書籍詳細
雷神様にお嫁入り~神様と溺甘子育てを始めたら、千年分の極上愛を降り注がれました~
あらすじ
「君は俺の花嫁だ」選ばれし運命の番(つがい)
神様を崇める「婚姻の儀」で花嫁役を務めるため、田舎へ帰郷した環季。神社の社で一晩過ごすだけのはずが、生まれつきある足首の痣が痛み始め…!?いつの間にか気を失っていた彼女を出迎えたのは、百花繚乱の世界と麗しい青年・雷蔵だった。花嫁役は神の住まうこの地でもてなされ、元の世界に帰る頃には夢だと錯覚すると教えられた環季は、ひと時の逢瀬と知りながら、雷の神様である彼に次第に惹かれていく。ところがある時、雷蔵の花嫁は自分ではないと知らされ…!?
キャラクター紹介

灰塚環季(はいづかたまき)
地元の村に伝わる儀式で、神様の花嫁役を務めるために帰郷する。生まれつき、右の足首に痣がある。

犬飼雷蔵(いぬかいらいぞう)
儀式後に目を覚ました環季を出迎えた雷神。姿は人間の青年で、雷を思わせる金色の瞳を持つ。
試し読み
「すみません、お待たせしました」
「いや、大丈夫だ。奥に布団を敷いてあるから」
レンは犬飼さまの顔を見て、「あうぅー」と呼ぶように弱々しく声を上げる。
「こっちに来るか、おいで」
私の腕から、レンが犬飼さまのもとへ移る。
少しだけむずがるように身をよじったが、そのあとはおとなしく目を閉じた。
初めて入る犬飼さまの寝室は、とてもシンプルなものだった。
奥一面にある閉められた襖の向こうは、草花が生い茂る庭になっているという。
ベッドでいうとキングサイズ以上に見える、ふかふかのお布団が真ん中に敷かれていた。
ぐったりとするレンを前にして、恥ずかしいなんて思うのはやめた。
レンが元気になったあとに、いくらでも盛大にひとりで照れよう。
犬飼さまはレンを布団に下ろすと、自分も向こう側に寝そべった。
「いつもと違う布団だから寝づらいかもしれないが、今夜だけ我慢してくれ」
気遣う言葉に、頭が下がる思いだ。
「私こそ、お邪魔してしまいすみません。ひと晩、どうぞよろしくお願いします」
そう言って、レンを挟んだこちら側へ潜り込んだ。
ふうふうと荒い、レンの息遣いが聞こえる。
むずがり泣きだすたびに二人で起きて抱き上げ、水分を与え、落ち着くように頭を撫でてやる。
レンは私たち二人がそばにいるのが嬉しいのか、交互に顔を見たあとに、にっこりと笑う。
その弱々しい笑顔に私は涙が出てしまい、犬飼さまがそれを拭ってくれた。
次第に深い眠りにつくレンの薄いお腹に手を当てると、犬飼さまも同じくその上から手を重ねてきてくれた。
薄暗がりの静かな寝室で、私はあらためてちゃんと今日のお詫びとお礼を口にする。
「今日は……たくさんご迷惑をかけて、申し訳ありませんでした」
囁くように謝る。
少し動くたびに、掛け布団が擦れる音がやたらと大きく聞こえた。
「……環季の気配、というんだろうか。ふっと屋敷から消えた気がして、使用人に部屋に見にいってもらったんだ。そうしたらもぬけのからで……肝が冷えた」
「……聞いたんです。怪しいけれど、腕のいい薬師がいるって。市には……川の近くには行くなと言われていたのに……考えだしたらいてもたってもいられなくなってしまいました」
私はひとりで屋敷の外に出てみて、海のように大きな川に思わず見入ってしまったことや、犬飼さまが来てくれる前に起きた薬師の店での出来事を、包み隠さず話した。
そうして口にすることで、あらためて思った。いつどの瞬間も、人間の私ではすぐに死んでしまうような要因にあふれていた、と。
私はこの狭間の世ではあまりにも非力で、本当にどうしようもない。
「あの店では、問答に似たやりとりをしました。最初は目や心臓、子宮を欲しがられまして」
ぴくっと、レンのお腹の上で重ねられた犬飼さまの手のひらが動く。
「……っ、よく、よく無事でいてくれた……」
力の抜けた、消えるような犬飼さまの声が暗闇に溶ける。
「髪で妥協してもらおうとしましたが、やっぱり足りないなら片目くらいなら差しだす覚悟ができていました。そのくらい、レンが大切で愛おしくて……いつかお別れしなくちゃいけないのに」
レンを人の世に連れて帰りたいという私の願いは、きっと叶わない。
レンと別れる……その時を想像するだけで、胸が痛む。
犬飼さまは、ただ黙って私の手を包み込んだ。
レンを挟んで横になり、顔を見合わせた状態で、見つめあう。
その〝お別れ〟には、犬飼さまも含まれている。
いつかお別れする日がきて、私の記憶は夢を見たあとのように徐々に消えてしまうのだろう。
夢ではないと、この暮らしは本物だったと覚えていたいけれど、それもまたつらいことになりそうだ。
薄暗い天井を見つめているうちに、布団のぬくもりに体が温められ意識が遠のいていく。
今日はいろいろありすぎて、精神的にもかなり疲れていた。
寝不足もたたって、もう目を開けていられない。
「……レンのことも、犬飼さまのことも、あっちに帰ってからも覚えていたい……です。忘れたくないなぁ」
そう言葉にするのがやっとだった。
重ねられた手が離れ、すぐに指が絡められたけれど、私は反応できないまま意識を失うようにして眠りに落ちた。
小さな手のひらで、頬を触られる感触がして意識が浮上する。
「おかぁ」
幼い子供の声に、近所からレンにお乳を飲ませるために通ってくれている妖のお母さんの、子供の顔が頭に浮かんだ。
……今日も、お母さんと一緒に来てくれたんだね。
……あれ、……いや、違う、あの子はまだ喋れない。
なにごとかとびっくりしてまぶたを開くと、目の前に一歳ほどの男の子がいた。
黒髪に黒い瞳。可愛い可愛い、レンと同じだ。
レンだ、レンが大きくなっている!
「レンっ! おっきくなったね、熱は下がったの……って、あれ?」
ゆっくりと体を起こす。
すぐ隣には布団に入ったまま上半身を起こした犬飼さまがいて、同じく驚いた顔でレンを見ていた。
「あの……おはようございます」
「うん、おはよう」
私たちの目の前ではいま、一歳ほどの姿になったレンがニコニコしている。昨晩着せていた肌着はすっかり小さくなっており、袖も身丈も短い。合わせの部分は、はだけてしまっていて、腰には半分ほどけた帯がだらりと垂れ下がっていた。そして昨日までと大きく異なっていて、犬飼さまと私が驚いていることといえば……それは、レンが宙に浮いている、ということだ。
「すみません、あの、つかぬことをお伺いしますが。犬飼さまも幼少期はこんな感じだったんでしょうか……?」
犬飼さまは、「俺は飛べない」と真顔で首を振った。
「おかぁ、だっこ」
ふよふよ浮いていたレンが、私の胸に飛び込んでくる。
「おかぁって、私のこと?」
ふふっと嬉しそうにしがみついてくるレンに、感動が込み上げてきて言葉にならない。
可愛い、可愛い、可愛い!
思いきり抱き締めて頬ずりをして、可愛いレンがもう高熱をだしていないことを確認する。
「レン……良かったね。もう苦しくないね」
「くるしいの、ない」
もう一度、元気なレンを確かめたくて抱き締める腕に力を込める。
自分が産んだわけでも、何年も一緒にいるわけでもないのに、愛おしくて仕方がない。
「レン、もう平気そうだな」
犬飼さまが、レンの後ろ頭に手を添えた。
レンが犬飼さまにも手を伸ばし、犬飼さまはその大きな手でレンの手のひらを握って微笑んだ。
「ちち、だっこ」
そう言って、今度は犬飼さまのもとへ抱きついた。
「ちち」と呼ばれた犬飼さまはレンを大事そうに迎え入れて、小さな体のあちこちに触れている。
「うん、熱は下がったみたいだな。はははっ、着ていたものがつんつるてんだ。すぐに新しい着物を用意しよう」
「たしかに、いまある着物はもう着れそうにないですね」
聞いていたとはいえ、子供の突然の成長に、私と犬飼さまは顔を合わせて笑ってしまった。
くくっと笑う犬飼さまが、そういえばと声を上げた。
「白蛇が真実しか口にできないと知ってはいても、あの雰囲気や風貌ではその話も信じ難いと不安に思っていたが……環季は深く疑うことをしなかったな」
いまさらではあるけれど、と犬飼さまが窺うような表情を見せて聞いてきた。
たしかにあの薬師の店主や禍々しく怪しい店内は、相当怖かった。
でも……目玉や子宮などを欲しがってはいたけれど、いきなり私を襲ったりはしなかったのだ。たったそれだけのことだけど、私はあの店主を警戒はしてしまうものの、深く疑う必要はないと思った。
それに店主は私のために、怪我をした犬飼さまへと軟膏をくれた。あの怪我がすぐに治らなかったら……私はいつまでも、もっと罪悪感を抱えていたに違いない。
そしてもうひとつ、決定的な理由があった。
「喋った感じですが、怖かったけど純粋な子供みたいな方だなって。それに何より、犬飼さまも私と同じ考え……店主さんを信じようって気持ちだというのが伝わってきて。だからきっと、大丈夫だと思ったんです」
勝手な想像ですがとつけ加えて、犬飼さまに笑ってみせた。
「環季……」
「本当に熱が下がって良かったです。それに成長もして……あっ、レン……は寝ちゃいましたね」
熱が下がり、なぜか宙に浮いていたレン。いきなり飛ばしすぎて、体力を使い果たしてしまったのかもしれない。
犬飼さまの腕のなかで、いつの間にかすとんと静かに眠っていた。
その健やかな寝顔に、再びほっと胸を撫でおろした。
「……あと少し、お布団をレンに借りてもいいですか? このまま寝かせてあげたいんです」
「構わないよ、環季も、一緒にもう少しここで休んでいくといい」
そう言ってくれる犬飼さまからレンを受けとる。
ぴょんっと少しだけ跳ねた犬飼さまの髪を見て、心が和む。神様だって、寝起きには髪が跳ねてるのか。
しかしお顔は浮腫もなく、国宝級のパーフェクトさ。さすがだと考えているなかで、ふっと自分の姿が気になった。
起き抜けにレンのことがあり気が回らなかったけれど、私の髪は? 顔は? 頬に布団のあととかない?
レンを受けとった手が止まり、寝巻きにしている浴衣の、少しはだけた胸元に気づいた。
出てる、見えてる。ブラジャーが少し見え隠れしている。
さっきレンをめちゃくちゃに抱き締めた時に……いや、目を覚ました時点からすでに、はだけていたのかもしれない。
嬉しい騒ぎに、私は自分の姿がどうなっているかを、さっぱり気にしていなかった。
犬飼さまはそんな私の混乱を知らず、私の目の前でレンを寝かせるためにさっと布団を整えてくれている。
私はなんとか、せめてはだけた胸元だけでも合わせを直したいけれど、なんせ大きくなったレンを抱えていてはどうにもならない。
このままかがんでレンを下ろしたら、多分もっと胸元が見えてしまう。
魅力的な自慢の胸なら良かったけれど、あいにく平均的な大きさだ。
もう一度、犬飼さまにレンを抱いてもらう? それとも、一瞬だけ向こうを向いていてもらう?
あまりにも私が黙ったまま動けないでいるからか、犬飼さまが「ん?」と様子を窺ってきた。
「あっ、お布団、ありがとうございますっ」
「ちょっと整えただけだけどな。さ、すっかりレンも重くなったろう?」
ニコッと、犬飼さまが笑ってくれる。軽く頭を下げるだけで、神様に胸元を見せるというセクハラ行為を働いてしまいそうになる。
見え隠れするブラジャー。いっそ、ずっと隠れていてくれないかな!
あああ……と思考がぐるぐる回る。犬飼さまは気にしないのか、気づいていないのか。
報・連・相のフレーズがまた頭に飛びだしてきた。小さなことでも、と言ってくれたのは犬飼さまだ。
「環季、どうかしたか?」
さすが神様、小さなことで焦る私に気づいてくれた。人の世にいる時も、犬飼さまが上司だったら良かったのに。
「あ、あの……」
「ん?」
犬飼さまの表情が、一瞬険しいものになる。……絶対に誤解した。大変なことが起きたかと、誤解させてしまっている。
「あのですね、すごくつまらないことなのですが……少し向こうを向いていていただけますか?」
「どうして?」
即答だ。しかもちょっと目が怖い。
「えっと……実は……浴衣の合わせを直したいのですが、レンを抱っこしていて手が塞がっていまして……」
顔から火が噴き出しているのかと思うくらいに、熱い。
犬飼さまが少しだけあっちを向いていてくれれば、その隙にレンを布団に下ろし、素早く浴衣の合わせを直せる。
それで完璧。何も問題はない。
私の話を聞いた犬飼さまの顔が、ぼぼっと耳まで赤くなった。
そして視線は、がっつり私の胸元へ釘づけになってしまっている。
「いいい、犬飼さまっ」
「わあっ、すまん! 思わず確認してしまった!」
そう謝りながら、犬飼さまは風よりも早く私の乱れた合わせをぐっと自分の両手で閉じにきた。
思わぬ素早さ、突然の行動に驚いて言葉がでない。
浴衣越しに、胸にも軽く触れられてしまっている。
「あっ」
固まる私に気づいて、犬飼さまもそのまま動かなくなってしまった。
すごい近距離で、美男子な神様が真っ赤な顔で汗をだらだら流し、明らかに焦っている。
「……本当にすまない。環季が困った顔をしていたから、何も考えずに自分で合わせを閉じにいってしまった」
「……ふふっ、あはは! 思わず体が動いちゃったんですね」
私がそう言うと、犬飼さまはしゅんとした顔をした。
「あまりにも環季の肌が白く眩しくて、すぐにしまわないとと思ったんだ」
見える……私には、犬飼さまの頭にぺしょりと垂れてしまった、犬耳が見える。
神様なのに、私よりもうんと年上なのに。犬飼さまは女性に慣れた感じもなく、落ち着いているのに純情な部分もあって。
私はふうっと息を吐いて、目の前で固まる犬飼さまの胸元に抱いたレンが潰れないよう、軽くこてんと額をつけた。
自分でも大胆な行動だと思ったけれど、不思議とそうせずにはいられなかった。
この神様のそばに、少しでも近くにいたいと思ってしまった。
「ちょっとだけ、このままでいさせてください」
「環季……?」
「いつも、私やレンのために……大変なこともたくさんあるのに、いやな顔をしないでくれてありがとうございます」
会社では人の顔色に敏感になっていたから、犬飼さまがいやな顔をひとつもしないでいてくれることが、救いになっていた。
なんにもわからない狭間のこの世界で、犬飼さまにそういった顔をされてしまったら……私は勝手に肩身の狭い思いをしていたと、簡単に想像ができる。
迷惑もいっぱいかけているのに、いつも気を配り、心配をしてくれている。
何度頭を下げても、何度お礼を言っても足りないくらいだ。
「そんなこと、当たり前だろう」
「私が働いていた環境では、当たり前ではありませんでした。少しでも上司の機嫌を損ねれば、怒鳴られましたし。何もしていなくても、不機嫌を隠さない人でしたから」
周囲に機嫌をとってもらわなければいけない、残念な人だった。
「それは、人としてどうなんだ?」
「どうなんでしょうね……まあ、再就職には少し苦労されるかと。でも案外、どこかの会社にしれっともうお勤めされているかもしれませんね」
目上の人間には調子の良かったあの上司の顔を思い出したら、心にいやな汗をかいた気がする。
犬飼さまはやっと私の浴衣の合わせから手を離したと思ったら、私をレンごとそうっと抱き締めた。
大きな手が、いたわるように私の背中をさする。
甘えるのを許されたような気になって、私はもっと体の力を抜いた。
「環季は、人の世でも頑張っていたんだな。よしよし」
「……頑張りました。もう二度とあんな勤務形態をとる会社には勤めません。自分の体を大事にします」
「それがいい。環季の話を聞くと、屋敷の主として気が引き締まるよ。もっと働く妖たちの話を聞くことにしよう」
「犬飼さまは大丈夫ですよ。みなさん、私にも犬飼さまがどれだけ優しくて素晴らしい方か話してくれます」
顔を上げて犬飼さまを見ようとしたら、すぐそばに端整なお顔があった。
犬飼さまも、私を見つめている。
背中をさすっていた手が止まり、その手が私の頬に触れた。私はその手に、頬を軽く擦りつける。
ぴくっと、犬飼さまの肩が揺れた。
「……環季も、そう思ってくれているのか? 俺は、環季に優しくできているだろうか」
「はい……こんなふうに甘えてしまうくらいに、私は優しくしていただいています」
激しく心臓が鼓動する。頬を撫でた犬飼さまの指先が、耳元までをなぞる。
「可愛いことを言う……」
犬飼さまのお顔がさらに近づき、私は自然と静かに目を閉じた。
私……犬飼さまのことが好きなんだ。はっきりとそう思った。
このまま、犬飼さまと……。
その時、ぴりっと足首の痣が鋭く痛み熱くなった。