書籍詳細
エリート上司の溺甘な独占愛
あらすじ
「きみを俺だけのモノにしたい」
クールな御曹司からのまさかの熱愛プロポーズ!?
就職活動で悩んでいた純香は、偶然目にしたショコラのCMに心を揺さぶられ、その企業傘下のカフェに勤め始める。些細なきっかけでオーナー会社の若き副社長・佐久間に気に入られ、「鬼」と呼ばれる彼の下で働くことに!「君は俺のわがままを聞いてくれる」仕事には厳しいが大人な彼のやさしさにときめきつつ積極的になれない純香に彼は甘く囁いて!?
キャラクター紹介
綾瀬純香(あやせすみか)
富士沢ラボラトリー傘下のカフェで正社員を目指してアルバイト中。人見知り気味な性格。
佐久間英司(さくまえいじ)
富士沢ラボラトリー次期社長の御曹司。現在、副社長。社内で鬼と呼ばれているほど厳しい。
試し読み
幸い広場に人の姿はなく、ベンチはどれも空いていた。純香は先に立ち、目指す木陰の一脚に佐久間を連れて行った。
「何か冷たいものでも飲もうか。待ってて。今、買ってくる」
佐久間は純香を座らせると、気を利かせて自販機に走って行った。
八月の風のない夜だった。空気には昼間の熱がまだたっぷりと残っていた。じっとしていると、額に汗が浮いてきそうだ。本当なら涼しい場所でキンキンに冷えたビールの一杯でも飲みたいところだろうに、佐久間は文句も言わず自分の願いを叶えてくれた。
純香の脳裏に、雨にびしょ濡れになりながらも自分を待っていてくれた佐久間の姿が蘇る。
──今日の私が残念なことになってるのは、あなたが一番よくわかっていると思うのに、そんなそぶりもみせないでいてくれる。
佐久間は優しい。だから、駅で落ち合った時に浮かべたあの微笑みも、きっとそんなに気にかけなくても大丈夫なのだ。
「どうしたらいいですか?」
純香は膝の上の手を静かに握りしめた。溢れそうになる想いを抑えつける。
──どんどんあなたを好きになってしまいそうです。
「すーみーか!」
突然、後ろから肩を叩かれ、驚いた純香が振り向くよりはやく幾つも人影に取り囲まれた。
「ほらー、やっぱり来てたじゃん!」
「空振りしなくてよかったあ」
「みんな!?」
純香は思わず立ち上がっていた。今日、女子会に参加していたら会っていただろう友人たちだった。
「どうしてみんながここに?」
「決まってるじゃない。純香の初カレがどんな男性か会ってみたかったの」
そう言って瞳を輝かせたのは、仲良しではあるのだが、純香がちょっと苦手な冴子だった。
彼女の後ろで、今朝、電話で話した由香里が手を合わせている。ごめんねと顔に書いてあった。
今夜、純香が噴水広場に来るかもしれないと知ったみんなは、アルコールの勢いも手伝って、一気に恋バナで盛り上がったのだろう。大学の四年間、ボーイフレンドの一人もいなかった純香がどんな男性を連れてくるのか。覗きに行く流れになったに違いない。
「彼氏は?」
「飲み物買いにいってる……って、彼氏じゃないから」
「こんな時間に二人きりでいる関係なんだから、彼氏でいいっしょ」
冴子はさっきからひと際テンションが高い。純香は、感情を素直に出せる彼女を羨ましいと思う反面、そのストレートな物言いに怖じけてしまうことがよくあった。
悪気がないとわかっていても、心がざわついた。たぶん、今夜も彼女が好奇心全開で見に行きたいと言い出し、みんなを引っ張ってきたのではないだろうか。
「それにしても、純香さ。ちょっと張り切りすぎじゃない?」
彼女の目にも今夜の純香は、やはり普段の純香らしくなく映っているのだ。電話では励ましてくれた由香里の微妙な表情に、ようやく浮上しかけていた純香は、またもや落ち込んだ。
佐久間が戻ってきた。ボトル缶を二本、手にしている。
佐久間を前にしたとたん、友人たちは全員そろって口を閉じた。
誰? ──と、彼は視線で純香に尋ねる。
「友達?」
「はい。大学時代の。さっき偶然会って……」
「そう。──今晩は」
佐久間は、みんなの熱のこもった眼差しを一身に浴びている。
「綾瀬さんと同じ会社の佐久間です」
今夜の彼は、不思議といつもの迫力あるオーラが和らいでいた。
「今晩は。私たちもこの近くで偶然ご飯してて。ほんと、たまたまなんです」
由香里が慌てて挨拶をした。
「この公園が彼女の通った大学の近くにあるという話は、聞きました。こうやって、時にはみんなで馴染みの店に集まったりしてるんですか?」
「そうなんです。純香にも声はかけたんですけど、今日は先約があるからって断られちゃって」
「ねぇねぇ、純香」
場の空気を読む気配はまるでなく、冴子が二人の会話に割って入る。
「彼氏じゃないっていうの、納得した」
彼女は佐久間を一瞥してから、うんうんと頷いた。
「だよねぇ。釣り合ってないもの」
ストレートな感想を面と向かってぶつけられ、さすがに純香の胸はズキンと疼いた。今まで騙し騙し心の片隅に追いやっていた苦しいものが、また喉の向こうまで迫りあがってきた。
「ちょっと! もう行こうよ。私たち、邪魔でしょ」
由香里が腕を引っ張り促しても、彼女は彼女なりの好意からやめない。
「佐久間さんの彼女になりたいなら、メイクから勉強し直さないと」
──わかってるから、言わなくていいよ。
「相手がホスト系イケメンならまだあれだけど、そうじゃないんだから。それじゃ駄目だよ。全部のパーツ頑張りすぎ」
──わかってる。
彼女の指摘が身に沁みた。ケバいと言われた時のショックが蘇り、取り返しのつかない失敗をしたのだという気分にまたさせられた。恥ずかしいのと悲しいのとがごちゃまぜになって押し寄せ、純香は俯き、顔を上げられなくなっていた。
「佐久間さん、呆れないでくださいね。この子、もともとこんなに派手な子じゃないんです」
フォローの言葉も、純香を追いつめる。
「純香」
ふいに佐久間が純香を名前で呼んだ。持っていた紅茶のボトルを差し出した。純香が戸惑っていると、
「冷たいうちに飲めよ」
佐久間は純香の手を取り握らせる。
「純香に飲ませたくて、好きなのを探して買ってきたんだ」
隠していた親密さがうっかり零れてしまった、そんなふうにみんなの耳には聞こえているだろう。言葉の端々に優しいだけではない、恋人同士だからこそ許される強引さまでもが感じられる。
佐久間はまた黙ってしまった友人たちに向かい、女なら誰もがうっとり見とれてしまいそうな微笑みを浮かべた。
「彼女、可愛いでしょ? 俺のためにこんなに頑張ってお洒落してくれたんだ」
佐久間は二人きりに戻ると、ぼーっと突っ立ったままでいる純香をベンチに座らせた。自分も隣に腰を下ろす。純香を現実に引き戻すだけの近い距離に、彼の肩があった。
「いきなり名前で呼んですまなかった」
「いえ……」
俯いた純香の頬は、まだ熱かった。
「ミミちゃんでは、さすがにどうかと思ったので」
クスッと笑った拍子に、純香の両目に涙が浮いてきた。
「ありがとうございます、助けてくれて」
いろいろな意味でのありがとうだった。佐久間は純香の重く沈んでいく一方だった心を救ってくれた。苦しくて息のできなかった胸に、新しい空気を送り込んでくれた。
「助けたつもりはない。君が俺のために化粧や着るものに気を遣ってくれたのは、本当のことだろう?」
「……っ」
「微笑ましいというか……、会って最初に可愛いと思ってしまった」
それが彼の微笑みの理由だった。
純香は涙が流れ落ちる前にこっそり拭ったつもりだったが、頬はすぐに濡れた。
「ライブ・ミーティングの時だ。綾瀬さんのララ・ヴェールでの教育担当者から出された書類を読んだ。君についての紹介状みたいなものだ。それに、綾瀬さんには引っ込み思案なところがあるから心配だと書いてあったんだ」
佐久間は、だが、ミーティングで発言する純香を見ていて、心配はないと思ったという。
「君は失敗してへこたれはしても、何とかしなければと全力で頑張る人だってね。再挑戦しようとする真面目さ、一生懸命さは、仕事に対してだけじゃない。自分にもともと備わった良いところだと、もっと自信を持った方がいい」
涙はとても隠せなくなった。
「やっぱり……、優しいですね」
純香は喉をつまらせ、子供みたいに目もとを両手で拭った。
「社員のみんなはもったいないなあ」
「なにがもったいないんだ?」
「副社長がこんなに優しいの、知らないなんて」
グスグス鼻まで啜っている純香の頬に、佐久間の手が伸びてきた。そっと顔を上向けられる。
唇は短く重ねられ、すぐに離れていった。
キスされた現実を受け止めるのに、少し時間がかかった。
大きく見開かれた純香の瞳に、オフィスでは会ったことのない彼が映っている。
「泣き止むおまじない」
「目を閉じて」と囁かれ、純香は慌てて瞼を下ろした。
──え……?
ふわりと彼の気配が寄せてくる。
二度目の唇はゆっくりと触れてきた。
冷たい花びらを押し当てられるようだ。
頭も、心のなかまでもがふわふわする。
もしかしたら、これは全部夢のなかの出来事だろうか?
「どう? 止まった?」
「……と……止まったと……思います」
慌てて視線を膝に落とし、細く吐き出した純香の息は震えていた。
──ドキドキ、うるさい。
鼓動の大きさに耐えきれず、心臓が爆発してしまいそうだ。
今、まともに顔を見られたら知られてしまうかもしれない。熱くなった頬やおでこに、彼にも見える文字であなたが好きですと書いてあるような気がした。
「会社や仕事を離れた場所では、名前で呼んでもいい?」
「……はい……」
「俺のことも、名前が無理なら苗字でいいから呼んでくれ」
「……はい」
キスの余韻に翻弄され、ぽうっと頷くだけの純香を知ってか知らずか、佐久間は次々と要求を並べはじめる。
「またこんなふうにプライベートで会ってもらいたい」
純香はオフィスでするようにしっかり頷いてしまってから、佐久間の言葉の意味を理解した。
「ええっ?」
驚きのあまり、飛び上がるようにして彼を見た。当然、今日一度きりのことだと思っていたからだった。
「でも……」
キスされた時とは別の熱いものが込み上げてくる。
「会ってみてわかったんだ。今の俺には必要な時間だ」
佐久間は真っ直ぐに純香を見ている。
「さっき俺に助けられたと言ったよな」
「ええ……」
「俺、部長みたいだった? 少しは頼りになったか?」
──部長?
純香は一瞬、誰のことを言っているのかわからなかった。
「あ……? もしかして、CMの部長のことですか? だったらもちろん、頼りになりました」
「そうか。なら、なおさら君の癒しのレッスンを続けて受けた方がいいと思う」
「レッスンて……」
「今よりもっと優しく、頼りがいのある上司になれるかもしれないだろう? 部下たちも喜ぶ。俺を怖がる人間も減るはずだ」
「そう……なんですか?」
佐久間は一瞬目を伏せると、視線を噴水に戻した。
「それに……、部長に近づくことで君の俺への好感度も上がるかもしれないしな」
純香はドキリとした。
冗談だろうに、佐久間は茶化してもくれずに黙っている。
「もう……、からかわないでください」
本人に届かないほど小さな声で抗議した純香の胸は、冗談だとわかっていても馬鹿みたいに高鳴っていた。