書籍詳細
強引社長の過剰な独占愛
あらすじ
「気のすむまで抱きしめてやる」
イケメンCEO×傷心OL 24時間愛されてます
環が引っ越し先のアパートで偶然再会したのは、高校時代の先輩・健介。CEOとして健介はすっかり有名人になっていた。かつての想いを叶えようと、健介は環に迫ってくるが、一人で頑張ってきた環は素直に気持ちを受け入れられない。そんな環に健介は、「徹底的に甘やかす!」と宣言。そして始まった健介からのアプローチはどこまでも甘くて……。
キャラクター紹介
久保 環(くぼたまき)
一見しっかりしている掃除大好きな潔癖症だが、料理の腕は壊滅的。
七尾健介(ななおけんすけ)
IT企業のCEO。高校時代、環に密かに好意を寄せていた。
試し読み
まだ五月なのに気温が盛夏並みに高い最近は、夜になると幾分過ごしやすくなる。
七尾がアパートの階段を下りて吹き抜ける夜風に目を細めていると、後からついてきた久保が慌てた口調で言った。
「先輩、ご飯を食べるって、一体どこに……」
「イタリアンな気分だから、駅の傍のピッツァ屋に行こうか。予約なしで入れるといいけど」
最寄り駅である青砥駅周辺は、駅を囲むように商店街があり、たくさんの飲食店や商店、美容室やコンビニなどが立ち並ぶにぎやかなところだ。
郵便局や銀行、スーパーなどあらゆる施設が揃った恵まれた立地である一方、駅から徒歩十分以内の物件は家賃が手頃で、住みやすい。
目的の店は、駅から徒歩一分のところにあった。通りからはわかりづらい細い入り口を入っていくと、周囲の雑多な雰囲気に気後れしたらしい久保がこわごわと言う。
「ここ、本当にピッツァ屋さんなんですか? とてもそんなふうには……」
「入ればわかるよ」
中はこぢんまりとした造りで、カウンターの中にピッツァを焼くための大きな石窯があった。
ちょうど予約がキャンセルになったテーブル席があり、そこに通される。
「すごく混んでますね」
「結構有名な店で、いつもは予約しないと入れない。今日はラッキーだったな」
マルゲリータにアンチョビを載せたロマーナ、レバーの窯焼き、チーズの盛り合わせとアルコールを頼み、乾杯する。
それから二、三分でピッツァが出てきて、久保が驚いた顔で言った。
「わ、早い。もう出てくるなんて」
「ここの石窯はガスじゃなく、薪を使ってるんだ。超高温だから、一分くらいで焼き上がるらしい」
生地はパリパリで軽く、イタリアビールによく合う。
そこで彼女がふと思い出した顔で、自分のバッグを漁った。そして金が入った茶封筒を取り出し、七尾に向かって差し出してくる。
「すみません、これ、受け取ってもらえませんか」
「何だ?」
「お金です。ここ最近、ずっと夕食をご馳走になってばかりだったので、食費をお支払いしなきゃと思っていて」
相場がわからず、とりあえず手間賃も含めて一万円を包んだという。七尾は封筒を押し戻してあっさり言った。
「いらない。別にたいした金額はかかってないから、気にしなくていい」
「そんなわけにはいきません。わたしたちはただの隣人なんですから、線引きはきっちりしないと。食材を買うには当然お金がかかりますし、作る手間もありますし」
頑なに食い下がってくる久保に呆れ、七尾はビールのグラスをあおりながら答える。
「そこまで深く考えることか? 作るのは自分の分も兼ねてて、一人分増えたところで俺はまったく負担じゃない。それなりに金を稼いでるし」
「それは、そうかもしれませんけど……」
世間の相場よりかなり多くの金を稼いでいる七尾だが、仕事ばかりでほとんど使うことがなく、貯まっていく一方だ。
毎日自炊するついでに彼女に夕食を提供するのは、負担どころか最近の楽しみになっていた。何しろ久保は何でも美味しそうに食べてくれるため、作り甲斐がある。
彼女は押し返された封筒を見つめ、困惑した顔で言った。
「でも――甘えっぱなしっていうのは、けじめがないっていうか」
「構わないだろ。遠慮すんな」
「……っ、どうしてそこまでしてくれるんですか? 確かにわたしは高校時代の後輩で、たまたまアパートの隣の部屋に引っ越してきましたけど、先輩はこっちの揉め事に関わらない選択もできたのに」
それを聞いた七尾は椅子に背を預け、自分の中の答えを探す。
そして久保の顔を見つめて答えた。
「……可愛いから、かな」
彼女が驚きに目を見開き、じわじわと頬を赤くしていく。
その反応を、七尾は微笑ましく思った。しっかりしているくせに初心で、久保は本当に見ていて飽きない。
七尾は笑って彼女に問いかけた。
「――なあ、下心があるから構いたいんだって言ったら、久保さんはどうする?」
「えっ……」
パッと見は知的でクールな印象の久保は、話してみると表情が豊かで、とても素直だ。
七尾の汚い部屋を片づけているときは眉間に皺を寄せ、ピリピリした態度で嫌悪感を隠さない。しかし何気ない接触の際にパッと顔を赤らめたり、七尾が作ったものを食べて笑顔になる様子は、無邪気で可愛い。
だからこそ七尾は、毎日のように彼女に料理を作り、〝餌付け〟してしまうのかもしれない。するとそれを聞いた彼女が、怒ったような顔になる。そして自分のグラスワインをあおって言った。
「からかうのはやめてください。こう言っちゃなんですけど、先輩ってかなり思わせぶりですよね? さらっとわたしの髪に触ってきたり、スキンシップが多くて。きっとすっごく女慣れしてるんでしょうね」
「その気のない相手に触れたりしない。人を使う以上、セクハラと言われるリスクは、充分承知してるから」
七尾がはっきり答えると、久保は虚を衝かれた様子で口をつぐむ。それを眺めつつ、七尾は言葉を続けた。
「思えば再会したときから、気になってたのかもしれないな。恋愛対象として」
「恋愛対象、って……」
「久保さんの顔を見て、俺は高校時代のことをすぐに思い出した。図書室で毎日のように顔を合わせるうち、異性として意識してたこととか――結局どうにもならないまま卒業して、少し後悔したこととか」
いつもは予約がないと入れないという店は盛況で、あちこちから客が談笑する声やカトラリーの触れ合う音が響いている。入り口から入ってきた三人組の新規の客に対し、店員が「すみません、満席なんです」と申し訳なさそうに断っているのが見えた。
そんな騒がしい周囲をよそに、彼女はひどく狼狽しているようだった。やがて久保が、ポツリと言う。
「でも――あのとき先輩には、他に彼女がいて」
「ああ。だから気持ちを口にしたことはなかったし、つきあってた彼女のことも自分なりに大事にしてたつもりだ。でも当時の俺は、本当は久保さんのほうに心惹かれてた」
「……っ」
――そう、確かに好意があったのだと、七尾は思う。
二学年下の久保は年齢よりも落ち着いていて、清潔感のある容姿やたまに見せる笑顔に、心惹かれていた。
しかし交際相手と別れて久保を選ぶのは誠実ではない気がして、なかなか行動に移せなかった。当時の自分の気弱さを思い出し、七尾は苦く笑う。
「彼女と別れて告白なんかしたら、久保さんに軽蔑されるかもしれないって考えて、関心がないふうを装うしかなかった。でも、本当の気持ちを押し隠して彼女とのつきあいを継続してたんだから、結局ずるい男だよな」
そのときの彼女とは大学進学後に距離ができてしまい、互いに気持ちが冷めて別れた。
あれから十年余り、何人かの女性と交際したが、仕事が最優先だったためにいずれも長続きしなかった。しかし思いがけず久保と再会した途端、かつて捨て去ったはずの気持ちを揺り動かされている。
「久しぶりに久保さんに会ってみて、昔とは多少印象は違ってても、やっぱり可愛いと思った。実は潔癖症なことや対応がクールになったのは結構意外だったけど、スキンシップに初心な反応を返すところとか、俺の作ったメシを美味そうに食べるところが新鮮で、気がつけば目が離せなくなってた」