書籍詳細
年下のエリート御曹司に拾われたら、極上一途な溺愛で赤ちゃんを授かりました
あらすじ
「今の俺なら、きみと娘を幸せにできる」秘密で出産したら、真摯な愛で捕らわれ――
恋人の浮気で住む場所をなくした怜は、同僚の陽希のお世話になることに。一緒に暮らす中で惹かれ合うも、彼は実は旧財閥の御曹司だった!怜は妊娠するも、彼の親の反対から身を引き、密かに一人で育てると決意する。一方、怜を諦めきれない陽希も彼女のためのある計画を抱えていて…!?ついに怜と再会した彼の切実な熱情は、加速度を増し――。
キャラクター紹介
小杉 怜(こすぎ れい)
姉と二人で、亡き両親が残した借金を返済している。控えめな性格だが時折頑固な一面も見せ、人に甘えるのが少し苦手。
結賀陽希(ゆいが はるき)
怜の一歳年下で、同じ会社の営業部で働いている。妹がおり、仲は良好。心優しく、面倒見のよさも持ち合わせている。
試し読み
朝食後のお供は映画だった。今日は家事もお休み。
陽希の「映画でも流す?」という提案に、怜はすぐ一本のタイトルを挙げた。
それはある深夜、陽希が見ていた海外の映画だ。自然の穏やかな風景と、心落ち着くBGMを感じたくて、リクエストした。
映画を再生して、当たり前のように二人はソファで寄り添い、座った。隣同士というより、くっつき合うと言える位置だ。
怜の腰に腕を回し、軽く抱く陽希の体温が、怜にはっきり伝わってくる。昨夜、感じたぬくもりそのままだった。
「これはフィンランドのドキュメンタリーなんだ」
「森に生えてるのは、白樺の木。加工したお土産なんかも人気らしいよ」
「食べ物で人気のものだと……日本で馴染みがあるものならシナモンロールとか」
密着する距離で、陽希がいろいろと解説してくれる。怜はすべて興味深く聞いた。
「海外って行ったことないから、行ってみたいな」
陽希に軽くもたれかかりながら、怜は数秒、目を閉じた。今、画面の中にある風景の中に身を置く気分になってみる。
「そっか。じゃあ、今度行こうよ」
その怜に、陽希はさらっと答えた。怜のほうが驚いてしまう。
「今度!?」
気軽に口に出しただけなのに、まさか即、提案されるとは思わなかった。
「うん。来月下旬には気温もぬるむだろうし……それか春になってからでもいいね」
なのに陽希はにこにこと話を進める。行動力がありすぎる発言だ。
感嘆した怜だが、ちょっとおかしくなった。
「ふふ、陽希くんはアクティブだなぁ」
ちょっと茶化すように言ってしまう。陽希は苦笑になった。
「だって昨日言ったじゃないか。怜と外に遊びに行ってみたいって」
あのやり取りをしたのは、まだ昨日のことなのだ。今となれば、何日も前のことのように感じるのに。
「そうだね。……じゃ、どのへんがいいかな? 私は全然わからないから、お勧めがあったら教えて?」
そのあと陽希はたくさん候補を挙げてくれた。
飛行機で三時間ほどの、気軽に行ける台湾や韓国。
気候が温暖で過ごしやすく、親日でもあるハワイやグアム……。
怜にとってはどこも魅力的で、すべてに行きたくなってしまう。
でも同時に少し不思議に思った。すっと候補がたくさん出てくるくらい、陽希は海外に詳しいらしい。それほど何ヵ所も旅行しているのだろうか。
しかしそれも個人の趣味だ。そう思って、怜はすぐに思考を切り替える。
「これから一ヵ所ずつ行こうよ。何年もかけたら、全部に行けるだろ」
迷う怜に陽希はそう言い、怜をもっと近くへ抱き寄せた。
「でも海外旅行より先に、お出掛けはしようよ。明日、空いてる?」
身近なところへ戻ってきた話題に、怜は考える間もなく頷く。
「うん! どこに行こうか?」
話は具体的になっていく。穏やかな映画と共に、計画タイムになった。
その間にも感じられるのは、しっかり抱いてくれる腕の、確かな体温。すぐ上から届く、穏やかな声。
お出掛けもいい。でも、こうして二人、寄り添っているだけで幸せだ。
怜は強く噛みしめ、そっと陽希の腕に手を乗せていた。
翌日、日曜日は打って変わって朝早くから出掛けた。
陽希の車に乗り込み、雪もすっかり消えた道を走り出す。
今日、車が向かうのは他県のほうだった。数時間の、軽いドライブだ。
「海が綺麗だね」
神奈川方面へ走っているので、高速道路からは海が見えた。冬の海なので寒々しくはあったが、晴天のために波が輝いて美しい。
「海もいいなぁ。夏に行くなら、泳げるところへ行きたいな」
前を見ていた陽希も、怜の言葉に反応して希望を挙げる。
(行きたいところがどんどん出てくるな)
怜は少しおかしく思ったが、嬉しいことだ。二人でたくさんの経験をして、想い出を共有して、これから過ごしていくのだから。
「陽希くんは泳ぐの得意なの?」
「ああ。学生時代はちょっとしたもんだったんだ」
怜の質問に、陽希は大会で選手になったとか、賞を取ったとか、話していく。陽希は本当に得意なことが多いようだ。
途中のパーキングエリアでは軽い飲み物を買って、それをお供にドライブの時間は楽しく過ぎていった。
目的地に到着したのは、まだお昼前だった。大きな建物の施設は、水族館だ。
「水族館なんて久しぶりだよ!」
駐車場から建物へ向かう間にも、声が弾んだ。海が近いので吹き付ける風は冷たいのに、気にならないくらいわくわくする。
「俺もだいぶ久しぶりだな。県外の水族館は数年ぶりかもしれない」
怜の隣を歩く陽希も、同じく明るい声だった。
二人で建物に入ると、よく効いた暖房がほわっと身を包む。寒さは消えて、怜は安心してマフラーを外した。
「チケット、こちらでお願いします」
陽希が入場口でスマホを差し出す。どうやら電子チケットがすでにあるようだ。
怜は驚いた。てっきり今、買うと思ったのに。
「え、買っておいてくれたの?」
慌てて聞いたが、陽希は怜を振り返ってにこっと笑った。
「もちろん。すぐ入って見られるようにね」
あまりにスマートな言葉と行動に、怜は感嘆してしまう。準備ひとつからも、陽希が今日のお出掛け……デートをどんなに楽しみにしてくれたかが伝わってきた。
「ありがとう。でもお金はあとで払うよ」
ほわっと笑みが浮かんでいた。支払いに関しては陽希と軽い押し問答になったが、それすらも楽しい。ゲートをくぐり、館内へ進む。
水族館は大抵そうあるように、中は薄暗かった。
気を付けて歩かないと、と怜が思ったとき、するっと手になにかが触れた。
あたたかい手に握られて、どきん、と胸が高鳴る。つい陽希を見ていた。
「足元、気を付けて」
いつもの穏やかな笑みで、陽希は怜を見つめる。怜の心拍が急に早くなってきた。
そうだ、今日のこれはデートなのだ。それなら手を繋いでも自然だ。
でも外で恋人同士として過ごすのは、なにしろ初めて。だいぶ照れてしまう。
「大丈夫だよ。薄暗いし……」
しかし陽希は少し誤解したようだ。怜が周りを気にしていると思ったらしい。
「あ、ううん! 違うの」
なので怜は、焦って訂正しようとした。陽希を見上げ、はにかみつつも言う。
「その……初めてだから、ちょっと照れるな、って……」
口に出すのは恥ずかしい。でもいい意味での反応だと、わかってほしかった。
怜の返事に、陽希は目を丸くした。その瞳はすぐに、ふっと優しく緩む。
「そっか。怜はかわいいな」
その眼差しで言うので、怜の頬は今度こそ燃えた。かわいい、と言われたのはどのくらいぶりだろう。好きなひとにこう言われるなんて、最上級の愛情表現だと感じる。
「あ、ありがとう……。ほら、行こ! 早く見たいよ」
言った言葉は明らかに照れ隠しになった。陽希にもわかったようで、小さく笑うのが手を通して伝わってきた。
「うん、行こう。順路はあっちだね」
同意した陽希も、怜の手をやわらかく包んで握ってくれた。
手を繋いで巡る水族館は、どこを見ても楽しかった。水槽の展示ではさまざまな海の生き物が見られたし、ペンギンやアザラシの暮らす大きな部屋もある。
「怜はどの生き物が好き?」
全面ガラス張りの大きな水槽の前で、陽希が聞いてきた。水槽では大きなエイが、ひらっと通り過ぎたところだ。
「みんな好きだけど……やっぱりイルカかな。流線型が綺麗だし、顔もかわいい」
少し考え、答えた。怜の挙げた理由に、陽希は笑みを濃くする。
「ああ、笑ってるように見えるよね」
それでショーの前に、イルカの水槽を見に行くことになる。
少し歩いて、水中の様子が見える水槽の前に着いたが、お客はほとんどいなかった。ちょうどショーをやる時間だから、みんなそちらに行っているようだ。
「水中で泳ぐ様子が見られるって、不思議な感じ」
水槽の前で立ち、怜はつい見入ってしまう。イルカは二匹しかいなかったが、水中を自由に動き回って、楽しげだった。時折イルカ同士でじゃれるようにしている。
「海の底にいるみたいだ」
同意しながら、陽希がそっと一歩怜に近付く。怜がどきっとしたときには、腕が触れ合う距離になっていた。繋いだ手も、手首までが合わさる。
「怜とこういう綺麗な水の中で二人きり、過ごせたら素敵だろうな」
陽希は二匹のイルカを見ながら、穏やかに言った。怜の胸は心地良く騒ぐ。
「私は水中でなくてもいいよ?」
陽希のほうを見上げ、微笑で答えた。陽希が怜に視線を戻し、軽く首をかしげる。
「陽希くんといられたら、どこでも……素敵だもの」
緊張と照れはあったけれど、やはりはっきり伝えたい。
怜の答えに、陽希は目元を緩ませた。ふわっと幸せが顔いっぱいに表れる。
繋いでいた手が、するっと離れた。でも怜が寂しく思う間もなく、腰に腕が回ってきて、軽く抱き寄せられる。
「そうだな。怜がいてくれたら、そこが一番素敵な場所だ」
怜の腰を抱き、自分に引き寄せながら陽希が言い切った。
水槽ではまだ二匹のイルカが楽しげに泳いでいる。お互いといるのがとても楽しい、と伝わってきて、陽希と怜に穏やかな幸せをもたらした。
その後は水族館のレストランで、食事を摂った。盛り付けも凝った料理に怜ははしゃいでしまったし、陽希はその怜を向かいでにこにこ見つめていた。
午後にはイルカショーに向かって、プールを華麗に跳ねるイルカたちを観賞する。陽希と隣同士の席で観るショーはダイナミックで、わくわくした。
「あっ、あんまり夢中になって、写真も撮ってなかった」
終わって、館内に戻るとき、やっと思い当たって怜は声を上げる。
自分に驚いた。普段、素敵なものを見ればつい写真を撮るのに、今回は夢中になってしまった。写真に残すのも忘れるほどに、だ。
「大丈夫。俺が撮っておいたよ」
その怜に、陽希がにこっと笑ってスマホを出した。怜の心は、ぱっと持ち上がる。
「本当に! じゃあ、あとで送って……!」
明るい顔で言いかけたのだが、不意に言葉は切れた。だって陽希が見せてくれたスマホの写真フォルダには……。
「ちょ、ちょっと! なんで私が写ってるの!?」
認識した途端、怜の声は焦った。確かにイルカやショーの様子も写っている。だけど怜の横顔が何枚もあったのだ。
写真の中の怜は、きらきらした顔で前を見つめていた。あまりに無邪気な様子でいるところを自分で見て、恥ずかしくなる。
なのに陽希は顔を赤くした怜に、さらっと言うのだ。
「だって、イルカもかわいかったけど、怜のほうがかわいかったから」
今度こそ、真っ赤になっただろう。反論もなくなる。
「俺がずっと見ていたいのは、怜なんだから。ちゃんと撮っておかないと」
赤くなって歩みまで止まった怜に、陽希はふわっと笑った。
そして再び手を伸ばす。怜の手を取った。
「……もう。陽希くんばっかりずるいよ」
怜の返事は膨れてしまう。それでもあたたかい手を、きゅっと握り返した。
「ごめんって。じゃ、次は二人で写ろう」
陽希も苦笑して、そう言ってくれる。そういうわけで撮ったツーショットを、怜はスマホの壁紙に設定した。いつでも寄り添っている二人が見られるように。
早めの夕食を摂ったあと、帰路に就いた。明日は普段通り、仕事があるからだ。
水族館を後にして、車に乗り込むときは少し寂しかった。
でも両手に持ったお土産と同じくらい、たくさんの想い出を作ることができた。
そんな想い出を、次のデートでもまた増やしていけるのだから、帰り道も悪くない。
車は都内へ向かって走り出した。はしゃぎすぎたようで、怜はなんだか眠たく感じる。暖房であたたかな車内も、眠気を後押しした。
「怜、聞いてほしいことがあるんだけど……」
そこへふと、陽希が切り出した。なんだか硬い声だ。
怜は不思議に思い、そちらを見た。運転席の陽希は前を向いていて、穏やかな顔をしている。なのに、その中で少し張り詰めたような色があった。
「うん? なにかな」
もっと不思議に思いつつも、軽く聞き返す。だけど陽希の返事は数秒なかった。
「……いや、帰ってからにしよう。落ち着いてから話したい」
数秒後、陽希が静かに答える。どうやらなにか、改まった話のようだ。
「……うん。わかった」
それでも「今すぐ」と急かす必要も感じない。怜は素直に受け入れた。
その後は普通の話をぽつぽつとしていたけれど、怜の眠気は徐々に強くなっていく。
「疲れただろ。寝ちゃってもいいよ」
陽希がそう言ってくれて、悪いと思いながらも怜は眠りに落ちていた。
助手席のシートにもたれて、すぅすぅと寝息を立て始めた怜。
車はやがて高速から降りる。信号で停止した間、陽希は怜に視線をやり、穏やかなその寝顔を、どこか切なげな表情で見つめていた。