書籍詳細
捨てられたはずが、再会した若旦那様の蕩ける猛愛に絡めとられました
あらすじ
「確かめたい、君が俺のものだと――」10年後に始まった大人な愛に翻弄されて♡
高校時代に自分を捨てた元彼・律と10年越しに再会した渚。実家を継ぐという彼に、もう一度チャンスが欲しいと熱く迫られるが、甥の面倒を見ている渚は躊躇してしまう。しかしそんな渚に寄り添い、甥のことも慈しんでくれる彼に、ずっと抑えてきた気持ちも溢れ出し…。渚を忘れられなかったという彼に求められると、その熱愛はあまりにも激しくて――。
キャラクター紹介
狭山 渚(さやま なぎさ)
責任感が強く穏やかな女性。地元で甥の面倒を見ながら、学習塾で働いている。
上倉 律(かみくら りつ)
高校時代に渚と交際していた。実家の旅館の後を継ぐため、東京から帰郷する。
試し読み
店はカクテルの種類が豊富で、渚はサイド・カーやホワイト・レディなどをオーダーし、次々と空ける。
酩酊してくると緊張が和らぎ、気がつけば律が知らない十一年間の出来事を話していた。
「へえ、高校卒業後は札幌の女子大に行ったのか」
「旭川にある大学だと、偏差値的に勿体ないって言われて。うちの母は看護師をしながらわたしの学費を貯めてくれてましたし、高三のときに再婚してできた義父も『学費のことは心配せず、好きな大学に行っていいよ』って言ってくれたので、札幌の大学を選びました」
在学中はずっと下宿暮らしで、卒業後は地元に戻り、学習塾に就職してもう六年働いている。そう話すと、律が微笑んで言った。
「もし渚が他の土地で就職していたら、会う機会はなかったってことだな。こっちに戻ってきてくれてよかった」
確かにそのとおりだ。
もし自分が大学卒業後に札幌に留まり、向こうで就職先を探していたら、彼と再会することはなかった。そう思うと、こうして再び出会えたことが得難い幸運に思え、渚は面映ゆい気持ちを持て余す。
(ああ、かなり酔っちゃった。明日は仕事だし、そろそろ帰らなきゃ)
そんなこちらの気持ちを読んだのか、律がカウンター内にいるスタッフに会計を申し出る。彼がカードで支払い、渚は慌てて財布を取り出した。
「すみません。わたし、自分の分を払いますから」
「いいよ、別に」
「よくないです」
「こういうときは甘えてほしい。だって今夜はデートだろう?」
デート――という言い方をされて、渚の頬がじわりと熱を持つ。結局律にご馳走になる形になり、店の外に出た渚は彼に礼を言った。
「すみません。ご馳走さまでした」
歓楽街は相変わらずネオンが明るく、地元の人間や観光客がときどき店の前で立ち止まったりしながら多く行き交っている。
大きな通りに出た渚は、タクシーを探した。するとふいに律に手を握られ、ドキリとして肩を揺らす。
「せ、先輩?」
「渚。――帰したくない」
彼が真っすぐにこちらを見つめていて、渚は目をそらせなくなる。
その言葉の意味がわからないほど子どもではないものの、どう反応していいかわからなかった。律が言葉を続けた。
「さっき本当は、渚に聞きたかったことがある。俺と別れたあと、どんな男とつきあってきたのか」
「…………」
「年齢的に、結婚を考える相手もいたんじゃないか?」
彼に手を握られ、その大きさを嫌というほど意識しながら、渚はしどろもどろに答えた。
「あの、……いません」
「えっ?」
「先輩以外に、つきあった人はいません。そういう機会がなかったわけじゃないんですけど……何ていうか、自信を持てなくて」
するとそれを聞いた律が、信じられないという表情でこちらを見下ろしてくる。
渚は取り繕うように早口で言った。
「ひ、引きますよね。二十八歳で、男の人とつきあった経験が全然ないなんて。そういうことを避けているうちに、気がつけばこの年齢になってて」
「それはもしかして、俺とのことが心の傷になっていたからか?」
彼に真剣な眼差しで問いかけられ、渚はぐっと言葉に詰まる。
先ほど建設的な話し合いをしたのだから、これ以上恨み言を言いたくない。しかし答えをはぐらかすわけにはいかず、目を伏せて頷いた。
「……そうかもしれません。また誰かとつきあった結果、いつかあっさり捨てられるかもしれないのが怖くて、だったら最初からそういう関係にならなければいいんだと考えてました。気がつけばこの歳になっていたので、この先もずっと独身で生きていくのかなとか思ったりして」
次の瞬間、律の腕に引き寄せられ、渚は強く抱きすくめられる。
驚きに息をのんでいると、律が耳元でささやくように言った。
「――ごめん。渚がそんなコンプレックスを感じるようになったのは、俺のせいだ。何も話し合わないままで一方的に関係を終わりにして、深く傷つけた結果、恋愛に臆病な気持ちを植えつけてしまった。謝っても謝りきれない」
彼の声音には深い悔恨がにじんでいて、抱きしめる腕の強さに胸が締めつけられる。
渚はかすかに顔を歪め、律の背をそっと抱き返しながら答えた。
「謝らないでください。あのとき先輩にどんな事情があったのかは、さっき話を聞いてわかりましたから」
「でも……」
「わたしたち、またやり直せるんですよね? 今まで誰ともつきあわなかったのは、きっとわたしにとっては正解だったんです。だってまた先輩と会えたんですから」
すると彼が抱きしめていた腕の力を緩め、渚の顔を見下ろす。渚が微笑んでみせると、律が何ともいえない表情でつぶやいた。
「参ったな。――ますます帰したくなくなった」
「えっ」
「渚が俺のものだって、確かめたい。いいか?」
直球で問いかけられ、渚は狼狽えながら答える。
「あの……はい」
――それからの律の行動は、早かった。
スマートフォンで何やら検索し、どこかに電話をかける。どうやらホテルの空室状況を聞いているようで、彼はすぐに通話を切って言った。
「部屋が取れるみたいだ。行こう」
タクシーに乗って走ること約五分、到着したのは駅前にあるラグジュアリーホテルだった。
迷いのない足取りでフロントに向かった律が、チェックインの手続きをする。やがてスタッフに案内されたのは、最上階にあるジュニアスイートだった。
(わ、すごい……)
広々とした室内はリビングと寝室に分かれていて、クラシカルで趣味のいい調度が優雅な雰囲気を醸し出している。窓からはきらめく夜景が見え、渚は気後れしながらつぶやいた。
「こんなにすごいお部屋、初めて入りました。最上階ですし、きっと高いんですよね……?」
「俺が働いていた間宮ホテルグループの基準でいえば、中の上ってところかな」
寝室にはセミダブルサイズのベッドが二つあり、渚の緊張がにわかに高まる。
流れでこうしてホテルに来てしまったものの、性行為は実に十一年ぶりのため、胸がドキドキしていた。
(どうしよう、わたし、上手くできるかな。先輩、昔と比べて幻滅したりしない……?)
そんな渚の緊張を知ってか知らずか、律がバスルームに姿を消す。そしてしばらくして戻ってくると、至って平然として言った。
「風呂にお湯を溜めてるから、ゆっくり浸かるといい。入浴剤も入れたらリラックスできるんじゃないかな」
「は、はい」
彼がこんなにも落ち着いているのは、前職の関係で高級ホテルに慣れているからだろうか。それとも過去に何人もの女性とつきあってきたため、こうした状況に慣れているのだろうか。
そんな思いがこみ上げ、渚の心がシクリと疼く。
(そういえば仁美が先輩のこと、「東京で何人もの女とつきあってたはずだ」って言ってたっけ。わたしがさっき「今まで誰ともつきあってない」って言ったとき、先輩は何も答えなかったし、つまり過去にそういう相手がいたってことだよね)
律は今年三十歳になるはずで、年齢を考えればそれは当然なのかもしれない。
だが彼が自分以外の女性と親密だったのをリアルに想像し、渚はモヤモヤしていた。バスルームに向かうとそこは高級感のある内装で、アメニティもブランド物を取り揃えて充実している。
衣服を脱いだ渚は身体を洗い、浴槽に入浴剤を入れた。そして乳白色のお湯に浸かり、ホッと息を吐く。
このあとの展開を考えるとなかなかバスルームから出ることができず、気がつけば身体が茹だりそうになっていた。ようやく湯から上がった渚はバスローブを着込み、部屋に戻る。
するとリビングでテレビを見ていた律が、こちらに視線を向けて言った。
「遅かったな。ひょっとしたら風呂で茹だってるんじゃないかと思って、そろそろ声をかけようと考えてた」
「す、すみません。お待たせして」
「俺も風呂に入ってくる」
彼がバスルームに去っていき、渚は落ち着かない気持ちを持て余す。
こういうところに来るのが初めてで、どこで律を待っているのが適切なのかわからない。とりあえず長風呂で身体が熱くなっているため、冷蔵庫から水のペットボトルを取り出して半分ほど飲んだ。
そして窓辺に歩み寄り、駅前の様子を見下ろしながら考える。
(何だかすごく不安になってきた。だってわたしがしたのって、十一年前に先輩と一度きりなんだもん。黙ってされるがままになってたら、つまらない女だって思われるかも……)
かといって律を愉しませるようなテクニックがあるはずもなく、悶々としてしまう。
そのとき窓ガラス越しに映る室内が見え、彼が戻ってきたのがわかった。渚がドキリとして息を詰めると、後ろから歩み寄ってきた律が外を見下ろして言う。
「ここは十五階までしかないし、眺望はいまいちだな。街の規模的にしょうがないのかもしれないが」
「ほ、ホテルのマネジメントって、そういうところも気にするんですか?」
「ありとあらゆる観点から、どういう部分でそのホテルの価値を底上げできるかを考える。設備、料理、接客の他、高層階からの夜景もそのひとつだ。ただ、こればかりは立地や地域の特性に左右されるから、仕方のない部分もあるな」
スラスラとよどみなく答えた彼が、ふと笑って言う。
「今この状況でそんなことを聞いてくるなんて、緊張してるのか?」
「お、おかしいですか? 先輩は慣れてるのかもしれませんけど、わたしは男の人とこういうところに来るのが初めてですから」
すると律が渚の身体を背後から抱きすくめ、髪に鼻先を埋めて答えた。
「おかしくなんてない。むしろ、うれしいと言ったほうがいいかな。渚が今まで誰ともつきあってなくて」
「あ……っ」
バスローブ越しに胸のふくらみに触れられ、心臓が跳ねる。
生地が厚いせいで感触はだいぶ遠いものの、彼の手が触れていると思うだけでドキドキした。今さらながらにさほど豊かとはいえないそこが気になり、わずかに身じろぎすると、ふいに律の片方の手が頤をつかんで口づけられる。
「ん……っ」
彼とキスをするのは、初めてではない。
高校時代には何度もしていたものの、十一年ぶりの感触は新鮮で、かあっと体温が上がった。緩やかに舌を絡ませられ、渚は喉奥からくぐもった声を漏らす。唇が離れると間近に律の整った顔があり、気恥ずかしさが募った。
「――ベッドに行こう」