書籍詳細
シークレットベビー発覚で、ホテル御曹司の濃蜜な溺愛が止まりません
あらすじ
「今の君を全部見せて、愛させてくれ」再会した副社長に猛愛で絡めとられて――
シングルマザーとして息子を育てる遥花は、かつて結婚を誓った御曹司・千紘と再会。彼の将来を思って当時身を引いた遥花だったが、千紘は変わらず彼女を一心に求めて捜していた。「君なしの人生は考えられない」空白の時間を忘れさせるほど息子ごと愛情を注ぐ千紘に、頑なだった心が溶かされていく遥花。そのまま、彼の増すばかりの激情に溺れていき…!
キャラクター紹介
日野遥花(ひのはるか)
2歳の息子を育てるシングルマザー。以前は千紘の家が経営するホテルで働いていたが、今は兄のビストロを手伝っている。
及川千紘(おいかわちひろ)
遥花が務めていたホテルの御曹司。彼女との結婚を父に認めてもらうため、3年間アメリカへ渡っていた。
試し読み
「待たせたかな?」
「全然。準備に時間がかかって、私の方こそお待たせするんじゃないかって焦ってました」
『今日はお泊まりするよ』と紘基に教えたのは、保育園から帰ってから。普段はお店があるから旅行することもないし、帰省するような場所もないから、紘基にとって今日が初めてのお泊まりだ。
『どこいくの?』『おもちゃもいれて?』『ごほんもいい?』と紘基はずっとはしゃいで私にまとわりついていて、なかなか準備が進まなかった。
「出張から帰ったばかりなのに、本当にお邪魔していいんですか?」
出張は三日間。沖縄本島だけでなく、離島にも足を伸ばしたらしい。ハードスケジュールだったに決まっている。
「心配してくれるのは嬉しいけど、今さら来ないとか言わないでくれよ。俺は二人と一緒に週末を過ごすために、頑張って仕事を片づけてきたんだから」
なんて嬉しいことを言ってくれる。
「ねえねえ、ひろくんたちどこにいくの?」
千紘さんにチャイルドシートに乗せてもらいながら、紘基が尋ねる。私と千紘さんを見る目が、期待で輝いている。
「紘基とママは、これからうちに行ってお泊まりするんだ」
「おにいちゃんのおうち?」
「そうだよ」
「おともだちいる?」
「お友達はいないかな。でもいいものを見せてあげるよ」
「いいものって何? ミニカー?」
「それは着いてからのお楽しみだ」
紘基の頭を優しく撫でて、ドアを閉める。
「それじゃ、出発するよ」
「はぁい、しゅっぱつ!」
はしゃぐ紘基を見て目を細めると、千紘さんは車を出した。
「うちが見えてきたよ」と言われて、車窓から外を見る。
「えっ、ここですか?」
千紘さんの家は、地上四十階、地下三階建てのタワーレジデンスの一室。十九階まではオフィスや商業施設が入っていて、二十階から上が居住区間となっているそうだ。車の中から見上げても、建物のてっぺんは見えない。最上階は雲の上なんじゃないのかな、なんて思ってしまう。
「すごく立派なところですね」
アメリカに行く前は、千紘さんは職場から二駅ほどの場所にある新築のマンションに住んでいた。三年前もずいぶんいいところに住んでいるんだなって思ったけれど、こことは比べ物にならない。
「ここの開発にアヴェニールホテルズの子会社が関わってるんだ」
アヴェニールホテルズにはホテル部門だけではなく、複数の子会社がある。そのうちの不動産部門が関わり開発したのが、このタワーレジデンスらしい。今後のためにも、自分で実際に住んでみて、気づいたことがあれば改良するよう提案するつもりだという。
「ここは景色もいいんだ。夜景も綺麗だから期待してて」
千紘さんが運転する車は、地下の駐車場に入っていった。
「わあ、まっくら!」
「すぐ明るくなるから怖くないよ」
視界が急に暗くなって驚く紘基を、千紘さんが宥めてくれる。
「ママと手を繋ぐ?」
「ひろくんこわくないよ。だいじょうぶ!」
と言って首を振る。いつもなら「こわいー、ママだっこー」って言って私にまとわりつくのに。
「えっ、怖くないの?」
「うん。だっておにいちゃんがまもってくれるでしょ」
満面の笑みで、前方の千紘さんを見ている。ひょっとして、動物園で千紘さんが言った『紘基のためならライオンくらいやっつけられるよ』を覚えているのだろうか。
「もちろん、俺が紘基を守るよ」
「ママのことも?」
「ああ、ママも」
即答する千紘さんに、紘基はご機嫌だ。この短い期間に、着実に二人の間には信頼関係ができている。
地下駐車場からは、住人専用のエレベーターで居住区間まで上った。二十階がロビーで、コンシェルジュが常駐しているそうだ。
よく磨かれた大理石の床を歩いていくと、ホテルさながらのフロントが現れ、制服姿の女性が出迎えてくれた。エレベーターホールには大胆なデザインのフラワーアレンジメントが飾られていて目を引く。都内でも有名なフローリストと契約していて、頻繁に生けかえられているらしい。
ロビー階には他にもジムやラウンジ、キッズルームなどがあり、住人であれば自由に使うことができるそうだ。
「明日にでも紘基を連れてキッズルームに行ってみようか」
「おともだちくる?」
「ああ、よく紘基くらいの子達が遊んでるよ。仲良くできるかな?」
「できるよ! はやくいきたいなぁ」
紘基は今すぐにでも立ち寄りたそうで、見るからにそわそわしている。
「今日はもう遅いから、明日たくさん遊ぼうね」
「ひろくん、いまいきたい」
「お友達も晩ご飯やお風呂の時間で帰っちゃってるよ。明日絶対連れて行くから。約束な?」
「うん、やくそくね!」
千紘さんが紘基に向かって小指を差し出すと、紘基が小さな指を一生懸命絡めて『ゆびきりげんまん』を歌い出す。千紘さんはその光景を見てふわっと微笑むと、紘基に合わせて一緒に歌ってくれた。
満足そうな紘基とそのまま手を繋いで、千紘さんの部屋へと向かう。
「どうぞ」
「……うわぁ!」
玄関だけで私達の寝室くらいありそうだ。感嘆の声を上げて繋いでいた手を放すと、紘基は靴をぱっと脱いで部屋の中へ駆け出した。
「紘くん待って! ……すみません、お行儀悪くて」
紘基の靴を揃えながら、千紘さんに謝る。千紘さんはからっとした笑顔で首を振った。
「全然。元気がよくて可愛いよ」
「……千紘さんって、意外と子供慣れしてますよね」
千紘さんは会ったその日から、自然に紘基との距離を縮めていた。
駐車場やキッズルームでも紘基が納得したり安心するような言葉をくれたり、目線を合わせて話してくれたり、子供との接し方がきちんと身についているように感じる。仕事柄、小さな子供と関わることもあるとは思う。でもそれだけじゃない経験値のようなものを、彼の行動から感じ取れるのだ。
「年の離れた弟がいるんだ。結構面倒を見てたからかな?」
「ああ、以前話してくださいましたね」
千紘さんの家庭は少し複雑で、社長と千紘さんのお母さまは彼がまだ小学生の頃に離婚している。その後、社長は再婚。千紘さんにはちょうど十歳違いになる弟がいるらしい。彼のことだから、きっと甲斐甲斐しく面倒を見ていたのだろう。
「年齢差はあるけど、兄弟仲はいいんだ。そのうち遥花にも会わせるよ」
「楽しみにしてます」
会話をしつつ、彼の後についてリビングに入ると、紘基は興奮気味に部屋を探検していた。
「ママ、ここにおとまり?」
「そうよ。だから千紘さんに『よろしくお願いします』って言おうね」
背中に手を当てて促すと、紘基は姿勢よく気をつけをした。
「よろしくおねがいします!」
「こちらこそよろしくな」
頭を撫でられて、紘基はにこにこしている。
私も、改めて部屋を見渡してみた。あまり詳しくないのでわからないけれど、おそらく家電は最新のものを取り揃えているのだろう。家具はスタイリッシュな中にも温もりを感じる海外のデザイナーズブランドで揃えられていて、千紘さんのこだわりを感じる。
たまには自炊もすると言っていたのも、本当らしい。リビングから続くアイランド型のキッチンには、一人暮らしにしては種類豊富な調味料やスパイスやフルーツなどが置いてある。冷蔵庫の中も案外充実しているのかもしれない。
「紘基。遥花もこっちに来て」
「なんですか?」
紘基を抱き上げて、千紘さんが窓際へと動く。
「わぁ~、おそときらきら」
カーテンを開けると、都心の夜景がきらめきを放っていた。まるで宝石箱をひっくり返したような景色に、言葉を失ってしまう。
「……すごく綺麗」
ようやく吐き出した言葉は、ため息交じり。いつもは騒がしい紘基ですら、目を輝かせて目の前の景色を眺めている。
「いいものを見せてあげるって言っただろ。気に入ってくれた?」
「ええ、とっても。毎晩この景色を見られるなんて、贅沢ですね」
これは素直に羨ましい。私なら毎晩ここに立つたび、感動して見入ってしまいそうだ。
「それなら、ここで暮らせばいい」
「えっ……」
驚いて息が止まる。でも、彼とやり直す道を選ぶならそうなるのだ。兄と暮らしている家を出て、千紘さんと紘基と三人で新しい生活を始める。そして私はその覚悟を決めて、今日ここへ来た。
「千紘さん、私……」
「まあ、その話はゆっくり。夜は長い」
「……そうですね」
きっと今夜は、長く眠れない夜になる。まっすぐに私を見つめる千紘さんから目を離せずにいると、彼の腕の中で紘基が身じろぎをした。
「ママ、おなかすいた」
部屋の時計はすでに午後七時を指していた。
「ああ、もうこんな時間。今日はデリバリーを頼んでるんだ。そろそろ届く頃だと思うよ」
事前に交わしていたメッセージで今夜の夕食のことを訪ねると、千紘さんは『特に用意も買い物もいらない』と言っていた。
「紘基もいるし、外で食べるよりその方がいいかと思って」
「助かります」
千紘さんは弟さんの面倒も見ていたそうだから、小さい子供との外出や外食の大変さも知っているのだろう。こういうふうに気を回してくれるところ、本当にありがたい。
ほどなくして中華のデリバリーが届き、三人で食卓を囲んだ。さらに驚いたのは、千紘さんが子供用のチェアを用意してくれていたことだ。週末をここで過ごすと約束して、すぐにネットで注文してくれたらしい。
「ひろくんからあげたべる」
「はい。よく噛んで食べてな」
「はーい!」
紘基に合わせて小さめにカットしたからあげを、千紘さんがお皿に載せてくれた。お出かけ用のエプロンをつけた紘基は、いつもとは勝手の違う食事に戸惑う様子も見せずご機嫌だ。紘基を中心に話題は絶えず、笑い声の絶えない食卓になった。
食事の後は少しゆっくりして、千紘さんが紘基をお風呂に入れてくれた。いつもは私と入るのでさすがに嫌がるかなと思ったけれど、最初は少しぐずったものの、いざ入ってしまえば、私のことなんて忘れたみたいにはしゃぐ紘基の声が漏れ聞こえてきた。
「ママ!」
先に紘基を上げてもらい、脱衣所で体を拭いてやる。
「あのね、おにいちゃんはあおがすきって」
保育園で習った何種類も色が出てくる絵の具の歌を、千紘さんにも歌って聞かせたのだろう。
「紘くんと一緒だね」
「うん! いっしょねー」
好きな色が同じで嬉しかったようだ。興奮気味に教えてくれる。
「紘くん、向こうのお部屋に行ってお茶を飲もうか」
「はーい」
まだお風呂から出たてで、ほかほかした体に肌着を着せる。パジャマはもう少ししてから着せることにする。
「千紘さん、ありがとうございました。私達は先にリビングに戻ってますね」
「ああ、わかった。俺もすぐ行くよ」
温まって眠くなってきたのか、目蓋の重そうな紘基を連れてリビングに戻る。麦茶を飲ませていると、入浴を終えた千紘さんが戻ってきた。
「お待たせ。遥花もすぐ入る?」
洗いざらしの髪をタオルドライしながら、千紘さんが尋ねる。
いつもは下ろしている前髪が後ろへ流れていて、男の人なのに色気を感じる。スエットに薄手のTシャツを纏っただけで、たくましい身体つきが露わになっている。
そういえば千紘さんは案外着やせするタイプだったことを急に思い出して、頬が熱くなった。
「遥花?」
千紘さんのことを改めて男の人として意識してしまったことが、なんだか気恥ずかしい。
「はっ、はいっ」
「いや、お風呂どうするのかって……。あれ、紘基もう眠そうだね。ベッドに行く?」
「いやだぁ。ひろくん、まだあそぶぅ」
なんて言いつつも、眠気には敵わないのだろう。目をこすりながら、紘基がいやいやと首を振る。
「限界っぽいんで、先に寝かしつけてきます」
「でも遥花も早くお風呂に入ってさっぱりしたいだろ? 紘基、ママは今からお風呂に入るから、俺と寝ようか」
「おにいちゃんとねる」
一緒にご飯も食べてお風呂も入って、すっかり気を許してしまったらしい。紘基はぐずることもなくそう言うと、千紘さんの首にしがみついた。
「……可愛いな」
そのまま抱き上げて、紘基の頭を撫でてやる。紘基は気持ちよさそうに目を閉じると、半分眠りの世界に行きかけている。
「このまま寝かせてくるよ。遥花はお風呂に入ってて」
小声で囁くと、千紘さんは紘基を抱っこして寝室へと入っていった。
「うわ……、広い」
どこもかしこも豪華で広々とした部屋だけれど、この浴室は私の想像を超えていた。
アヴェニールホテル東京で例えるなら、最上階のプレミアムスイートクラスのバスルームに匹敵するだろう。床暖房が完備されているのはもちろん、足を伸ばしてもゆったり座れるジェットバスには、ジェットだけでなく数種の機能がついている。
できることなら、ゆっくり入らせてもらいたいところだけれど、寂しくなった紘基が泣き出すんじゃないかと心配だった私は、シャワーだけで慌ただしく入浴をすませた。
でもその心配は杞憂だったようだ。急いでリビングに戻ると、ソファーに腰掛けて私を待つ千紘さんの姿が目に入った。夜も遅いからか、部屋の照明が白く明るいものから、温もりのある暖色系のものに切り替えられている。
「あれ、ずいぶん早かったね。もっとゆっくりしててよかったのに」
「紘基がまた起きるんじゃないかと気が気じゃなくて」
「髪もまだ濡れてる。ドライヤーの場所わからなかった?」
そういえば、タオルドライの状態で飛び出てきてしまった。
「ちょっと待ってて」
千紘さんはソファーから立ち上がると、どこかへ行ってしまった。
「お待たせ」
かと思うと、今度はドライヤーを持って現れた。そのままソファーの裏手に回る。
「遥花座って。乾かしてあげる」
「じっ、自分でできます!」
千紘さんに髪を乾かしてもらうなんて。そんなことをされたら緊張で体が持たない。
「俺がしてあげたいんだ。だめかな?」
そういえば、私より三つも年上なのに、時々甘えた口調でお願いをしてくる人だった。普段は頼りになる先輩なのに、付き合って心を開くとこんな面もあるのかと当時は驚いた。でも、そのギャップに母性本能をくすぐられたのも事実だ。
「……わかりました。お願いします」
観念して彼の前に腰を下ろす。
「それじゃあ始めるね」
機嫌よくそう言うと、千紘さんは私の髪を乾かし始めた。すぐ後ろに彼の体温を感じ、あまりの距離の近さにどうしても鼓動が早まってしまう。
「風は熱くない?」
「ちょうどいいです」
彼の声はいたって穏やかで、鼻歌でも聞こえてきそうだ。私はこんなにドキドキしているのに、千紘さんは平気なんだろうか。自分だけが緊張しているようで、余計に意識してしまう。
「前はストレートだったけど、パーマをかけたの?」
「本当は元々くせっ毛なんです。ホテリエ時代はストレートパーマをかけたり、ヘアアイロンを使ってたんですけど、今はあんまり自分に時間をかける余裕がなくて」
毎朝、時計と時間をにらめっこしながら、紘基の登園準備をしなければならないので、のんきにヘアアイロンを使う時間なんてない。ストレートパーマをかけるのはお金も時間もかかるのでやめてしまった。満足に手入れもできていないから、きっと枝毛だらけだろう。
傷んだ髪を彼に触れられているこの状況が、今さら恥ずかしくなってくる。
「ごめんね。遥花ばかりに苦労をかけてしまった」
優しい声が、私を包んだ。
ドライヤーがオフになったことに気づき後ろを振り向く。彼は私の隣に腰掛けると、苦しげな表情で私を見た。