもありがたかったです。壮一郎さんこそ、謝ったりしないでください」
間近で見つめ合っていると、そのまま顔が近づき、鼻の頭にチュッとキスをされる。おかえりのキスもあったし、今も甘い雰囲気が流れている。
もしかすると、昨夜の失敗は帳消しになったのかも……。そう思った時、壮一郎が美優を見つめながら、ふっと笑い声を漏らした。
「鼻の頭に、ご飯粒がついてたよ」
「えっ? ……は、恥ずかし……」
恥の上塗りとは、この事だ。
美優が眉尻を下げて身をすくめていると、今度は唇に触れるだけのキスをされた。
「美優は本当に可愛い。そうやって恥ずかしがるところが、たまらなく愛おしいよ。美優は覚えてないかもしれないけど、僕と美優がはじめて面と向かって挨拶を交わした時、美優はすごく恥ずかしそうな顔でにっこり笑ってくれたんだ。場所は『エルフィこども園』と病院を繋いでる渡り廊下だった」
「覚えてますっ……って言うか、あの時の事はぜったいに忘れたりしません! だって、壮一郎さんとはじめてきちんと目が合った瞬間でしたから」
まさか、彼もあの時の事を覚えていてくれたなんて……。
美優は嬉しくなって目をパチパチと瞬かせた。
「それまでも病院内のコンビニに行く時に、チラッと見かけたりしてました。でも、目が合ったのはあれがはじめてでした」
昼は園児と一緒に院内調理のお弁当を食べている美優だが、時間がある時は飲み物を買いに病院の一階にあるコンビニエンスストアに行く。
園で用意したお茶はあるし、不経済なのはわかっていた。けれど、そうでもしなければ壮一郎を見かけるチャンスはゼロに等しい。
美優は照れながらそんな事情を話し、さらに頬を染める。
「あの時もちょうどお昼休みにコンビニに行く途中でした。壮一郎さんとすれ違ったあと、すぐに引き返そうと思いました。だけど、さすがにそれは変だと思って我慢したんです」
「あの時は園長に用があって渡り廊下を歩いてたんだ。そうか……美優が僕に会うためにコンビニ通いをしていたとは知らなかったな。僕は僕で、あの時美優に会えるのを期待して保育園に向かってたし、すれ違ったあとすぐに振り返って美優が見えなくなるまでずっと背中を見送ってた」
「え⁉ そうだったんですか?」
夫婦とはいえ、交際期間が短かった二人だ。デートはしたが、話すのは互いの仕事に関する事や世間話がほとんどで、今のような話をするのははじめてだった。
「出会う前や出会ってからの事とか……僕達は、もっといろいろな話をする必要があるみたいだね?」
壮一郎に問いかけられ、美優は微笑みながら頷いて「はい」と返事をする。
それからすぐに彼が自分の皿をテーブルの端に移動させた。距離が近づいての食事はドキドキ感満載で、お腹よりも胸が先にいっぱいになってしまう。
「そういえば、壮一郎さんが今朝言っていたお話って何ですか?」
美優が聞くと、彼は急に改まった表情を浮かべて箸を置いた。
「その事なんだが……。美優、今夜から寝室を同じにしないか?」
思い切ったような壮一郎の顔と、真剣なまなざし。
美優は口の中のものをゴクリと飲み下し、箸を置いて彼に向き直った。
「は、はいっ……。実は、私もそう思っていました」
美優がそう言うと、壮一郎がホッとしたように口元を綻ばせた。
「じゃあ、これからは僕の寝室で一緒に寝よう。ベッドはキングサイズだから狭くはないと思うし、もし必要ならあとで美優の部屋からベッドを移動させても――」
「同じベッドで大丈夫ですっ」
つい前のめりにそう言ってしまい、あわてて口を噤む。気が付けば鼻孔が膨らんでピクピクしている。美優はそれとなく下を向いて指で鼻を摘まんだ。
「それと、美優は前に子供はすぐにでも欲しいと言っていただろう? 僕も同意見だし、美優との子供なら何人いてもいいと考えている」
壮一郎が、そう話しながら美優の目をまっすぐに見つめてくる。いつになく真面目な口調で語りかけられて、美優は彼が夫婦の今後について真剣に考えてくれている事を感じ取って深く胸を打たれた。
「それで……もし美優さえよければ、なるべく早く子作りに取り組もうと思うんだが、どうかな?」
「はい、私もそうしたほうがいいと思います」
まさかの子作り宣言に、美優は椅子から立ち上がって壮一郎のほうに身を乗り出した。若干はしたないと思いつつも、そう言ってくれた事が嬉しくてたまらなかったのだ。
「そうか。……じゃあ、さっそくだけど、今夜にでも……?」
「こ、今夜……。そ、そ、そうですね! 作ろうとしてすぐにできるとは限らないし、そうと決めたら一日でも早く取り組んだほうがいいですよね」
「美優が僕と同じ考えでいてくれて、よかった。じゃあ、そういう事で今夜からよろしく――」
嬉しすぎて綻びっぱなしの唇に、壮一郎がキスをしてきた。彼に促されて再び食べ始めるも、途中で何度も唇を重ねられるから、食べ終わるまでに思いのほか時間がかかる。美優は度重なるキスにとろけ、椅子に座りながら腰が砕けそうになってしまう。
ものすごく嬉しい……!
けれど、美優にはそうするにあたって、確認しておかなければならない事があった。
「あの……。壮一郎さんが私と結婚した理由って、何だったんでしょうか。もしかして、私の祖父が『うちの孫娘をもらってやってくれませんか』って言ったからですか?」
かなり思い切ってした質問だったが、それを聞いた壮一郎が、一瞬キョトンとしたような表情を浮かべる。そして、すぐににっこりと笑い首を縦に振った。
「それも理由のひとつだ」
「そ、それも?」
壮一郎の答えに、美優は疑問が払拭できないまま、首をひねった。
「でも、祖父はただの一般人ですよ? もらってやってくれと言われたからって、普通結婚なんかしません。もしかして、それ以外に何か深い事情でもあるとか……」
真剣な面持ちでそう話す美優を見て、壮一郎がプッと噴き出してクスクスと笑い出した。
「そ、壮一郎さん?」
「笑ったりしてごめん。僕は『それも理由のひとつだ』と言っただろう? 一番大きな理由は、もちろん僕が心から美優と結婚したいと思ったからだ。つまり、美優と一生をともにしたいと思うくらい、美優を愛してるからだ」
「え……」
たった今発せられた「愛してる」という言葉が、美優の頭の中で何度となくリピートされる。それはまるで結婚式の時に聞いた幸せの鐘の音のように、美優の心の奥底にまで響き渡った。
「そのほかにも、美優と結婚した理由は数え切れないほどある。ぜんぶ言ってほしいなら、そうするけど――」
壮一郎から向けられた愛の言葉は、思いのほか強力で、あとからやって来た衝撃波も凄まじい力がある。
美優は目を開けて意識を保ちながらも、そのインパクトに耐えかねて、まともに座っている事すらできなくなった。
「美優っ――」
椅子からずり落ちる美優を、咄嗟に伸びてきた壮一郎の手が受け止めて助けた。
背中を支えられながらじっと見つめられ、美優は空気を求める金魚のように口をパクパクさせる。
「わ……私……お、お茶を……」
今、これ以上壮一郎のそばにいたら心臓が持たない!
無意識にそう思った美優は、場違いな言葉を口にして身を起こそうとした。しかし、思うように身体に力が入らず、ただ壮一郎の腕の中でもがくだけに終わる。
「美優、お茶はあとにしないか?」
囁くようにそう問われ、美優は素直にこっくりと頷いて「はい」と言った。返事をするなり唇を重ねられ、それまで以上に強く身体を抱き締められる。
「そ、壮一郎さ……ん、っ……」
何度となくキスをされたのち、彼の熱い舌が唇の中に入ってきた。
いつもの壮一郎らしくない有無を言わさぬ強引なキスが、美優をさらに腑抜けさせる。ただでさえ身体から力が抜けているのに、もうこうなっては全身を彼の腕に預けるしかない。
「それと、後片付けは僕がやるから、今すぐに僕と寝室に行ってほしい。ダメかな?」
そう言うなり、壮一郎が美優の背中と膝裏を腕にすくい上げた。返事をする間もなく、また唇を重ねられる。
美優は彼の腕の中で身じろぎをして、両方の腕を壮一郎の首に回した。
「ダメじゃないです……」
そう言う美優の目をじっと見つめると、壮一郎がゆっくりと頷く。彼は美優を抱いたままキッチンをあとにすると、廊下を大股で歩ききり二階へ続く階段を上り始めた。家全体がゆとりある造りになっているから、今の状態でどこを通っても手足が壁にぶつかる心配は皆無だ。
開け放たれたままのドアを通り抜け、キングサイズのベッドが置かれた部屋の中に入った。部屋はゆったりとして広く、縦横に大きい窓から見える夜空に、下弦の月がぽっかりと浮かんでいる。
「今夜は月明かりが、あまり入ってこないようだな」
壮一郎とともに窓に近づき、暗い夜空を眺めた。返事をしようにも、緊張のせいで声が出ない。全体的にシックで落ち着いた雰囲気の部屋の壁には、カチカチと小さな音を立てて時を刻む掛け時計がかかっている。
掃除をするために何度も訪れていた壮一郎の寝室は、今夜から夫婦共有のものになるのだ。
そう思うと、まるで違う部屋のように見えるから不思議だ。
「大丈夫か? どうやら美優を驚かせてしまったみたいだね」
優しい壮一郎の声音が、美優の心を和ませる。彼と一緒にいると、ドキドキが止まらない。けれど、美優にとって今や壮一郎は世界一温かで安全なセーフゾーンのような存在でもあった。
「いいえ……。確かに驚きました。でも……すごく嬉しいです。壮一郎さん……私も、愛してます。もう、ずっとずっと前から、壮一郎さんの事を愛してました」
「美優……」
再び重なってきた唇が、嬉しそうに微笑んでいるのがわかる。
美優は拙いながらもキスを返したあと、微笑みながらホッと幸せのため息をついた。