書籍詳細
独占求婚~エリート社長に愛でられすぎてます~
あらすじ
「これ以上好きにさせないでくれよ」
極上御曹司に甘く迫られて……星空ランデヴー
ひょんなことから、憧れの広報課、しかも社長付きに抜擢された美星。イケメンかつ俺様社長・昴一郎のもとで緊張の毎日だったが、南の島のホテルで起こったトラブルをきっかけに、昴一郎と急接近! 「愛している」と熱く囁かれ――甘い一夜を過ごして恋人同士に。すべてが完璧な昴一郎に引け目を感じる美星の前に、彼の旧友という美女が現れて……!?
キャラクター紹介
谷村美星(たにむら みほし)
KGホテルズの広報担当。芯が強く、真面目。趣味は天体観測。
神谷昴一郎(かみや こういちろう)
KGホテルズ社長。クールで仕事には厳しいが、星を愛するロマンチストな一面も。
試し読み
ビジネスランチとは思えないくらい心も食欲も満たされて、美星と神谷は松井シェフに見送られてレストランを後にした。
社用車が待機している駐車場まで歩き始めたところで、神谷が内ポケットからスマートフォンを取り出した。片手で美星に合図をして電話に出る。
「はい。……えっ! ちょ、ちょっと待ってくれ! いったい、どうしたって……」
珍しく、というよりも初めて見る神谷の焦った様子に驚いていると、今度は美星の会社支給の携帯が鳴った。
「はい、谷村です」
『お疲れさまです。秘書課の田辺です。谷村さん、神谷社長とご一緒ですよね?』
電話をかけてきたのは、神谷の秘書である田辺女史だった。
グループの現会長の社長時代にも秘書を務めていた大変優秀な社員で、神谷が社長に就任してからもその職務をしっかりと支えている。美星も広報課に異動になって神谷と行動を共にし始めてから、あらゆる面でお世話になっている。
その田辺秘書からの突然の電話に、美星はただただ驚いた。
「は、はい」
『よかった。今、神谷社長には三木支配人が連絡しているのですが、実はエストレージャホテル銀河島でトラブルが起こりました』
「えっ!」
『トラブルの詳細はまだ把握できていないのですが、とにかく神谷社長には直接現地に行っていただかなくてはいけません』
「は、はい」
突然の事態に、美星は田辺の言葉に相槌を打つことしかできない。
『本来であれば、このようなことを谷村さんにお願いすることは絶対にあり得ないのですが……』
「……はい」
(秘書の田辺さんの代わりに空港まで送っていけばいいのね)
広報である美星の仕事ではないが、緊急事態では仕方がない。そう思って田辺の言葉を待っていた美星だったが。
『谷村さん。あなたも神谷社長と一緒に行っていただけませんか』
「……はっ?」
「……はっ?」
美星の声と神谷の声が重なり、おもわず顔を見合わせる。
「あ、あの、ちょっと待ってください! 私は広報であって、田辺さんのような秘書でもありませんから足手まといになりますし、なによりいきなり出張と言われましても……」
『そうですよね。谷村さんの言い分はごもっともです。このような時は私か三木支配人が社長に同行するのが常識なのですが……。今から秘書室で人手を手配しても間に合わないのが現状なのです』
「そ、それは、そうかもしれませんが……」
早口でまくしたてるような口調からも、田辺女史もかなり焦っているのが伝わってくる。本当にそれは伝わってくるのだが。だからと言って「はい、そうですか」と簡単に引き受けられるものではない。
『飛行機の手配は済んでいますので、そのまま社用車で空港に向かってください。それでは、情報が入り次第連絡を致しますので、社長のことをくれぐれもよろしくお願いします!』
「あ、あの、田辺さん? 田辺さん!」
プツッ、と一方的に通話を終えられてしまった。スマートフォンを耳にあてたまま固まる美星の横で、同じように通話を終えた神谷がこちらへ向き直った。
「谷村さん!」
「は、はい!」
神谷の真剣な表情に今の状況を忘れてドキリとする。
「本当に申し訳ないが、わたしと一緒に来てくれないか?」
(神谷社長……)
さっきまで一緒に食事を楽しみ、時々美星をからかっては楽しそうに笑っていた人とは思えないほど青ざめた表情で、部下である自分に頭を下げる神谷を目の前にして、断れる美星ではなかった。
それに何より、どれほど断る理由を並べたところで大好きなエストレージャホテルの危機を目の前にして、見過ごすことなどできるわけがなかった。
美星の中から葛藤が消えた。
「頭を上げてください、社長!」
おもわず、支えるように神谷の肩に手を置いてしまった。すぐに我に返って、あわてて手を引っ込めた。
「私なんかが同行してどれくらいお役に立てるかわかりませんが、精一杯お手伝いさせていただきます!」
「……ありがとう」
ふっ、と安堵したような神谷の笑顔を見て、美星は自分がなんでもできるような気持ちになっていた。
「私、本当に何をやってるんだろう……」
機内のトイレブースに入って、美星は頭を抱える。さっきまでの根拠のない自信満々な気持ちは、あっさりと消滅してしまった。
あれからすぐに、神谷と一緒に社用車に乗って空港に向かった。スマートフォンに届いた電子チケットで搭乗手続きをして、一気に空の上までやってきてようやく我に返った。
「って、もうすでに遅いんだけどね」
結局、トラブルの詳細もわからないままで、不安は募るばかりだった。
はあ、とため息をついてから座席に戻る。
地上にいた時は気持ちのいい晴天だった。しかし、上空はかなり荒れているようで、さきほどまでかなり揺れが激しく、シートベルトのサインがなかなか解除されなかった。ようやく解除になって、いったん頭を冷やそうとトイレへと向かったのだ。
それでもまだかなり揺れが激しいので、慎重に席に戻る。途中、キャビンアテンダントにお願いしてペットボトルの水を貰ったが、これは美星の分ではない。
美星は席に戻ると、窓際の席でぐったりしている神谷にペットボトルの水を手渡した。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、と言いたいところだけど、正直まだ気分が悪い」
ペットボトルを受け取って、青ざめた顔で一口飲むと、無理に笑ってみせる神谷の姿に美星は胸を痛める。
神谷がぐったりしているのは、エストレージャホテルのトラブルのせいではなく、さきほどまでの飛行機の揺れに酔ったからだった。
少しでも楽になればと思い、神谷の背中に手を回してゆっくり上下に手を動かす。それでもまだ苦しそうな神谷の表情に、美星は自分までも苦しくなる。
「ここで無理しないでください。あの、もしよろしければ、その、私に寄りかかってもらっても……」
多少しどろもどろになりつつも、美星は自分でも驚くような提案を口にした。
「その方が、少しでも楽になれるのでしたら……」
美星の言葉に、神谷は少し目を瞠って驚いたような表情を見せた。
(そうよね。やっぱりそんなこと、常識で考えれば……)
「……ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
ことん、と美星の細い肩に神谷社長が頭を乗せてきた。
肩に感じる重みと体温を実際に体感して、美星はようやく思い至った。自分がとんでもなく大胆な行動を申し出たことに。
(ああ、もう、なに舞い上がってるのよ!)
普段一緒に行動している時には気づかなかった、神谷のつけている控えめなオードトワレの香りを嗅いで、ますます鼓動が早くなって頬が熱くなる。
(静まれ! 今はそんなことを思ってる状況じゃないでしょう!)
必死で言い聞かせるも、顔を少し横に向ければ神谷の伏せた目と長いまつ毛も至近距離で見える。美星は慌てて、視線を不自然なほどまっすぐ前に向けた。
「みっともないな」
「えっ?」
「トラブルで焦っているところを見られて、あげくに乗り物酔いでこんな醜態まで見せてしまって」
耳元で囁くような神谷の低い声にさらに鼓動が早くなるのを自覚しながらも、美星は真正面を向いたまま答える。
「みっともなくないです!」
「……」
「トラブルは社長のせいではありません。ましてや、乗り物酔いなんて体質の問題だし、自分自身でどうにかできるものじゃないです。だから、社長は全然みっともなくなんてないです!」
社長に対しての言葉使いではないと思いつつも、部下としてではない美星自身の本音として伝えたかった。
(私はどうしてこんなにムキになっているの?)
美星は神谷に対する自分の態度が、いつもと違うことに気付き始めていた。
神谷がふっと笑った気配が伝わってきた。それと同時に、肩にかかる頭の重さがさきほどよりも重くなった。
「……じゃあ、もう一つお願いがあるんだけど」
「はい!」
「手を、握ってもらえないか」
「!」
反射的に顔を横に向けると、神谷の顔が思いのほか間近にあった。
食事の時に見せたいたずらっ子のような笑顔を見てまたからかわれたかと思ったが、どう見てもその顔色は悪いままで、無理に軽く言っているようにも思えた。
だから、美星は言われるままに神谷の手を握った。
「大丈夫です。私がついていますから……」
初めて自分から男性の手を握った美星は、心臓が口から飛び出しそうなほど鼓動が早くなっていたが、すぐに神谷の手が少し震えていることに気が付いた。
(……神谷社長)
美星が握ればわかってしまうことも知っていて、それでもあえて頼んできたのだ。「みっともなくない」と言った、美星の言葉を信じて。
少しでも安心できるように、美星は神谷の手を両手で包むように握った。飛行機が無事に空港に着陸するまで、ずっと手を放さなかった。