書籍詳細
一途な恋人はパイロット~エアポートラブ~
あらすじ
「せっかく捕まえたんだ。離すつもりなんかない」
ストレートな彼の求愛に、二人の恋はテイクオフ
幼い頃に自分と母を捨てた父の職業であるパイロットに苦手意識を持ってきた瀬里奈。ある日、自分の理想通りの男性・統と運命的な出会いを果たすが、なんと彼は航空会社きってのエリートパイロットで――。過去のトラウマのせいで、彼の求愛を拒む瀬里奈に、「君を諦めない」と統はあの手この手のアプローチを仕掛けてくる。瀬里奈の心は揺れて……!?
キャラクター紹介
諸塚瀬里奈(もろづか せりな)
空港に勤務しているが、幼い頃のトラウマから、パイロットに対し苦手意識を持っている。
時津統(ときつ はじめ)
新日航空きっての優秀なイケメンパイロット。瀬里奈を一途に思い続ける「完璧彼氏」。
試し読み
部屋に到着するなり、キュウはまるでずっと前からそこに住んでいたかのようにソファの上においてあるタオルの上に座った。あのタオルがどうやらお気に入りのようで、眠るときはいつものその上で丸まっている。今も、外出の疲れが出たのか、もぞもぞとしていたと思ったら、すぐに前足に顎を乗せて目をつむり眠り始めた。
「自由だな」
「ええ……本当に」
その様子を見ていた瀬里奈と統が顔を見合わせて笑い合う。しばらく見つめ合っていたが、これまではキュウを中心に話をしていることが多かったので、急にふたりっきりになってしまって瀬里奈は統のことを過剰に意識してしまっていた。
「あ、そうだ。これ、パン買ってきたんです。明日の朝、一緒に食べようと思って」
動物病院に向かう途中、ふたりが出会ったベーカリーから焼き立てのパンの匂いがして、それにつられた瀬里奈が明日の朝用に買ってきたのだ。
「さっきからいい匂いがしてるって思ってたんだ」
瀬里奈が差し出した紙袋の中を、さっそく統が覗く。
「ああやっぱり! クロワッサンだと思った。今、一個たべたいけど。我慢」
食べたいけれどぐっとこらえている姿を見て、瀬里奈がクスクス笑う。
「その気持ちわかります。でも明日の朝一緒に食べましょう」
「そうだな。焦らなくても、君は明日もここにいるんだ」
「……はい」
統の言葉に瀬里奈がこの場にいることを喜んでくれていることがわかる。短い返事しかできなかったけれど、瀬里奈もそれをうれしく思っている。
「じゃあ、パンは明日にするとして、夕食は俺が作るな」
「え? 時津さん、料理できるんですか?」
瀬里奈と同じく食べるのが好きだということは知っていたが、料理をするイメージがなかったため驚いた。
「なに? できないと思っていたわけ?」
瀬里奈は気まずそうにしながらうなずいた。
「そんなふうに言われたら、腕によりをかけて俺の手料理を振る舞うしかないな」
腕まくりをした統がウィンクをしてみせて、キッチンに向かった。
「今朝、材料は注文しておいたから」
統は冷蔵庫を開けて中を物色している。
「瀬里奈さん、きちんと片付けてくれたんだね。ありがとう」
「いえ。よくわからなかったので適当なんですけど」
材料が配達されたあと、瀬里奈がきちんと片付けをしておいたのだ。統は冷蔵庫の中から材料を取り出すとカウンターに並べる。
「よかったら、わたしも手伝わせてください」
「心配しなくても、ちゃんと食えるもの出すよ」
疑っていたわけではないが、統はそうとらえたようだ。苦笑を浮かべている。
「いえ、信用してないわけじゃないんですよ。でも時津さんの作る料理に興味があるので」
ひとりで座って待っているよりも、彼のそばで手伝いをしている方が楽しいと思う。
「だったら、助手としてしっかり働いてもらおうかな」
「はい! しっかりがんばります」
元気に返事をした瀬里奈に、統も笑顔を浮かべた。
統が作るのは八宝菜と生春巻きだそうだ。本格的なメニューに普段から彼が料理をしていることがうかがいしれた。
瀬里奈も彼の作るメニューにあわせてわかめと卵の中華スープを作ることにした。
ふたりで並んで手際よく準備をしていく。
瀬里奈が野菜をカットしている間、統はエビの下処理や豚肉に下味をつけたりと手際よく調理していく。
「本当にお料理されるんですね」
「やっぱりちょっと疑ってた?」
「あ、いえ。でも思っていたよりもきちんとされているなって」
瀬里奈は素直な感想を伝えた。
「褒められてると思っていいのかな?」
瀬里奈が何度もうなずくと統は笑顔になった。
「毎日作ってるわけじゃないけどね。仕事柄外食になることも多いし。だから休みの日はストレス解消を兼ねてたまに料理を作ってるんだ」
「なんだか分かる気がします。わたしも他の家事よりも料理が好きです」
「じゃあ、次は瀬里奈さんに作ってもらおうかな」
「え、はい。機会があれば」
次回と言う言葉に、瀬里奈は期待してしまう。でもそれをさとられないように素っ気なく答えた。
「機会ならいくらでも作るよ。君の料理が食べられるならね」
統が瀬里奈の様子を伺うように顔を覗き込む。
瀬里奈は彼の言葉と態度にとまどって顔が赤くなった。
そんな彼女の様子を見て、統は満足そうに笑った。
「君が恥ずかしそうにしてるの見るの、俺、結構好きなんだ」
「な、なんですかそれ」
ますます顔を赤くした瀬里奈を見て、統はクスクスと笑っている。
からかい半分、本気半分といった統の言葉は、恋愛になれていない瀬里奈をドキドキさせるのには十分だ。
赤い顔で野菜を切る瀬里奈を、統は隣でうれしそうに見ていた。
恋が本格的に始まる直前のふわふわした雰囲気の中で、ふたりはあれこれと話をしながら料理をすすめる。
趣味で料理をすると言った統の言葉は本当のようで、ほとんどの調理道具や調味料は揃っていた。
今は隣で大きな中華鍋を統が軽々と揺すっている。そのたびに具材が踊るように跳ねる姿はプロも顔負けだ。
「その中華鍋立派ですね。重そう」
「どうだろ? やってみる?」
瀬里奈は興味があったので統に中華鍋を振らせてもらうことにした。材料が入った鍋は予想通り結構な重さがある。片手では上手にできずに、両手で持って振ってみたが、統のように上手にはできなかった。
「やっぱり、重いです」
「そうだね。じゃあ、一緒にやろう」
そう言った統は瀬里奈の後ろに回ると、彼女が中華鍋を持つ手の上に手を重ねた。
一瞬ドキッとした瀬里奈だったが、統がコツを説明してくれるのですぐに集中した。
「奥にぐっと押し込んで、そこから素早く引くんだ」
「奥に、素早く……」
統の言葉を復唱しながら、実際に手を動かしてみる。統のサポートがあるもののなかなか難しい。
「そう、引くときは思いきって!」
言葉と同時に手を動かす。すると野菜が鍋の上を綺麗に舞った。
「わぁ、できたっ!」
「いいぞ、その調子」
続けてふたりで中華鍋を振る。だんだんと息があってきて上手にできるようになった。
「このくらいでいいだろう」
統の言葉を合図に、瀬里奈は鍋をコンロに置いた。
「難しかったけど、コツを掴んだ気がしますっ!」
うまくできたことがうれしくて、振り向いて統を見る。すると思っていたよりも近くに彼がいて思わず一歩ひいた。その拍子に瀬里奈の背中が中華鍋に当たりそうになる。
「あぶないっ」
慌てて統が瀬里奈の腕を掴む。そしてぐいっとひっぱると彼の腕の中にすっぽりと収まった。
いきなり抱きしめられる形になって、心臓がドクンと大きくはねた。早く腕の中から出なくてはと思うけれど、慌てるとまた鍋をひっくり返しそうになってしまうかもしれない。
「大丈夫?」
優しく尋ねられて、瀬里奈は顔を上げる。すぐそばに統の顔があり心臓のドキドキ音がますます加速していく。
お互いの視線が絡み合う。瀬里奈は視線を外せず身じろぎもできない。まるで捉えられたかのようにじっと統を見つめていた。
ドキンドキンと胸の音だけが大きく響く。ふたりの距離が限りなく近い。
しかし次の瞬間――。
「痛って」
いきなり統が声を上げて、瀬里奈から離れた。
瀬里奈が目をあけると、統の背中から飛び降りるキュウの姿が見える。どうやら目覚めたキュウがキッチンまでやってきて統に飛びつたようだ。
「いつの間に起きたんだ」
統は手を伸ばしてキュウを抱き上げる。そして自分の視線の高さまで彼を持ち上げると頬ずりした。
その様子を見て瀬里奈は微笑む。でもそれと同時にあのままキュウが乱入してこなければどうなっていのかとも思う。
複雑な気持ちのまま振り向くと、中華鍋が火にかかったままだった。
「時津さんこれっ!」
「あっ、やばっ。そこに準備してある調味料入れて」
「はい」
前もって統が用意していた調味液を炒めた具材に回しかける。ぐつぐつといい音を立て始めてほっとした。
「なんとか焦げずにすんだみたいだな」
ふたりで鍋の中を確認してホッとした。
「キュウのおかげだね」
統が抱いているキュウに、瀬里奈が笑顔を向けた。その顔を見た統が不服そうだ。
「料理が無事だったのはよかったけど、俺としては残念でならないけどな」
「……っ」
意味深な言葉に落ち着き始めた瀬里奈の心臓がまたもや大きな音を立てる。それと同時に赤くなってきた顔を見て統が笑う。
「笑わないでください」
恥ずかしさに耐えきれなくなった瀬里奈が、頬を膨らます。
しかしそれを見た統はますます笑みを深めた。
「ごめん。ついかわいくてね。でも嫌われたら困るから、もうやめておく」
統はキュウを床に下ろすと、手を洗って生春巻きの準備にとりかかった。
瀬里奈も熱を持った頬を手でぱたぱた冷ますと、統の手伝いをした。