書籍詳細
ふたりで姉の子どもを育てたら、怜悧な御曹司から迸る最愛を思い知らされました
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あらすじ
「愛してるよ。絶対に幸せにするから」義兄の弟とはじまる疑似夫婦関係!?
親代わりだった姉を亡くした汐里は、その息子・翼とふたり暮らし。ある日、彼女は翼との外出中に容姿端麗な男性に出会う。それは姉の駆け落ち相手の弟・海斗で、大企業の副社長だった…! 翼を奪われるかもと身構える彼女だが、なんと海斗と一緒に翼を育てることに…!? 過保護な彼に「俺にだけは甘えて」と蕩かされ、やがて愛を教え込まれていき―。
キャラクター紹介

天瀬汐里(あませ しおり)
姉の忘れ形見である息子・翼を愛おしみ育てている。理学療法士として働き、真面目で患者からの信頼も厚い。

桜葉海斗(さくらば かいと)
国内大手・サクラバ食品の御曹司。若くして会社の副社長を務めており、眉目秀麗でクールな印象。
試し読み
今日の夕方は患者が少なく、定時で上がることができた。病院を出ると、駐車場には見慣れた車が停まっていてみんなのテンションが一気に高まったのがわかる。
「あ、汐里ちゃんの彼氏さん、もうお迎えに来ているじゃない」
「愛されているわねぇ」
「どれ、私が病院を代表して挨拶でもしようかしら」
ギョッとすること言い出したものだから、慌てて止めに入った。
「挨拶は大丈夫です! すみません、お先に失礼します」
逃げるが勝ちとばかりに小走りで車へと向かう中、背後からは「今度ちゃんと紹介してね」「いい報告が聞けるのを楽しみにしているよ」なんて茶化す言葉が聞こえてくるから居たたまれない。
車に近づき、助手席から運転席に座る彼の様子を窺う。するとタブレット片手に誰かと通話中だった。彼は大企業の御曹司。福島にだって仕事のために来ている。それなのに朝も帰りもこうして私と翼の送迎をしてくれる。他にも帰宅後、なにか手伝えることはないかと声をかけてくれるし、重い物があったら大変だろうからと買い物にも付き合ってくれている。
忙しいだろうに、うまく時間を作ってくれているんだよね?
申し訳ないと思うと同時に、それが嬉しいと感じる自分もいて胸の鼓動が速くなる。
よほど大事な仕事の話をしているのだろうか。通話をする彼の横顔は真剣そのものでその表情が凛々しく見えて、ますます胸の鼓動が速くなっていく。
完全に声をかけるタイミングを失っていると、通話を終えた海斗さんは私に気づいた。すぐに車から降りた彼は申し訳なさそうに助手席に回る。
「悪い、待たせたか?」
「い、いいえ。私も今さっき来たばかりです」
けっこう長い時間彼の横顔にドキドキしていたなんて、絶対に言えない。
咄嗟に嘘をつき、視線を落とす。
「それならよかった。……仕事、お疲れ様」
ポンと頭を撫でながら言われた一言に、胸がきゅんとなってしまい、なかなか顔を上げられなくなる。
なんでこんなに胸をときめかせちゃっているのかな。海斗さんはただ私を労っているだけじゃない。そう頭ではわかっているのに、なかなか鼓動の速さは落ち着かない。
「急に頭を撫でたりして悪かった」
「えっ?」
顔を上げると、海斗さんは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「触れられて嫌だったよな。……本当に悪かった」
私がなにも言わなかったから、不快に思ったと勘違いされた? きっとそうだよね、だから謝っているんだ。
それがわかったら思わず口が勝手に動いた。
「違います! 嫌だなんて……っ! 普段、こうやって労ってもらえることがないから嬉しかったですし、なにも言えなかったのはドキドキしていたからで……っ」
視線を落とした彼があまりに切なそうに見えてしまい、無我夢中で言ったところで我に返る。
「ドキドキ? 汐里さんが?」
嬉しかったで終わりにすればよかったのに、私ってばなんで余計なことまで言っちゃうかな。
後悔しても時すでに遅し。海斗さんは「そうか」と言って、再び私の頭を撫でた。
「では、これからは頻繁に汐里さんをこうやって労おう」
クスリと笑いながら言われた一言に、顔の熱が帯びていくのがわかった。チラッと彼を見れば、少年のように笑っているものだからまた私の心臓は暴れ出す。
さっきの凛とした表情も素敵だけれど、私は笑った顔のほうが好き。彼の笑みからは優しさが滲み出ていて、こっちまで自然と頬が緩むもの。
「顔がさっきより赤いけど、もしかしてまだ照れてる?」
膝を折って私と同じ目線で顔を覗かれ、思わずのけ反る。
「て、照れてなんていません……!」
必死に抵抗するものの、これでは図星ですと言っているようなもの。現に海斗さんは笑いをこらえながら「それは悪かった」なんて言う。
本当、第一印象ではこんな人だと誰が想像できただろうか。
「翼君が待っているだろうし、迎えに行こうか」
「はい、お願いします」
笑いが落ち着いた彼は、紳士に助手席のドアを開けてくれた。スマートな振る舞いには、ずっと慣れない気がすると思いながら乗り込んだ。
保育園までの僅かな距離を移動中は、いつも翼の話をしていた。
翼が好きなものや嫌いなもの、どんなことに興味を持っていて赤ちゃんの頃はどうだったのか。ひとつひとつのエピソードを海斗さんは楽しそうに聞いてくれる。それらを週末に実家に戻ったら両親に話すと言っていた。
保育園の駐車場に着き、朝同様、彼も車から降りた。
「じゃあ行こうか」
「……はい」
平然と歩を進めているけれど、海斗さんはこのたくさんの視線が気にならないのかな。お母様たちはもちろん、先生たちまで彼に視線が釘付けで黄色い悲鳴まで上げちゃっているというのに。隣を歩くのに毎回躊躇してしまう。
半歩後ろの位置で保育園の入口へと急ぐ。彼とともに保育園の玄関を抜けると、すぐに気づいた先生が駆け寄ってきた。
「こんばんは。あの天瀬さん、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
いつもだったらすぐに遊んでいる翼を呼んでくれるのに、なぜか先生は翼に気づかれていないことを確認してから声を潜めた。
「実は翼君、今日お友達と喧嘩をしちゃいまして……」
「え、翼がですか?」
これまで一度も誰かと喧嘩なんてしたことがなかったのに、原因はなんだったのだろう。
「はい、その原因なのですが……」
そう言うと先生は言葉を濁してチラッと海斗さんを見た。
どうしたのかと思って、私もつい彼を見てしまう。すると先生は近くにいる子どもを迎えに来た保護者に聞こえないよう、さらに小さな声で言った。
「翼君のお友達が、お母様たちが天瀬さんと桜葉さんが結婚するんじゃないかって話しているのを聞いていたようで、翼君に質問したようなんです。そうしたら翼君、怒っちゃって」
三日続けて海斗さんと翼の送迎をしていたから、そのような噂が広まってもおかしくはない。
翼は今も大きくなったら私と結婚すると言っている。まだ幼いし、甘えられる存在が私しかいないのもあると思う。
それに両親がいる男の子だって幼い頃ママと結婚する! って言う子がいるらしいし。だから敢えて否定はせずに、結婚できないという事実は告げずに安易に約束してしまった。
一呼吸を置いて先生は続けた。
「汐里ちゃんと結婚するのは僕だって。それを聞いてお友達に賢い子がいて、汐里ちゃんは翼君と血のつながった家族だから結婚できないって言ったら、さらに翼君怒ってしまって。それで取っ組み合いの喧嘩になっちゃったんです」
「そうだったんですね。翼がご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。それで翼が怪我をしたり、お相手の子を傷つけてしまったりしていないでしょうか?」
「はい、みんなとくに怪我はなく、お友達のお母様にも事情を説明したところ、子どもたちの前で軽はずみに話してしまって申し訳ないと言っておりました。天瀬さんにも謝罪したいとも」
翼もお友達も怪我がないと聞き、ホッと胸を撫で下ろした。
「それとこれ以上変な噂が広まらないよう、勝手ながら私どものほうからも、桜葉さんは翼君の叔父であることをお伝えさせていただきました」
先生の話を聞き、海斗さんは深く頭を下げた。
「ご配慮いただき、ありがとうございました」
「いいえ、そんな! プライベートなことを広めてしまい、こちらこそどうお詫びしていいか……」
「私が翼君の叔父であることは事実ですので、話していただいても構いません。むしろ助かりました。……しかし、翼君は傷つきましたよね?」
海斗さんが心配そうに尋ねると、先生は気まずそうに目を泳がせた。
「えっと……どう表現するのが正しいのか……。傷ついたというのでしょうか?」
言葉を濁した先生に、私と海斗さんは顔を合わせて首を捻る。
「どういう意味でしょうか?」
言いたいことがわからなくて聞くと、先生は苦笑いしながら教えてくれた。
「あれほど懐いていたというのに、すっかりと桜葉さんのことをライバル視していまして」
ライバル視? 翼が海斗さんに?
私も海斗さんもぽかんとなる中、私たちが迎えに来たことに気づいた翼が「しーちゃん!」と言いながら慌てて駆け寄ってくる。
最近では私より先に海斗さんに抱きつくところ、今日は勢いよく私の腕の中に飛び込んできた。そして先生が言っていた通り、翼は海斗さんを鋭い目で睨みつける。
「海斗君、しーちゃんと近いよ! もっと離れて‼」
強い口調で海斗さんを牽制する翼に戸惑う。
「いい? 海斗君。しーちゃんは僕のだから絶対に渡さないよ」
そう言って翼はさらにきつく抱きついてきた。
今後、なにかあった際には海斗さんが保育園の送迎をしてくれると言っていたし、これから先の未来のことを考えても、翼と海斗さんが不仲だとなにかとまずい状況だとわかっているけれど、可愛い甥っ子に『僕のだから絶対に渡さないよ』なんて言われて嬉しい反面、いよいよどう説明したらいいのかと頭を悩ませてしまう。
「しーちゃん、海斗君なんて好きじゃないよね? 僕が一番好きだよね?」
目を潤ませて聞かれたら事実など告げられるはずもなく、「もちろん翼のことが一番好きだよ」と答えていた。
私の言葉を聞いて翼は笑顔になり、そして勝ち誇った顔で海斗さんを見る。
「海斗君、わかった? しーちゃんは僕が大好きなんだって。だから海斗君はしーちゃんと結婚しちゃだめだからね?」
翼にとっては精いっぱいの牽制なのかもしれないが、大人の私たちから見たら可愛い以外のなにものでもない。それは先生も同じようで可愛い! と言いたそうに両手で口を覆っていた。
一方の海斗さんはというと、必死に笑いをこらえながらも「わかったよ」と翼に伝えた。それを聞いて安心したのか、翼は私の手を引っ張る。
「しーちゃん、早く帰ろう」
「うん」
先生から荷物を受け取り、挨拶をして保育園を出る。いつもの翼なら私と海斗さんの間に立って手を繋ぐのに今日は違った。
「翼君、俺とは手を繋いでくれないのか?」
寂しく思ったようで海斗さんから声をかけるが、翼はツンとする。
「海斗君は僕の恋のライバルだからね。もう前みたいに仲良くしないの」
「えっ?」
さっきのやり取りで翼は納得してくれたと思ったのに違ったの?
海斗さんも予想外だったようで足が止まった。
「どういうことだ? さっき俺は汐里さんとは結婚しないと翼君と約束をしただろ?」
「そうだけどしーちゃんは可愛いし、海斗君……本当はしーちゃんのことを好きじゃないの?」
「なにを言ってっ……!」
初めて慌てた様子で声を荒げた海斗さんに、翼は疑いの目を向けた。
「怪しい。海斗君も結婚していないし、油断できないからね。しーちゃんに近づく男はみんなライバルだってお友達が言っていたんだ。だから海斗君は僕のライバルなの。ライバルは仲良くしちゃだめでしょ? わかった?」
「ちょっと翼?」
あんなに仲が良かったのにどうしてそうなるの?
どうにかしたいと思うも、その方法が浮かばなくて言葉が続かなくなる。
海斗さんも可愛がっている翼にあんなことを言われてショックだったのか、固まっていた。
「海斗君、これからは僕にいっぱいお話ししないでね。僕も海斗君にお話ししないから」
「いや、それは……」
「しーちゃん、早く帰ろう」
一方的に話を終わりにして、私の手を引いて歩き始めた翼に戸惑うばかり。チラッと振り返れば、よほど衝撃を受けたのか海斗さんが立ち尽くしていた。
少しして我に返った海斗さんが後を追いかけてきて、翼は渋々彼の車に乗った。しかし現金なもので大好きなアニメのDVDを流してもらったらすっかり夢中になっている。
「海斗さん、すみませんでした」
その隙に翼に聞こえないよう、そっと運転する海斗さんに謝罪をした。
「いや、俺なら大丈夫」
とは言うものの、明らかにショックを受けている様子で苦笑いしている。
「家に帰ったら翼によく言い聞かせますので」
「本当に大丈夫だから。……おかげで、翼君にとって汐里さんはかけがえのない存在なのだと改めて認識させられたしな。それに今は翼君の気持ちを大切にしてやりたいし、こういうことも成長の過程では大切なことだろ?」
「そう、かもしれませんね」
きっと私とふたりでずっと暮らし続けていたら、祖父母との出会いもなかったし、海斗さんをライバル視するということもなかった。
私にとっては頭を悩ませる問題だけれど、確実に翼には大きな成長の糧となっているはず。
「様々なことを経験し、子どもは大人になっていく。その過程に携われることができて俺は嬉しいよ」
「海斗さん……」
彼の言葉、表情から翼をとても大切に思ってくれているのが伝わってくる。
「それに翼君とはまた一から関係を築いていけばいい。……これからいくらでも時間はあるのだから」
「……そうですね」