書籍詳細
異能持ち薄幸少女の最愛婚~狼神様の前世から続く溺愛で、三つ子ごと幸せな花嫁になるまで~
あらすじ
「愛しいそなたをやっと妻にできる」虐げられていた少女が狼神様に娶られて…!?あやかしシンデレラ物語
妖や神が見える能力の持ち主・紗那は、幼い頃に出会った初恋相手・狗神の花嫁候補になるも、その座を従妹に奪われてしまう。狗神に一目会うことさえ叶わず落胆する彼女の前に、最高位の狼神である威月が現れて!?「もう二度と離さぬ。覚悟せよ」――実は、紗那がずっと想っていたのは彼だった。花嫁として威月の寵愛を受け、幸せな日々を過ごしていたが、紗那は自らが前世で威月と恋仲だった巫女の生まれ変わりだと知る。彼が本当に愛しているのは、前世の想い人…!?
キャラクター紹介
吉岡紗那(よしおかさな)
神精(しんせい)学園高等部に通う十九歳。叔母や従妹に虐げられている。巫女の力があり、妖や神を見て対話する能力を持つ。
威月(いづき)
この国の狼神(おおかみ)や狗神(いぬがみ)を統括する最高位の狼神。紗那が幼い頃に、巫女の生まれ変わりである彼女と出会う。
試し読み
「やだ~一緒に行く~!」
「僕たちも紗那と行くの~!」
威月と紗那はこれから、いわゆる新婚旅行に出かける予定だ。
披露宴でも端っこに追いやられ、夜は紗那を威月に独り占めされるようになり、双子は紗那と触れ合えないフラストレーションを爆発させ、号泣していた。
「威月様、連れていってあげましょう。きっと楽しいですよ」
双子がかわいそうになり、紗那が折れた。しかし威月は眉間にシワを寄せたまま。
「だがこやつらのやかましさは、尋常ではないぞ」
「うわわわああああああー‼」
けたたましい二重奏に、威月は思わず耳を塞ぐ。
「いい子にしてるよね、ふたりとも」
紗那が頭を撫でると、双子はぴたりと泣きやんでうなずく。
威月は舌打ちをした。
「我はそなたとふたりきりが望ましい」
「そう言わずに。この子たちが大きくなったら、いつでもふたりきりになれるでしょう」
「はあ。仕方ない」
とうとう威月が折れると、双子は「わーい」と飛び跳ねる。
遣狼たちに見送られ、四人は車に乗って出発した。
車と言ってももちろん自動車ではなく、きらびやかな屋形に大きな車輪がついた、術で動くものである。犬車と違い、車を引く遣いはいない。
「私、旅行って修学旅行しかしたことないんです。神様にも新婚旅行ってあるんですね」
紗那は広々とした車の中で隣に座った威月に笑いかける。
向かいでは楽な着物を着た双子がふたりで会話していた。
「神によってしたりしなかったりだな。場所も限られるし」
「へえ」
人間は地球上どこでも旅行先に選べるが、神世はそこまで候補がない。
外国の神世とはまた領域が違うので、行き来はほとんどないという。
「どんなところなんですか?」
「着けばわかる」
「ですよねっ」
塩対応されても、紗那はにこにこと笑っている。
数十分後、四人は目的地に着き、車を降りた。
「わあ……!」
紗那と双子は感嘆の声を上げる。
目の前にはまるで俗世の温泉街のような光景が広がっていた。
大きな川の左右に坂があり、商店が連なっている。
その奥には旅館らしき大きな建物がぽつぽつと山に守られるように建っていた。
「ここはもしかして」
「温泉の神が統治する、温泉街だ」
川にかかる橋の途中に、なぜか銅像が置いてある。
まん丸おなかの、でっぷりしたおじいさんの像は、たれ目でにっこりと笑っている。
おでこに温泉の地図記号に似た印が描かれた彼が、温泉の神に違いないと紗那は思った。
あちこちの商店からいいにおいがする。どこの店も様々な神でにぎわっていた。
「あら、新婚さん。いいわねえ」
「この前はありがとう」
婚儀に出席してくれた神とすれ違い、挨拶を交わす。
人間から見れば異形の者たちだが、紗那はもう見慣れてしまった。今では人間より親しみを感じる。
「さて、どこから回ろうか」
食事処はもちろん、甘味処、射的などができる遊戯所もあり、紗那は迷う。
そんな紗那の手を、威月は握る。指と指を絡ませ、簡単には解けないように。
ぽっと頬を赤らめる紗那を微笑んで見つめる威月。彼のそんな仕草など見ていない双子が叫ぶ。
「紗那、温泉まんじゅう食べようっ」
「麦、それは古い。今流行ってるのは温泉プリンだし」
「じゃあ、どっちも! 早く!」
食べ物を食べなくても神は生きていけるが、旅行に来たらその地の名物を食べたくなるのは人間と同じらしい。
「待って待って。順番にね」
ぐいぐいと空いているほうの手を引かれ、紗那は連れていかれる。
威月は仕方なく、三人について回った。
あちこちに湧いている足湯に浸かりながら、双子が食べたいものを食べる。
俗世と変わらぬバラエティ豊かな商店街に、紗那は驚いた。
温泉卵が乗ったかき氷を、威月はしげしげと見つめる。
かき氷はただの氷ではなく、雲と雪とでできており、現世で言うソフトクリームのような質感となっていた。
カップの底には細かいあられ、その上に温泉卵とかき氷。
「なるほど、卵の黄身とクリーム状かき氷が融合すると、カスタードクリームのような味わいになるのですね。これはおいしいのです!」
テンションが上がっておかしな話し方になった紗那を真似して双子も「おいしいのです!」と連呼する。
威月も恐る恐る温玉かき氷を口に運び、ごくりと飲み込んだ。
「うん、まあ……こういうものなのだな」
長年俗世の食事に手を出してこなかった威月は、正解がわからない。
「ふふ。あ、威月様ついてますよ」
威月の口の端についたソフトクリームを、紗那がハンカチで拭く。
なぜかとてもうれしそうな紗那に、威月もつられて笑顔になる。
「いつもと表情が違うな。そんなにこれがうまいなら、やるぞ」
「え? いえいえ、どうぞ食べてください」
紗那はまだわずかに残っているかき氷をつつきながら、頬を染める。
「変なテンションでごめんなさい。私ずっと、家族旅行に憧れていたから……こうしてみんなで過ごせることがうれしくて」
夢中で木の匙を使う双子を見て、紗那はますます目を細める。
彼女は家族というものに縁がなかったので、もちろん家族旅行などしたことがない。
吉岡家が出かけるときは、必ず置き去りにされ、寂しく留守番していた。
「それに、素敵な人とのデートも夢見てました」
「デート?」
「恋仲の男女が、ふたりで仲良く一日を過ごすことです」
「ほう」
紗那の初恋は威月なので、夢見るのはいつも威月のことだった。
学園にも何組かカップルがいて、小春にも好きな人がいた。
自分はそういう光景を見て、威月(当時は名前も知らなかったが)が同じ学校だったらなあと、よく妄想したものである。
「じゃあ今回は初めての家族旅行で、デートで、さらに新婚旅行か」
威月が指を折りながら確認すると、紗那は笑顔でうなずいた。
「私今、とーっても楽しいです。こんなに楽しい気分になったの、生まれて初めてかもしれません」
紗那が笑いかけると、威月は空いている手で彼女の肩を抱き寄せた。
「そなたは昔から、苦労ばかりしている」
威月の顔は紗那から見えない。その代わり、声はよく聞こえた。
どうしてかつらそうな、低い声。
「苦労だなんて……」
同情されていると思うと、悲しくなる。紗那はまつ毛を伏せた。
「あーっ主様、かき氷溶けちゃう!」
双子の声で、ふたりはぱっと体を離す。
「やる」
「わーい!」
威月は溶けかけたかき氷を双子に与えた。
「さあ、次はどこに行きましょうか」
どこで手に入れたのか、温泉街案内図を持った紗那が目を輝かせていた。
温泉街を気が済むまで楽しんだ一行は、宿泊先の旅館へ向かった。
このエリア内でも最大規模の旅館は、俗世の旅館と変わらぬ清潔さとよいサービスで、紗那は安心した。
違うことと言えば、旅行客が人間ではなく、皆神だということだ。
大宴会場で優雅な舞を堪能したあとは、それぞれの部屋に食事が運ばれる。
紗那の部屋には、鮮魚や和牛など、高級食材を使った料理が用意された。
何種類ものお造りに、茶わん蒸し、お吸い物、てんぷら、ステーキなどなど。
テーブルの上にぎっしりと並んだ料理に、双子たちはらんらんと目を輝かせた。
「すごいねえ」
「おいしいねえ」
威月の社でも人間の食べ物と同じようなものを食べられるが、そのほとんどが家庭料理だ。
このようなプロ仕様の料理が初めてなのは紗那も同じで、双子の気持ちがすごく理解できた。
「どうだ、紗那」
「とってもおいしいです!」
語彙がないと思われそうなシンプルな答えだった。
食に執着のない威月でも、紗那がおいしそうに食べると、自分まで食欲が湧いてくるような気がする。
にぎやかな食事を楽しんだあとすぐ、双子たちは疲れていたのか、用意されていた布団に倒れこむようにして、すやすやと眠ってしまった。
「ふふ、かわいいですね」
人型だと布団をかけなければと思うが、寝た瞬間にふたりとも子狼の姿になったので、そのままにしておくことにした。
「にぎやかだったな。よほど楽しかったのだろう」
威月も微笑み、灯りを消して双子が寝る部屋の戸を閉める。
「お風呂も入らずに寝ちゃった。あ、神様は入らないでも大丈夫でしたね」
しかし、せっかく温泉に来たので、湯船に入れてやりたいような気もする。
「朝風呂に入れてやればいいだろう」
威月が言った。ムリヤリ起こすのもかわいそうなので、紗那も賛成した。
「大浴場があるんですよね。人間は私だけでしょうか。緊張しますね」
宿に大浴場があるというのを案内図で見たが、女湯が自分以外みんな女神だったら緊張しちゃうなと思う紗那である。
「入ってはならぬ。大浴場は混浴だから」
「ええっ」
「神同士では風呂で裸になるのは当たり前で、お互いいやらしい目で見たりしないのが暗黙の了解だ。だがそなたはならぬ。他の誰にも見せるわけにはいかぬ」
混浴なら、紗那も入りたいとは思わない。
かわいい動物型の神だと油断しそうになるが、中身はおっさんかもしれないのだ。
「でもお風呂……」
大浴場に入れると思っていた紗那はしゅんとする。昼間の足湯では物足りない。
「心配するな。こっちに来るがいい」
「はい?」
威月が襖を開けると、その奥にドアがあった。
「も、もしかして」
ゆっくり近づいた紗那がドアを開けると、ひゅうと外気が入ってくる。
「わああ……」
紗那は自分の目を疑った。
外には、一面の星空が広がっていた。宇宙空間に浮くように、ヒノキの浴槽がでんと存在している。浴槽からは透明の湯が溢れ出ていた。
「まさかの露天風呂付き客室!」
紗那は恐る恐る宇宙空間に足を踏み入れた。
そこにはきちんと重力と床が存在している。威月の幻影と同じようなものだろうと紗那は理解した。
「よし、入ろうではないか」
「えっ」
するりと着物の帯を解きだした威月のほうを、紗那は思わず振り返った。
「どどど、どうぞお先に」
狼の姿のときは毛皮なわけだし、彼にとっては裸のほうが自然なのかもしれない。
しかし人間の紗那には刺激が強すぎた。とっくに夫婦になっているとはいえ、明るい場所で彼の裸を目の当たりにするのは初めてなのだ。
ドアの向こうに逃げようとした紗那の手を、胸元がはだけた威月がつかまえる。
「待て、逃げるな。そなたも一緒に入るに決まっているだろう」
「一緒に!?」
毎夜一緒の褥にいるものの、入浴はしたことがない。
「嫌です恥ずかしい!」
「恥ずかしいものか。もうお前のすべてを我は知っておるわ」
「それでも恥ずかしいですっ」
暗いところで抱かれるのと、明るいところですべてをさらすのはまったく違う。
「ならばこれでどうだ」
威月は一瞬で、柴犬サイズの狼に変化した。
「あ……」
その姿ならいけそう、と思ってしまった紗那である。中身は一緒なのに、相手が動物型なだけで羞恥に鈍感になる。
「よし、決まりだな」
体は柴犬サイズでも声は低いままの威月が、ジャンプして湯船に飛び込んだ。
「きゃあ!」
飛び跳ねた雫で濡れてしまった紗那は、観念して服を脱ぐことにした。
「し、失礼します」
紗那が湯船に入ると、背を向けて星空を見上げていた威月が振り返る。
目が合ったかと思うと、彼はあろうことかなんの予告もなく人型に戻った。
「わあ!」
「あの姿だと座りにくくてかなわぬ」
たしかに柴犬サイズだと、後ろ足を伸ばして前足で浴槽のふちにつかまっていなければ溺れてしまう。しかし、なんだか嵌められたような気がして、紗那はむくれた。
「ほら、上を見てみろ」
言われて頭上を見上げると、無数の星が煌めいている。
まるでプラネタリウムのような空に、紗那は感嘆を漏らした。
「解放感なんて言葉じゃ足りないですね」
ちゃぷ、と水面が波打つ。気づけば威月がすぐ隣にいた。
あっと思う間もなく紗那は唇を奪われる。
濡れた唇がしっとりと紗那の唇を包み込んだ。
「ちょ、威月様」
威月は紗那のあちこちに唇を這わせる。大きな手に洗われるように撫でられ、紗那は身をよじった。
「ここならば誰にも見られまい」
「ふ、双子ちゃんが起きてくるかもしれませんよ」
「あれらにはしばらく起きぬように術をかけておいた」
なんと用意周到な。紗那は呆気に取られる。
「最初からこうする気だったんですか?」
「当たり前だ。ここまで来てそなたと風呂に入らずにいられるか」
しれっと言う威月に、紗那が「もうっ」と怒る。
威月はじっと彼女の目を見つめた。
「社にはいつも遣いがいる。こうしてふたりきりになりたいと、ずっと思っていた」
「威月様……」
「我もたまには神ではなく、ひとりの男としてそなたを愛したい」
赤い目にとらわれ、紗那はなにも言えなくなってしまった。
威月は高位の神と崇められ、常に誰かが近くにいる生活に倦んでいたのかもしれない。
紗那は観念して、威月の口づけを受け入れる。
彼のことを覚えたばかりの身体が、湯の中で熱く蕩けそうになっていた。
水面は激しく波打ち、星空に溢れた。