書籍詳細
政略婚を迫ってきた宿敵御曹司なのに、迸る激愛で陥落させられました
あらすじ
「今日から毎晩抱くことにしよう」冷徹社長に見初められて、突然の結婚宣言!?
老舗旅館の若女将を務めるももこは、容姿端麗な男性・優希也から客室係に指名される。しかし、実は彼は旅館買収のため視察に来た不動産会社の社長だと判明!動揺しつつ買収に反対する彼女だが、「私の客室係を嫁にもらいたい」と突然宣言され…!?クールな言動とは裏腹に、旅館の再建に心を砕いてくれる彼に惹かれ始めると、猛愛にからめとられて――。
キャラクター紹介
山吹ももこ(やまぶき ももこ)
老舗旅館の一人娘。実家の旅館を大事にしており、立て直すために奮闘している。負けん気な性格。
桐野江優希也(きりのえ ゆきや)
不動産会社の社長。土地開発のため、ももこの家の旅館を訪れる。冷静沈着で、ワンマンな経営者に見えるが…。
試し読み
「明日も早いし、そろそろ寝るか……」
時刻は二十三時過ぎ。ついにこの時がきてしまった。
私は照れ隠しにいただいたペットボトルの水をごくごくと飲む。
「は、歯磨きしてきますね」
そう言って洗面台に向かうと桐野江様も同じように歯磨きをしについて来た。隣で歯磨きをしているだなんて、何ともレアな光景なのだが……また緊張してきてしまう。
どうしよう? 隣同士で寝るのかな?
スキンシップにも慣れてとも言われたし、大人な関係になってしまうのかしら?
心の準備ができていないままに夜は更けていく。
「ももこさんはベッドを使えば良い。俺はソファーで寝るから」
「え……?」
歯磨きが終わり、身支度を済ませてから戻る。先に戻っていた桐野江様に別々に寝ると言われ、拍子抜けしてしまった。
歯磨きを隣でしながらドキドキしていたが、私が心配していたことは起こらなそう。つまり、心配するだけ無駄だった。
「なんだ? 一緒に寝てほしかったのか?」
私が変に反応してしまったせいで、そう聞き返されて耳まで火照って熱くなる。
私は言葉を発さずにぶんぶんと首を横に振り、否定をした。
「違うのか……」
桐野江様はしゅんとしてしまう。私は桐野江様の子犬みたいな態度に弱いが二人で一緒に寝ることは無理なので、「えっと……私がソファーで寝ますから」と返す。
「招待しておいてそんなことはさせられない。ももこさんがベッドを使ってくれて構わない」
「いや、それは……」
押し問答で収拾がつかなくなりそうな時に「おいで。一緒に寝よう」と桐野江様は優しく笑って手を引き、ベッドに誘導してきた。
辿り着くとベッドの上に座らせられる。
広くて大きなキングサイズのベッドは初めて目にしたのだが、二人だとしてもまだまだ余裕がありそうだ。桐野江様は反対側に行き、掛け布団をめくって身体をベッドの中へ滑らせて横になる。
「早くおいで。ベッドはふかふかで気持ちがいいよ」
ポンポンとベッドの上を軽く叩いて、私が隣に来るようにと促してくる。
私は高鳴りっぱなしの胸のまま、無言でベッドの中へと入った。
「明日は桐野江不動産が手がけたマンションや他のホテルを見学する」
「分かりました」
桐野江様は横になり、私の方向を向いている。見つめられている気がして、目のやり場に困ってしまう。
ドキドキし過ぎて、眠れるかどうかも不安だ。
「もしもの話だが、……ももこさんと結婚したら、一緒に色んな施設を視察しにいく。少しずつで構わないから、俺の仕事を理解してくれたら嬉しい」
「……分かりました」
「俺は、ももこさんと結婚することを諦めてないからな。そのつもりでいてくれ」
「……はい」
私は掛け布団に顔を埋めている。
「っわぁ……!」
顔が見えないように返事をしていたが、桐野江様に掛け布団をめくられた。
「おやすみ。明日は忙しくなるから、ぐっすり寝られると良いな」
掛け布団をめくられた時に桐野江様と目が合って一瞬、ドキッとしたがキスも何もされなかった。
「お、おやすみなさい!」
私の方を向きながら目を閉じた桐野江様。目を閉じているとはいえ、桐野江様と向かい合わせでは眠れない。
私は先に寝息を立てた桐野江様の寝顔をしばらく眺めてから、正面を向いて自分も目を閉じた。
桐野江様に振り回されている私。自分ばかりが意識をしてしまって悔しい。
目を閉じてからも思い出すのは桐野江様と過ごした時間だった。繰り返し、繰り返し、桐野江様の言葉や行動を思い出す。
今夜は、なかなか寝付けそうにないかもしれない。
翌朝、目が覚めると隣に桐野江様はいなかった。慌てて飛び起きるとソファーに座り、ノートパソコンを見ている桐野江様が視界に入る。
「おはよう。今朝はももこさんの寝顔が見られて幸せだった」
「お、おはようございます! ……私だって、桐野江様の寝顔を見ましたよ」
寝顔も見られた挙げ句、寝起きで髪の毛がボサボサの姿も見られるなんて恥ずかしい。アラームもセットせずに寝てしまったからだ。
それに桐野江様より後に起きるなんて、失礼だったのでは? 本来ならば、桐野江様よりも先に起きて、身支度を調えておかなければならなかった。
「遅く起きてすみませんでした……」
「何故、謝るんだ? 俺が勝手に先に起きたんだから気にしないでくれ」
桐野江様は朝からノートパソコンで仕事をしていたようだ。
「ももこさんにも目覚めのコーヒーを淹れてあげるから、着替えておいで」
私は言われた通りに着替えをして、身支度を調える。前日に桐野江様が購入してくれた洋服を身に纏う。
昨日のピンクのワンピースとは別に紺色に小花柄のワンピースを桐野江様が購入してくれたのだ。
「このワンピースも良く似合っているな。着物姿も好きだが、ワンピース姿も可憐で綺麗だ」
私が桐野江様の前まで行くと、そんなことを朝からさらりと口に出された。桐野江様は私を見るなり、くすっと微笑む。
そんな風に言われたことなんて、人生で一度もない私は照れくさくてはにかんでしまう。可憐で綺麗だなんて、褒め過ぎだ。
「さて、ももこさんの分のコーヒーを淹れようか」
私が戻ってきたことを見計らい、ドリップ式のコーヒーにお湯を回しかけていく。
辺りにはコーヒーの良い香りが広がっていった。嗅いだことのある香り。もしかしたらコーヒーは、旅館で出しているのと同じものかもしれない。
「ドリップ式だから、いくつかカバンに忍ばせてきた。社長室にも置いてある」
桐野江様は私の地元のカフェのコーヒーが気に入って、取り寄せしていると聞いた。
エグゼクティブフロアにはお酒やソフトドリンクを自由に飲みに行けるバーコーナーがあるのに、わざわざ持ち歩くなんて、余程このコーヒーが気に入っているみたいだ。
「さぁ、どうぞ」
仕事をしている桐野江様の横に座るように促され、ソファーに腰かける。私が座ったのを確認してから、淹れ立てのコーヒーが運ばれた。
普段はお茶ばかりを飲んでいる私だが、甘めにして飲んでみようと思う。
「あれ? コーヒーじゃないんですか?」
見た目からして、ミルクたっぷりである。
「いや、いつものカフェのコーヒーがベースだよ。ミルクをバーコーナーでもらい、ハンドスチームで温めた。普段はコーヒーを飲まないみたいだから勝手に甘めにしたけど……」
いつの間にバーコーナーへと足を運んだのだろうか。私が身支度を調えている間に用意してくれたのだとしたら、桐野江様が言っていた〝ももこさんファースト〟そのものだ。
私を第一に考えてくれて、ここまでスマートにこなせるのはさすが桐野江様だと思う。
「いただきます。ふふっ、美味しい! 私のために飲みやすくしてくださり、ありがとうございます」
桐野江様が作ってくれたコーヒーはミルクのまろやかさとお砂糖の甘さが加わって、とても飲みやすく美味しい。ふんわりと優しい味で癒やされる。
「どういたしまして。モーニングが届くまで俺は仕事をするけど、ももこさんは気にせずくつろいで」
桐野江様はマウスでスクロールしながら、画面を確認している。
「分かりました。えっと、桐野江様のお仕事を見ていても良いですか?」
テレビも観たいわけでもないし、音が邪魔してしまうだろう。かと言って、隣にいる私がスマホを操作していたら気が散るだろうから、じっと待っていることにした。
「別に構わない。特別、守秘義務はないものだから、見ていてもいいけど……つまらないと思うぞ?」
「大丈夫です。桐野江様のお仕事を隣から見ていたいだけですから」
私の返答がおかしかったのか、桐野江様はこちらを見ながら笑っている。
「そんな可愛いこと言われたら、ここでいつまでも仕事をしていたいな」
桐野江様の冗談交じりな発言かもしれない。
「か、可愛いことですか?」
「可愛いよ、すごく。発言も、ももこさんも」
笑っていた桐野江様はいつの間にか、真剣な眼差しで私を見てくる。囚われてしまい、目が逸らせない。
「……好きだ」
このタイミングでそう言った桐野江様はマウスから手を離して、私を抱きしめる。
「どうしようもなく愛おしい」
私は手のやり場に困ったが、桐野江様の背中にそっと腕を回してみた。
突然に抱きしめられたのに、やはり嫌じゃない。心地良くて温かい。
「私……、私も……桐野江様のことが好き、です」
心臓が張り裂けそうなくらいにバクバクしているが、勇気を振り絞って小さな声で呟いた。
「今のは聞き間違えではないことを祈るが……、本当か?」
桐野江様の声が耳元で聞こえる。今にも唇が耳に触れてしまいそうだ。
「……はい。どうやら私は完全に堕ちてしまったみたいです」
ごにょごにょと小さな声で必死に伝える。
「可愛いことを言ってばかりいると、食べてしまいたくなるな」
食べる……?
「ひゃあっ」
桐野江様は抱きしめている腕を緩めたかと思えば、いきなり耳に唇を触れさせてきた。突然のことに驚いて変な声が出てしまう。
ちゅ、ちゅ、というリップ音の度に耳にキスをされる。私の身体は縮こまってしまい、桐野江様の背中を指で掴んだ。
「反応も初々しくて可愛い」
耳元で囁かれる言葉に胸の内が蕩けさせられる。
「……は、初めてなんです。こういうの」
「……うん。少しずつ慣れさせるから、覚悟して」
私は何も言えないままに、こくんと首を縦に振って頷いた。
「駄目だ、可愛過ぎる」
桐野江様は深い溜め息を吐くと私の身体を離した。
「もう少ししたら、モーニングが届く頃だろう。食事をして準備が整い次第、出かけようか」
モーニングが届くまで仕事をすると言われた。
私はまだ物事の切り替えができていないのに、桐野江様は平然としている。
「はい、分かりました」
私の心の中は穏やかではなく、浴びせられた言葉が嬉しくて舞い上がったままだ。
桐野江様にキスをされた耳が未だに熱を持っている。
「ももこさん……」
「何でしょうか?」
仕事を再開した桐野江様はカチャカチャと音を立てて文字入力をしながら、声をかけてきた。
「一先ず、お互いの呼び方を変えないか?」
「呼び方、ですか?」
桐野江様はこれからお世話になる社長であり、旅館のお客様でもある。気軽に呼び合うなんて、できないに等しいと思っていた。でも……。
「ももこさんと気持ちが通じた今はビジネスの関係ではあるかもしれないが、もう客ではない。……なので、様付けは遠慮したい」
桐野江様との距離が縮んだと思われる今は、確かに様付けはおかしいかもしれない。
「じゃあ、何て……呼べば良い、ですか?」
「下の名前で呼んでみて」
桐野江様は私の唇に右手の人差し指を当てて、催促をしてきた。
「ゆ、……優希也さん?」
真っ直ぐに見つめられながら言葉に出すのが恥ずかしくて、語尾になるにつれて小さな声になってしまう。
「聞こえないなぁ」
桐野江様は意地悪を言うみたいにそんな風に返し、くすくすと笑う。
「優希也さん!」
「うん、それで良し」
やけくそみたいに名前を呼ぶと、頭をぐりぐりと撫で回される。
「こっち、おいで」
私は手を引かれ、桐野江様もとい優希也さんの膝の上にちょこんと座らせられた。優希也さんは私のことを背後から抱きしめながら、ノートパソコンを操作している。
「ゆ、優希也さん?」
身動きが取れない。どうしたら良いのだろう?
「座りづらい? 大丈夫か?」
いやいや、そういうことではなくて。
ドキドキし過ぎて頭がパニックになっている。
「ももこが可愛いから、すぐ側に置いておきたいんだ。少しだけ我慢して。もう少しで確認作業が終わるから」
大丈夫かと聞いてきたくせに、優希也さんの膝から下りるという拒否権はないらしい。
さらり、と呼び捨てで私のことを呼んでしまう優希也さんには大人の余裕がある。私は名前を呼ぶのでさえ、意識してしまったというのに。
私は背後に優希也さんの温もりを感じながら、ただひたすら動かずに、更には黙って座っていた。
「終わった」
しばらくして、作業をする手を止めた優希也さんはノートパソコンを閉じた。
私のことを支えるためにお腹に置かれた左手の温もりが温かい。
「窮屈な思いをさせてごめんな。もう仕事は終わったから、ももことの時間にする」
「んっ、ちょっと……優希也さん!」
優希也さんは首筋に唇を触れさせてきて、私はくすぐったくなり、身体を窄める。
「反応がいちいち可愛い」
私は優希也さんのペースに呑まれ、抵抗できない。
「ももこ、こっちを向いてごらん」
そう言われて無意識に上側を向くと、優希也さんの顔が近づいてきた。目を閉じる前に、優希也さんの唇が私の唇に重なる。
「……そんなに緊張しなくても大丈夫だから。もう一度、しようか?」
人生で初めてのキスは思っていたよりも、一瞬過ぎてあっさりと終わった。
トクン、トクンと胸が高鳴るのを感じながら二回目のキスは訪れた。
「愛してるよ、ももこ」
そう囁かれ、ソファーに押し倒されてゆっくりと身体を横にされた。
何度も触れるだけのキスを繰り返す。
そうこうしていると、朝食のルームサービスが届く時間になり、客室のチャイムが鳴った。
「残念だな、時間切れだ」
優希也さんは私を解放して、客室のドアを開ける。
触れるだけのキスなのに、骨抜きにされたような感じがした。
優希也さんに触れられるのが心地良くて、安心感もある。
いつの間にか、自分でも知らないうちに優希也さんを好きになっていたみたいだ。
気持ちをさらけ出した今、後には引き返せない。
ルームサービスで運ばれた朝食は、サーモンにアボカド、チーズとレタスが挟んであるクロワッサンにサラダ、スクランブルエッグ等がワンプレートにまとめてある。その他、グラノーラ入りのヨーグルトやフルーツと、旅館の和食を中心とした賄いとは偉く違うオシャレな朝食だった。
朝食をとりながらも胸の高まりは収まりそうになく、先程のスキンシップが恥ずかしくて目もまともに合わせられず会話もままならない。しかし、優希也さんに伝えなくてはいけないことがあるために口を開いた。
「あ、あの……!」
「ん? どうした?」
黙り込みながら朝食を黙々と食べていた私だったが、勢いだけで声をかけた。サラダを食べていた優希也さんは驚いた顔をする。
「元奥様のことを優希也さんが大事にしなかったなんてことはないと思ってます。なので、自分を責めることはしないでくださいね」
優希也さんに勇気を出して告げたのにもかかわらず、当の本人からは何の返答もない。私にはこの件には関わってほしくないという表れだろうか?
「すみません……! 出過ぎたことを言ってしまって」
私は優希也さんを不快にさせた挙げ句に傷つけてしまったような気もして、手に持っていたカトラリーを皿の上に置いて謝る。
「いや、違うから! 謝ってほしかったわけじゃなくて、ただ少し驚いただけだ。そんな風に考えてくれてありがとう」
「え、いや、……すみません」
優希也さんは真っ直ぐにこちらを見ながら不意打ちで笑みを浮かべたので、私は照れくさくてまた謝ってしまった。
「ははっ、また謝ってる。俺は優しい気持ちの持ち主のももこが大好きなんだ。これからの人生をももこと過ごせることに感謝する」
「こ、こちらこそです……!」
優希也さんがにこにこ笑っていると普段とのギャップがあり過ぎて、調子が狂う。
本人に元奥様のことの責任を感じてほしくないのだが、第三者の私が口を出す問題でもないので自分の気持ちだけを伝えた。この問題に関しては、優希也さんの中には深い闇があるかもしれず、深追いはしてはいけない。
私は私で、優希也さんの心の傷を癒やしていけたら良いなと考えていた。