書籍詳細
もふもふを拾ったら、異世界から来た騎士に一途に愛を乞われることになりました
あらすじ
「愛してる 俺は君を絶対にひとりにしない」余命わずかなのに騎士団長から求婚されて…!?
動物病院で働くリサは、ある日余命宣告を受ける。呆然と帰る途中、白虎の赤ちゃんを見つけた彼女は、ひとまず連れ帰ることに。すると今度は、甲冑にマント姿の美男子が現れ…!?白虎を捜して異世界から迷い込んだという、厳格な騎士・クリスに、リサは元の世界へ帰る手助けを申し出る。献身的な彼女に次第に心を開き、恋焦がれていくクリス。真摯に愛をぶつけてくる彼に惹かれるも、余命を考えて躊躇うリサだが、不安ごと蕩かすような甘い囁きとともに、その胸に抱かれ―。
キャラクター紹介
瀬野リサ(せの)
幼い頃に両親が失踪。親戚に虐げられて育つも、優しい心を忘れない女性。動物病院で働いている。
クリストフェル・テイラー
ウェストリィング王国の騎士団長で、愛称はクリス。普段はクールだが、彼女には溺愛の手を緩めない。
試し読み
夢を見た。幼い頃、母が寝る前に読み聞かせてくれた手作りの絵本。
『その国では、人間と神の使いである動物が仲良く暮らしていました』
母の声が私の耳に優しく溶けていく。
ああ、ずっと母の声を聞いていたい。このままずっと……。
「……はっ!」
ガシャンッという大きな物音で飛び起きる。一緒に寝ていたモフオがいない。寝ぼけ眼で立ち上がり部屋を見回した瞬間、私は固まった。リビングの観葉植物が倒れ、土が床に散乱している。
「まさか、モフオが? モ、モフオ! どこにいるの?」
昨晩はあんなにいい子だったのに、こんな悪戯をするなんて。
躾の大切さは、動物病院に勤務してから強く実感していた。
以前、初めて動物を飼ったという若い女性が子犬を連れて予防接種にやってきた。院内を自由に走り回らせていた彼女に声をかけて、躾はきちんとしたほうがいいとアドバイスしたものの、「押さえつけるなんて可哀想。私はのびのび飼ってあげるって決めてるの」と聞く耳をもたなかった。
数か月後、彼女は心底困り果てた様子で動物病院を訪れた。顔には明らかな疲れが見て取れた。話を聞くと、ペットに家中をグチャグチャにされて手に負えないのだという。可愛いと思っていたペットへの愛情が失われていくのが怖いと話す彼女に、私は躾の仕方を教えてくれる専用のトレーナーを紹介した。
それから彼女は躾の大切さを痛いほど実感したようだ。定期通院で顔を合わせたとき、ありがとうとひたすら感謝された。
動物が人間と安心して暮らしていくためには、きちんと躾けていく必要がある。もちろんモフオも例外ではない。名前を呼ぶと、キッチンからモフオがひょこっと顔を出した。
「ミャッ」
私の姿を見るなり、まるで「おはよう」と挨拶するように鳴く。
「おはよう。これ、倒したのモフオでしょ? ダメよ」
観葉植物と私の顔を交互に見つめて、モフオはキッチンに姿を隠してしまった。もしかしたら、いけないことをしてしまったと反省しているのだろうか。ちょっと言い方が強くて、可哀想だったかな……。
「モフオ、こっちにおいで」
優しく呼ぶと、私の言葉がわかるみたいにキッチンから飛びだして、短い足で懸命に駆け寄ってきた。モフオのあまりに従順で可愛らしいその姿にキュンッとして、観葉植物を倒したことなんて頭から一瞬で消え去る。
けれど、よくよく見ると口になにかをくわえている。
「ちょっ! それって私の靴下!」
どこから持ってきたのか、三角折りにたたんだ私のお気に入りの靴下をご機嫌な顔をしてくわえている。
「これは、モフオのおもちゃじゃないのよ」
取り返そうとしてもよほど気に入ったのか、頑なに返してくれない。仕方ない。この靴下はモフオのおもちゃにしよう。靴下を噛んで遊ぶモフオになすすべはなく、私はやれやれとため息を吐く。
「さっきの物音はなんだ!」
すると、クリスが険しい表情でリビングに飛び込んできた。部屋とモフオの様子を見て瞬時に状況を察したのか、「お前か」と呆れたように呟いた。
「おはようございます。体調はどうですか?」
「ああ、すっかりよくなった」
「一応、傷の消毒をしましょう。ここへ座ってください」
モフオが散らかした部屋をそのままにクリスの腕の傷を確認する。すると、傷が驚くほどよくなっていた。体温も問題ないし、顔色もいい。数時間前まで、あんなに苦しそうにしていたのが信じられない。
「すごい回復力ですね。とにかく、大事に至らなくてよかったです」
ホッと胸を撫で下ろしたとき、クリスが突然眉間に皺を寄せて顔を歪めた。
「くさい」
一瞬、なにを言われたのかわからずフリーズする。
「えっ? わ、私ですか?」
反射的に自分の体の匂いを嗅ぐ。でも、昨日はクリスの看病の合間にシャワーを浴びたし……。
「違う。アイツだ」
クリスが指さす方向には、モフオがいる。
そのすぐそばの床に目を向けて、ハッとする。
昨日は疲れていたせいもあって、モフオのトイレ問題にまで気が回らなかった。
すっきりしたのか、再びモフオが元気いっぱいに室内を駆け回る。踏まれて大惨事になるのは火を見るより明らかだ。
「ダメダメ! モフオ、ちょっとジッとしてて!」
私は慌ただしく、モフオの排せつ物を片付けた。
そして簡易ではあるけれど、トイレの設置をする。「次からは、ここにするんだよ」と言い、先ほどのモフオの排せつ物を、あえてシートの上に置いてみせる。わかっているのかいないのか、ふんふんと鼻を鳴らしてにおいを嗅いだモフオは、ひと声「ミャッ」と鳴いた。
その後、散らかった部屋を整理して、ソファに座り動物病院から持ってきた動物用のミルクを哺乳瓶に入れて飲ませる。上手にできるか心配したけれど、意外にも器用に飲んでくれて安心した。
「ずいぶん白虎の扱いに慣れているな。お前はこの国の調教師か?」
ソファのそばにあるダイニングテーブルの椅子に腰かけて、クリスが尋ねる。
「動物病院で働いています。簡単に言うと、動物の病気やケガの治療をお手伝いするお仕事です」
「なるほど。だから、扱いがうまいのか。白虎は警戒心が強く、威嚇して噛みつくこともある」
「そうなんですね。モフオは懐っこい子なのかな」
クリスは椅子から立ち上がると私たちに近づき、ミルクを飲むモフオの顔を覗き込み、そっと指を伸ばす。その瞬間、モフオは哺乳瓶の乳首をくわえたまま前足でペシッとクリスの手を叩いて威嚇した。
「まったく。可愛げのない奴だ」
クリスが再び椅子に腰かけるのを確認して安心したのか、モフオは私を見上げて甘えるように「ミャー」と鳴く。
「はいはい。もうちょっと飲もうね」
鳴き声に応えるようににっこり微笑むと、再びモフオの口元に哺乳瓶を近づけた。
ミルクを飲み終えると、モフオは私の腕の中で居眠りをはじめた。その愛くるしい寝顔をずっと眺めていたい気持ちをグッと堪え、モフオを床に敷いた毛布の上に寝かせてキッチンへ立つ。
朝食には、焼き鮭と卵焼き、それになめこの味噌汁と炊き立てのご飯を用意した。ダイニングテーブルを挟んで向かい合って座る。お箸だけでなく、フォークやスプーンなどのカトラリーを並べると、クリスは箸を手に取り首をひねる。
「この棒はどうやって使うんだ」
「それは、お箸です。日本ではこうやって食事を食べます」
箸の使い方を見せる。クリスは箸を手に取り、味噌汁のなめこを挟もうと試みる。けれどなめこはヌルヌル滑り、うまくいかない。しばらく悪戦苦闘した後、ようやく上手に掴めた。
「難しそうに見えたが、意外に簡単だったな」
心底誇らしげな表情のクリスと目が合う。けれど口に運ぶ寸前で、なめこをポトリとお椀の中に落としてしまった。気まずそうに慌てて目を逸らすクリスに、思わずブッと噴き出す。
「すべての料理に箸を使うわけではありませんから、無理しないで使いやすいものを使ってください」
なにより、なめこを掴むのは日常的にお箸を使う日本人でも、難易度が高い。
「いや、それがこの国の文化ならそれに従うまでだ。絶対にこれを使いこなしてみせる」
クリスは根っからの負けず嫌いらしく、真剣な表情で箸の練習をはじめた。要領のいい彼はその言葉どおり、すぐにコツを掴んで器用に箸を使いこなして食事をとった。
「美味かった。この恩は必ず返す」
食事を食べ終えたクリスはお礼を言うと、あらたまった表情でテーブルの上に広げた手を組んだ。その表情につられて、私も椅子に座り直して背筋を伸ばす。
「昨日も話したように、俺はウェストリィング王国の人間だ。自分でも信じられないが、なにかのきっかけで白虎と……、モフオと一緒にこの世界に転移してしまったようだ」
「モフオと一緒にですか?」
「ああ。俺の住む世界では隣国との争いが絶えない。我が国の聖獣である白虎を盗み、高値で売り飛ばす不届き者もいる。モフオも隣国の密猟者に連れ去られてしまった。それを助けようと戦っているとき、モフオとともに青い光に包み込まれて気付いたらこの世界にいたんだ」
クリスは淡々とここに来るまでの経緯を話した。ウェストリィング王国で団長として騎士団を束ねていたクリス。自分がいなくなったことで騎士団の統制が取れなくなることを心配していた。さらに、もしもそれが隣国の人間の耳に入れば、絶好の機会だと隣国の兵士がウェストリィング王国に攻め入るかもしれない。
「俺は国や民のために、少しでも早く帰らなくてはいけない」
彼は切実な表情を浮かべる。自分のためではなく、国や民を守るために帰りたいという理由から、彼の騎士としての責任感の強さが窺える。
「こんなことを頼むのは心苦しいんだが、俺とモフオが国へ帰れるよう協力してもらえないだろうか。俺には今、お前……リサ以外に、頼れる人間がいない」
「話はわかりました」
真っすぐに目を見つめ、硬い表情のクリスにそっと微笑む。
「クリスとモフオが国に帰れるように、できる限り協力します。この家に一緒に住んで、手がかりを探しましょう」
「ありがとう。恩に着る」
クリスはその場で小さく頭を下げる。
「ただ、ひとつだけ心配なことがあるんです」
「心配? 言ってくれ。もし俺にできることならなんでもする」
私は小さく首を横に振り、膝の上の両手をギュッと握りしめた。
「実は私、病気なんです。あまり長くは生きられないと、昨日医師に言われました」
「なっ……」
感情を顔に出すタイプではないように見える彼ですら、私の言葉が衝撃的だったのか目を見開き、その場に固まった。なんと言ったらいいのか、考えあぐねているようだ。
「今は普通に生活できていますが、いつ動けなくなるかはわかりません。だから、国へ帰れる方法を見つけるまで生きていられるかが心配で」
協力するとは言ったものの、もしもそれを達成できなければクリスとモフオを路頭に迷わせてしまう。それだけが唯一の心配事だった。
「……すまない。知らなかったとはいえ、病身に負担になることを押しつけようとしてしまった。先ほどの頼みは無効だ。忘れてくれ」
「いえ、無効にはしません。もう引き受けたことなので」
私ははっきりと答えた。彼に無理強いされてはいない。そうすると決めたのは私だ。
「だが、我々に協力すれば貴重な時間を無駄にすることになるぞ」
言い聞かせるように言う彼に、私はにこりと笑う。
「そんなふうに思っていたら、最初から協力するなんて言いません。私が生きている間に、あなたとモフオにはできる限りのことをしてあげたいんです」
「なぜ見ず知らずの俺たちに、そこまでしてくれるんだ」
信じられないというように尋ねるクリス。
「私があなたと同じ状況になったら、不安で心細いと思うんです。その気持ちがわかるから」
両親が失踪して、ひとりぼっちになってしまった心細さは年月が経っても心の中に色濃く残っている。
私には院長という心の支えがいたけれど、クリスとモフオにはいない。
だから、今度は私が誰かのためになにかをしてあげたい。
支えてあげたいと思った。
それに、きっとこうやって出会ったのもなにかの縁だと思うから。
「本当にいいんだな?」
「はい」
決意を込めて大きく頷く。
この日から、私とクリスとモフオの、不思議な同居生活がはじまった。