書籍詳細
意地悪な姉の身代わりで政略結婚したら、甘々に独占されて愛の証を授かりました
あらすじ
「きみを永遠に大切にしたい」諦めていた初恋の御曹司と、実は相思相愛で…!?
実家を救うため、ひまりは逃げた姉の身代わりで御曹司・隆生と政略結婚をすることに。昔から憧れていた彼との夫婦生活に少し心が浮き立つものの、父と姉から虐げられて育った彼女は自信が持てずにいた。しかし隆生は昔からひまりが好きだったと溺愛&独占欲を露わにしてきて…!隆生の一途な想いを受け止めた彼女は、やがて赤ちゃんを身ごもり―。
キャラクター紹介
今野ひまり(こんの ひまり)
地味なOL。逃げた姉の代わりに、実家の鉄工所を救うため昔から憧れていた隆生と政略結婚することに。
黒柳隆生(くろやなぎ りゅうせい)
大手自動車メーカーの御曹司で副社長。ひまりの姉と婚約予定だったが、破談を機にひまりを強引に妻に迎える。
試し読み
その週の土曜日、私と隆生さんは北海道へ飛行機で向かった。
一緒に出かけるという経験がなかったので、意気揚々と出てきたけど緊張している。
飛行機はファーストクラスを予約してくれていた。美味しい紅茶を飲みながら、のんびりと空の旅を楽しみ、飛行機が着陸態勢に入ると、北海道の緑が目に飛び込んでくる。
「すごい……緑」
「自然が多いんだな」
私は深く頷いた。
無事に新千歳空港に到着し、初めて北海道の地に降りたのだと感動で心が躍る。空気がひんやりとしていてすごく美味しい。肺いっぱいに吸い込む。
「まだ空港だろ? 空港の空気は美味しいか?」
「美味しい!」
「面白いな」
レンタカーを借りる。外国の輸入車だった。珍しいと思いながら手続きをしキーをもらう。
助手席のドアを開けてくれた隆生さんに会釈し車に乗り込んだ。運転席に乗った彼がカーナビで行き先をセットする。どこか弾んだ表情だ。
隆生さんもこの旅行が楽しいと思ってくれたら嬉しい。
一般道を通って空知管内の観光名所を見ながら、今日は中富良野に泊まることになっている。
明日の朝、美瑛の景色を見てから、東京に戻るというスケジュールだ。
運転している横顔を見て胸がキュンとする。隆生さんの横顔も素敵だ。
「うちもレンタカーに力を入れていこうと思ってるんだ」
「そうなんだね」
「今、SNSで写真をあげる人が多いと思うんだけど、美しい景色とかっこいい車。いい組み合わせだと思わないか?」
「うん! たしかに」
「旅って非日常だからな」
彼は本当に仕事に熱心だ。どんな時も会社のことを考えて過ごしているのだろう。
でも、プライベートな時間くらいは少しゆっくりしてほしい。
「悪い。せっかくの旅行なのに仕事の話をしてしまって」
「大丈夫」
どんな話でもいいから隆生さんと会話ができることが幸せだった。
空知地方に入ってくると視界が一気に開けてくる。雄大な空が広がっていて、まっすぐに道が続く。
「すごい道だね。このまま走り続けたら異世界につながってるかもしれない」
「本当にひまりは面白い発言ばかりだ」
運転しながら楽しそうに笑っている彼の姿を見ると、こちらまで幸福な気持ちで満たされていく。
この場所に一緒にいるというだけでもありがたい。
「ドライブっていいよな。しているだけで気持ちが安らかになってくる」
「そうだね。本当に。私もドライブが大好き」
お昼が過ぎた頃にワイナリーに到着した。ワイナリー併設のレストランで食事をする。
道産食材が使われた野菜たっぷりのピザだ。
天気がよくて温かいのでテラス席で食べることにした。
本当はワインを呑みたそうにしていたけれど運転中なのでぶどうジュースで乾杯。
「濃厚ですごく美味しい」
「ピザは?」
口に入れると程よい小麦の焼けた味がして、トマトとチーズがすごく合う。北海道のチーズは濃厚だ。こんなにも美味しいなんてと感激する。
「チーズがすごく濃厚で口の中でとろけるね」
「ひまりはいつも本当に美味しそうに食べるよな? その顔を見ていると幸せな気持ちになる」
太陽の日差しに照らされている隆生さんが魅力的すぎる。
優しくて穏やかで包み込んでくれて。
こんな素敵な人が自分の夫なんて信じられない。
だけど書類上だけの仮面夫婦だからいつまでもこの幸せが続くとは限らない。
せっかく楽しい気持ちだったのに、ついつい感情がマイナスの方向へいってしまった。この性格を変えたいと本気で悩んでいる。でもどうすればいいのかわからない。
ランチを終えてさらに車を走らせる。
「そういえば、富良野は北海道の中心部なので北海道のへそって言われてるみたいだよ」
「へそ? へぇ、なるほどな」
「お祭りもあるってホームページに書いてあった」
「本当はラベンダーが綺麗なところだからその時期に来てみたかったな。またこれからもずっと一緒にいるから機会があるはずだ」
これからもずっと一緒にいると言ってくれたことが嬉しくて、その言葉をかみしめながら、窓から流れる広大な景色を眺めていた。
いよいよ次は私が楽しみでたまらなかった大イベントだ。
隆生さんはちょっと心配そうにしていたけれど、私がどうしてもやりたいと言うと了承して予約してくれた。
富良野に到着し、モーターパラグライダー体験をする。
受付で同意書や保険にサインをしていく。
二人で一緒に体験することはできないので、今回は私だけやることになっている。
「同意書っていうのがちょっと心配だな」
「大丈夫だよ。プロの方がついてるんだし」
「もしひまりに何かがあったら俺は生きていけないよ」
まるで愛されているかのような言葉を言うので私はいちいち顔が熱くなってしまう。そのやり取りをスタッフが微笑ましそうに見ていた。
ハーネスやヘルメットを装着して準備を整え、早速空へと飛び立つ。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
「サン・ニ・イチ・スタート」
スタッフのかけ声で目標に向かって走り出す。
だんだんと体が浮いてきて、上空で安定すると膝を上げ座ることができる。写真を撮る余裕まであるくらいだ。
三百メートルくらいまで上昇する。
風を受けて初めはドキドキしたけれど、高い景色から空を見上げ、雄大な北海道の大地を見ていると、自分の悩みなんてちっぽけに思えた。
政略結婚だったかもしれない。姉の身代わりとして結婚した。
自分はダメな人間だと言って育てられた。
だからこの結婚も彼の言う通りにして嫌われないように生きていこうということばかりに意識が取られていた。
それは逆に楽な道なのかもしれない。
もしこの先一緒に暮らしていって私が本当に隆生さんのことが好きになったら……。今も好きだけど心から愛してしまったら、逃げない。その時はちゃんと自分の気持ちを伝えよう。
告白をして断られたら、その時はそれぞれの未来を真剣に話し合うべきだ。
大切な人生なのだから。
高いところまで上がったらエンジンがストップしてパラグライダーでゆっくり降りていく。
「気持ちいい……」
十五分くらいで地上に戻ってきた。
すっきりした気持ちで、こんなに清々しいのは久しぶりだ。
隆生さんは心配そうに駆け寄ってきた。
「おかえり」
「ただいま。すごく気持ちよかったよ」
「楽しかったようだな。いい表情をしている」
「わがまま聞いてくれてありがとう」
体験を終えると今夜宿泊するホテルへと向かった。
「うわ!」
ホテルに到着して部屋に入ると思わず歓声を上げてしまった。
用意されていたのはスイートルームで、大型サイズの窓から見える大自然に目が奪われる。まるで美術館の絵画のようだった。
窓の外にはテラスがある。
壁で仕切られていない部屋は広々とした空間で、常に新鮮な空気が流れているみたいだ。
「素敵なお部屋!」
「ひまりに喜んでもらえて嬉しい」
テラスに出て大きく息を吸い込むと、北海道の美味しい空気が肺いっぱいに入り込んでくる。
「空気、美味しい」
「あぁ、新鮮だな」
私は視線を自然から隆生さんに移した。彼は穏やかで温かな笑みを浮かべている。もっと心の距離が近づけばいいのに。どうすれば、本物の夫婦になれるのだろう。
でも、隆生さんなりに私のことを考えてくれているから、こうして時間がないのに連れてきてくれたんだ。
「隆生さん、本当にありがとう。今日はプライベートの時間だから隆生さんもゆっくりしてほしいな」
「そうする。二人で楽しもうな」
「うんっ」
少し部屋で休憩した後レストランへと移動した。天井にはシャンデリアが飾られていて、席数があまり多くなく落ち着いた雰囲気だ。
ピアノとチェロの演奏が聞こえてくる。
富良野のワインを呑みながら味わう創作フレンチ。
まずは季節の盛り合わせが運ばれてきた。地元の野菜を使ったというサラダだ。見るだけで色鮮やかで目が楽しい。
「北海道産じゃがいものビシソワーズでございます」
スタッフが運んできて一つずつ料理の紹介をしてくれる。じゃがいもの甘みが口に広がってとても美味しい料理だった。
続いてホタテとサケのグリル。ホワイトソースがかけられていた。
「美味しい」
味わいながらこの幸せな時間を堪能する。
牛肉の赤ワイン煮やチーズリゾットなど、デザートまでゆっくりと食事を楽しむことができた。
「お腹いっぱい。幸せ」
部屋に戻ってくると空は闇に包まれていた。
音がない静かな空間でソファに並んで腰をかけた。
温泉付の客室である。この後は入浴をして眠るという流れだ。しかし、突然私は耳が熱くなってきた。
いつも同じ家で生活をしているけれど一緒に眠るという経験はない。この部屋にはベッドが二つ並んでいる。さすがに隣で眠るのはありえないだろう。
私がソファで眠ればいいのかと考えたけれど壁がなく、朝まで同じ空間で過ごすことになる。
これはとんでもないことだと急に落ち着かなくなってきた。
「ひまり、大切な話がある」
「うん」
「手を出してくれないか」
きょとんとしていると私の左手をつかんだ。
そして彼はどこかに忍ばせていた指輪を出した。
「……えっ」
私の薬指にはめてくれる。キラリと輝くダイヤモンドが眩しい。まさか、用意してくれていると思わなくて泣きそうになる。
「強制的に結婚させてしまって申し訳なかった。コメンテーターとして世の中に顔が知られてしまっているから、少なからず俺が結婚したと公表すれば、妻がどんな人なのかと追いかけられることもあるかもしれない。心ない言葉で傷つけられることもあるだろう。しかし世間の言葉には振り回されず俺を信じてついてきてほしいんだ」
真剣な眼差しと言葉が私の胸の深くに刺さった。
私は覚悟を決めてしっかりと頷く。
「未熟な私だけど、自分なりに努力して隆生さんの役に立てるように頑張る」
「ありがとう」
穏やかな空気が流れ私たちはしばらくお互いの目を見て黙り込んでいた。するとだんだんと彼の耳が赤くなっていく。私の頬も熱くなるのがわかった。
普通の夫婦ならここでキスをして、その後の流れに行くのかもしれないけれど、何が正解なのかわからない。
「風呂、先に入っていいぞ」
「え、いや……隆生さんがお先にどうぞ」
ドキドキしているのがバレないように返事をする。
「わかった」
隆生さんが浴室へ消えていく。
もしかしたら隆生さんは私と子作りをしようと考えているのではないか。
夫婦だし、跡取りを作らなきゃいけないので、当たり前のことなんだけど、心の準備ができていない。
スマホでどんな流れが正しいのか調べてみるが、文章が全然頭に入ってこない。指が震えて過呼吸気味だ。私は完全にパニック状態だった。
「いい湯だったぞ」
「ひゃあっっ」
思わず変な声が出てしまった。
振り返るとお風呂から上がってきた彼。髪の毛が濡れていて浴衣で色気がものすごい。不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「まるで幽霊でも出たかのような驚き方だな」
「ご、ごめんっ……あはは」
ここにいるのがいたたまれない気持ちになり私は立ち上がった。
「じゃあ私も温泉楽しんでこようかな」
そう言ってここから逃げることにしたのだ。
檜風呂が設置されていて窓からは星空が見えた。美しい景色に柔らかいお湯。
リラックスして気持ちがよくなってくる。
けれど、お風呂から上がったらどうしようか。浴衣を着なければ不自然だ。中に下着はつけるべきなのだろうか。
まずはどうすればいいんだろう……。
相手はすべてにおいて卓越しているので、身を任せるしかない。
緊張しながら浴室から出ると、彼はソファに腰をかけてぼんやりとしているようだった。
「上がってきたよ」
「あぁ、おいで」
お、おいで? いきなり?
私の心の中は大量のピンポン玉が一気に襲いかかってきたかのような、ポップコーンがポンポン弾けているような、そんなせわしない感情でいっぱいになっていた。
言われた通り隆生さんの横に腰を下ろす。
「綺麗な星空だっただろう?」
「うん。キラキラ光ってた」
柔らかく微笑んでから真顔になる。
「俺に少しずつ慣れてほしい」
甘くて切ない声音だった。まさか私のことを好きになってくれたのではと勘違いしてしまいそう。
至近距離で見つめられ、私は目をそらすことができなかった。酸素が薄くなっていくような気がして呼吸がしづらい。
「あ、あのっ……」
「俺たちは子供を作らなければいけないんだ」
その言葉で甘い夢から一気に現実へと戻された気がした。そうだ、これは本物の夫婦ではなく、政略結婚なのだから。
子供を産むということも契約に含まれている。早く子をもうけようと焦っているのかな。
「……少し不安だけど、覚悟はできてるよ」
「ありがとう。だからといって、じゃあしようか……というわけにはいかないだろう。俺はひまりを傷つけたくないんだ」
思って考えてくれるから、私はどうしていいのかわからなくなってしまう。
「ひまりがいいって言ってくれるまで俺は待つから」
「でも、いつになるかわからないよ。それなら少し強引でもいいから奪って。いつまでも怖いって思っちゃう」
隆生さんは目を大きく見開いて一瞬固まっていた。
「徐々にでいい。投げやりなことを言わないでくれ。手をつないで、ハグをして、そしてキスをして……順序を踏んでいきたい」
「それなら時間がかかってしまうかもしれないし、私たちの結婚の契約の中に入っているんでしょ? 跡取りを残すって……」
「ひまり、抱きしめてもいいか?」
いきなり何を言い出すのか。抱きしめてもらうくらいなら構わないので、私は頷いた。
すると長い手を伸ばしてきて包み込んでくれる。彼の体温が伝わってきて温かい。安心して体の力が抜けていく。
このまま流れに身を任せてもいいと思うけど、隆生さんの気持ちだってある。
私のことは幼い頃から知っている妹のようにしか思えないだろう。私にもっと色気があったらよかったのかなとか考える。
「いい匂いがする」
私の頭に彼の声が降ってきた。
「ひまり……」
「……はい」
抱きしめる腕に力が込められる。どんどん好きになってしまいそうで怖い。
少し離れて近距離で無言のまま見つめ合う。こんなに近くにいるのに距離が遠い気がして切なかった。
「今日は並んで眠ろう」
「うん」
ベッドは別々だったけど、同じ空間で私たちは眠りについた。