書籍詳細
恋するモデルルーム~セレブなイケメン石油王がご入居です~
あらすじ
恋も物件探しも大変です!石油王×平凡OL 国内有数のイケメンセレブからの直球求愛!!
不動産会社に勤める莉英は、先輩の代役でイケメンセレブな御曹司・三宅透麻の物件探しを担当することになってしまう。桁外れな大口案件に緊張しながらも、奔走する莉英。そんな時、莉英の仕事ぶりを気に入った透麻が「ねえ、僕たち付き合わない?」と突然の求愛! 戸惑う莉英だが、ときめく心は止められない。平凡OLと石油王の恋の行方は──?
キャラクター紹介
久住莉英(くすみ りえ)
不動産会社で働くOL。透麻と出会い生まれて初めての恋を知る。
三宅透麻(みやけ とうま)
三国パシフィック石油の御曹司。莉英の会社に不動産探しを依頼する。
試し読み
「ねえ、莉英ちゃん──ちょっと大切な話をしようか」
「は、はい……?」
距離を詰めたのは、結局、莉英ではなく透麻のほうだった。
しかしそれはさっきの莉英のように、勢いでつい、といった風情のものではなく、まるでハンターが獲物に迫るような慎重さを秘めていて。
ちらりと一瞬だけ透麻が室内を見渡した。
「いい部屋だ。もうここでいいんじゃない?」
その視界で捉えたものなんて、玄関からまっすぐ進んだこのリビングだけだろうに、彼はあっさりそう言った。考えてみれば、もとから物件そのものに興味があるわけではなく、ただ希望条件に沿ったものが見つかればそれでいいと考えていた透麻である。最初は契約まで莉英に一任すると言っていたくらいだ。
「そ、そう言っていただけますと……」
莉英の笑顔が微かにひきつる。
透麻の真顔が少し、怖い。
「あの……」
「莉英ちゃん、僕と付き合う気、ない?」
「…………」
瞬間、頭が真っ白になった。その言葉を理解するのに何秒もかかってしまった。伝わっていないと思われたのか、こう繰り返された。
「ねえ、僕たち、付き合わない?」
「は……い? 付き合うとは……ええと、契約の席とか、どこか他の物件、とかですか……?」
莉英をまっすぐに見つめている透麻が、一瞬、顔をしかめる。
「なんでも仕事につなげないで。やっぱりそれ、ちょっとイラッとする」
叱られているようで、莉英のほうはぎくっとする。
そういえば前日の電話でも同じような言葉を聞いた。
やっぱり自分はなにか失敗してしまったのだろうか。
申しわけありません、と慌てて頭を下げることもできなかったのは、さらにずいっと詰め寄ってきた透麻が、莉英の目の前に立ちふさがったからだった。
「あ、あああの、あのっ私……! なにか、失礼を……」
そして言葉を途切らせたのは、体の前面でそろえるべき両手を、あっさり彼にとられてしまったから。
突然、手を握られて莉英は硬直する。
そのままその手が持ち上げられて、ふたりの胸の高さで静止する。
「だからそう、いちいちビジネス対応しないで」
「…………」
彼がなにを言っているのか、もはや完全にわからない。
ただ言葉を失うばかりの莉英の目の前で、形のいい唇がゆっくりと動く。
「僕は、きみに交際を申し込んでいるんだよ」
「交際……」
きっと自分は、耳だけでなく理解力までおかしくなってしまったのだろう。莉英はそう思った。だって、今聞いている言葉の意味がほんとうにわからない。
「み、三宅様……」
「透麻」
先日と同じように訂正を促されて、う、と詰まった。
「……透麻、様」
「そろそろ様もやめてほしいけど」
透麻の表情に、今まで幾度か目にしてきた苦笑が加わって、そこでようやく莉英は少しだけホッとできた。
「それは……無理です……」
正直なところをうつむき加減に告白する。
まともに顔を上げれば、彼との距離が近すぎる。
握られたままの指先が熱い。
離して──、などとは口が裂けても言えないけれど、男性との接触経験も乏しい莉英にしてみれば、本来それだけでパニックの対象だ。自分の顔がどれほど朱に染まっているかなんて、もう想像もつかない。
「透麻様、あの……」
無意識に引こうとした手に、また力が込められた。
「僕じゃだめ? 考える余地もない?」
そんな綺麗な顔をして、この人はいったいなにを言っているのだろう。
頭はまだまともに動かないけれど、口が勝手に呟いていた。
「どうして……」
「どうして? 僕がきみを好きだということ以外、なにか理由いる?」
ここで気を失わなかった自分を誉めたいくらいの衝撃告白だった。
(今、好きって……、好きって言った……?)
なにを? と聞き返すほど愚かではないつもりだ。
ただ、頭のなかをなにかがものすごい勢いで渦巻いて、呼吸がやけに苦しくて、これほど明確な言葉を言語として処理しきれないだけ。
好き。
そのあまりにも簡単な一言の意味って──、なんだったっけ。
(私、おかしくなっちゃったのかな……)
まさか、これも夢なのかしらと考えたところで、至近距離から心配された。
「莉英ちゃん、だいじょうぶ? 聞こえてる?」
「あ……、はい……ええ」
「よかった。じゃあ、返事は?」
にこっとほほえまれて、つられるように気が緩む。
呼吸ができる。
「返事……」
「そうだよ、僕はきみの気持ちを聞いているんだ」
気持ち、と考えたところで、是非もないという言葉が即座に浮かんだ。
ただ、それを素直に口にするにはためらわれる。
たしかに三宅透麻というこの存在には、何度も胸をときめかせた。単純な事実だ。
イケメン、御曹司、石油王──。
なにしろ彼がその身に備えているのは、きっと世の多くの女性が舞い上がってしまうだろう、魅惑的な装飾語の数々なのだから。
けれど、そこに素直に熱を上げられるほど莉英は子どもではないし、相手は芸能人でもなにもない。偶像をあがめるように、無責任に「私も好きです」と答えられる相手ではないのだ。
だって──、今この手を握っている彼の手は、ちゃんと温かいから。
「透麻様、あの、私……」
こくりと莉英の喉が動いた。
できるだけ正確に、そして正直に答えたかった。
「私……、もちろん透麻様のことを好ましく思ってはいますけど……、でも」
「でも?」
次の言葉を告げるには勇気がいった。
「……ごめんなさい、……なんかちょっと今パニックで……うまく考えられません」
「それは少し考えさせて欲しい、ということかな」
心なしか残念そうな声が聞こえて、軽く焦った。
「いえ……、そういう意味じゃなくて、ええとその……、なんて言ったらいいのかな」
「とりあえず僕が嫌いではない?」
「あ、はい、それは」
「こうして手を握られるのもいや?」
とらわれていた手が、すっと顔の高さにもっていかれる。莉英は反射的にふるふると頭を振った。
「そんなことは……っ、な……ないです……ぜんぜん」
ふたたびかあっと顔が熱くなって、恥ずかしくてうつむいた。そんな莉英の頭頂部に「よかった」という一言が振ってくる。
「だったら、よし」
それと同時に手が解放されて、かわりに軽く頭を抱かれてしまった。一瞬のことだったけれど、相手の胸に抱き包まれるような形になってしまって、莉英はまた心臓を跳ね上がらせる。
額の少し上に、ちゅっと小さな口づけを受けたような気がした。
「あ、あの……、でもその、どうしてこんな、突然に……」
「きみに教わったスピード感覚だよ」
「……はい?」
「ほら、最初に言ってただろう? なんでも早い者勝ちの世界だからって」
やっと離してくれた相手に目線を向けると、真昼の明るい光のなかで、透麻はあでやかにほほえんでいた。
つい、見とれてしまう。
(こんな素敵な人が、今私を好き……って言ってくれたの……?)
どうにも現実感に乏しい。
そんな莉英の気持ちなどお見通しだというように、透麻は少しだけいじわるっぽく笑った。
「どうして僕が突然、こんなことを言い出してるのかわからないってところかな」
「それは……」
莉英の気持ちなど、お見通しだろう。そこまでわかっているならきちんと説明してほしい。それともまさか、この話の裏には、なにかの企みがあったりするのだろうか。
ばかげた不穏な憶測を、しかし透麻は真っ向から否定してくる。
「まあ、正直に言うとね。実は僕も少なからず自分に驚いてる部分はあるんだ。けれど、きみがいちいち仕事仕事と言うのに、イラッとしたのは事実。だから僕は自分の感覚を信じてみようかなと思って」
「え……」
「きみが仕事のためだけに、僕に付き合ってくれてるのだとしたら、それはなんだかいやだなと思ってしまったということ。じゃあ、その感情の出所はどこだろう──と自分の胸に聞いてみたら、仕事も立場も関係なく、単にきみという人間に、そばにいてほしいと願う自分に気づいた」
ただただポカンとした顔で聞くよりほかなかった莉英に、また心配そうな笑みが向けられる。透麻が少し身を屈めて、莉英の目線に高さを合わせてくる。
「だいじょうぶ? 聞いてる?」
「あっ……、はい」
「つまりそれが好きっていうことなんだろうなあ……って思って、あとはきみのスピード感に合わせただけ」
「そ、それは……」
それこそ、あくまでも仕事の上でのことだ。
いや、同じなのかもしれない。
空き物件も、人間も、結局はだれかの早い者勝ち。
「……あの、誤解されているようですけど、スピード重視なのはあくまでも物件のお話ですよ……? 今回のお話がいささか特殊なものだったので、私も少し急ぎすぎていたかもしれませんけど……」
「あ、なんか断りモードに入ろうとしてる」
「いえっ……、ですから、そういうことじゃなくて……、そ、そうではなくて……」
「なに?」
穏やかに莉英の言葉を待ってくれる透麻は優しい。
いや、逆にとんでもなく、いじわるなのだろうか。
今のこの顔色からして、莉英の気持ちなどきっとバレバレだろうに。
そうではなくて……、と、莉英は消え入りそうな声で続けた。
ぎりぎりの瀬戸際で、ほんのささやかな理性のカケラを拾った。
とりあえず、いったん待って欲しい。
「その……、それこそ仕事ではないのですから、そう焦らずに、もう少しゆっくり、……時間をいただけたらと……」
答えつつ、そうだ、今の自分に必要なのは時間なのだと気づく。
「どうしてそのように思ってくださったかはわかりませんけれど、私たち、先日お会いしたばかりですし、もう少しお互いのことを知るのも大事じゃないかなあ……って」
「そのために付き合わない? って提案してるんだけど」
そう言われてしまうと「う」と詰まるよりほかなくなる。
「だいたい、先日じゃなくて八年前だ」
透麻の言葉はいちいちもっともだ。
「でしたね……」
「莉英ちゃん」
真剣な顔をした透麻が、また静かに言った。
「僕は僕に正直でありたいと思う。──きみは?」