書籍詳細
愛が重すぎる幼なじみ御曹司は、虐げられていた契約妻を十年越しの執着で離さない
あらすじ
「俺のすべてを、君に捧げたい」買われたはずが再会した御曹司に溺愛されて――
非道な両親に身売りを強要されそうになっていた未奈美の元に、突如現れた御曹司・豊。彼は、生涯で唯一愛した初恋相手の未奈美を妻として迎えに来たという。借金の肩代わりを条件に始まった同居生活は「絶対に幸せにする」との宣言通り、ひたすら激しく愛を注がれる日々。豊の溺れるほど深い執愛で、閉ざしていた未奈美の心も甘く解れていき――。
キャラクター紹介

本田未奈美(ほんだみなみ)
両親に虐げられて育ったが、優しく真っ直ぐな性格。豊に愛され、生来の明るさを取り戻していく。

佐伯 豊(さえき ゆたか)
テーマパーク事業に情熱を注ぐ御曹司。未奈美を幸せにするとの宣言通り、溺愛の手を緩めない。
試し読み
「……未奈美。もう寝る?」
「へっ、えっ!」
魅力的な彼の姿にうっとりとしていた私は再度、艶っぽい展開を想像してしまい狼狽える。
「まだ、眠たくないのなら、少し話をしないか?」
(びっくりした……。お喋りのお誘いだったのか。私ってば、何を勘違いしているんだろう。穴があったら入りたいくらい、恥ずかしい……!)
「うん、喋ろっか」
照れ笑いをしながらそう答えると、佐伯君はふっと微笑み、リビングのソファに座る。私も隣に腰かけ、彼のほうを見る。すると佐伯君は真面目な顔をしていて、心臓がドキリとした。
視線を真っ直ぐ前に向けたまま、彼が口を開く。
「ここ最近……どうやって前を向いてキミと暮らしていこうか、ずっと考えていた。でも、いくら考えても、後悔の念が消えないんだ」
「えっ」
さっきまでの和やかな雰囲気はどこにいったのだろう。佐伯君は苦い顔を滲ませながら、低く小さな声で話しだした。
こんな声を聞いたのは、初めてかもしれない。
「キミを幸せにするつもりで、あの家から連れだしたけれど……結局、怖い思いをさせてしまい、挙句の果てに窮屈でつまらない毎日を過ごさせている。本当に申し訳なく思っているんだ」
突然、雰囲気が暗くなったかと思ったら、彼はいきなり謝罪の言葉を口にした。私は驚いてしまい、一瞬、間が空いた。けれど、すぐに彼の腕を掴み横顔を凝視する。
「そんなことない。自分を責めないで。佐伯君のせいじゃない」
「でも、俺が自分の家に連れてこなければ……。家族に紹介しなければ、今、こんな状況にはなっていなかったんだ」
彼は私が誠さんに襲われたこと、家の中にずっと閉じこもった生活をしていることを、自分の責任だと感じている。
私はそんなことはないと伝えるため、首を横に振る。
「佐伯君は責任を感じてくれているけれど、私、こう見えて前にいた家よりもずっとずっと自由だよ」
「でも、最近は毎日家にいるばかりで、面白くも楽しくもないんじゃないか? 未奈美は贅沢をするような性格じゃないから、買い物にもあまり行かない。もっと我儘に過ごして、少しでもストレス発散をしてもいいのに、ちっとも甘えようとしない。未奈美にとって、今の生活は本当に幸せなのかなって考えてしまうんだ」
しょぼんとした顔をした彼は、まるでなんの力もない少年のようだ。そして激しく落ち込んだその姿は、すっかり気力をなくしてしまっているように見えた。激務の中、そこまで私のことを考えてくれている佐伯君に、私は感謝以上の感情が溢れ出てきて、今すぐ抱きしめたいという衝動に駆られる。
けれど、そんな大胆なことをする勇気のない私は、ぐっと心を落ち着けた。
そして自分の言いたいことを頭の中で整理すると、それがきちんと伝わるように、ゆっくりと話しはじめた。
「たしかに、いろいろあったけど、おばあ様やお義母さんたちは、私なんかに温かく接してくれる。何より、その……佐伯君には、ちゃんと幸せを……もらってるから」
絶対に伝えたい言葉があるから頑張って言葉にしてみたけれど、恥ずかしくてどうしても小さな声になってしまう。それでも佐伯君にはちゃんと聞こえたようで、勢いよくこちらを向くと顔を近づけてきた。
至近距離にある佐伯君の顔は、何かを期待しているみたいに目が輝いている。近くにある彼の顔に、全身が熱くなってきた。
「それは本心で言ってくれてる? 俺に気を遣って言っているのならやめて。期待してしまうから」
「……ううん、本心だよ。本当にそう思って言ってるよ。私ね、佐伯君と一緒に暮らして、初めて経験した気持ちがいっぱいあるの」
「どういうこと?」
こんなにも近い距離で会話をしたことは今まであっただろうか。それくらい、彼の顔は近い。
私は心臓が破裂しそうなくらいドキドキしているのを感じながら、ありったけの想いを言葉にして彼に伝える。
「私ね、佐伯君と一緒に暮らしだして、初めて誰かの帰りを待つ寂しさや恋しさ、それに楽しみを経験したの。たしかに嫌な思いをしたこともあったけれど、あなたはちゃんと助けてくれた。頼れる人ができたことは、ずっと一人で頑張るしかなかった私にとって、すごく幸せなことなの」
「本当に……?」
「うん、本当だよ。嘘はつかない」
ここまで自分の気持ちを曝(さら)けだしたことがあるだろうか。今まではずっと我慢ばかりの人生だった。私の意見なんて、誰も聞いてはくれないと思っていた。
だけど、佐伯君なら聞いてくれる。最後まで私の気持ちを汲み取ってくれようとする。今だって私の言葉を聞いて、慈しむような瞳で私を見つめてくれている。
こんな瞳を、私は知らない。こんなにも私を必要として、私が心から必要だと思える人は、今までに会ったことがない。
佐伯君は見返りを求めず、私に愛情を注いでくれる。だから、私は彼に惹かれた。
大好きになったのだ。
愛おしい気持ちが募ると、胸がいっぱいになって苦しくなるんだな。そう感じていると、いきなり佐伯君が私を思いきり抱きしめてきた。
そして肩に顔を埋めると、勢いよく息を吸った。
私の耳元で、かすれた声が呟く。
「好きだ……。どうしようもないくらい大好きだ。未奈美、愛してる」
「佐伯君……」
彼は込み上げてくるものを振り絞るみたいな声で、愛の言葉を伝えてくれた。
身体が、幸福感で埋めつくされて震える。幸せって、こういうことなのだろう。
今、本当に心からそう思える。幸せすぎて震えてしまうなんて、生まれて初めてだ。
「あっ、ご、ごめん。兄さんのことがあったのに、こんな強引に……本当、ごめん」
佐伯君が勢いよく私を離した。私の身体の震えを恐怖からきたものだと勘違いして、視線を斜め下に向けて罪悪感いっぱいの顔をしている。
彼は本当に私のことを一番に考えてくれる。優しい人だ。
「ううん、大丈夫だよ」
できるだけ優しい声と笑顔で言ったつもりだった。けれど、佐伯君はずっと申し訳なさそうな顔をして、しょんぼりとしている。
「未奈美の傷はまだ癒えていないのに、兄さんと同じことをするところだった……」
「あなたは、お義兄さんと違う」
すぐにそう答えた。だって、私は佐伯君に抱きしめられても怖くない。それどころか、ずっとこうしていてほしいと思う。
だから初めて、私のほうから佐伯君を抱きしめた。
「未奈美……」
佐伯君はきっと驚いた顔をしていると思う。だって、こんなふうに私から抱きしめるなんてこと、なかったもの。
今、私の視界は佐伯君のパジャマの色でいっぱいだ。そして、彼の匂いに包まれている。私が今一番、安心できる場所は……ここだ。
「あんなことがあったから、私はあなたじゃなきゃダメだってわかった。佐伯君じゃなきゃ嫌だって思った」
「えっ……」
驚いた様子をした佐伯君の声が聞こえる。今……今こそ、自分の気持ちをハッキリと言葉にしなければ。
「私、佐伯君のことが好き」
顔を上げ、真っ直ぐ彼の瞳を見つめながら、ずっと口に出せなかった言葉を伝えた。
「だから、私はあなたのものになりたい」
心拍数が上がり、心臓が口から飛びだしてきそう。それと同じくらい佐伯君も驚いているようで、身体が硬直している。
この場の雰囲気に流されたからではない。ずっと、自身で築いてしまっていた壁を壊したかった。
今が、その瞬間だと思った。だから、本心を言った。
とうとうこの言葉を口にしてしまった。自分の本当の気持ちに気づいていたものの、今までそれを言えなかったのは、勇気がなかったから。そして私のせいで彼の家族関係に不和をもたらしてしまったから。そんな私は彼にはふさわしくないと思っていた。
だけど、佐伯君の気持ちは同情ではなく愛情だということに気がつけた。彼のご両親やおばあ様も私を認めてくれた。
私は、彼の家族の一員になりたい。初めて、こんなことを思った。それは、好きになった人が佐伯君だから。家族とは大切な存在なのだと思わせてくれる人だからだ。
(ちゃんと彼に伝わったかな……)
ドキドキしながら見ていると、彼の顔が見る間に真っ赤になっていった。
「……本当?」
「……うん。ちゃんと……自分の口から言いたかったの」
照れ隠しに笑いながらそう言うと、佐伯君は思いきり私の肩を掴み、必死な顔つきをして私の瞳を覗き込んでくる。
「いつから? いつからそう思ってくれてた?」
「えっ? えっと、い、いつからだろ……」
「俺のこと好きになってくれたの、いつから? どんな時にそう思った?」
「さ、佐伯君。落ち着いて……」
早口で問いかけてくるから、答える暇がない。ハッキリと言葉にして伝えたのに、信じられないという様子で、佐伯君は私を見ていた。
「夢みたいだ。まさか、本当に好きになってくれるなんて。もし好きになってもらえなくても、あの家からキミを助けだせればいいと思っていたから。本当にそう思ってもらえるなんて……夢みたいだ」
佐伯君の心からの言葉は、私に幸せを与えてくれる。優しい彼のことが大好きだとあらためて感じ、どうしても触れたくて彼の両頬にそっと両手を添えた。
「そういうところがね、好きなの。佐伯君はいつも私のことをちゃんと考えてくれるから、大好き」
真っ直ぐに彼を見つめ、ハッキリ聞こえるように伝えた。この言葉だけは絶対に、聞き逃さず受け取ってほしかったから。
私の気持ちのすべてを聞いてくれた佐伯君は、息を呑んだ。そして潤んでいた瞳は決心を固めたような、力強いものとなった。
その瞳の強さに、心臓がドキドキする。今の私はきっと、眉が下がり、口は半開きとなっていて、とても情けない顔をしているだろう。
けれどそんな私を佐伯君は愛おしそうに見つめ、そっと抱きしめてくれた。
「キミを、未奈美を俺のものにしたい。心も身体も、誰にも触れさせたくない」
後頭部に手を当て、上から下へと優しく撫でる。ゆっくりとした穏やかな行為のはずなのに、ぞくぞくするのはなぜだろう。
(こんな感覚、生まれて初めて……)
「この髪も頬も瞼(まぶた)も唇も、すべて俺だけのものになってくれ。そして俺のすべてを、キミに捧(ささ)げたい」
そう言いながら、佐伯君の手は私の輪郭をなぞり、首筋から肩へと滑っていく。耳元で囁かれ、身体が火傷しそうなくらい熱い……。
私だって、彼にすべてを捧げたい。私はきっと自分でも気づかないうちに、ずっと前からそう思っていたのだ。佐伯君と、心も身体も繋がりたいって。
「大好きだ。愛している……。もうこのまま、俺だけのものにしたい」
大好きな人からの『愛している』という言葉は、どうしてこんなにも心を満たしてくれるのだろう。もう、何も怖くない。それくらい強く思えるのがすごく不思議だ。
私の返事は、一つしかなかった。
「……はい」
そっと彼の背中に両腕を回し、ぎゅっと力を込めて抱きついた。
「可愛い未奈美……やっと俺だけのものになった……!」
「うん、私は佐伯君だけのものだよ」
そして一呼吸おいて、彼は言った。
「未奈美、愛してる。結婚しよう」
「はい……!」