書籍詳細
エリート警視正は溺愛旦那さま~幼馴染みの彼との契約婚で懐妊しました~
あらすじ
「俺以外の男には触れさせない」護衛目的のはずが、赤ちゃんごと溺甘に愛されて…!
ある事件に巻き込まれた心愛を助けたのは、クールな警視正だった。その警視正・誠司が初恋の幼馴染みと分かり動揺する心愛だが、息つく間もなく彼と護衛目的の契約結婚をすることに…!?「いい子だから、俺に愛されておけ」――偽装夫婦なのに、過保護な旦那様になった誠司に蕩かされていく心愛。彼に激愛を注がれ、ついに心愛は赤ちゃんを授かり…!
キャラクター紹介
西花心愛(にしはなここあ)
マイペースだが頑張り屋で、最愛の祖母を亡くし都会で懸命に働く。トラブルに遭ったところを誠司に助けられる。
愛住誠司(あいずみせいじ)
エリート警視正。両親が不仲で愛情を知らずに育った。再会した心愛を一途に愛し護り抜こうとする。
試し読み
叫びたいほどの感情が体内に渦巻いている。
それがわかっていながらも、言葉に出せない。だからこそ、涙として気持ちを吐露するしかできないのだろう。
ポロポロと涙を流していると、ものすごく強い風が窓に吹きつけてくる。
横殴りの雨は凄まじく、その上雷の音はずっと鳴り響いていた。
「キャッ!」
何かが窓に当たる音がした。
怯えながらカーテンを少しだけ開いて見てみると、どこかのベランダから飛んできたのだろうか。
ハンガーがベランダに落ちていた。先程の大きな音は、このハンガーがガラス窓にぶつかったせいだろう。
窓が割れなくてよかった。そんなふうに思ったときだ。フッと照明が落ちる。
「え? え?」
停電だろうか。立ち上がって窓の外を見渡すと、辺り一面が闇に包まれていた。
どうやら、この地域一帯が停電になってしまったようだ。
気分が落ち込んでいる上に、大荒れの外。挙げ句の果てには停電で、周りは真っ暗だ。
ますます孤独感に苛まれてしまい、涙が止まらなくなってしまう。
まずは、携帯のライトをつけようと探し始めたときだ。
ガタッという物音が聞こえた。
「う、うそ……え? やだ……っ!」
怖い。頭を抱えてその場にしゃがみ込むのと同時に、リビングの扉が開け放たれた。
「心愛! 大丈夫か!?」
「っ!」
誠司くんは、携帯のライトでこちらを照らしてくる。
――誠司くんだ、誠司くんだ、誠司くんだ!
今、一番会いたかった人の登場に、私は彼に走り寄って抱きついた。
「誠司くん! 怖かった!」
「大丈夫だ、心愛。ほら、大丈夫。心配いらないぞ?」
彼が持つ携帯のライトで、ほんのりとその場だけ明るくなっている。
その明かりで、誠司くんの心配そうな顔が見えた。
彼の顔を見るなり、ホッとしすぎてしまったのか。
膝から崩れ落ちそうになる。
「危ない! 大丈夫か?」
誠司くんの逞しい腕が、私の身体を抱き留めてくれた。
無我夢中で彼に抱きついていると、彼は私が泣いているのに気づいたようだ。
私をギュッと力強く抱きしめながら「大丈夫だ、心配いらないからな」と男らしくて安心できる声で囁いてくれる。
誠司くんの声を聞いていたら、なんだかますます泣きたくなってしまった。
声を上げて泣いていると、彼は困った様子で慰めてくれる。
それがまた嬉しくて、涙が零れ落ちてしまう。
「悪かったな、心愛。帰りが遅くなってしまって。一人きりで怖かっただろう?」
どれだけ泣いていただろうか。
ようやく落ち着きを取り戻した私に、誠司くんは「離れた方がいい」と言いながら私から距離を取ろうとする。
だが、彼の腕を掴んで首を横に振った。
「ヤダ!」
ずっとくっついていたいのに。それを言葉に出せないもどかしさ。
そんな気持ちを伝えるように、私は彼の腕にギュッと抱きついた。
すると、彼は再び私を腕の中へと導いてくれる。
先程から、心臓が破裂しそうなほどにバクバクと大きな音を立てている。
彼を見上げると、心底困った様子で私を見下ろしていた。
その眼差しを見て、胸がツキンと痛んだ。
彼を困らせていること、そしてこの行為は彼にとって迷惑なのだと突きつけられたように感じる。
離れなくては、誠司くんに嫌われてしまう。
この結婚生活がなくなってしまうのは絶対に嫌だ。
名残惜しく感じながらも彼から離れることを決めた私に、誠司くんはため息交じりで言う。
「あのな、心愛。気がついているか?」
「え?」
「俺、びしょ濡れなんだけどな」
「あ……!」
言われて初めて気がついた。確かに誠司くんの身体はびしょ濡れになっている。
そこで彼が今日署に行くのに電車を使ったことを思い出した。車を車検に出していたからだ。
最寄り駅からこのマンションまで、徒歩で十分ほど。
傘を持って行かなかった誠司くんは、横殴りの雨の中を走ってここまで来たはずだ。
雨で濡れてしまったのだから、すぐにシャワーを浴びたかっただろう。
だけれど、一目散にリビングに飛び込んできたのはきっと……。
――私を心配してくれたから……だよね? 誠司くん。
胸の中がほんわかと温かくなる。本当に誠司くんは優しい。
「ほら、心愛も濡れてしまっただろう? 着替えた方がいいぞ」
「……」
「それよりも、シャワーを浴びた方がいいかもしれないな」
胸に甘く込み上げるものを感じていたのに、彼は再度私から離れようとする。
それが寂しくて切なくて……。私は、首を横に振った。
「心愛?」
「誠司くん。離れちゃ嫌です!」
誠司くんが、息を呑んだのがわかった。だが、すぐに苦笑して私の頭を撫でてくれる。
子どもの頃と同じ仕草だ。私を宥めるとき、彼はいつもこんなふうに頭を撫でてくれた。彼の手は温かくて、大きくて。頭を撫でられていると、ふわふわして気持ちがいい。だから、私は誠司くんに頭を撫でられるのが好きだ。
だけれど、なぜか今はあまり嬉しくなかった。子ども扱いされているように感じられたからだ。聞き分けのない子どもをあやす行為に感じられて、胸が鈍く痛む。
私は子どもじゃない。誠司くんの妹でもない。仮の妻でいたくない。
――ただ、私を一人の女として見てもらいたい。
そんな感情のまま、私は彼の濡れた背中に腕を回した。キュッと密着するように、抱きつく。
一センチも、一ミリでも彼と離れていたくない。くっついていたい。
気持ちが込み上げてきて、私は思いの丈をぶつけていた。
「みんな、私を置いていなくなっちゃうの……」
「心愛?」
誠司くんの戸惑った声が聞こえる。一瞬躊躇してしまったが、もう止まらなかった。
私は、彼を見上げて訴えかける。
「誠司くんまでいなくなっちゃったら、私……っ!」
この結婚には終わりがある。ずっと誠司くんとは一緒にはいられない。
そんなことはわかっている。わかっているけれど、結局のところわかっていなかったのかもしれない。
別れのカウントダウンが始まったと怯える日々が増えてきた。
両親とは幼い頃に別れ、おばあちゃんとも二年前に別れた。
そして、今度は誠司くんとの別れがやってくる。
どうしようもなく抗えない別れだとわかっているけれど、それでもやっぱり嫌だと叫びたくなる。
穏やかな生活が続けば続くほど、誠司くんと一緒にいるのが嬉しいと感じることが多くなるほど。
彼の一挙一動で心が弾むことを、私は知ってしまった。
私は大人の女性になり、彼は大人の男性になった。
幼かった頃の二人ではない。もう、あの頃のようにはいられないのだ。
だって、私は彼に抱きしめてもらいたい。キスしてもらいたい。
もっと、もっと彼の近い場所にいて、蕩け合いたい。
そんなふうに望む時点で、おままごとみたいな仮面夫婦を続けるのは難しいだろう。
それがわかっていたからこそ、ずっとこの気持ちを抑え込んできた。
私の気持ちを告げてしまったら、もう仮面夫婦ですらなくなってしまう。
向かう先は、ただ別れのみ。わかっていたのに、私は願ってしまった。
誠司くんのその逞しい腕で抱きしめて欲しいのだと。
真っ暗なリビングに沈黙が落ちる。携帯のライトの明かりがぼんやりと二人を照らし出すだけ。
何かもっと彼をその気にさせるような言葉はないのか。
必死に考えていると、何度か点滅したあとに部屋の明かりがついた。
どうやらマンションの自家発電システムが作動したようだ。
まだ明るさに目が慣れないでいると、「心愛、こっちに来い」と誠司くんはくっついたままでいる私を一度引き剥がすと、私の腕を掴んでリビングを出る。
向かった先はバスルームだ。彼は扉を開いて私を押し込んでくる。
「このままでは風邪を引いてしまうぞ。一度着替えた方がいい」
自分の方が濡れているのに、まず先に私のことを考えてくれる。
その優しさはとても嬉しい。だけれど、今の私にとってそれは残酷な優しさだ。
彼の広い背中が、バスルームから去っていってしまう。
待って、そう思った瞬間、私は彼の背中に抱きついていた。
「心愛っ!?」
驚いた誠司くんが振り返った瞬間、私はめいっぱい背伸びをして彼にキスをした。
目を見開いて固まる誠司くんに、私は何度もキスを仕掛ける。
何度目のキスだったろうか。ようやく彼は我に返って、狼狽し始めた。
「待て、心愛」
私と距離を保つためか。その長い腕を伸ばしたまま私の両肩を掴んでくる。
この距離が近いようで、遠い。もっと彼に近づきたいのに。
今の私は、きっと自棄になっている。冷静になり、明日の朝になればどれほどの自己嫌悪で落ち込むだろうか。
でも、これからのことなんて考えられなかった。ただ、彼が欲しい。誠司くんが欲しくて堪らない。
私が懇願するような目で見つめると、彼の顔には明らかに困惑の色が滲み出た。それが悲しくて堪らなくなる。
「私、二十四歳です」
「心愛?」
「小学一年生だった幼い女の子じゃありません。大人の女になりました」
彼が目を大きく見開いた。その瞳に、私の顔が映し出される。
淫欲に満ちた厭らしい顔をしているのかもしれない。それでも構わないと思った。
私を見て情欲を掻き立てられるのならば、どんなふうに見られたっていい。
「私、誠司くんに慰めてもらいたい。寂しいんです、誠司くん」
彼にとっては籍を入れるなんて行為に、なんの感慨もないものだろう。
だけれど、私は彼と結婚ができてよかった。たとえ、それが嘘偽りであり、私を守るためだけの優しい嘘だとわかっていても。
それでも、嬉しかったのだ。
この幸せを二度と離したくはない。そう思ってしまうほど、私は彼との結婚に感謝している。
これがきっかけで、私は誠司くんへの恋心に気がついたからだ。
親愛じゃない。もっと深く、もっと激しい感情だ。
だけれど、この感情を口にしたら、誠司くんは離れていってしまう。それだけは避けなくてはいけない。
だから、私は彼の優しさにつけ入ることにした。
優しい彼のことだ。情に訴えれば、私を無下にはできないはず。
――私って、ずるい女だ。
罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、それでも私は彼に抱きしめてもらいたいという気持ちは変わらなかった。
ただ彼は私を見下ろし続けていて、何も言ってくれない。
そんな彼の腕に、私は手を伸ばした。
「これ以上、誠司くんに甘えちゃいけないってわかっています。だけど、だけど……っ」
視界が涙で滲む。震える唇は、なかなか動かせない。
――どうか、お願い。お願いします。私に一夜だけの夢をください。
両親が亡くなったとき、おばあちゃんが亡くなったとき。この世の中に神様はいないのだと打ちのめされた。
だけれど、もう一度だけ信じたい。
神様がいるのならば、この想いを成就させて欲しい。
一夜だけでいい。明日の朝には、いつも通りの私に戻るから。
どうか、誠司くん。私の願いを叶えて。
「ダメですか? 誠司くん」
彼のスーツのジャケットは雨で濡れて重くなっている。その袖をキュッと掴む。
同情で構わない。だから、せめて……今だけは、私を女だと意識して。
縋るように彼を見つめていた、そのときだった。
私の願いが、天に通じたのだ。
* * *
気がつけば、俺は心愛の身体を引き寄せていた。
「誠司くん……」
心愛は、縋るような甘えた声を出す。
その声には、確かに色香が漂っていて大人の女なのだと認識せずにはいられなかった。もう、心愛は俺の記憶の中にいる、俺に小さな手を必死に伸ばしてきていた子どもではない。立派な大人の女だった。
ギュッと自らの腕の中に誘い込むと、あまりの小ささに力を入れたら壊れてしまうのではないかと不安になる。
でも、手放すことなんてできない。俺は、彼女の頭を掻き抱いた。
――好きだ、好きだ、好きだ!