書籍詳細
極上御曹司の独占愛~愛され契約妻になりました~
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あらすじ
「君は俺の奥さんだろう?」
婚約が破談になった乙葉は、傷心旅行に訪れたハワイで事故に巻き込まれ、イケメン御曹司の永嶺恭輔と出会う。日本に帰る直前、恭輔から二年間の契約結婚を申し込まれ、思わず承諾。大人な彼に甘やかされ、女性としての自信を取り戻していく。契約で結ばれた関係なのに、恭輔に惹かれる気持ちを止められない。そんな時、元婚約者が現れて……!?
キャラクター紹介
立花乙葉(たちばな おとは)
旅行会社を寿退社するも婚約者に裏切られ無職に。真面目で頑張り屋。
永嶺恭輔(ながみね きょうすけ)
旧財閥の御曹司で専務取締役。自信に満ちあふれたイケメン。
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「これからよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私などが妻役で本当にいいのか、そんな思いが頭の中でグルグル巡るのが嫌で、赤ワインの力も借りてから口を開く。
「恭輔さん、私はあなたの結婚相手として、ふさわしくないと思うんです。これが契約だとしても」
「ふさわしくない、とは? どうしてそんなに自分を卑下する?」
「今の私には、誇れるものは何もありませんから。それに生活の違いが……」
破談になり、根無し草のような状態だった私だ。気にしないようにしていたけれど、この家に来てから思い知らされた。ハワイでのことは夢で、すっかり醒めた気分だった。
「誇れるものがないというなら、これから俺のそばで見つけていけばいい」
「恭輔さん……」
「乙葉がいなければ、俺はピンチに立たされるんだ。君が結婚を承諾してくれて感謝している。君は素晴らしい女性だ。卑屈になることはないんだ。いいね?」
食事を促され、フォークを手にして、薄く切られた真鯛の切り身を口に入れる。
元基の浮気による破談で、私の自尊心は粉々に打ち砕かれた。みじめな気持ちを味わわされ、女としての自信も失った。
この先、また誰かを愛すことができるかも、わからない。
だけど、恭輔さんの言った「誇れるものを見つければいい」という言葉に、なんだか救われた気持ちになった。
「明後日の日曜日に、君の実家に挨拶に行きたい。ご両親の都合を確認しておいてくれないか?」
「……あ、明後日ですか?」
「ああ。前にも言っただろう? 早いほうがいい」
「わかりました。明日、電話して都合を聞いてみます」
実家が一番の難題だ。反応が恐ろしくて、電話どころか、家へ行きたくないくらいだ。
「なんだか嫌そうだな?」
そう言って、恭輔さんは見惚れるほどのマナーでナイフとフォークを使い、ローストビーフを口に運ぶ。
「前にも言ったと思いますが、破談になったばかりなのに、すぐに別の相手と結婚だなんて、父の反応が怖いんです」
「親なら心配するだろうな。まあ、そこは俺に任せてくれ。なんとか説得するから」
「……はい」
恭輔さんがそう言うのなら、うまくいきそうな気もする。
「あ、スマホを新しくしました。あとで番号を交換してくださいね」
「まだ手に入れてなかったら、明日買いに行くように言うつもりだったんだ。それから……」
ローストビーフを切る手を止めて、恭輔さんが私を見る。
「履歴書を書いておいてくれないか。旅行会社を紹介する」
「それは自分で──」
見つけると言い切らないうちに遮られる。
「いや、就職活動に時間を割いてほしくない」
「でも……」
恭輔さんの口添えで入社してしまったら、プレッシャーを感じてしまう。
「俺の妻になるのだから、立場を存分に利用したらいい」
「利用なんて……」
「実はもう手は打ってあるんだ」
昨日、帰国したばかりなのにと驚いてしまう。
「えっ?」
そんな私を見て、恭輔さんは優しい笑みを浮かべた。
「だから、俺に恥をかかせないために、受け入れてくれないか」
「……わかりました。よろしくお願いします」
観念して小さく笑みを浮かべ、その場で頭を下げた。
夕食が終わったのは二十一時近く。明日、ハウスキーパーが食器を洗ってくれると恭輔さんは言ったけれど、そのままにしておけずキッチンに立った。
そんな私に彼は「無理をしないように」とねぎらいの言葉をかけてくれる。それから、ダイニングキッチンのドアの前で足を止めて振り返る。
「これから仕事をするから、先にバスルームを使うといい。おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
恭輔さんが出て行って、シンクの中の汚れたお皿を洗い始める。
ふたり分の食器を洗うなんて、久しぶり……。
元基のことなんてもうなんとも思ってない。彼と恭輔さんと比較してしまえば、元基はつまらない、最低な男だと認識できる。
元基と別れて正解だったんだ。
私は恭輔さんの財力に惹かれているのではなく、彼の人となりに好感を抱いている。それは車にぶつかりそうになった時からの対応で、恭輔さんの気質はすぐにわかったから。
恭輔さんは誠実な人だ。男性を信じるのは、まだ怖い。だけど彼なら、恭輔さんなら信じられる気がする。
食器を洗い終え、食器棚や冷蔵庫などを開けてみる。必要なものを確認したかったのだが、その行動はまだ後ろめたさを感じてしまうものだった。
恭輔さんの妻になるとはいえ、契約上の関係だから、他人行儀になってしまうのは仕方ない。気分は居候だ。
契約が終了したあと。いつか彼に心から愛されて妻になった人は、とても幸せな生活になるのだろうな。
新品同様の家電や食器類は揃っていて、料理に足りないのは調味料と食材くらいだ。
コンシェルジュに頼めばいいと恭輔さんは言ったけれど、明日、自分で買い物に出かけよう。
購入したものが重ければ、宅配にすればいいよね。確か、あのセレブ御用達のスーパーは、宅配サービスをしていたはず。
部屋に戻った私は自分のマンションから持ってきたスーツケースを開けて、ウォークインクローゼットのハンガーに服をかけ、下着などを引き出しにしまう。
持ってきたスーツケースの中身は、ハワイへ持参したものとほとんど変わらない。向こうで着ていたサマードレスは、今朝コインランドリーで洗濯して段ボール箱にしまってきた。南国では違和感はなくても、梅雨の時期の東京ではまだ早い。
スーツケースの中身をすべてしまったのに、ウォークインクローゼットの使用スペースは、全体の三パーセントに満たないくらいだ。
「広すぎ。ここに一部屋作れそうだもの」
私は独り言ちて「ふーっ」と息をつくと、着替えを持ってバスルームへ向かう。そこも高級ホテルみたいな仕様で、三人は入れそうなほど大きなバスタブがあり、シャワールームは別になっていてガラスで仕切られている。
私の口からは、もう感嘆のため息しか出なかった。
お風呂から上がり、シンプルな綿のパジャマに着替えて髪の毛をドライヤーで乾かしていると、明日の朝食をどうするか聞くのを、すっかり忘れていたことに気づいた。
でも、冷蔵庫の中に調理できるものはなかったし……。
ドライヤーを置いて、すっくと椅子から立ち上がると、寝室を出て階下へ下り恭輔さんを探す。
リビングにあるドアは三つ。そのどこかに恭輔さんはいるに違いないけど、どれだけ広いの?
仕方なくリビングのドアをすべてノックしようと、ひとつ目のドアをノックする。返事はなく、次に廊下への出入り口に近いドアを叩くと、中から恭輔さんの声が聞こえてきた。
「どうぞ」
その声にドアを開けて、顔だけひょこっと覗かせる。パジャマ姿を見られるのは、なんだか恥ずかしくて。
「なぜ顔だけ覗かせるんだ?」
八畳くらいの部屋でドアに向かって大きなデスクがあり、パソコンのモニターの前に座っていた恭輔さんは、私を不思議そうに見ている。
「パジャマなので……」
そう言うと、おかしそうに鼻で彼は笑う。
「夫婦になるのに?」
「で、でもあくまでも契約ですから」
「……そうだな。それでどうした? 一緒に寝てほしい?」
一緒に寝ているところを想像してしまい、一気に顔が熱くなる。
「ち、違います。明日の朝食のことを相談したくて」
「あぁ。七時に頼んであるから問題ない。話すのを忘れていたよ」
「頼んでいる?」
そんな朝早くに宅配?
キョトンとする私に、恭輔さんは笑顔で頷く。
「大丈夫だから、その頃ダイニングキッチンへおいで」
「わかりました。では明後日からは任せてくださいね。おやすみなさい」
「おやすみ。眠れなかったいつでも呼んでくれ。寝かしつけてあげるから」
寝かしつけてって?
顔だけじゃなく、全身に熱が集まる気配に、ぶんぶんと頭を左右に振り「け、結構です」と断りドアを勢いよく閉めた。
ドアの向こうから恭輔さんの笑い声が聞こえてきて、からかわれているとわかっているのに、胸がトクトク早鐘を打っている。
契約満了までの二年間。彼との同居は、考えていたよりも大変なのかもしれない。
恭輔さんに惹かれないように気をつけなきゃ……。
自分でも、もう手遅れなような気がしている。だって、彼は魅力的な男性だから。
翌日、六時半に目が覚めた。
朝早くにどんな朝食が運ばれてくるのだろう。朝食のケータリングなんて、私には理解できないけど、すぐに階下へ降りられるように支度を済ませる。
半袖の白のトップスに水色とブルーのストライプの柄が入ったスカートを穿き、髪の毛を後ろでひとつにバレッタでまとめた時、インターホンが鳴った。
五分ほど待って部屋を出たところで、恭輔さんがこちらにやって来るところだった。
「おはようございます」
「おはよう。ちょうどよかった。朝食を食べよう」
濃紺のスーツを着た恭輔さんのあとに続いて階段を降りる。後ろ姿だというのに、男性の色香というものが醸し出されていて、朝から心臓に悪い。
昨日から、彼にドキドキしっぱなしだ。引き寄せられる視線を無理やり外して、俯き加減でついて行く。
ダイニングキッチンへ入り、テーブルに用意されている料理に目を丸くする。銀のポットに入ったコーヒー、温かいお皿の上にスクランブルエッグやベーコン、マッシュポテトなどが乗っており、別のお皿にはサラダやフルーツまで。
籠の上にかけられた真っ白なナプキンを恭輔さんが取ると、クロワッサンやカットされたフランスパン、ふんわりした丸パンまであった。
「これは、もしかして……」
「下のホテルに、時々頼んでいるんだ」
下のホテルとは、国賓や要人などが利用する『クイーンズホールディングス』の傘下にあるホテルだ。
「そ、そうなんですね」
恭輔さんの「時々」の単語が引っかかってしまい、声が上ずってしまう。
女性と一夜をこの部屋で過ごして、朝食を時々頼んでいると想像し、なんだか胸がギュッと締め付けられる。
恭輔さんが誰と夜を過ごそうが、契約関係の私には関係ないことなのに……。
無意識に胸に手を置いた私に、恭輔さんが首をかすかに傾げる。
「どうした? 具合が悪いのか?」
「いえ……」
「ならいいが……ほら、座って」
「はい」
恭輔さんは、銀のポットから香ばしい香りのするコーヒーをカップに注いでくれる。
「朝から贅沢ですね……いただきます」
「召し上がれ」
熱々のコーヒーを一口飲んでから、ふわふわの丸パンへ手を伸ばす。バターと種類豊富な食べきりのジャムなども用意されている。
「恭輔さん、今日はスーパーへ買い物に行ってきます。今夜から、食事は私が作りますから」
「わざわざスーパーへ? 下で頼めば用意してくれるのに」
彼は食べる手を止めて、私へ視線を向ける。
「はい。どんなものが売っているのか確認したいですし、この近辺の物価も知りたくて。もしかしたら、安いスーパーや小売店があるかもしれない……です……し……」
貧乏性をさらしてしまったことに気づき、言葉が尻すぼみになっていく。だけど、呆れてると思った恭輔さんは、心なしか嬉しそうな表情をしていた。
「……すみません」
「いや、謝ることはない。さすが祖母が気に入っただけのことはある。確かに同じものを購入するのに、高い金を払うのはバカらしいな」
恭輔さんの言葉に、私はうんうん頷いた。
「だが、その店が遠いのなら、大変な思いをして買いに行く必要はないのでは?」
世の主婦は、遠くても少しでも安いものを求めて自転車を飛ばしているのでは……。
「乙葉。君も仕事を始めたら忙しくなる。家事に時間を割かなくても俺はなんとも思わないよ。とりあえず君専用のカードを作るが……」
恭輔さんはスーツの内ポケットから封筒を取り出し、私の目の前に置く。
なんだろう、これは?
「当面の生活費だ。これで必要なものを買うように」
「い、いいえ。これはいただけません。今は無職ですが、貯金も少しはありますし、これから働く予定ですから」
封筒のちょっとした厚みから、いくら入っているのか怖くて聞けない。封筒を彼のほうへ押し返そうとした私の手が、ふいに重なるように掴まれた。
「君は俺の妻になるんだ。夫が妻を養うのは当たり前だろう?」
「そう、なんでしょうか……?」
「そうだ。だから、これを使うんだ」
頑として譲らない恭輔さんに根負けし、私は生活費を受け取ることにした。
「では、ありがたく使わせていただきますね」
恭輔さんは満足げに頷き、ふと何かを思い出したような顔になる。
「ああ、今夜と明日の夕食は必要ない。会食があるんだ」
「わかりました。明日の朝食を用意しますね。恭輔さんはパンとご飯のどちらが好きですか?」
「どちらでもかまわない。乙葉が食べたいものをいただくよ」
そこで話は途切れ、食事に集中する。その後、恭輔さんは七時四十分に迎えの車に乗って仕事へ出かけていった。