書籍詳細
凄腕パイロットの幼馴染みに再会したら、一途すぎる溺愛から逃げられません
あらすじ
「俺だけのものにしたい」初恋のエリート副操縦士から、14年越しの愛で迫られて――
グランドスタッフの結は、恋愛に消極的なまま28歳を迎えていた。そんな彼女の前に、爽やかなパイロット・大也が現れる。実は彼は、結が昔ある事情で想いを伝えるのを諦めた幼馴染みだった。しかし再会した大也は、予想外の溺愛を露わに彼女に迫り…!?戸惑う結だが、自分だけを見つめる彼に独占欲を注がれて、抗う間もない程甘く蕩かされていき―。
キャラクター紹介
春田 結(はるた ゆい)
利発で芯の通った女性で、グランドスタッフとして働く。10年以上前のある出来事が理由で、恋愛には奥手。
緒方大也(おがたひろや)
将来有望で、社内でも人気のイケメン副操縦士。結の幼馴染みで、再会した彼女に猛アタックする。
試し読み
「ごめん! 待った?」
そこまでの道を小走りでやってきた結は、大也の前まで来ると、肩で息をして乱れた呼吸を整えようとした。そんな結を見て、大也がふっと笑う。
「そんなに急がなくても、良かったのに」
「でもはじまる時間が決まってるでしょ。遅れたら困る」
言いながら結はバッグからハンドタオルを出すと、額に滲んだ汗を拭った。
まもなく八月を迎えようとしているこの日、午前中から気温はうなぎ登りでお昼を過ぎた今、ピークを迎えようとしていた。そのため、かなり暑かった。
早番のシフトが終わった後。
結は大也と大きな駅の、いわゆる待ち合わせスポットで待ち合わせをしていた。
大也は今日は休みでおそらく時間ぴったりに来ていたのだろうが、結は事務作業に少し時間がかかり、終わるのが遅くなった。結果、待ち合わせ時間に遅刻しそうになり、急いで来たところだった。
大也からの前回のメッセージに書いてあったのは、映画を一緒に観にいかないかという誘いだった。
結はだいぶ迷ったが、断る理由が思い浮かばなかったので、結局は了承した。そして、二人の日程が合ったのが今日というわけだった。
(だって……映画ってもう、ほとんどデートだよね⁉)
それが、結の迷った理由だった。
夜に食事、はなんとなくまだセーフの気がした。そこまで時間も長くないし、シチュエーションは限られる。
もちろんどちらかに恋人がいればそれだってだめだろうが、そのあたりはちゃんと考慮していて、最初に二人で会う前に、お互い恋人がいないことは確認済みだった。
けれど、映画は友人同士ではあまり行かない気がする。過ごす時間も格段に長くなるし、席が隣同士とあっては、実質的な距離感もぐんと縮まってしまう。
その結果、自分の気持ちがどうなるかわからないのが正直、怖かった。
「そろそろ時間だから行こう」
結の呼吸が落ち着くのを待って、大也が口を開いた。促されて、結は足を踏み出した。
と、その時だった。
ごく自然に大也が結の手を取った。男性らしい大きくて少しゴツゴツとした手が結の手を包み込む。そのまま繋がれて、結の心臓が強く跳ねた。
(え⁉)
「あっちかな」
結は顔に熱が集まるのを感じた。
きっと端から見ても、赤くなっているに違いない。それを誤魔化すかのように俯いた。
二十八にもなって、手を繋いだぐらいでこのリアクションは自分でもないだろうと思う。
けれど、初恋を拗らせすぎて男性経験がほとんどないといってもいい結には、少々刺激が強い。手のひらから伝わる温かい人肌の感覚に、ドクドクと鼓動が速まってしまう。
(これはさすがに、友人関係ではしないと思うけど……)
触れているところが、その感触が、気になってしまって結はもう映画どころではなくなってしまった。さんさんと降り注ぐ強い日差しも気にならなくなり、気もそぞろで、どこに向かっているのかもよくわからなくなって手を引かれるままになってしまう。
「あ、ごめん。歩くの速い?」
結の歩くスピードがいつもより遅くなってしまっていたせいか、気づいた大也が足を止めて顔を覗き込んできた。
不意打ちの行動に結は慌ててしまう。
「だ、大丈夫。ごめんね。速く歩くようにするから」
「なんで? 無理しなくていいよ。俺が合わせるから」
にこっと微笑まれて、また鼓動が跳ねてしまう。結は合わせるように笑みを浮かべて「ありがとう」と答えながら、思わず胸に手を当てた。
(なんか今日のハル、いつもより態度が甘い気がする……!)
勘違いしそうになるから、やめてほしい。結は切に願った。
大也はいたって自然にそれをやっているから、きっとこんなシチュエーションには慣れていて、息を吸うようにできることなのだろう。
だいたい、経験値が違いすぎるのだ。
きっと、深い意味はない。女性に対してはいつもこういう態度を取っているのだろう。
自分が特別なわけではない。
結はいつもよりもしつこく、自分にそう言い聞かせた。
そうこうしているうちに気づけば映画館に着いていて、チケットからドリンクに至るまでてきぱきと全部、大也が手配をしてくれた。
結はただ隣にいればいいだけの状態となる。
最後に、中に入る前にトイレの確認までされて、その気遣いぶりに結は感心してしまった。
「じゃあ、行ってこようかな」
「ん、それなら俺はここで待ってる」
結は「わかった」と言うと、トイレに入っていった。
(いつも、ここまで気遣ってくれてたっけ……?)
考えてみると、今日ほどではないがたしかに、一緒にいる時はさりげなく気にかけてくれているような気はした。
当たり前だが、小学生や中学生の頃にはそういった気配りはあまりなく、むしろ鈍いところもあった。
だからきっと、これは高校、大学、社会人と成長する過程で、周囲の女性と接していくうちに身につけたスキルなのだろう。
そう考えるとなんだか少し、胸の中がもやっとするような感覚がある。
しかし結はすぐにはっとした。
(え、今何を思った……? モテるんだから、そんなことぐらい当たり前じゃない! 今のってまさか独占欲……? あーもう。やだやだ)
個室を出て手を洗う。その際、結は鏡に映る己を見た。
自分は、大也に釣り合わない。
化粧やヘアスタイルで頑張ってはいるが、丸顔なのでどうしても幼く見られてしまうところがある。目は二重だけどそこまでぱっちりはしていないし、鼻は丸い。
不細工というほどではないが、平凡そのものだ。
(もっと、おしゃれしてくれば良かったのかな)
今日はノースリーブのシャツワンピースを着ているので、結にしてはおしゃれをしたほうだった。
いつも仕事中にまとめている髪は、下ろしている。
簡単にセットはしてきたが、まとめていた時のあとが残っていて、少しウェーブがかったようになっていた。仕事後なのでこれが精いっぱいの装いといったところだった。
大也は別に、すごくおしゃれをしてきた、という格好ではない。
黒の細身のパンツにカットソー。むしろシンプルなのに、どうしてあんなに格好良く見えるんだろう。
トイレを出て、改めて大也を見た。
ポップコーンとドリンクをのせたトレイを手に持って立っているだけで、なぜか絵になる。通り過ぎる女性たちが、ちらちらとその姿を見ていた。
こんなに格好良くなっていなければ、まだ良かったのかもしれないのに。
結はその光景を見て、ふと思った。
「ここだ」
見つけた席に二人で座ると、まだ上映開始までには時間があった。映画は大也が観たいと言っていたサスペンスアクションで、一緒に観る人がいないから、と誘われた格好だった。結も興味はあったので、映画自体は楽しみだった。
「冷房、寒くない?」
声をかけられて横を見ると、思った以上に大也の顔が近くにあって、結は意図せずどきっとしてしまう。香水でもつけているのか、それとも整髪料なのか、ほのかに爽やかな香りを感じた。
「大丈夫だよ、ありがとう。……あのさ、そこまで私に気を遣わなくても大丈夫だからね」
いつも以上に、あまりにも大也が“女の子”扱いしてくるので、とうとう気恥ずかしくなってきてしまった結は、その雰囲気を打ち消すようにそんな言葉を口にした。
「そんなに、気なんか遣ってないけど?」
大也は不思議そうな表情で、結の顔を覗き込んだ。
そうやって顔を寄せて見てくるのもやめてほしい。
嫌でも意識してしまいそうになる。
結は頑張って平静を装うと、呆れた顔をしてみせた。
「じゃあいつもこんな感じなの? モテる人は違うね。言っとくけど、あんまりやりすぎると勘違いされるからやめたほうがいいよ」
ちくりと言ってみる。
牽制しているのだ。
その気がないなら、勘違いさせるような行動を取るなと。
これぐらい言ったっていいだろう。映画に誘って手を繋いで。
端から見れば、まるで恋人同士のようだ。
これで、後でお前のことは女として見られないなんて言われたら、もう何を信じていいのかわからなくなるではないか。
それに。大也は、なんといってもいまだに燻り続けている結の初恋の相手だ。
そこからして、他の人とは全然違う存在なわけで。
ちょっとの言葉や表情でいかようにも結は揺さぶられてしまうのだから、もっと慎重に行動してもらわないと困るのだ。
(段々、恋愛感情が過去系から現在進行形に移行してきているのは否めないし……)
なんとしてもここらへんで、その流れを食い止めたい。
自分の気持ちをこれ以上、惑わさないでほしい。
そんな気持ちから出た言葉でもあった。
しかしなぜか、大也は心外そうに眉をひそめた。
「いつもって何? 俺、女性と映画に来たのは初めてだけど」
「はっ?」
「春田に楽しんでもらいたいだけ。別に勘違いされても、全然いいけど」
思いもよらない言葉に結は唖然とした表情のまま固まってしまう。
大也はそんな結を見て苦笑いを浮かべると、結の頬をつつくように指先でちょんと触った。
「そんな顔、するなよ」
触れられた先が、火が灯るようにじわりと熱を帯びた。そこから結の顔がみるみる赤く染まっていく。
その時、ふっとあたりが暗くなった。照明が落とされたのだ。一瞬静かになった後、迫力のある音楽が室内に響き渡る。
「はじまるかな」
顔を近くに寄せた大也が結の耳元で囁く。低くてハリのある声がすぐ近くで聞こえて、ぞくりとした感覚が背中を駆け上がった。
結はそれにリアクションできなかった。それどころではなかったのだ。
(え? ええ? 女性と映画に来るのが初めて⁉︎ いや、私だって男性と来るの初めてだけど、ハルだよ? 絶対そんなの嘘だよ。そんなわけない)
とにかく狼狽えながらも心の中で強く否定する。しかし、また別の考えが過って、結は「待てよ」と思った。
(いや、でもそんなこと嘘つく意味ある? いやいや、たまたま映画は初めてだってだけで、他のデートは腐るほど経験があるのかも……そうだ、そうに違いない)
自分を無理やり納得させたと思った次の瞬間、また新たな疑問が湧き上がる。感情が抑制できずにもう止まらなかった。
(いやちょっと待ってよ、そこはとりあえずいいよ。ほんと待って。勘違いしてもいいって言った? いやこれどういう意味⁉︎ 勘違いしてもいいってことは……好きになってもいいってこと? 受け止めるよって、こと……? いやいやそんなわけ、ないじゃない。ただのモテ男の思わせぶり発言じゃない? みんな俺のこと好きになっちゃうから~みたいな。……いやいやハルはそんなことを言うヤツじゃないよ。うーん、でも、手とかさらっと繋ぐし、けっこうチャラい一面も……ほっぺツンもなあ。すごい自然に繰り出したし。ほんとびっくりした。あれはなんなの。心臓止まるかと思った)
頭の中をすごい勢いで思考が入り乱れる。
その内容はまったく取り留めがなくて、思いつくままだ。
大也の思いがけない言葉と行動に、結は軽いパニック状態だった。
コマーシャルや注意事項の説明が終わって映画がはじまるが、まったくストーリーが入ってこない。
軽く触れられた頬がじんじんと、ずっと熱を帯びていた。
せわしなく瞬きを繰り返しながら、ぐるぐるする頭を抱えて、結はただ映画を観ているふりしかできなかった。
上映中はずっとそんな感じだった。
だから、映画が終わって大也が感想を言ってきた時も、結はろくに答えられなかった。
その後、一緒に食事をしたが、その時もどこか心ここにあらずの状態で、生返事を繰り返してしまった。
けれど、その帰り道。
大也が手を繋いだり、肩を抱き寄せたりした時だけはしっかり反応して、いちいちびくびくしてしまった。
大也に言われたことが、ずっと耳から離れなかった。