書籍詳細
オフィスラブ中毒~完璧上司のスイートな誘惑~
あらすじ
「大切にする。何よりも、誰よりも。」
彼の正体はまさかの御曹司!? 障害だらけ恋の行方は……?
平凡を絵に描いたような真面目な銀行員の美千花は、スイーツ好き同士という縁で、皆が憧れる超イケメンで優しい敏腕上司・嶺沢恭平と晴れて両想いに。ところが、舞い上がるような幸せも束の間、恭平が隠し続けていた「頭取の御曹司」という事実が発覚。何の変哲もなかった美千花の日常はたちまち波瀾万丈に! ――恋は実ったら終わりじゃないの!?
キャラクター紹介
須藤美千花(すどうみちか)
渋神銀行に勤める27歳。真面目で優しい性格だが、自分に自信がないため恋愛には奥手。
嶺沢恭平(みねさわきょうへい)
美千花の直属の上司。有能で思いやりがあり、超イケメンという完璧な上司だが……。
試し読み
「ありがとう、秘密だ。ふたりだけの」
そう言った恭平の優しい眼差しが、美千花を捉える。途端にふたりの間に風が吹き、急に訪れた沈黙の中で桜の花びらが舞う。
「須藤さん、こんなときに言うべきじゃないのかもしれないけれど……どうしても今言いたくなった」
真剣な瞳。仕事中に見せるそれとは、また違っていて美千花も背筋を伸ばした。
「そろそろ、僕のアプローチに応えてくれる気にならないかな? 僕の君に対する思いに気がついていないなんて言わないでほしい」
美千花とて薄々気がついていた。けれどどう考えても、恭平が自分になど興味を持つわけはないという結論にいつも行き着いた。
「な、なんて答えたらいいのか……」
背の高い恭平を上目遣いで恐る恐る見る。期待に胸が躍っている。けれどそれと同時にこの期に及んで、やっぱりからかわれているのではないかという思いも捨てきれない。
けれど彼の目を見た瞬間、その疑いは霧散した。
こんな目するんだ。
熱のこもった眼差しは、美千花を欲している。彼女の心を捉えようと必死になっている。
「君が好きだ」
その言葉の衝撃に、心臓がきゅううっと音を立てた。息ができずに苦しい。
けれど恭平はそれだけでは許してくれなかった。
「須藤美千花さん、僕とつき合ってください。僕は、上司っていう誰でも代わりができる関係じゃなくて、君の特別になりたい」
射抜くような視線。真剣にまっすぐに美千花に気持ちが伝わってくる。
「いや……あの、でもどうしてわたしなんですか?」
まっすぐに気持ちを言葉にされても、やっぱり理由が分からない。いたって普通の美千花には、恭平のその思いがどこからくるのか理解ができないのだ。
これまで二年と少し、上司と部下としてやってきた。それなのに急に……なぜ? という思いが捨てきれない。
「ずっと部下としては好感を持っていた。それがこの間一緒に過ごして以来、気持ちがもっと深いものに変わった。君にアプローチするなら、誤解を生まないようにきちんと僕の気持ちを伝えておくべきだと思って」
美千花は驚いた。まさに自分が恭平に対して抱いていたのと同じ気持ちが彼の中に芽生えていたことに。
驚きにほんの少し目を見開き、黙ったまま話を聞く美千花に恭平が手を伸ばす。夜風になびく彼女の髪を大きな手のひらで撫でつけた。
「余裕そうに見えているかもしれないけれど、僕は案外我慢が効かない。特に君のことに関しては。返事を聞きたい」
意志の強い視線に見つめられ、目をそらすことができない。その視線が美千花の答えを待っていた。
「僕のことは、嫌い?」
「嫌いだなんて……! とんでもないです」
全力で否定する。そんな誤解をされては困る。
好きか嫌いかでいえば、間違いなく「好き」だ。
「じゃあ少なからず、好意は持ってもらっているってわけだ」
美千花は小さくうなずいた。
内心〝少なからず〟ではないことは、自覚していた。美千花の中で、恭平はとっくに上司ではなく特別な存在になっていた。
「そうであれば、僕の手を取ってほしい。決して後悔させない」
彼の言う通りだろう。逆にこの手を取らなければ後悔するに違いない。
「……はい」
そう小さな声で応えた瞬間、胸の高鳴りがますます大きくなる。胸を押さえて呼吸をしながら、恭平の様子をそっと覗く。
目が合った瞬間、美千花の腕が強い力で引かれた。
気がついたときには、恭平の胸に顔をうずめて、抱きしめられていた。
それは思っていたよりも力強く、彼の香りに包まれて、異常なほど心臓がドキドキしている。
「大切にする。なによりも、誰よりも大切にする。この言葉を忘れないでついてきてほしい」
背中に回された手に力がこもる。それが彼の思いをあらわしているようで、よりいっそう美千花を幸せにした。
自分の気持ちを伝えるのは、難しい。歳を重ねるほどにそう思うようになってきた。
けれど恭平は包み隠さず、今の思いをくれた。言葉で、視線で、体で、熱で。表現できるありとあらゆるものを使って、好きだと伝えてくれている。
わたしも、素直になりたい。
そんなに急に自分に自信がもてるわけじゃない。
けれど一歩踏み出す勇気を。少しずつ彼の傍で変わっていきたいと思う気持ちを大切にしたい。
彼の背におそるおそる手を回した。キュッとスーツの背中に力をこめる。
「嶺沢部長は、もうとっくにわたしの特別です」
そうだ。ずっとそうだったんだ。
言葉にしたら、妙にストンと納得できた。
スイーツ巡りに誘われてうれしいと感じたのも、もっと一緒にいたいと思ったのも、桃香に後ろめたい気持ちを抱いたのも。
恭平が、美千花にとって特別な存在だったからだ。
言葉にしてはじめてわかることがある。それは自分に対しても、他人に対しても。
美千花の言葉に応えるように、恭平の手が髪をゆっくりと撫でた。
「恭平」
「えっ?」
いきなりどうしたのかと、美千花は恭平の胸から顔をあげて彼を見た。
「君にとって、僕が特別だっていうなら、名前を呼んでくれてもいいだろう?」
さも当たり前のごとくそんなことを言われても、ついさきほどまで上司というだけだった相手の名前を呼び捨てにするのは、はばかられる。
「あの、おいおい……というのはいかがでしょうか?」
優しい恭平ならば、許してくれるのではないか。井上の仕事のように、美千花のペースに合わせてくれるのではないか……と思ったのだが。
「ダメだ。これは譲れない」
そんなぁ。
上司の顔とは違う恭平の一面。恋愛面に関してかなりのスパルタだ。
じっと見つめて許しを乞うてみるが、恭平は首を左右にふって許してくれなかった。
「きょ、きょ、……」
どうして名前を呼ぶのが、こんなにハードルが高いのだろうか。
きっと余すところなく見届けようとする、恭平の視線を意識してしまっているからだ。
「ほら、頑張って」
優しいけれど決して許してくれない。やっぱり最年少で部長にまでなった人だ。目的を果たすまで許してくれないのだろう。
「恭平……さん」
その瞬間、恭平がはにかむように笑った。そんなにうれしそうにされるとは思ってもおらず、ちょっと驚いた。
「ありがとう。美千花」
「あっ……」
さらりと呼ばれた。それはとても自然だったけれど、美千花の心にじんわりと温もりが広がった。
こういうことか……。
たかが名前。されど名前。
お互いを呼び合うことで、距離がより近づく。お互いがお互いの特別だと知ることができる。
だからこそ、恭平がそこにこだわったのかもしれない。
そんなふうに思っていると、恭平が笑い出した。
「美千花はその考え込む癖やめようか」
指摘されてほんのり頬が赤くなる。
「そんなつもりは、ないんですけど」
ごまかしてみたけれど、十分あれこれと考えていたことは、しっかり恭平にばれていたようだ。
「僕とのことは、頭で考えないでほしい。素直な気持ちを見せてくれればいい。それが他の人から見てわがままだろうと、僕にとってはそのままの美千花がいいから」
「気持ちのままですか……結構むずかしいかもしれないです」
人を気遣うのは大人として当たり前。だから急にわがままになんて言われても、困ってしまう。
「そうだな、例えば――」
「……っ」
恭平の顔が近づいてきたかと思うと、美千花の唇に柔らかいものが触れた。
ほんの一瞬の事だったので何が起こったのか最初はわからないでいたけれど、それがキスだと気がついた。
目を瞬かせた美千花は、驚きで固まってしまっている。
「例えば今僕は真剣に考えごとをしている美千花が可愛いと思って、キスしたくなった。だから我慢せずにした。こういうこと。わかる?」
「な、なんとなく」
恥ずかしさに顔を赤くした美千花は、ごまかすように何度もうなずいた。
「じゃあ、覚えの良い優等生の美千花に聞いてみよう。もう一度したい?」
口調こそは軽いものだったけれど、その目を見るとからかいの意味はないとわかる。
美千花は返事をすることなく、自然に目を閉じた。
ややあって、恭平が近づいてくる気配があった。そしてゆっくりと、でも今度はふれるだけではない、しっかりとしたキス。
優しいけれど、熱い……そんな気持ちが伝わってくるようなキスだった。
唇が離れ目を開けたとき、恭平のとろけるような笑顔があった。
「よくできました」
彼の指先がゆっくりと頬を撫でた。
「本当は美千花からキスしてほしかったけど、それはまた今度ということで」
小さく笑った恭平の顔は、恥ずかしがっている美千花を完全におもしろがっている。
「期待してるよ」
期待されたところで、そのハードルは高すぎる。なかなかご期待に添えそうにはないが……。
「精進いたします」
赤い顔でそう答えるのが精いっぱいだ。
そんな美千花を見て笑った恭平は「行こうか」と言って立ち上がった。そして目の前に当たり前のように、手を差し出した。
恭平の顔とその手を見比べる。手をとってしまっていいのだろうかと。
しかしその戸惑いも彼にはお見通しのようで、もう一度「さあ」と手を差し出してきた。
美千花が戸惑いながら手を乗せると、ぐっと強く握られて引かれる。立ち上がると、そのまま手を引かれて歩き出した。
「これは結構、いろいろと教えていかないといけないな。僕の彼女は思っていた以上に純真みたいだ」
恭平はいかにも楽しそうにくすくすと笑っている。
「そんなことはないと思うんですが……でも、お手柔らかにお願いします」
「それは美千花次第かな。僕を暴走させるのは、いつだって君だから」
そんなこと言われて、どう返したらいいの?
黙ったままちょっとしたパニックを起こしている美千花を見て、恭平はまた肩を揺らして笑った。
「これからが、愉しみだね」
にっこりと笑う恭平に、美千花は赤面で返した。それもまた恭平にはおかしかったらしく、しっかりと美千花と手を繋いだまま笑っている。
もしかしたら――彼とつき合うのはけっこう大変かもしれない。
そんなふうに思った美千花の肩に、桜の花びらが一枚落ちてきた。