書籍詳細
怜悧なドクターに剥き出しの熱情で絡めとられて愛し子を宿しました
あらすじ
「俺の妻はなんでこんなに可愛いんだろう」
クールな外科医の独占愛でご懐妊…!
医療事務の美愛は恋愛未経験だが、バーで自然と打ち解けた美麗な男性・涼介に心惹かれる。一夜だけと思っていたのに、なんと翌日、彼が外科医として着任し…!?クールな評判とは裏腹に、美愛への熱情を隠さず迫ってくる涼介。「君の全部が欲しいって言ったら?」――溺甘な彼に翻弄されながらも、その高まる愛欲を受け入れているうち、妊娠が発覚し…!
キャラクター紹介
一ノ瀬美愛(いちのせみあ)
心優しく真面目な女性。幼い頃に母を亡くし、父に育てられた。医療事務として働き、涼介と運命的な再会をする。
新堂涼介(しんどうりょうすけ)
大病院の跡取りで、腕の立つイケメン外科医。ポーカーフェイスだが、美愛のことは箍が外れたかのように溺愛する。
試し読み
「美愛、今電話しても平気か?」
数回目のコールのあと、電話口でそう尋ねると『はい。大丈夫です』という心地いい美愛の声が耳に届いた。
その声を聞いただけで、溜まっていた疲れが一瞬で吹き飛んでいくような感覚があった。今すぐに会いたい。直接会って言葉を交わしたい。こんな気持ちになるなんて生まれて初めてのことだった。
今、再び画面を指でタップすれば美愛の声が聞けるだろう。けれど、もう夜も遅い。
少し前から美愛の父親が体調を崩していると聞いた。連休前は仕事が終わると、毎日電車で実家へ看病にいっていたらしい。
電話越しの声が少し疲れているように感じた。
声は聞きたいが、今日は我慢しよう。
「明日が待てないなんて、俺はいったいどうしてしまったんだ」
美愛に思いを馳せているとまた、別の患者の容体が急変したという知らせが入った。
俺は再び白衣を羽織り、慌ただしく当直室を飛びだした。
そのあとも急患の対応に追われて、ほとんど休めないまま朝を迎えた。一度家に帰りシャワーを浴びて身支度を済ませる。普段だったら家に帰ると疲れ果てて泥のように眠るのに、今日は目が冴えている。何度も時計を確認し、ため息を吐く。約束の時間まで、まだ一時間以上もある。
そのとき、テーブルの上のスマホが鳴りだした。
画面には美愛の名前が表示されている。
すぐにスマホを掴み耳に当てると、電話口からは美愛の弱々しい声がした。
『おはようございます。実は……風邪を引いて熱が出てしまって……』
申し訳なさそうに謝る美愛の言葉に、胸が痛くなる。
今頃になって疲れが出たに違いない。
看病している間は気が張っているせいで、溜まっていく疲れに気がつかないことも多い。そして、回復して気が抜けたとき、看病していたほうが体調を崩す。入院している患者とその家族にも同じことがよく起こる。
「美愛が悪いわけじゃないよ。それにデートならまたすればいい」
本当は会いたかった。でも、それを言ってしまえば美愛に気を遣わせることになる。
グッと言葉を呑み込みできるだけ明るく言うと、美愛はわずかな間のあと、口を開いた。
『新堂さんに……』
「うん?」
『会いたかったです』
泣いているのだろうか。少しかすれた美愛の声が優しく鼓膜を震わせる。
『……私ってばすみません。変なこと言って』
呼吸が荒く、苦しそうだ。
「美愛、大丈夫か?」
『私なら大丈夫です……。今日は本当にごめんなさい』
電話を切って考える。美愛は今、どんな状態なんだ……?
風邪だと言っていたけれど、実は違う病気だったらどうする。
美愛はひとり暮らしだ。もし意識を失ってしまったら……。
考えるより先に身体が動いていた。奥の部屋のウォークインクローゼットにあるバッグを引っ張り出すと、俺は玄関を飛びだした。
アパートの玄関に辿り着き、俺は人差し指でチャイムを鳴らした。
少し待つと、『はい』という声がして玄関の扉が開いた。
「えっ……、新堂……さん?」
玄関口には、目を潤ませてぼんやりとした表情を浮かべる美愛が立っていた。
俺に気がつくと、驚いたように目を見開く。
マスクをしていても、頬が赤らんでいるのがわかる。まだ熱は高いようだ。
「突然来てすまない。どうしても心配で。メッセージ見てないか?」
家に来る前、一応美愛には今から行くと連絡しておいた。
「あっ……、ずっと寝てて……」
「必要そうなものを買ってきた」
「すみません……。ありがとうございます」
美愛はそう言うと、俺を中に招き入れてくれた。
部屋はワンルームで狭いけれど、綺麗に整理整頓されている。まるで美愛の性格を表しているようだった。
キッチンに買い物袋を置き、美愛に尋ねる。
「食べものは冷蔵庫に入れておいてもいい?」
「ありがとうございます。本当に助かります」
美愛が横になると、俺はそのそばに腰を下ろした。
「新堂さん……今日は本当にすみませんでした……。それにせっかくのお休みなのに、私のお見舞いにまで……」
熱にうかされ苦しんでいるときにまで俺のことを気遣う健気な美愛に、胸が締めつけられる。
「俺が好きでやってることだから、美愛は気にしないでくれ。それより、体調は? 熱を測ろう」
体温計を渡すとき、美愛の指先に触れた。その指先は熱を帯びている。
「身体は熱い?」
「少しだけ」
話を聞きながら、自宅から持ってきた血圧計とパルスオキシメーターでバイタル測定をする。
「バイタルは問題なし。熱は三十九度二分か。高いな。ちょっと首回り、触るよ?」
「はい……」
苦しそうに肩で息をしている美愛の首の下を、指で触診する。
「耳下腺と頸部リンパ節の腫れはない。少し聴診器当てるね」
服の上から聴診器を当て胸の音を聞いたが、問題はない。
「胸の音も大丈夫だ。熱以外に何か症状はある?」
「昨日の夕方から少し眩暈がありました」
「眩暈? それはグルグル回る感じ? それとも目の前が真っ暗になる?」
「グルグル回っている感じです……。それと少し吐き気もあって」
「回転性の眩暈か。少し前から風邪症状はあった?」
「風邪かどうかはわからないんですが、身体がダルい感じはありました」
父親の看病で疲れが溜まり、免疫力が落ちてしまったのだろう。
「眩暈と吐き気か。もしかしたら内耳が……いや、それ以外の疾患の可能性もある。熱も高いし、もしかしたら……」
困ったように首を傾げている美愛に気づいて、ハッとする。
「すまない、しんどいときに難しいことを言ってしまって」
美愛は小さく首を横に振る。
「今日より前にウイルス感染を起こしていた可能性もある。ひとまずバイタルは安定してるし、ゆっくり休めば良くなる。心配はいらない。ただ、俺も専門じゃないから連休明けに病院へかかったほうがいい」
「……はい。でも、新堂さんに診てもらってすごく安心しました。ありがとうございます」
目を細めて微笑む美愛の髪をそっと撫でる。
何かをしてあげたい。美愛のために俺ができること……。
「食欲はある?」
「はい。でも、昨日の夜から何も食べてなくて……」
「そうか。少しキッチンを借りる」
「え……? でも……」
「少し時間がかかると思う。美愛は寝ていてくれ」
俺はキッチンに向かい、先ほど買ってきた食材を冷蔵庫から取りだした。
料理をはじめて、早一時間。
「なんで、こうなったんだ……」
愕然としながら呟く。
スマホでレシピを確認しながら作った卵粥が、鍋の中で焦げついていた。
水の分量が足りなかったのか、それとも火にかけすぎてしまったのか。
理由はわからないけれど、決して成功とは言えないだろう。
普段、自炊をすることはほとんどない。するとしても、ケトルで沸かしたお湯でカップラーメンを作るぐらいだ。
「すまない、美愛。失敗した……」
作った卵粥を木製のトレーにのせてローテーブルに運ぶ。
鍋底の黒焦げになった部分を避けてよそったものの、なんだか焦げ臭い。見た目も美味しそうには見えない。
「わぁ……、卵粥。私、大好きなんです。いただきます」
ベッドから起き上がりテーブルの前に腰を下ろした美愛は、卵粥を木製のレンゲですくい上げて口まで運んだ。
「美味しい……。身体が温まります」
ふわりとした笑みを浮かべる美愛に、申し訳なさが募る。
「無理して食べなくてもいいから。普段自炊はほとんどしないし、そもそも料理は苦手なんだ」
「無理なんてしてません。新堂さんが、私のために作ってくれたって思うと嬉しくて……。ありがとうございます」
フーフーッと小さな唇で息を吹きかける美愛の横顔を見つめる。焦げている卵粥を嬉しそうに頬張る美愛が、たまらなく愛おしい。
食事を終えて食器の片づけをしている間に、薬を飲んだ美愛は再び眠りについた。そっとベッドサイドへ歩み寄り、床に腰を下ろしておでこに浮かぶ汗をタオルで拭う。
時折、苦しそうに表情を歪める美愛が心配でたまらない。代われるものなら代わってやりたい。
早く良くなってくれ……。
俺は願うような気持ちで、布団から出ている美愛の手を握り締めた。
「……っ」
物音がして顔を上げると、美愛がベッドから身体を起こしたところだった。
「ごめんなさい、起こしちゃいましたか……?」
当直の疲れが出たのか、ベッドにもたれかかっていつの間にか眠っていたようだ。
「平気だ。それより体調は?」
「もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
市販の解熱剤が効いたのか、来たときより美愛の顔色が良くなっている。
「そうか、良かった」
ホッと胸を撫で下ろす。でも逆に美愛は俺のことを心配そうな表情で見つめていた。
「新堂さんにいろいろ迷惑をかけちゃって、すみません」
「そんなことは気にしないでいいんだ」
「でも、新堂さん夜勤明けですよね……? 新堂さんの身体が心配で……」
「美愛」
俺は美愛の言葉を遮った。
「どうして君はいつも、人のことばかり考えているんだ」
「新堂さん……」
「辛いときは辛いって言っていいんだ。自分のことを一番に考えてあげていいんだよ」
そっとベッドサイドに腰かけると、俺は美愛の身体に腕を回して抱き締めた。ふわりと香るシャンプーのような美愛の匂いに、たまらない気持ちになる。
「俺にだけは弱いところを見せてくれ。もっと甘えてほしい」
美愛が遠慮がちに俺の背中に腕を回す。
彼女を守りたいと強く想う。このままずっとそばを離れたくない。
「俺をこんな気持ちにさせるのは、美愛だけだ」
柔らかい美愛の身体を抱き締めていると、そのまま押し倒してしまいたいという強い衝動に駆られた。俺のすべてが美愛を欲していた。赤らむ頬に手を当てて、唇を奪い、耳や細い首筋に唇で触れたい。そして……。
彼女を抱く腕に力を込めてしまいそうになり、慌てて緩める。こんなふうに抱き締めては、体調の悪い美愛に負担をかけてしまいかねない。
名残惜しい気持ちをグッと堪えて美愛の身体を解放する。
「新堂……さん?」
「……参ったな」
思わず苦笑した。
少し赤らんだ顔で目を潤ませて俺を見上げるその表情は、きっと無自覚だから恐ろしい。再び美愛を抱き締めたくなる気持ちを抑えて、俺は美愛の頭を撫でた。
「これ以上刺激されたら、さすがに理性が利かなくなりそうだ」
溢れだしそうになる感情を、俺は必死の思いで押しとどめた。