書籍詳細
溺愛指南~敏腕CEOの甘い手ほどき~
あらすじ
「今夜はもう少しだけ関係を進めようか」
完璧御曹司から溺甘個人指導
有能な社員と評価されている琴音だが、実は人前に立つことが苦手なあがり症。ひょんなことから冷徹社長・大和に気に入られ、「一緒に克服しよう」と直接指導されることに! 厳しく、ときに優しく導いてくれる大和に惹かれていく琴音。いつしか恋の指導も始まり、グイグイと距離を縮めてくる大和だが、彼には政略結婚の相手がいると知らされて――!?
キャラクター紹介
柚木琴音(ゆぎことね)
志乃宮商事のマーケティング部分析課所属。頭の回転は早いが、おっとりした性格。人前が苦手。
志乃宮大和(しのみややまと)
総合商社である志乃宮商事の代表取締役社長。情け容赦ない完璧主義者という噂がある。
試し読み
「……でしたら、先日連れていってくださったワインバーにもう一度行きたいです。まだまだ飲んでみたいワインがたくさんあったので」
「もちろん、かまわない」
運転手に行き先を伝え、私たちはワインバーへ向かった。到着したところで、運転手には帰ってもらう。ここから先はプライベートということらしい。
前回と同じ中二階の席へ通され、四人がけの大きな丸テーブルに向き合って座る。
「今日は酔いつぶれないように、ちゃんと自制しますから」
私が決意を固くすると、社長は「おいおい、勘弁してくれよ」とテーブルに頰杖をついた。
「酔いつぶれて持ち帰られるくらいの隙を見せてくれないと困るな」
飲む前から社長の瞳はすでに艶めいて色っぽい。わずかに頰を染めて目を逸らすと、彼は小さく笑い、私を覗き込んだ。
「ワインを中心にメニューを決めようか。どんなワインが飲みたい?」
「……では、前回は赤だったので、今日は白メインで」
社長イチ押しの白ワインと、それに合うメニューをいくつか選んでオーダーする。
白というからには魚介かと思ったが、社長がチョイスしたのは、ハーブで煮込まれた鶏肉やローストビーフ。一見、赤の方が合うと思われたローストビーフだが、レモン塩やわさび醬油を合わせると、断然白に傾いた。
そもそもワインを出すようなお店で、わさび醬油が出てきたこと自体、意外だった。創作料理を振る舞うお店だけあって、食材の組み合わせが型にはまらず、カジュアルに食べられるのがうれしい。食器にも箸を使うし、気取らない感じが私好みだ。
「白ワインって、お肉にも合うんですね。てっきりお魚専用かと思っていました」
「肉の部位や味付けにもよるな。肉に負けないインパクトのある白ワインを選ぶことも大事だ。困ったらシャンパンを合わせるといい。よっぽど重厚な赤身の料理を選ばない限り、相性はいいはずだ」
白ワインには鉄板の魚介のアヒージョや、マリネなんかも当然おいしい。
「私、赤より白の方が好きみたいです。飲みすぎないように気をつけなくちゃ」
「……どうかな?」
社長は無理だと思っているようで、ニッと口の端を上げて不敵に笑う。
「大丈夫です! 前回よりセーブしてますし」
以前よりもゆっくりとしたペースでワインを進め、グラス四杯でとどめておく。
よし、今日は前回よりも飲んだ量が少ないし、ちゃんと歩いて帰れる!
と思いきや。
「っとと……」
食事を終え立ち上がると、やはりクラクラと眩暈がして、咄嗟にすぐそばにあった社長の腕を摑んでしまった。
腕に突っ伏して伏せる私に、上から冷やかすような声がとんでくる。
「酔って甘えてくるなんて、かわいいことするじゃないか」
「ち、違うんです! ごめんなさい……よろけてしまって」
「今日は大丈夫なんじゃなかったのか?」
やっぱり、という顔で社長はにやついている。
おかしいな。ちゃんとセーブして飲んだのに。そんなに酔っているはずは……。
すると、社長は私の肩を抱き、耳に唇を寄せてささやいた。
「歩けない理由、知りたいか?」
低く甘い声が鼓膜を撫でるように滑り込んでくる。いっそうぼんやりとして顔を上げると、彼は蠱惑的に微笑んだ。
「君を酔わせるために、強いワインばかり頼んだんだよ」
「えっ……」
驚きに言葉を失う。なぜそんな意地悪なことを……? 泥酔してしまったあの日は、飲ませすぎて悪かったって言ってくれていたはずなのに。
「どうして……?」
「仕方ないじゃないか。キミを見ていたら、また酔わせたくなってしまったんだ」
私へ顔を近づけて悪びれもせず言い放つと、社長は前回と同様、私を軽々と抱き上げた。
「しゃ、社長!?」
「大人しくしていろ」
横抱きにされたまま階段を降り、店の外へ。毎回こんな格好で道を歩かれるなんて、本当に恥ずかしいし、加えて自分が情けない。
「だ、大丈夫です、手さえ貸していただければ、ちゃんと歩けますから!」
店から出たところにある人通りの少ない路地で、私は社長の腕からとび降りて、その手に摑まろうとする。
けれど、着地でよろめいて、真正面から彼の胸元へとび込んでしまった。
「きゃっ!」
「おっと。大胆だな」
ここぞとばかりに社長は私のことを抱きすくめ、逃さぬようにぎゅっと腕を回す。
彼の胸に頰をつけると強い鼓動が伝わってきて、触発されたように私まで胸がバクバクと高鳴りだした。緊張して喉から心臓がとび出してきそう。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
「ご、ごめんなさい、あの、わざとじゃなくて」
「ふうん? よろけただけか?」
社長はからかうように声を躍らせて、私の顎に指をかける。
なぞるように持ち上げられ、艶っぽい微笑が目の前に迫った。
「なら俺も、よろけただけだ」
そう言って彼は背中を屈める。と同時に熱を孕んだ唇が私に押し当てられ、あまりの衝撃に体がビクンと大きく震えた。
唇からじわりじわりと彼の温もりが流れ込んでくる。
これは……どういうこと?
「――社長!」
咄嗟に社長の胸を押し返して、距離をとった。
今、私にキスを……? 想像し得なかった現実に、心がついていかない。
「……どう……して……?」
ギリギリ言葉にできたのは、その四文字だけ。社長は、まさかキスを拒まれるとは思っていなかったらしく、意表を突かれた顔で私を見つめる。
「どうしてって」
無理やり唇を奪ったというのに、社長は悪びれもせず、私の首筋に手を伸ばす。
「こんなにわかりやすく好意を見せているのに、今さら理由を聞くのか?」
彼の指先が髪に触れ、梳くように絡められて、トクンと胸が高鳴る。
好意って……好きって意味だよね……? それは、女性として……?
到底信じられることではない。こんなに完璧な男性が、私を……? 疑問ばかりが湧き上がってくる。
「どうしてですか……? どうして私を……」
真っ白な頭と真っ赤な顔で必死に言葉を絞り出すと、彼は至極真面目な表情で口を開いた。
「こんなに優秀で、知的で、かわいらしい女性を他に知らないが」
そう答え、再びゆっくりと唇を近づける。
呆然としている間に、温かく柔らかい彼の唇が、再び私の口元を包み込んだ。
角度を変え、食んでは含み、ゆるゆると私の唇を弄ぶ。
信じられない。社長が私にキスを……。
まるで夢みたい。ううん、夢かもしれない。酔いすぎてまた眠ってしまったのかも。
だって、こんなに素敵な男性が私に好意を抱いてくれるだなんて、夢でしかありえない。
けれど、その感触は、まごうことなき現実で。
大人しく求めに従って目を閉じていると、合わさった温もりがより鮮明に伝わって、これが現実であることを知らしめられてしまった。
「う……んっ……」
こんなに長い時間、誰かと唇を重ねたことなんてなかった。私の少ない恋愛経験全部ひっくり返してみても、これほどまでに甘美なキスは初めてで。
鼓動が高鳴りすぎて胸が痛い。いつの間にか息苦しくなっていて、唇が離れた一瞬の隙をついて彼の胸を押し返した。
肩で大きく息を吸い込み、荒くなった呼吸を整える。
「……柚木?」
「ご、ごめんなさい……息が、できなくて……」
真っ赤になって視線を漂わせる私を見て、彼はクスクスと笑う。
「そういうところ、不器用なんだな」
キスが不器用? もとより自信なんかなかったけれど、そこまで言われてしまうとさすがに落ち込む。
もしかして、キスのひとつもまともにできなくて、引かれてしまっただろうか。
「あの……嫌に……なりましたか?」
「なにが?」
「その……キスが……下手なので……」
あまりの恥ずかしさに顔を上げられなくなってうつむくと、上からかみころすような笑い声が聞こえてきた。
「データの分析はできるくせに、人の心はまったく分析できないらしいな」
「え……?」
「そんなことで、俺が幻滅すると思ったか? 残念だが、大ハズレだ」
言うなり、私の後頭部に手を回し、押しつけるように激しい口づけを与える。
今度は情熱的すぎて、何度も目を瞬かせた。彼の口づけにはいったいどれほどのバリエーションがあるのだろう。
「社……ん……うぅ」
濃厚すぎてついていけない……! 彼の舌が私の中に入り込む度、恥ずかしすぎて泣きそうになる。
彼の胸に手をついてタンタンと叩くと、やっと唇を離して私のことを見てくれた。
「俺とのキスは嫌か?」
「ち、違っ……」
嫌なわけじゃない、ついていけないだけで。まるで自分の恋愛経験の少なさを露呈しているみたいだ。
できることならもう少し、手加減してもらいたい。鼓動がドクドクいいすぎて、酸欠と頻脈で気を失ってしまいそう。
「その……こんな場所ですし……」
言い訳するように辺りを見回した。
路地裏で人通りが少ないとはいえ、公共の場であることには変わりない。たまに通りかかった人がまじまじと覗き込んできたり、あからさまに見ない振りで顔を背けたりするから、その度に恥ずかしくて恐縮してしまう。
「なら、俺の家へ行こう」
強引に手を引かれてぎょっとした。
こんな時間から社長の家に!? それって、まさか、お泊まりするってこと!?
しかも今回はただ睡眠を取るだけではなくて、キスの続きをするんだよね……?
「待ってください! あの、いきなりお家にお邪魔するなんて……!」
「家が怖いというのなら、先日のようにホテルにしようか」
「どっちも大差ありません!」
よろける私の手を引いて大通りへ出ると、すぐさま彼はタクシーを停め、後部座席に私を押し込んだ。
運転手へ、前回も泊まったあのホテルの名前を伝えて、向かうように頼む。
発車したところで、社長はスーツの内ポケットから携帯端末を取り出すと、どこかへ電話をかけはじめた。
「志乃宮だ。例のスイートは空いているか? ……ああ。これから向かう」
短く通話を済ます。今のはもしかして、ホテルの宿泊予約? しかも『スイート』なんて単語が聞こえてきたけれど、まさかスイートルームではないよね?
「あの、社長……?」
恐る恐る覗き込むと、彼は私の意思を確認するように、頰に指を滑らせた。
「もう少し一緒にいてくれてもいいだろう? ホテルでゆっくり飲み直そう」
「こ、これ以上飲んだら、眠ってしまいますよ」
「かまわない。ベッドはそこにあるんだから、眠いなら寝てしまえばいい」
ベッドと聞いてボッと耳まで赤くなった私を見て、社長は苦笑する。
「嫌がることはなにもしないと約束する。少しお酒を楽しんで、あとは君の寝顔を見ながら眠りにつくくらいで我慢するよ」
よっぽど私が怯えているように見えたのか、社長は私の肩を優しく撫でる。
「だから……せめてキスくらい許してくれるか? それで妥協しよう」
そう言って、私の耳のうしろに手を回すと、再び唇を奪った。
今度は優しく、丁寧に舌を這わせ、抱擁するような口づけをくれた。
一応運転手さんの視線を気にしてくれたのだろうか、短めにキスを終わらせて、ホテルに着くまでの十五分間、私の肩を抱き続けた。
薄々感づいてはいたが、案内されたのはやはりスイートルームだった。客室としては最上階にある部屋だそうだ。
入るとまず廊下があって、その先に応接ルーム。その横のリビングには大きなソファが置かれている。奥の寝室は、一面にとられた窓から都心の夜景が見渡せて贅沢だ。
「こ、こんなに広いお部屋……ふたりでどう使えばいいんでしょう」
「くつろげばいいんだよ」
部屋に入るなり、社長は私を抱きすくめ、濃密に口づける。
完全に人目を気にしなくなった彼は、存分にキスを食らわせたあと、ひょいと私の体を抱き上げて、ソファへと運び横たえた。
「ま、待ってください! 私、まだ信じられなくて――」
「何度こうすれば信じてくれるんだ? さっきも言っただろう。俺は君のことがほしいって」
知らしめるように幾度も唇を重ねられる。
「でもっ……!」
うれしさと戸惑いがせめぎ合っていて、受け入れることもできないし、跳ねのけることもできない。
なにしろ彼の言葉が引っかかっていたから。私の心をとびきり不安にさせる言葉が。
――『こんなに優秀で、知的で、かわいらしい女性を他に知らないが』――
私は優秀で知的なんかじゃない。もしも私が人前に立つと言葉ひとつ発せなくなると知ったら、彼は幻滅するだろうか。
そんな情けない女はいらないと――この熱い抱擁もキスも、なかったことにされるんじゃないだろうか。
「社長は私が優秀だから好きになってくださったんですか?」
社長のキスを拒み尋ねると、彼は「ん?」と眉をひそめた。
「もし私が優秀じゃなかったら――嫌いになりますか?」