書籍詳細
ヤンデレ御曹司の重すぎる激情で娶られました~契約妻のはずが溺愛で離してもらえません~
あらすじ
「お前が愛していいのは俺だけだ」エリート社長の狂おしいほどの独占欲で囲われて……!
借金を肩代わりしてもらうのと引き換えに、幼馴染みの御曹司・柊と契約結婚をした穂香。契約の条件は、彼が会社の後継者になるため、後継ぎを産むことで!?子どもだけを望まれていると切なくなる穂香だったが、あるきっかけで柊の独占欲のタガが外れ…!「お前が愛していいのは俺だけだ」柊の激情をぶつけられ、穂香はその重すぎる愛を思い知り――。
キャラクター紹介
仁和穂香(にわほのか)
食品会社の事務員として働いている。お人好しな性格で、困っている人にはつい手を差し伸べてしまう。
千堂 柊(せんどう しゅう)
穂香の幼馴染で初恋相手。大手企業の御曹司で、社長になって穂香の前に現れる。
試し読み
急遽ふたりで出かけることになり、柊くんと一緒に大型ショッピングモールへ向かった。
一日かかってもすべてを見終えるのは難しいと言われているだけあって、広大な敷地内にはありとあらゆる店が揃っている。
日常的に使えるスーパーマーケットに、財布に優しい価格帯の衣服や装飾品。家電やインテリア家具を買える場所もあり、目的もなく気分転換に来た私は目移りしてしまう。
「なにを買うつもりで来たんだ?」
一階にある液晶型の館内マップの前から動かなくなった私を見て、痺れを切らしたらしい柊くんが声をかけてくる。
「特に欲しいものがあるわけじゃないの。適当にお店を見て回れたらいいなって」
「服がいいとか、靴が見たいとか、そういうのもないのか」
「うん。……ごめん、あんまり興味ないよね」
「俺が勝手についてきただけだ。謝るな」
申し訳ないと思った私にはっきり言うと、柊くんは当然のように私の手を引いて館内マップの前を離れる。
彼に触れられたのはこれが初めてではないのに、手を繋ぐという行為は妙に新鮮でこそばゆい気持ちになった。
昔は私のほうが彼の手を引いて歩いていたのに、と半歩先を歩く長身を見上げて思う。
「どこへ行くの?」
「お前の好きそうなものがある場所だ」
知っているのかと尋ねる前に足が止まる。
そこはインテリア小物や雑貨を扱う店だった。ポップな色合いで有名なそのブランドは、広い世代で好まれている。私もそのひとりだ。
「こういうの、好きじゃないのか?」
店先に置かれたアロマディフューザーを示される。
レモンイエローのそれはしずく型になっており、先端の少し尖った場所からアロマミストが流れる仕組みになっていた。
商品のアピールのためか、今も柑橘を思わせるフレッシュな香りが漂っている。
「好きだけど、どうして知ってるの?」
「……似たような私物ばかり持ち込んでいるのを見た」
彼が私の部屋に入ったのは、最初に荷物を運んだあのときくらいかと思っていたけれど、もしかしたら違ったのかもしれない。
いつの間に、というのが顔に出ていたらしく、柊くんが少し視線をさまよわせる。
「勝手に入って悪かった。家探ししてやろうと思ったわけじゃない。ただ……」
「別に怒らないよ。あそこはあなたの家なんだし」
「今はお前の家でもある。……もう勝手に入らないと約束する」
驚くほど神妙に言われて、逆に悪いことをした気になる。
「好きにしていいのに。見られて困るものも……そんなにないよ」
「そんなに? 少しはあるのか」
「だってほら。……下着とかそういうのは、あんまり」
「お前が着ていないならただの布だ」
「そういう問題じゃないと思うんだけど……」
店先でいったいなんの話をしているのだろう。
恥ずかしくなって頬が熱くなるのを感じながら、柊くんの手を引いて店の中に入る。
せっかくならと私室に置く小物を探している間、彼は私のそばを離れずにじっと観察していた。
気まずかったのは最初だけで、いつしか自分が彼とのこういう状態に慣れているということを思い出し、気にならなくなる。
柊くんは幼い頃からこうだった。
私の後をついてきては口を挟んだり、邪魔をしたりせず、おとなしく様子を窺っているだけ。話しかければ応えるけれど、なにも言わなければずっと黙っている。
やっぱりこの人は私の知っている頃と変わらない部分もあるのだなと思う。
だけどそれを指摘すれば、きっとまた嫌がられてしまうのだろう。
「穂香」
このまま黙っているのだろうと思っていたのに、名前を呼ばれて振り返る。
柊くんは私が見ていたところとは違う棚を示し、そこに並んだハーバリウムのひとつを手に取った。
長細いガラス瓶の中は特殊なオイルで満たされており、夏の太陽を凝縮したような明るい橙と黄色の花が閉じ込められている。
さっきも柊くんは黄色いアロマディフューザーを私に見せてくれたけれど、好きな色が黄色だと教えた記憶はない。少なくとも再会してからは、絶対にない。
「好きだろう?」
心なしか期待した様子でハーバリウムを差し出され、小さな戸惑いとともに受け取る。
まるで私のお気に入りの品を見つけ出したから褒めてほしい、とねだっているような声音にも聞こえて、そんなはずはないと考えを改めた。
「うん、好き。せっかくならひとつ買っていこうかな?」
「俺の分も選んでくれ」
「飾るの?」
「それも悪くないな」
飾る以外になにがあるのだと自分に苦笑するも、柊くんの答えもなんとなくズレている。
「じゃあ、青ね。赤よりは柊くんって感じがするから」
ハーバリウムの棚から青いものを選んで渡すと、受け取ったきりうつむいて黙ってしまう。
気に入らないのかと思ったのも束の間、ぽつりとつぶやくのが聞こえた。
「マグカップを選んだときも同じことを言っていたな」
「マグカップ?」
思わず聞き返した私に、驚きと戸惑いの眼差しが向けられる。
自分が独り言をつぶやいた自覚がなかったらしい。
「今、マグカップを選んだときも同じことを言ってたって。いつの話?」
「覚えていないならいい」
「気になるよ」
「……今の話じゃないなら、あの五年間の話に決まっている」
なぜ、するなと自分で言った過去の話に触れるのだろう?
なんらかの事情があってああ言っただけで、本当はしたいのだろうかと錯覚する。
柊くんは青いハーバリウムを軽く掲げて、天井のライトに透かした。
きらきらした青いきらめきがガラス瓶を通して端正な顔を彩る。
映し出された表情が少し寂しげで、一枚の絵画でも見ているような気になった。
そう感じたのは私だけではなかったらしく、店内にいるほかの客の視線がちらちらと彼に向けられる。
それどころではない結婚生活のせいですっかり失念していたけれど、彼は長身細身かつ大変見目麗しい男性なのだった。
意図したものでないとはいえ、絵になる光景を披露すれば注目を浴びるのも致し方ないといえる。
私も含めたその場のどの視線にも頓着しない柊くんを、改めてまじまじと見つめてしまった。
抜群の容姿だけではなく、彼はあのミルグループの御曹司で、ミルホテルの社長だ。
本来なら私なんて街中ですれ違うのが関の山の、一生縁がない雲の上の存在なのに、なんの因果か今は夫と呼べる関係にある。
不意に柊くんがとても遠い人になったような気がした。
手を伸ばせばすぐ触れられる距離にいるけれど、私の知っている彼と今ここにいる彼は同じようで違う。
そもそも柊くんを知っているといっても、私と出会う前や離れ離れになってからのこと、両親や実家のことなどはなにも知らないのだと、急に寂しさが込み上げた。
「ほかに買うものは?」
黄色いハーバリウムを取り上げられて、意識が現実に戻り、なんでもないふりをして笑みを作る。
「大丈夫かな。柊くんは?」
「ない。もともと買い物の予定があるのはお前だけだ」
柊くんが私に背を向けてレジのほうへ向かおうとする。
こちらに視線を向けていたレジの店員が、慌てて背筋を伸ばしたのが見えた。
「待って、自分で買うよ」
「いい」
私が止めるのも聞かず、柊くんはハーバリウムを二本購入し、そのうちの黄色いほうだけプレゼント用として包むよう店員に伝えた。
「わざわざきれいに包まなくてもよかったんだよ」
「俺がそうしたかったんだ」
「……どうして?」
この気遣いに好意を感じるなと思うほうが無理で、淡い期待を胸に質問する。
柊くんは一度口を開いてから閉じ、ためらいがちに再び開いた。
「初めてのデートの記念に」
ただの外出であって、デートのつもりなんか少しもなかったし、柊くんがそう思っているとはかけらも思わなかった。
でも、彼は最初からデートのつもりでいたのだ。
どくん、と大きく心臓が高鳴って、一気に顔に熱が集まる。
「いいな、その顔」
困ったように眉を下げてふっと笑った柊くんが、私の頬に優しく手を添える。
突然の事態にまったく身動きを取れずにいると、外にもかかわらず、さらに言えばすぐ近くに店員がいるのにもかかわらず、触れるだけのキスを落とされた。
「そ、そと、だよ」
さっきまでより顔が熱いうえに頭の中が真っ白になってしまい、上ずった声でそれしか言えない。
「だから?」
柊くんは、ここがどこであっても関係ないだろうと言いたげな表情で言った。
そこに恥じらいがまったく見られないせいで、私のほうが非常識なのかと錯覚する。
ちょうどプレゼント用の包装を終えた店員が目を丸くしているのもかまわずに、柊くんは購入した品を受け取ると、なにごともなかったように私を連れて店を後にした。
いくつかの店を見て回った後は、屋外へ出た。
モール内は広く、外をのんびり散策できるエリアもある。
ショッピングで疲れた人々がよく手入れされた花壇の花を楽しんでいるだけでなく、犬の散歩やジョギングをする人まで目についた。
外の空気は肌寒いけれど、歩いていれば温かい。
「外は騒がしくなくていいな」
ぽつりと言うのが聞こえてそちらを見ると、柊くんの顔には安堵が浮かんでいる。
「もしかして、今も人混みは苦手だった……?」
だとしたら付き合わせたのは申し訳ない。
彼が自分からそうしたいと願ったとしても、だ。
「人混みというか、人が苦手だ。ちらちらこっちを見てくるのが煩わしい」
「……それはしょうがないよ。私だって柊くんみたいな人が歩いていたら、ちょっと見ちゃうと思う」
「そんなに目立つのか、俺は」
「うん、目立つ」
決して華やかな雰囲気をまとっているわけではないのに、彼の存在はひどく目を惹き付けた。夜空に浮かぶ満月をつい見つめてしまうのとよく似ている。