書籍詳細
禁断同居生活~イジワル御曹司の独占欲~
あらすじ
「腕の中に閉じ込めておきたい」甘くてキケンなイケない関係
ちょっとだけ男性が苦手な真珠は母と二人暮らし。しかし母の再婚相手はまさかの自分が勤める会社の社長で、その息子である苦手な上司・一颯が突然義兄になってしまった! おまけに一颯との同居を勝手に決められ、家でもこき使われる覚悟をした真珠だったけど……。二人になった途端、なぜか一颯にSモードが入って、超あぶない同居生活が始まった!!
キャラクター紹介
有坂真珠(ありさかましろ)
男性が苦手な恋愛奥手女子。母の再婚でとんでもないことに!?
天野川一颯(あまのがわいぶき)
真珠をこき使う上司で、大手寝具ウエア会社の御曹司。
試し読み
一颯さんが何を考えているのかわからなくて、少し身体を離すと彼を見つめ小首をかしげた。一颯さんは左手で頭を抱え、深くため息をつく。
「それは無意識にしてるのか? そうだとしたら、お前はたちが悪い」
「な、何を言って……」
たちが悪いって、私が何をしたというの?
「その顔を俺以外の男に見せるのは禁止だ。男とコミュニケーションを取りたいのなら、俺だけで十分だろう」
「そんな横暴な。それだと仕事ができないじゃないですか?」
「必要以上にということだ」
何を怒っているのか、一颯さんの口調が少し悪くなる。いつものことと言えばいつものことだけれど、今日の一颯さんはどこか何かが違うような……。
どこが違うか考え始めると、一颯さんは立ち上がり私に背を向けて腕を組んだ。
「全く。これだから真珠から目が離せないんだ。いっそのこと、俺の腕の中に閉じ込めておくか……」
聞き捨てならない言葉が耳に届き、慌てて顔を上げた。一颯さん、何げにスゴい発言をしてるって、わかっているのだろうか。
俺の腕の中に閉じ込める……閉じ込める……閉じ込める……。
ちょっとイケナイ妄想をしてしまい、ボッと顔が熱くなる。恥ずかしくなって顔を隠した両手を、一颯さんに取られた。
「何、ひとりで遊んでいるんだ。風呂が沸いたから、先に入れ」
「あ、遊んでるわけじゃないです。それに、お風呂は一颯さんからどうぞ」
うちは父親が早くに他界してよくわからないけれど、風呂というものは家長、男の人からと聞いたことがある。もちろんこの家の家長は一颯さんで、私から入るなんてそんな恐れ多いことできるわけがない。
「いや、俺はまだ仕事が残ってるからな。それが終わってから入る」
「そうなんですか。じゃあ、お言葉に甘えて」
仕事があるなら仕方がない。でもやっぱり一颯さんクラスになると、仕事を家に持ち帰るなんてことがあるのね。今日だって出張から帰ってきたばかりだし、部長と専務の兼任じゃ休む暇もなさそうだ。
それにしてもこんな広い家、社長が一緒に住んでいたとき掃除は誰がしていたんだろう。洗濯や食事の支度は?
聞かなきゃいけないことはまだたくさんあるけれど、今日のところはお風呂に入って疲れた身体を癒やしてこよう。
バスルームに向かおうとして歩き出し、リビングから出ようとしたところで肝心なことを思い出す。
「……あっ!」
「どうした?」
「バスルームの場所、聞いてませんでした。それと、引っ越しで運んでもらった私の荷物ってどこに?」
今、私の手元には、普段使っているバッグがひとつあるだけ。それ以外のものは、引っ越しで運んでもらったダンボール箱の中に入ったまま。それがなくては、お風呂にも入れない。
「悪い、そうだったな。真珠の荷物は、玄関を入ってすぐ左側にある和室に運んである」
一颯さんの後についていくと、和室の隅に六つのダンボール箱が積まれていた。何が入っているか書いた文字を確認し、その中からひとつのダンボール箱を開く。
「シャンプーやタオルなんかは家のを使え。今いるものだけ出して、残りの荷物は明日からおいおい片付ければいい。俺も手伝う」
「はい。ありがとうございます」
明日は土曜日。せっかくのお休みを私のために使わせてしまうのは気が引けるけれど。一颯さんのことだから、もし断っても『はあ? 俺の好意を無駄にするつもりか?』とかなんとか言って却下されるに決まっている。だったらここは素直にお願いしたほうが、賢いというものだ。
一颯さんに言われたものだけをダンボール箱から出し、緊張の面持ちで胸の前にギュッと抱える。
「用意できたか?」
一颯さんにそう聞かれ「はい」とうなずく。
お風呂に入るだけなのに、まさかこんなに緊張する日が来るとは思ってもみなかった。
慣れるまでしばらくはこんな日が続きそうだなと、憂鬱な吐息を漏らした。
「お風呂、ありがとうございました」
今日から自分の家なのに『ありがとうございました』もどうかと思うけれど。今日は初日、何事も初めが肝心というし丁寧な挨拶は欠かせない。でもいつまで経っても返ってこない返事に、リビングを見渡すと――。
「あれ、一颯さんがいない」
仕事が残っていると言っていたけれど、どこか違う部屋でやっているんだろうか。捜しに行きたくても、まだこの豪邸の間取りがよくわからなくて。
テレビの取材を受けていたときに、6LDKと紹介されていたような記憶があるけれど、そんな家の中を勝手に歩き回っていいのだろうか……と無駄な心配をしてみたり。
お風呂上がりで喉が渇いているのに冷蔵庫を勝手に開けていいのかどうか、自分の家だと言われても戸惑ってしまう自分がいたり。
何もかも勝手がわからなくて、ひとりその場に立ち尽くす。すると寂しさからか、母の顔が頭をかすめた。
お母さん、今頃、何してるかな……。
狭いながらも楽しい我が家。母とのマンション暮らしは慎ましくも、毎日笑いに包まれていた。父親がいないことの寂しさを感じさせない母の明るさは、いつも私の心の支えだった。
母が社長と一緒にアメリカに行くと聞いてから一週間。気持ちの整理はつけたつもりでいた。一颯さんがいるから大丈夫だと思っていたけど、こんなときはやっぱり寂しいし心細い。
ふと母の笑顔が浮かび、視界に滲み始める。我慢していた涙が、はらりと目の縁からこぼれた。
はあ、情けない。まだ数時間前に別れたばかりでこれでは、ひとりじゃ何もできない幼い子どもと変わらない。
しっかりしろ、真珠。こんな姿を一颯さんが見たらまた心配……じゃなくて、怒られてしまう。
大急ぎで涙を拭い、自分に活を入れるためパチンと頬を叩いた。
その間も、一颯さんは一向に姿を現さない。どうしたものかと困り果てリビングを行ったり来たりしていると、突然音もなくリビングのドアが開きびっくりして大きく飛び跳ねた。驚きすぎて、心臓が口から飛び出しそうだ。
「何、犬みたいに歩き回ってる?」
「一颯さんっ!」
ドアが開いたときはいなかったのにどこから現れたのか、一颯さんが腕を組み壁にもたれかかって立っている。
「可愛い顔をして行ったり来たりしているから、しばらく黙って見ていたんだが」
一颯さんはそう言いながら、ニヤリと右側の口角を上げた。からかわれているとわかっているのに、まだ心臓がうるさくて反論できない。それに、可愛いとか……。
そういえば数時間前にもカフェで『可愛い顔をしているから』と言われたけれど、可愛いというのは一颯さんの口癖なんだろうか。それとも、初めてできた妹だから?
彼の言う“可愛い”の基準がよくわからない。
「で、一体何をしていたんだ?」
あぁ、そうだった。一颯さんがからかうようなことばかり言うから、本来の目的を忘れていた。
「一颯さんがリビングにいなかったから捜そうかと思ったんですけど、家の中をうろうろするのはどうかとかいろいろ考えてしまって」
「それで、あっち行ったりこっち行ったりしてたわけか。この家には俺と真珠しかいない、どこをうろうろしていても問題ないだろう」
それはそうかもしれないけれど。こんな大きくて広い豪邸でうろうろしていたら、迷子になるという問題が発生しそうだ。
「それと」
「まだ何かあるのか?」
「はい。お風呂に入って喉が渇いたんですけど、冷蔵庫って勝手に開けてもいいんでしょうか?」
冷蔵庫の中のものは一颯さんが買ってきたもの。それを私が勝手に飲んだり食べたりするのはいかがなもの?
至って真面目にそう聞いたのに、一颯さんは呆れたように頭を抱えると嘆息を漏らした。
「自分で買ったものじゃないし、とか言うなよ。何度も言うが、今日からここはお前の家なんだ。自由にしたらいい。先に言っておくが、生活費のこともいちいち考えるな。真珠から一円だってもらうつもりはない」
「でも……」
「二度言わすか。あまりうるさく言うと、その口塞ぐことになるけどいいのか?」
壁にもたれていた身体を起こし、一颯さんが私の前までやってくる。その様子をじっと見ていた私の顎に手を当てたかと思うと、それをクイッと押し上げた。
一颯さんと私の身長差は三十センチ以上。それなのに彼が前屈みになっているからか、その距離は十センチと近い。思わず息を止める。
「あ、あの……」
「真面目なのはいいことだが、俺の前では普段の真珠でいろ。それと、また敬語に戻ってる。家では上司と部下じゃないんだ。敬語だと、お互いに疲れるだろう」
「い、いや、そうでもないです。今のところ、敬語のほうが慣れてて楽ちんです」
そう本音を言うと、間近にある一颯さんの顔が不機嫌に歪み眉間に深いシワが刻まれる。それでも顔が整っていて、イケメンなのは変わらなくて。
一颯さんってまつげ長いんだ。よく見ると瞳の色も少し茶色い。血色の良い唇は、潤いもあって清潔感バッチリ。どんなお手入れをしてるんだろう。
こんな状況なのに意味もなくそんなことを考えていると、一颯さんがふっと小さく笑う。
「そんなに俺の唇が気になる?」
「え? あ、えっと、そうじゃなくて……」
「物欲しそうな目をしてるけど、どうしてほしい?」
一颯さんの瞳に光が宿る。その瞳に捉えられて、逸らすどころか瞬きさえもできない。こんなことは初めてで、自分の身体が自分のものではないみたいだ。
どうしてほしい──。
その意味さえもわからなくて、この状況から逃げることもできない私はギュッと目を瞑った。と、次の瞬間!
唇に何かが触れたのに気づき、そっと目を開ける。それが一颯さんの唇だとわかっても、彼の左手に頭の後ろを押さえられていて動かすことができない。
「ファーストキス?」
まだ薄く触れている唇が甘く囁く。頭の中が真っ白になって何も考えられない。ただ聞かれたことに答えるように、首を縦に数回振った。
私、一颯さんにキスされてる……。
どうしてこんなことになっているのか。ファーストキスの相手が、まさか一颯さんだなんて……。
これは現実? それとも夢? 私たちは兄妹なのに、こんなことしてもいいの? 頭の中が疑問符だらけで、何から解決したらいいのさっぱりかわからない。
終わらないキスに徐々に身体の力が抜けていき、立っているのもやっとの状態で。もう限界と足元から崩れ落ちそうになった私の身体を一颯さんは素早く抱え、そのまま抱き上げてしまう。
「悪い。少し調子に乗りすぎた」
ぐったりしている私の身体を労るように抱き直し、一颯さんはリビングから出ると階段を上り始めた。
「寝室は、階段上ってすぐ左の部屋だ」
その言葉にうなずくと、一颯さんの首にしがみつくように身体を預ける。
今日はもう疲れた。何も考えたくない……。
徐々に瞼が重くなって、そのまま一颯さんの腕の中で深い眠りについた。