書籍詳細
政略結婚、どうぞよろしく~クールな御曹司の独占愛~
あらすじ
「箱入り娘と政略結婚、楽しみになってきた」
最悪なお見合いだったのに……まさかの溺愛生活?
実家を救うため、百貨店の御曹司・雅鶴とお見合いしたゆりか。雅鶴は以前、困っているところを助けてくれた憧れの人だった。だが雅鶴は彼女を覚えておらず、跡取りを生んでくれるなら誰でもいいと言う。この結婚に愛情は望めない――諦めつつも彼に惹かれるゆりかを、雅鶴はからかうように甘く誘惑してくるように。彼の本当のキモチがわからない……。
キャラクター紹介
丸谷ゆりか(まるや ゆりか)
呉服屋の娘で恋愛経験がない。真面目で愛情深い。双子の姉の身代わりでお見合いすることに。
藤山雅鶴(ふじやま まさつる)
上から目線の言い方をするが面倒見のいい人。大手百貨店の副社長で御曹司。
試し読み
「遅くなってしまったし、今日は家に泊まって」
嬉しいお誘いだけど、あまり一気に距離が縮みすぎると、飽きられてしまわないか不安になる。返事をしない私に近づいてきた雅鶴さんが後ろから抱きしめてきた。彼の体温が背中に伝わってきて動揺してしまう。
「あ、あのっ……、雅鶴さん……わ、私」
「夫婦になるのだからそんなに恥ずかしそうにしないでくれ。ちゃんとゆりかのペースに合わせて大事にするつもりだ。これからの俺たちの人生は長いからな」
恋愛初心者の私にペースを合わせたら、痺れを切らすのではないかと心配になる。
「ご両親とお姉さんが心配してしまうから、連絡を入れといたほうがいい」
「はい。……ご迷惑でなければ、私も雅鶴さんと一緒に過ごしたいので……お言葉に甘えて泊まらせていただきます」
恥ずかしいけれど勇気を出して言うと、雅鶴さんの抱きしめる力が強くなる。
「あまり可愛いことを言われたら前言撤回したくなる。先にシャワーを浴びてくるからゆっくりしていてくれ」
雅鶴さんは私から離れてバスルームへと消えていった。その間に母に連絡を入れると『了解よ。雅鶴さんによろしくね』と絵文字がいっぱいついて返信が届いた。
私は夢見心地のまま立ち上がり食器をキッチンで洗うことにした。ちゃんと、私も雅鶴さんのことが好きって言いたい……。言わなきゃ。
考えながら食器を洗い終えた時、後ろから抱きしめられる。お風呂上がりのいい香りが漂ってきた。
「ゆっくりしていていいと言っただろう? ゆりかは働き者だから心配になるんだ。ゆりかも入ってこい」
「お風呂、いただきます」
抱きしめられるたびに心臓が壊れそうなほど暴れるので、逃げるようにバスルームへと向かった。
綺麗に磨き上げられているバスルームで、彼と同じ香りのシャンプーとボディソープを使わせてもらう。まるで雅鶴さんから抱きしめられているような感覚になって全身が赤く染まった。これくらいのことで反応していたら身が持たない。
結婚したらひとつ屋根の下に住むのだから、もっと慣れていかなきゃ。
入浴を終えた私は、脱衣場に用意してあった雅鶴さんのスウェットを借りて着替えると、大きくてダブダブしている。
まさかこんな展開になるとは思わず、お泊りセットを何も持ってきていない。
雅鶴さんの洋服に身を包んだ姿を見るだけで幸せな気持ちに襲われる。メイクを取ってしまいすっぴんになった自分は、子どもっぽいなと思った。嫌われないかな。
彼の周りには美しい女性が数え切れないほどいるだろう。雅鶴さんは外見で判断しない人だとわかっていても、好きな人には少しでもいい印象を持ってもらいたい。口紅くらい塗りたいけれどバッグはリビングに置いてきてしまった。
いつまでもこもっているわけにいかず、恥ずかしいけれどリビングに向かった。
扉から顔を覗かせると、ソファーでノートパソコンに向かっている彼がこちらに視線を向ける。
「お風呂、ありがとうございました」
雅鶴さんは私のことをじっと見つめた後、顎に拳を持っていってケラケラと笑うので、何かおかしいのかと不安になりその場から動けなくなる。
雅鶴さんはノートパソコンをテーブルに置いて立ち上がり近づいてきた。目の前に来ると頭をポンポンと撫でて柔らかい笑顔を浮かべた。
「あの、何かおかしいでしょうか……」
「俺のだから大きいなと思って」
「はい、でもとても温かくて落ち着きます」
緊張のあまり変なことを口走ってしまうと、彼はまた楽しそうに笑い出す。
「ゆりかおいで」
ソファーに誘導してくれ座るように促された。雅鶴さんがワインとグラスを持ってきて、すぐ隣に腰を下ろした。すぐ近くに雅鶴さんの体温を感じて体が硬くなった。アルコールを飲んで酔ってしまったほうが穏やかに過ごせるかもしれない。雅鶴さんが私の冷たくなっている手を優しく握った。
「そんなにカチカチにならないでくれ。大丈夫だから」
「はい」
好きな人と一緒に過ごすことができて嬉しいのに、なんせ恋愛経験がないものでどうしていいのかわからない。
「ゆりかに甘えてもらえるようになると嬉しいんだが」
「……甘える……ですか?」
自分から甘えるなんて。想像するだけで顔から火が噴き出してしまいそうだ。
「愛おしい人には甘えてもらいたいものなんだ。男心だ。覚えておいてくれ」
雅鶴さんが顔を近づけてきて耳元に唇を寄せてくる。低くて艶っぽい声で囁かれた私は骨抜きになってしまいそうになった。
赤ワインとチーズを食べながら、私たちはゆったりとした時間を過ごして、会話を重ねていく。
「こういうふうに自然と誰かを大切にしたいという気持ちが湧き上がってきたのは、ゆりかがはじめてだ。恋愛や結婚に興味がなかった俺が君に出会えたのは奇跡かもしれないな」
ワイングラスをテーブルに置いて、私に視線を向ける。
その瞳はとても優しくて、見つめてもらえるだけで幸せに包まれる。
「ゆりかの初恋の話を聞いた時、はぐらかしただろう? 君のことはすべて知りたい。話してくれないか?」
過去にそんな話をしたことがあったが、はぐらかしたことを覚えていたなんて。初恋と言われて思い出すのは、雅鶴さんと花屋で会った日のこと。彼は覚えているかな?
私とお見合い前に運命的な出会いを果たしていたことを——。
もう強がって隠しておく必要はないのだから、素直に伝えてみよう。緊張しながらも私は口を開く。
「私の初恋は……雅鶴さんです」
予想外の言葉だったのか雅鶴さんは驚いたように眉毛を上げた。
「お話するタイミングがなくて、なかなか言い出せなかったのですが、お見合いの前にお花屋さんで雅鶴さんとお会いしたことがあるんです」
雅鶴さんは、唇に弧を描いて優しく微笑んでくれた。
「ゆりかも、俺のことを覚えていたんだな」
私の指を撫でながら穏やかな表情を向けられ、全身がキュンキュンとしてしまう。
「雅鶴さんも……覚えていてくださったんですか?」
「ああ。ゆりかは俺のことを忘れているのかと思っていたから、少しばかり意地悪をしたくなってしまったんだ」
——この結婚は祖母と会社のためだ。姉妹どちらでも、俺にとっては大した問題じゃない。跡取りを産んでくれる女性が必要なだけだ。
冷酷な態度で言われた言葉の裏にそんな思いが隠されていたのだとわかり、私は雅鶴さんらしくないところが愛おしく感じてしまった。
「私の不注意でぶつかってしまって、花束がバラバラになってしまったんですよね。雅鶴さんがもっと大きな花束を買ってくれて。確かあの時、雅鶴さんはお祖母様に花束を購入されていたと思うんです。その時に家族思いの素敵な人だなって思いました」
「まさかそんなふうに思ってくれていたとは、光栄だ」
私は雅鶴さんに笑顔を向けた。
「あれからずっと気になっていたんです。もう一度お会いしたいと。こんなに一人の男性のことを考えていた時期はありません。私の初恋だったんです」
部屋の空気が甘く香っていくような気がした。雅鶴さんが私の腰に手を回して体をさらに密着させた。
「まさかお見合いで再会できると思いませんでした」
「それなのに冷たく当たってしまって申し訳なかった」
心から反省しているのが伝わってきて、私は首を横に振る。
「もういいんです。お見合いで会った時は私も反抗的な態度で……すみませんでした」
頭を下げてから雅鶴さんに視線を合わせると、彼は私の顔を覗き込む。
キスをしてしまいそうなほど近い距離に心臓がまたトクンと跳ねた。
「それで、今は? 俺のことどう思ってる? ゆりかの本当の気持ちを聞かせてほしい」
「今は……」
自分の気持ちをはっきり伝えるのはとても恥ずかしいけれど、気持ちは伝えなければ伝わらない。耳が千切れてしまいそうなほど熱くなっている。
雅鶴さんは私のことを大切に想ってくれていることを教えてくれた。私も愛する気持ちを言いたい。
「一緒にお仕事をしていく中、雅鶴さんの藤山百貨への真剣な愛情を知りました。的確に仕事の指示をするところなんて本当に素敵だと思いましたし、部下への心遣いもできますし、一緒にいればいるほど私は雅鶴さんの魅力に落ちていきました」
羞恥心を隠すように早口になってしまった。大事な一言をまだ言えていない。
深呼吸をして雅鶴さんを見つめた。
「雅鶴さんのことが大好きです」
なんだろう。感情が昂りすぎて泣いてしまいそう。瞳に涙が浮かび雅鶴さんの顔が歪んで見えなくなる。
「やっと、ゆりかの気持ちを聞かせてもらって安心した」
うつむくと顎を持って視線を合わせられる。
「俺はゆりか以外の女性は目に入らない。これからの未来、ますます君のことを愛していくから」
歯が浮くようなセリフを平気な顔して言われるとこちらが照れてしまう。雅鶴さんが言ったらキザにならないのがすごい。全身に火がついてしまったみたいに熱くなる。
「私も、雅鶴さんのこと……世界一大切にします」
目を細めて見つめられてから長い腕で力強く抱きしめられた。
「可愛いことを言って俺を惑わさないでくれ」
「そ、そんなこと……」
「今日は同じベッドで眠ろう。ゆりかと離れたくないんだ」
心の準備ができていない私は、抱きしめられた雅鶴さんの胸の中で動揺してしまう。
可愛い下着だけつけていないし、いきなりそういうことは……。
結婚する前に相性を確かめておく必要はあると……そういう話も聞いたことがある。でも、今日、両想いなったばかりで……、ど、どうしよう。
気持ちが通じ合ったのだから、そういうことをしてもいいのだろうけど……。考えていると顔がだんだんと熱くなってきて、脳みそが沸騰してしまいそうになった。
「あ……、えっと……そのっ」
雅鶴さんが私を解放すると吹き出して笑い、私の頭をぽんぽんと撫でてくる。
「この頭の中で何を考えているんだ?」
「いえっ、な……なにも……!」
「もしかして、俺に抱かれることを想像していたとか?」
図星だった私は、思いっきり動揺してしまう。顔がヒリヒリして熱い。そんな私を見る雅鶴さんの瞳があまりにも優しかった。雅鶴さんは、私のことを好きだと想ってくれているんだと感じて胸にじんわりと温かい感情が流れ込んできた。
「さっきも言っただろう? ゆっくりと愛していこうと思っているから、そんなに怯えないでくれ」
私は安心して、こくりと頷く。そしてつい雅鶴さんが素敵なので見入ってしまった。
「まあ、ゆりかが今すぐにでも抱かれたいって言うならそうしてあげてもいいけど」
「いえいえいえ」
思いっきり頭を左右に振る私。雅鶴さんは余裕を持ちながらも、少し悲しそうな表情を見せた。
「そんなに否定されると傷つく」
「決して嫌なわけではなくて……」
こんなことを言ってしまえば、抱かれてもいいと言っているようにも聞こえる。
日本語って本当に難しい。
「脈拍数が上がりすぎて……今日は心臓が持たなそうなのです」
消えてしまいそうなほど小さな声でつぶやく。雅鶴さんは全てお見通しというような表情をした。恋愛経験のない私の考えなんて、雅鶴さんくらいの男性ならわかってしまうのだろうなぁ……。
「添い寝だけ。同じベッドで一緒に眠りたいんだ」
大人の男性からそんなに優しい言葉が出てくると思わず、私は大きく目を見開いた。
「はい、私も一緒に眠りたいです」