書籍詳細
離婚前提だと思っていたら、策士な御曹司からの執着愛が止みそうにありません
あらすじ
「そんな顔を知っているのは、俺だけでいい」年下御曹司の激しい独占欲で奪われて――
実家を救うために御曹司・綾世と結婚を決めた梓は、彼にある契約を持ちかけられる。それは、跡継ぎを産めば離婚していいというもので!?仕事一筋の梓はその話を受け入れるが――「このまま、俺のものになって」待っていたのは、愛されていると錯覚するほど、蕩かされる毎日だった…!さらに、あることで独占欲を煽られた綾世の激情は加速し―。
キャラクター紹介
斉城 梓(さいじょう あずさ)
大手ハウスメーカー勤務。仕事が恋人というほどに打ち込んでいたが、父の家業のために綾世と政略結婚した。
仙國綾世(せんごくあやせ)
旧財閥の跡取りで、大手不動産会社の次期社長。縁談相手の梓に離婚前提の契約結婚を持ちかける。
試し読み
「自己紹介くらいしてくれねえ?」
「……梓と申します。昨年八月に綾世さんと結婚し、この家に嫁いできました」
「梓ちゃんか~。俺は綾世の兄の祐世。綾世と最後に会ったのは、あいつが大学に入る前だったから……もう十年は経つのか」
私は彼――祐世さんの正面のソファに腰を下ろす。もっとこっちにおいでよ~と手招かれるが、接待でもないのに隣に座るいわれはないと無視を決め込んだ。
「梓ちゃんは見るからに真面目な社会人って感じだけど。もしかして会社勤め?」
服装とバッグを見て判断したのか、そう尋ねてくる。
「そうです」
「へえー? 金なんてたんまりあるのに、働く必要ある?」
「お金のために働いているわけじゃありませんので」
「うわ。俺の一番嫌いなタイプの人間だ」
顔をしかめながらソファから立ち上がり、こちらに回り込んできて隣に座る。嫌いなタイプなら近寄ってこなければいいのに。
ひと席分、横にずれると、さらにこちらに詰めてきて私の肩を抱いた。
「金のためじゃないって言いながらも、ここに嫁いできたのは金のためなんだろ? 綾世を金づるとしか思ってないくせに」
言い返そうとしたが、口を塞がれ手首を掴まれた。嫌悪感と苛立ちが湧き上がってきて、力の限り彼を睨みつける。
「だが思惑が外れたな。残念ながらこの家の跡取りは俺だ」
その瞬間、綾世くんの言葉が蘇ってきた。
『愚鈍な跡取りなんて、許されませんから』『俺が周囲の期待に応えなければ』――彼がどれほどのプレッシャーに耐え、ここまで頑張ってきたのかも知らないくせに。
身勝手なもの言いに腹が立ち、早くも我慢の限界だ。はっきり言ってやらなきゃ気が済まない。
自由な方の手で彼の肩を突き飛ばし、ソファから立ち上がる。
「跡取りは綾世さんです。あなたの不在を埋めているのも、家業に貢献しているのも、すべて綾世さんよ。今さら戻ってきてのうのうと後を継ぎたいだなんて、勝手にもほどがある」
「……本っ当に生意気な女だな」
祐世さんはこめかみを引きつらせ、ゆらりと立ち上がりこちらに迫ってくる。
「チャンスをやる。綾世を捨てて俺のところに来い。未来の跡取りを産ませてやるよ」
「跡取りが必要なのは綾世さんよ。あなたじゃない」
「俺が先に生まれたんだ。俺が後を継ぐんだよ!」
激高した祐世さんがこちらに迫ってくる。私を壁際に追い詰めると、力ずくで肩を押さえた。
跳ねのけようとするも、体格の差がありすぎてびくともしない。どんなに強がって抵抗しても、力で来られたら勝てっこない。
「俺に歯向かったこと、後悔しろ。すぐに服従させてやるからな」
そう言い放ち、暴れる私を押さえつけ、強引に唇を近づけてくる。
逃げられない――ぎゅっと目を瞑った、そのとき。
バン、と勢いよく客間のドアが開き、革靴の音が真っ直ぐこちらに向かってきた。
「梓に触るな!」
そう言って祐世さんを引き剥がし、私を庇って前に立ったのは――。
「綾世くん……」
彼の姿を目にした瞬間、気が抜けたのだろうか、急に恐怖を実感して、情けないことに涙が滲んだ。
目の前にある頼もしい背中に、きゅっと手を添える。年下なのに。いじわるで生意気だと思っていたのに。どうしてこんなにも頼もしく感じられてしまうのだろう。
背中に頭をくっつけると、綾世くんは私を胸もとに抱き込んで、守るように祐世さんと対峙した。
耳もとでそっと「梓さん。遅れてごめん」と囁かれ、余計に涙をこらえるのが難しくなってくる。
「久しぶりだなあ綾世。立派な服着て、すっかり跡取り気取りだな?」
祐世さんが揶揄する。
「おかげさまで跡取りになる覚悟が決まったよ。誰かさんが逃げ出してくれたから」
綾世くんは負けじと挑発で応じ、祐世さんを睨みつけた。
「態度まで偉そうになっちゃって。昔は兄ちゃん兄ちゃんって、気弱そうに俺のあとをくっついて回っていた綾世がさあ」
「上が頼りないと下がしっかりするものだよ」
「……本当に、言うようになったな」
今にも掴みかかりそうな勢いで睨み合うふたりを見て、私の方がはらはらして背筋に汗が伝う。
「兄ちゃんが帰ってきたって、昔みたいに喜んでくれると思ってたんだが。時の流れは残酷だな。人間性を変えちまう」
「梓にさえ手を出さなければ丁重に迎えていたよ。俺にだって許せないものはある」
「その女のこと、随分気に入ってんだなあ。金目当てで嫁いできた、浅ましい女だぜ?」
「お前の知る女と一緒にするな」
地を這うような声色に、ぞくりとして凍りついた。
本気で、怒ってる?
綾世くんの冷徹な口ぶりは知ったつもりでいたけれど、これまでと全然違う。相手を問答無用で叩き潰す威圧感。
震えていると彼の腕に力が込められた。態度は冷淡なのに、腕の中はとても温かくて、胸がとくんと疼く。
大丈夫って、言ってくれてる?
この怒りが私を守るためのものだと知って、胸が熱くなってくる。
「俺になにを言ってもかまわない。だが梓に危害を加えるようなら、あらゆる手段を使ってお前を排斥する。二度と仙國家の敷居をまたがせない」
揺るぎない姿勢で兄と向き合う。そんな彼の姿に不覚にも見蕩れてしまった。
祐世さんは短く息をつき、くるりと背中を向ける。
「つまらねえ。一旦引き下がってやるよ」
そう不機嫌に言い放ち、客間を出たところで肩越しに振り向く。
「だが勘違いするなよ。仙國家の長男は俺だ。この十年間、俺がじいさんの金で能天気に遊んで過ごしていたと思うか? すぐにお前より有能だと示してみせるさ」
なにかを企んでいるのか、不敵な笑みをこぼす。対照的に、綾世くんの態度は冷ややかだ。
「機会が与えられると思っているのか? 今のあなたじゃ、俺と同じ土俵にすら立てない」
「……本当に生意気になった」
チッと舌打ちし、最後に私へ目線を向けた。
「じゃあな梓ちゃん。また会いにくるよ」
ひらひらと手を振り立ち去っていくうしろ姿に、私はベッと舌を出す。
祐世さんが玄関から出ていくのを、私と綾世くんは客間の入口から見守っていた。姿が見えなくなり、ようやく屋敷に平穏が戻った、そう安堵しかけたとき。
綾世くんに手を引かれ、再び客間に引きずり込まれた。そのまま強く抱き寄せられ、頭の中が真っ白になる。
「あ、綾世くん!?」
自身の胸の中に閉じ込めるかのような抱擁。ぎゅっと強く抱きすくめられ、いったいなにが起きているのかと混乱する。
不意に腕が緩み、私の顔を覗き込んだかと思うと、間髪いれず口づけが降ってきて、再び思考がぐるぐるし始めた。
「っん……どうして……」
「あいつに……奪われたので」
「う、奪われてない! キスなんてしてないから! ちょっと危なかったけど」
綾世くんの角度からは私と祐世さんがキスをしているように見えたのかもしれない。
だからあんなに怒っていたの?
「本当に? なにもされませんでしたか?」
心配そうな、ちょっといじけたような顔でこちらを覗き込んでくる。
さっきまであんなに頼もしそうにしていたのに。途端にかわいらしくなってしまった彼に、不覚にも母性が噴き出しきゅんとしてしまった。
「されてないされてない! ちょっと壁際に追い詰められただけ」
「……よかった」
気が抜けたのか、がっくりと項垂れて私にもたれかかってくる。
ベッド以外で抱きしめられたことなんてない上に、平静を保てない綾世くんを見るのも初めて。こんな彼を相手にどう接したらいいのかわからない。
「あのね。本当に大丈夫だから――」
落ち着いて。そう言おうとしたのに、私を抱く腕にさらに力がこもり、混乱がいっそう極まる。
「梓さんは俺のものだ、絶対に渡さない」
掠れた声で念を押して、その言葉通りかき抱いて独占欲をあらわにする。
全身を巡る血液が一度上昇した。彼のスーツの脇腹をぎゅうっと握りしめて動揺を押し殺す。
もう祐世さんは近くにいないのに、どうしていつまでも離してくれないのだろう。
疑問とは裏腹に、頬がふにゃりと緩みかけ、慌てて表情を落ち着かせる。
これ以上甘えたら、気持ちが溢れ出してしまうかもしれない。抱きしめ返したい、そう願いながらも、ぎゅっと唇を引き結んでこらえる。
そのとき。コホンと咳払いが聞こえてきて、私たちは我に返った。
客間の外に影倉さんが立っていて、「綾世様、少々よろしいでしょうか」と申し訳なさそうに声をかけてきたのだ。
綾世くんが私から腕を解き、「ああ」と跡取りの顔に戻る。
「祐世様の件ですが、今後はどのように対応いたしましょう」
「俺の不在時は家に入れないでください。それから、絶対に梓とふたりきりにさせないように」
「承知いたしました」
静かに一礼し、影倉さんが立ち去る。残されたふたりの間に微妙な空気が流れ、なんともいえず押し黙った。
「……梓さん。使用人たちと今後の話をしてきます。両親にも報告しなくては」
急に姿を現した長男について、対応を検討するのだろう。もしかしたら、私にちょっかいを出そうとしたことについても話があがるかもしれない。
ふと、キスしていたと間違われたのを思い出し蒼白になった。変な誤解をされても困るので、今のうちに説明しておいた方がいい。
綾世くんのジャケットの裾を掴み「あのね」と声をかけると、彼は不思議そうな顔でこちらに目を向けた。
「祐世さんとは本当になにもなかったから安心して。それから、長男だとか跡取りだとか、この家の事情はよく知らないけれど、私は綾世くんについていくつもりだから」
祐世さんは『綾世を捨てて俺のところに来い』なんて言っていたけれど、冗談ではない。
もしも祐世さんが縁談の相手だったなら、良家の長男であろうと私は嫁がなかったと思う。いくら家業のためとはいえ、横暴な人と結婚するなんて嫌だ。
私が綾世くんと一緒になろうと決めたのは、父親の命令以上に、彼が信頼できると感じ取ったからだ。
「たとえあの人が家に戻ってきたとしても、言いなりになるつもりなんてない。私が結婚したのは綾世くんなんだから」
『梓さんは俺のものだ』――そう言ってくれたことへの答えになるといいのだが……。
すると突然、綾世くんの頬が紅潮し、唇がふにゃっと緩んだ。
思わず「へっ」という声が出てしまう。なんだその子どもみたいな表情は。
「……かわいい」
綾世くんがぽつりとそう漏らし、私を再び強く抱きすくめる。はわわわと混乱して後ずさり、よろけて壁に背中をぶつける。
そのまま壁に押しつけられ、唇を深く奪われる。とろりとした彼の舌が口内に滑り込んできて、満たされた気持ちになった。
祐世さんに迫られたときはあんなに嫌だったのに、綾世くんのときは心地いいとすら思えてしまうのが不思議だ。
「……大丈夫。あんなやつに跡継ぎの座を渡したりしません」
私の両頬を包みながら、優しい顔で言う。なにも心配しなくていいんだ、そう安堵して目を閉じ、キスの続きを求めた。
ひとしきり抱き合い口づけを交わしたあと、彼は耳もとで囁いた。
「……足りないので、あとで寝室で」
「……うん」
ゆっくりと体が離れ、温もりが遠ざかっていく。
綾世くんが客間を出ていってしまったあと、しばらく動けずに自分の体を抱きしめていた。
下腹部が疼いて、蕩けそうになっている。ダメだ、夜まで待ちきれない。重たいお腹を抱えながら自室に戻り、シャワーを浴びて夜に備えた。
早くベッドに来てと、こんなにも願ったのは初めてだ。今すぐ彼の腕の中に飛び込みたい。
もう妊活だなんて言い訳は通用しないくらい、身も心も欲しくなってしまっている。
しばらくすると、彼は寝室に顔を出してくれた。まだシャワーを浴びていなかったらしく「もう少しだけ待っていてください」と言い置いて立ち去ろうとする。
私はベッドの縁に腰かけたまま「待って」と引きとめた。
「さっきは、どうしてあんなに怒ってくれたの?」
「それは……当たり前じゃないですか。自分の妻に手を出されて、平気な男がいると思います?」
私の隣に腰を下ろし、硬い眼差しで見つめてくる。常にふてぶてしい彼に似つかわしくない、どこか緊張したような面持ち。
「梓さんは俺のものだ。ほかの誰にも渡すつもりはありませんから」
力強くも純粋でどこか初心な眼差しに、鼓動がとくんと音を立てる。
それが愛かどうかはわからないけれど、彼なりに独占欲を感じているみたい。
想像していた以上に、私を大事にしてくれているのだと伝わってきた。
「大丈夫。私は、綾世くんのものだよ」
少し高い位置にある頭を撫でると、彼はちょっぴり驚いた顔をして目を瞬いた。
女性に頭を撫でられるのは初めてだっただろうか、ふっと困ったように吐息をこぼし、柔らかい目をする。
「そういうこと、簡単に言わない方がいいですよ。男はすぐに勘違いしますから」
「勘違いもなにも。私は綾世くんの妻、それが事実だもん」
「そういう意味じゃないんですが」
綺麗な目をゆるっと細めて、素直で愛らしい笑みを浮かべる。
彼が体を傾けてきたから、受け止めるように手を伸ばした。そのままふたりでベッドに転がって、キスの続きを始める。
ジャケットを脱がせるのを手伝うと、彼はネクタイを緩めながら少々困ったように呟いた。
「俺、シャワー浴びてないです」
「ん。大丈夫。気にしない」
「あなたが気にしなくても、俺が気にするし」
「これ以上待たせないで」
珍しくこちらからわがままを伝えてみると、彼は「仕方ないな」と笑みを漏らしながらベストのボタンを解いた。
スリーピースのスーツって、なんてたくさんボタンがあるのだろう。ひとつひとつ外していく時間がもどかしくて、余計にそそられる。
「人が服を脱いでいるところをそんな目で見つめないでくださいよ」
彼はちょっぴり照れくさそうな顔をして、シャツの前を開ける。
開いたシャツの中に手を差し入れ、背中に腕を回し、覗いた逞しい胸筋を引き寄せキスをした。
私は妻なんだから、これくらいさせてもらったって許されるはずだ。
「また、かわいいことして」
彼が愛撫とキスを繰り返しながら、私の寝間着をゆっくりと脱がしていく。上半身を弄び昂らせたあと、下腹部に触れ、プッと吹き出した。
「もう。とろとろじゃないですか。俺のこと、好きすぎですよ」
「綾世くんだって。すごいことになってる」
「梓さんが誘ってくるからです。乗るしかないじゃないですか」
そんな言葉遊びをしながら、触れ合い、抱きしめ合い、体をひとつにする。
思わず感極まって、今まであげたことのない甲高い啼き声を漏らしてしまった。
そんな卑猥な私をも受け入れ包み込むかのように、彼は何度も愛を穿ち、私を乱し続ける。
彼が初めて、私より先に達してくれた。こんなにも激しく繰り返し愛されるのは初めてで、体の奥底がおかしくなってしまいそうだ。
昂り弾けるたびにうとうとして意識を飛ばしていた私だったが、終わりのない愛撫にいい加減、目が覚めてきた。
ようやく彼が満足しベッドに横たわったあと。
「さすがにこれは、妊娠しちゃうかも」
思わず苦笑いを浮かべると、彼は「すみません」と気まずそうに目を逸らした。
「なんで謝るの?」
「がっつきすぎだなと反省して。成熟した大人のセックスじゃありませんでした。なんていうか……盛りのついた犬的な」
珍しく自分を貶める彼がおかしくて、あははと声をあげて笑ってしまう。
彼は「笑いすぎです」と恥ずかしそうに枕に顔を埋める。
やがてそうっと顔を持ち上げ、枕を抱きしめたまま、叱られた子犬みたいな目をこちらに向けた。
「嫌じゃなかったですか?」
「大丈夫。今思い出すと、必死な綾世くんがかわいかったなあって思うくらいで」
「かわいいとか……最悪だ」
褒めたつもりだったのに、傷ついてしまったようで再び枕に顔を埋める。
「かわいいは嫌? 綾世くん、年下なんだからいいじゃない」
「年下だからこそ、あなたを支えられるような男にならないといけないんじゃないですか」
そんなふうに考えていてくれたんだ。
私が思っている以上に、彼は妻という存在を大切に思ってくれている。
相手にするのが面倒だなんて本当は嘘だ。優しくて、繊細で、パートナーに対して誰よりも真摯に向き合おうとしているのだと知る。
「綾世くんはいい男だよ。今日、私を守ってくれた」
そっと頬に手を伸ばすと、彼はその手を捕まえて、自ら頬ずりした。
「守ります。……あなたの夫でいる限り、俺は……」