書籍詳細
秘蜜の新婚生活~エリート御曹司の絶対内緒のプロポーズ~
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あらすじ
「きみは、どうしてこんなに俺の心をくすぐるんだ?」
なんで私が!? 朝から晩まで愛され誰にも秘密の結婚生活
IT企業で働く由依は、憧れの上司・高宮勇士にディナーに誘われ、なんと突然のプロポーズを受ける。由依は勇士の優しさと寂しさを知り彼との結婚を決意。周囲に絶対ナイショの甘~い新婚生活がスタートしたものの、傲慢社長である勇士の父に結婚を認めさせるには、ビッグプロジェクトの成功が必須! 元カレの登場でふたりの間に更なる波乱が……!?
キャラクター紹介

篠崎由依(しのざき ゆい)
期待のWEBデザイナー。ひかえめだが芯は強い。

高宮勇士(たかみや ゆうし)
政略結婚を拒み、由依を溺愛。クールを装っているが本当は優しい。
試し読み
常務が車を停めた場所は、思ったとおり赤レンガの建物の前だった。他に、三台ほど駐車している。
そのどれもが、常務と同じような高級車だった。
「ホテルのレストランでもよかったんだが、ここのほうが知り合いに会うことがないんでね。ここにした」
オレンジ色のライトで照らされた建物は、一般的な一軒家の一・五倍ほどの大きさだが、お店としてはこじんまりとした印象だった。
「私は、ご一緒させてもらえるなら、どんな場所でも光栄です」
と言ったものの、彼の言葉が棘のように胸に刺さっていた。身の程知らずだと分かっているけれど、私と一緒のところを見られたくないのだろうと考えたら少し、いや、かなり痛い。
さっき、一緒だから怖くなかったなんて、余計なことを口走らなければよかったと今さらながら後悔した。一人で舞い上がっている自分が、情けなくて恥ずかしい。
「さあ、行こうか。静かで落ち着いた店なんだ」
「はい。とても、楽しみです」
傷ついた心を見せないように笑顔を作り、常務と並んで歩き始めると、彼が思い出したように言った。
「あ、そうだ。店では、俺を“常務”と呼ばないでくれるか? 店の人には、自分の仕事のことを話していないんでね」
「そうなんですね。分かりました。では、失礼ですが、高宮さんと呼ばせていただきます」
常務を名前で呼ぶなんて、うまくできるだろうか。でも、彼の希望なら沿わなければいけない。
それにしても、常務は意外と周囲に対して警戒心が強いタイプなのか。この一時間ほどで、そう感じてしまった。
「高宮さんか……。それは、ちょっと仰々しいな。勇士でいいよ。一緒に食事をするわけだし」
「ええっ!? それは、さすがに恥ずかしいと言いますか無理です。とても親しい仲だと、思われてしまうんじゃ……」
「きみが迷惑ならやめておこうか? 俺は、そう思われても構わない」
「え……? でも、さきほどホテルだと、知り合いの方に会うからと……」
思わず足が立ち止まり、常務を見つめる。彼も歩みを止め、私に優しい眼差しを向けた。
「それは、きみとの時間を邪魔されそうだったから。仕事の話だの、つまらない社交辞令だの、今は聞きたくないんだ」
「常務……。分かりました。それじゃあ、勇士さんと呼ばせてもらいます」
どうしよう。胸がドキドキしてくる。私と一緒にいるところを、見られるのが嫌なわけじゃなかったんだ。きっと彼は、深い意味で言っているわけではないのに。私だけ、特別なのかもと意識してしまっている。
「ありがとう。じゃあ、俺も今夜は、きみを違う呼び方にしたい。由依さんと由依ちゃんなら、どっちがいい?」
常務は、私の心を乱すのが上手だ。そんなことを聞かれたら、ますます胸が高鳴ってくる。
「えっと……。由依ちゃんで……。私、男性からそう呼ばれたことがなかったので。ちょっとした、憧れだったんです」
そう答えると、彼は嬉しげにクスッと笑った。二十五歳にもなって、あまりにも子供っぽかったかと思う。でも、本当のことだし、今夜はせっかく常務から誘ってもらえたのだから、素直になって夢のような時間を過ごそうと決めた。
きっと、今夜が最初で最後だろうし。
「今夜は、きみの憧れを叶えるよ。さあ、行こうか。由依ちゃん」
「はい……」
はにかんだ私に、常務は穏やかな表情を向けてくれた。
店内に入ると、そこは温かい明かりに照らされた、アットホームな空間だった。五席しかなく、 席はソファ席のみ。赤い色の二人掛けソファが、テーブルを挟んで置かれている。
キャンドルがテーブルの真ん中に置かれていて、壁際には暖炉がある。使われていないけれど、落ち着いたインテリアの一部となっていた。
どこか、オシャレなログハウスに来たような、そんな雰囲気だった。
「素敵ですね。本当、ゆっくりできそうです」
「だろう? 一番奥のテーブル席を、空けてもらっている。あそこは、夜景も眺められるし、絶好の場所なんだ」
「よく、ご存じですね。常連さんなんですか?」
そう常務に聞いたところで、三十代前半ほどの女性店員が、私たちに愛想よく笑いかけながらやってきた。
「高宮様、お待ちしておりました。今夜は、珍しいじゃないですか。恋人と、ご一緒だなんて」
“恋人”という言葉に焦って、常務の顔を見つめる。社交辞令だろうけれど、私は常務の恋人に見えるのだろうか。
私はそれでも嬉しいけれど、常務はどうなんだろう? 否定されたら辛いけど、常務に合わせよう。彼の反応を窺っていると、常務はハハハと笑って答えずさらりと流していた。どういうつもりなんだろう。
席へ案内されると、彼の言うとおり夜景が綺麗だ。キラキラと輝いて、まるで宝石箱みたいだ。
「本当に、綺麗ですね」
「そうだな。ここまで、よく見えるとは思わなかった。ちょっと、ホッとしたよ」
「え? 勇士……さんは、常連さんなんじゃないんですか?」
さっき、店員さんの登場で、会話が中途半端に終わっていたと思い出す。常務に聞いてみたかったんだ。
「常連は常連でも、夜に来たことはないんだ。仕事の合間のブレークタイムで、寄っているだけでね」
「そうだったんですか」
「ああ。一人になれる場所くらい、自分で見つけておきたくて。ここは、あえて宣伝もしていない。完全予約制で、たまたま見つけた店だった」
毎日多忙な常務だから、仕事のことを忘れられる空間が必要なんだ。だから、ホテルを避けていた。
「そんな大事な場所を、私に紹介してくださったんですね。ありがとうございます。このお店のことは、私の胸にしまっておきますので」
今夜のことは、この先もずっと誰にも言わないでおこう。貴重な常務との時間は、私だけの大切な思い出だから。
「由依ちゃんらしいな。今夜、俺と会うことも、誰にも言っていないんだろう?」
「どうして、分かったんですか!?」
「まったく噂話にもなっていないから。きみは、ペラペラとお喋りをするタイプじゃないんだな」
常務の穏やかな口調と、優しい眼差しに、私の緊張も少しずつほぐれていった。二人きりでのプライベートで食事ということで、どこか構えていたところがあった。
だけど、仕事で感じる温かさよりもっと、常務とのチョコレートのように甘い時間を心地よく感じている。
「大切にしたいだけだったんです。誰かに話したら、せっかくの勇士さんとの時間を、他の人も共有しそうで……。独り占めしたかっただけなんですよ」
「俺も。だから、今夜はここに誘った。邪魔をされたくないからね」
それは、さっきも言ってくれた。常務は、今夜をとても大切に思ってくれている。その気持ちだけで、充分に嬉しかった。
「勇士さんのお陰で、また月曜日から頑張ろうと思えました。これからも、よろしくお願いします」
「よかった、きみに元気が出て。なにか注文をしよう。好きなものを選んで」
「はい」
上気した頬を隠すように彼からメニュー表を受け取り、一緒に頼む料理を考える。お肉やお魚、サラダやスープを選んだ。こんな、他愛もないやり取りも、楽しくて仕方ない。
ほどなくして料理が運ばれてきて、私たちはそれをゆったりとした雰囲気の中で、美味しくいただいた。
「由依ちゃんは、大学でWEBデザインを勉強していたのか?」
学生のときの話題になり、専攻を話すと常務は感心しつつ尋ねてきた。
「はい。その知識を活かしたくて、アイディーに入社をしたんです。ここは、若手でも、活躍できるチャンスがいっぱいあるじゃないですか。それが、魅力的で……」
「そうか。そうやって、向上心のある人が増えてくれると嬉しいよ」
「でも、だから余計に周りと比べて、自信がなくなっちゃって。頑張っているつもりでも、やっぱりまだまだ未熟ですね」
「それなら、俺も同じだ。人っていうのは、ずっと成長していけるものだと思っている。だから、きみがそう感じるのは、むしろ自分を高めることに繋がるんじゃないかな?」
常務の言葉に、私は息を呑んだ。簡単に慰めるのではなく、私の心に響く言葉で気づかせてくれる。そんな彼に、今夜はどんどん惹かれていきそう。恋なんてしちゃいけないのに。
こんな素敵な時間を与えてくれた彼に、心から感謝の気持ちでいっぱいになった。
「常務、今夜は本当にありがとうございました」
車に戻り、私はもう一度彼にお礼を言う。すると、常務はにこやかに顔を向けた。
「今夜は、篠崎さんにご馳走をしたかったから。そんなに、気を遣わなくていい」
「はい……」
そして、常務は車を走らせ始めた。自宅まで送ってくれるという。
最初は丁重にお断りしたけれど、ありがたく常務の優しさに甘えることにした。
「それよりも、またきみを誘っていいか?」
「え? 私を……ですか?」
半分信じられない気持ちで聞き返すと、常務は頷いた。そして、脇道に逸れると、車を停める。ハザードランプを点けると、彼は私をじっと見つめた。
勇士さんの吸い込まれそうな瞳に、私の視線は釘付けになる。
「そう。篠崎さんに、惹かれている自分がいる。もちろん、だから今夜誘ったんだが」
「常務……」
ドキンドキンと、胸が最高潮に高鳴る。常務が、私に惹かれている? 突然すぎて、どうしてもそれを素直に受け止めることができない。
だけど、彼からの素直な想いを嬉しく思い、それを信じたい自分もいた。気を抜くと、口元が緩みそうになるほど。とはいえ、常務と過ごした時間で見た彼の真摯な仕事への気持ちや、厳しさを考えると、彼にふさわしいと思えない。勇士さんの言葉を受け入れるほどの自信がなかった。どうして、常務はそこまで言ってくれるのだろう。
もっともっと、彼の気持ちが知りたい……。
「一緒にプロジェクトを進める中で、篠崎さんの真面目さやひたむきさ、それに向上心。そういうきみの人柄に、元気と安心感をもらっていたんだ」
「そんな……。私なんかが……」
「私なんかじゃない。篠崎さんは、俺が今まで出会った女性の中で、誰より輝いている」
「ありがとうございます……。なんだか、とても信じられないです」
常務に、そう思われていたなんて、想像もしていなかった。胸の高鳴りを抑えながらも、どうにも落ち着かない。
「きみと、付き合いたいと思っている。そのことも、前向きに考えてくれないか?」
「お、お付き合いですか?」
「そう。きみのことを、男として独り占めしたい」
常務の真っすぐな言葉と視線に、私はなにも言えなくなっていた。彼を、人としても常務という立場の人としても、心から尊敬している。
だけど、恋愛対象として見るだなんて、身のほど知らずだと考えていた。
彼は大企業の御曹司で、未来の社長になる人。私は、特別大きなバックアップがあるわけではない。本当に、ごく普通なのに。
頭が混乱していて、答えは出てこない。それは、常務に対して想いが薄いわけではなく、私が彼の恋人としてふさわしいのか自信がないから。
そんな思いで、じっと常務を見る。彼はハンドルを握って、車を走らせ始めた。
「驚かせてしまったな。だけど、俺は本気だから」
常務の力強い言葉に、私の胸はどんどん高鳴っていく。それだけ、心は大きく揺さぶられていた││。
【side 勇士】
「お父さん、お話とはなんですか?」
篠崎さんとの夕食の翌日、俺は父に呼ばれ、実家へと出向いた。最後にここへ来たのは、去年の夏。母の三回忌のとき以来だ。
父自慢の応接室へ通されたが、いつ来ても居心地が悪い。富を強調するような、これ見よがしな装飾品が多く、色も派手すぎる。
もし、この部屋を人に例えるなら、間違いなく可憐で清らかな篠崎さんとは正反対の人になるのだろう。それくらい、俺にとっては苦痛に感じる空間だった。
「勇士、お前には見合いをしてもらう。相手はまだ決まっていない。ただ、会社の利益に繋がる企業の社長令嬢になるだろう」
「は? 見合いですか? 俺は、常々言っているはずです。結婚相手は、自分で決めます」