書籍詳細
エリート警視に捕まりました~秘密の恋は危険な香り!?~
あらすじ
「君を誰にも渡したくない」
イケメン警視の独占欲に火がついたら……!? 逃げられない
IT企業に勤める里紗は、不審者から助けてくれたイケメンの男性・涼真と恋に落ちる。自分のことを話したがらない彼に違和感を覚えつつも惹かれていくが、なんと勤務先に派遣社員として涼真が現れた! しかも彼は偽名を使っており、会社では他人のふりをしてほしいと告げる。彼の目的は一体なに!? 信じたいのに信じきれない里紗の恋心は揺れて……。
キャラクター紹介
![](https://marmaladeb.jp/wp/wp-content/uploads/2020/06/heroine_MBL55.jpg)
宇頭里紗(うとうりさ)
IT企業勤務。昔から電子機器を扱うのが得意。その容姿からセクハラなどに合いやすい。
![](https://marmaladeb.jp/wp/wp-content/uploads/2020/06/hero_MBL55.jpg)
本星崎涼真(もとほしざきりょうま)
警視庁公安部公安一課の警視。口数が少なく、秘密主義。多少強引なところもあるが、真面目。
試し読み
店の外に出た私たちは、駅に向かって歩き始める。
どちらが引き留めるわけでもないのに、その歩みは牛より遅いくらいだった。
本星崎さんは、駅前のコインパーキングに車を停めているという。
寂しいけれど、いつまでもこのままじゃいられない。
「ごちそうさまでした。今日は楽しかったです」
「ああ、俺も。楽しかった」
同じ感想を返してくれる彼に、ぎゅっと心臓を摑まれたような気がした。
ここでさようならしたら、今度はいつ会えるだろう。二度と連絡は来ないかもしれない。
「あ、あのっ」
またジムでも会えますか?
本星崎さんの仕事が忙しいうちは無理でも、落ち着いたらまたジムに来てくれるかな。
勇気を振り絞って尋ねようとした私より先に、本星崎さんが言った。
「次は、どこへ行こうか」
「えっ」
「迷惑でなければ、また会いたい」
目を見開き彼に向き直ると、本星崎さんも私の顔を一心に見つめていた。
まさか、そんなことを言ってもらえるとは。
心臓が痛いほど音を立てて高鳴る。
「そうだ、大事なことを聞き忘れていた。君に彼氏はいないんだっけ?」
「はい、いません」
こくりとうなずくと、本星崎さんはうれしそうに目を細めた。
「それは朗報だ。じゃあ、俺が君のことをもっと知りたいと思っても大丈夫かな」
「わ、私もっ。もっと、お話ししたいですっ」
「君といると楽しいから、時間が過ぎるのが早くて」
「わかりますっ。私も本星崎さんといるととっても楽しいです」
ロックバンドのヘッドバンギングかと思われるくらい激しくうなずくと、頭上からクスリと笑い声が降ってきた。
「そうだ。もしよかったら、車で送って――」
彼のありがたい申し出は、無粋な音で遮られた。
天まで上がっていたテンションが、すうっと地上まで下がるのを感じる。
現代人なら、誰もが察しがつくだろう。スマホのバイブレーションの音だ。
本星崎さんは、手を顔の前に出し、「ごめん」と謝ってから私に背を向けた。
電話の相手、誰だろう。
気にならないわけはない。しかしあんまり気にする素振りを見せるのもよくないと思い、おとなしく彼の電話が終わるのを待つことにした。
「ああ、そう。すぐに行く」
彼はごく短時間で電話を済ませ、振り向く。
「申し訳ない。呼び出しだ」
「お仕事ですか?」
「ああ。もう少しゆっくり話をしていたかったが、行かなきゃならない」
残念そうな顔をしているから、ウソではないだろう。
今にも駆け出しそうな彼を、快く送り出さなきゃ。そう思うのに、表情筋がうまく動かない。
もう少しだけ。一分でもいいから、もう少し長く本星崎さんと一緒にいたかった。
「そうですか……」
後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、私は前を向く。
駅はすぐそこ。大丈夫、ひとりで帰れる。
それに、きっとまた近いうちに会える。永遠の別れじゃない。
なのにどうして、こんなに寂しいんだろう。
見上げると、彼は背中を丸くし、私の顔をのぞきこんだ。
「……俺に触れられるの、嫌じゃない?」
「え? は、はい」
なぜそう聞かれるのかわからないながらも、私は本心からうなずいた。すると、彼の長い腕に抱きすくめられる。
驚きで声を失った。このような展開になるとは予想もしていなかった。
彼に触れられるのは嫌じゃないけど、まさか路上で……。心臓が壊れそうなほど高鳴る。
こんなこと初めてで、どう反応していいのかわからない……。
耳元で聞こえるのが自分の鼓動か彼のものかもわからないまま立ち尽くしていると、彼がゆっくりと体を離した。
「また連絡する。夜道に気をつけて」
混乱する私を置き去りに、彼は颯爽と走り去る。
彼の長身が見えなくなった頃、ようやく我を取り戻した私は、その場にうずくまってしまった。
こ、腰が抜けた……。
体中が火照っている。頰が熱くて、指先が震えた。
私、本星崎さんに抱きしめられてしまった。
彼はどういうつもりで、私を抱きしめたんだろう。好意を持ってくれていると思ってもいいのかな。
あ……でも、仕事の内容とか、詳しく教えてくれないというか……自分のことを話したがらないのはどういうこと?
違和感が脳裏をかすめたけど、深く考えるのはやめた。
問題は、彼が私のことを、どう思っているのかということ。
嫌いじゃないのはわかった。でも。私と同じ気持ちでいてくれているかは、まだわからない。
うずくまったまま火照った頰を押さえていると、通行人が訝しげな表情で私を見ては通りすぎていった。
余計に恥ずかしくなり慌てて立ち上がると、なにもなかったような顔を作って歩き出す。
まるで体が宙に浮いているみたいに、足取りは軽かった。
**
警視庁公安部。
『公安一課』のプレートが掲げられた一室で、俺はふと顔を上げた。
「思い出した」
「あ? 涼真、なにか言ったか?」
向かいでラーメンを食べていた、同期の藤川がこちらを振り返る。
今ここにいるのは、上司である課長と俺たちふたりだけ。あとのメンバーは、それぞれ捜査に出ている。
庁内にある食堂から出前してもらったカレーを隅のテーブルで食べているうちに、仕事とは別のことを考えていたらしい。
そのおかげで、大事な手がかりを思い出した。
「おい、さっさと言えよ」
ふんわりした茶髪で、柴犬を彷彿とさせる藤川。同じく犬で例えるなら、俺はシベリアンハスキーだと同僚に言われたことがある。
一週間前、宇頭里紗と会っていた俺はトラブル発生の報を受け、ここ警視庁に急行した。警視庁のコンピューターにハッキングの犯行予告メールが送られてきたのだ。
到着したのは連絡を受けた三十分後だった。
予告をしてきたのは、以前から反政府運動を繰り返している『第七戦線』と呼ばれる団体だ。
団体といっても現実に拠点があるわけではなく、ネット上で活動する組織のようだ。
宇頭里紗が不審者に襲われた日の数日前から本格的に第七戦線の捜査を命じられていた俺は、絶対に計画を阻止しなくては、と鼻息荒く挑んだ。
しかしその夜、第七戦線が警視庁のコンピューターにアクセスを試みた痕跡はなく、サイバー犯罪課と共に見張りをしていたが、結局はなにも起きなかった。
ただのハッタリだったのか、相手がハッキングに失敗しただけなのかは、第七戦線の者にしかわからない。
俺はその日の彼女……宇頭里紗との会話を思い出す。
職業は、と問われて、ごまかすことしかできなかった。
警視庁公安部公安一課で働く俺の階級は警視。仕事では家族にも恋人にも話してはいけない機密を扱っている。
主に国家に牙をむく政治犯の取り締まりをするのが公安だ。
たとえ調査で数日間家を空けることになっても、その場所や期間さえ外部に漏らしてはならない。
だから、知り合ったばかりの彼女に、職業のことは言わない方がいいと思ったのだ。
あの事件からずっと怯えて生活しているのではないかと心配だったが、食事に誘った彼女はあの夜とは違った、穏やかな顔で笑っていた。
夜間にひとりで出歩くことはできなくなったようだが、まあまあ眠れているみたいだし、食欲もあって安心した。
小さな顔に、丸い大きな目。主張しすぎない鼻に、ピンク色の頰。薔薇の花びらのような唇。
幸せそうに食事をし、コロコロ表情を変える彼女と、もう少し一緒にいたかった。
……というのは、置いておいて。
実は一週間前の偽予告の翌日、新たな犯行予告メールが届いた。
それは『首相官邸付近において大規模なテロを実行する』というものだった。
もしメールをよこした者が本気でそれを計画しているなら、未然に阻止しなくてはならない。
調査するうち、ひとつの企業が今回のテロに関わっている可能性が浮かび上がってきた。
いや、テロリストがその企業に関わっている、と言った方が正しいだろう。
予告メールを送ってきたアカウントの痕跡を調べると、それとは別のアカウントで頻繁にその企業のシステムにアクセスしようとしていたことがわかった。
今ではそのアカウントも無効になっている。
企業のコンピューターをハッキングして、テロを起こそうとしているのかもしれない。
その会社は、偶然にも宇頭里紗が勤務する会社で、俺は自分の目を疑った。調べてみると、彼女もプログラミングやシステム開発にも関わっているということで、余計に驚いた。
にわかには信じがたいが、もしや彼女がテロに関わっているのでは?
まさかと思いつつさらに彼女の調査を行った。彼女の後遺症について心配しつつも、シロだとわかるまでは会うのは避けたかった。
結果、彼女の仕事に対する態度は真面目、プライベートもつつましいもので、仕事内容からもテロ組織と繫がるような証拠はひとつも出てこず、テロとは無関係とわかった。
彼女がシロだということは、想像以上に俺を安堵させた。そこでやっと、食事に誘うことにした。調べたことを確認するためだと、自分に言い聞かせて。
彼女が言うには、多岐に亘るアプリやシステムの開発に関わっているらしい。その情報が悪用されようとしているのだろう。イコール、テロリストと関わる可能性も出てきてしまう。
すでに調べた情報をあらためて確認するような質問をすると、彼女はよどみなく答え、そこに疑うべきものはなく安心した。
そして、彼女への罪悪感を感じつつ、仕事上だけでなく彼女に会えることに浮き立っている自分を認めざるを得なかった。
「そういえば、興味深い情報を仕入れたんだった」
「なんだよ。勿体つけないで言えよ」
藤川がラーメンを食べ終えてどんぶりをテーブルに置くと、遠慮のない大きな音がした。
「例のIT企業で、無断欠勤者がいるらしい」
言うと、藤川は興味深げに身を乗り出した。
「そいつ、怪しいかもしれないな。名前は?」
「苗字は佐野。年齢は三十五、女性」
「女性か。だからといってテロリストじゃないとは限らない」
一瞬で真剣な目つきになる藤川。
佐野氏が犯人と決まったわけではない。しかしまったく関わっていないとも言い切れない。
もっと言ってしまえば、社員、派遣、パート、全員が怪しいのだ。
雲を摑むような調査だ。どんな小さな情報でも潰していかなければ。
いつもなら部下に任せて傍観するが、今回はそうする気になれない。
なぜなら、宇頭里紗のことがどうしても気になってしまうからだ。
「……実際に行って調べるのが早いか」