書籍詳細
独占愛欲~一途なエリート社長の花嫁に任命されました~
あらすじ
「俺は君と恋がしたい」
欲望剥き出しの求愛から……逃げられない!!
図書館で働く桃花は、まるで恋愛小説に出てくるような魅力的でイケメンの男性・時雄と出会う。「君の恋人になりたい」――なぜか最初から一途で情熱的に愛を伝えてくる彼に翻弄されるも、桃花は気がつけば恋に落ちていた。時雄に昼も夜も甘く愛され、幸せを感じていた桃花だけれど、ある日、一人の女性から彼を巡って恋の宣戦布告を受けてしまい……!?
キャラクター紹介
佐倉桃花(さくらももか)
恋愛小説が大好きな図書館司書。 恋愛経験がなく、好きな作家を恋愛の師と崇める。
森下時雄(もりしたときお)
アート系総合制作会社「トキオ・インテレクト」の社長。 国内のアートサイエンスの先駆者的存在。
試し読み
「おまたせ。だいぶ待った?」
顔を上げると、森下が優しい顔で微笑みかけてきた。耳朶が熱くなり、唇が小刻みに震える。
「いえ、さ、さ、さっき来たばかりですっ」
自分でも驚くほど言葉がつっかえてしまい、恥じ入って唇を噛む。
彼は桃花の正面の席に座り、やって来たウェイトレスにアイスコーヒーを頼んだ。
桃花はその間にカフェオレを一口飲み、どうにか呼吸を整えようとする。
「どうした? もしかして、緊張してる?」
ズバリと聞かれ、桃花は素直に頷いてぎこちなく口元をほころばせた。
「は、はいっ……若干……」
「そうか。じゃあ、もっとそばに寄ろうかな」
森下が席を立ち、桃花の左横の席に移動してきた。
「これだと、真正面じゃないし、ちょっとは緊張しなくて済むかな?」
彼はそう言いながら、桃花のほうに椅子を近づけて、横から顔を覗き込んできた。
「こ、これじゃ、余計緊張しますっ」
桃花が言うと、森下は愉快そうに白い歯を見せて笑った。
「でも、こっちのほうが近いし、手も握りやすい」
彼はそう言うなり、桃花の左手を握ってきた。
「えっ……」
握られた手が強張り、身体の中に突然さざ波が起こった。鼓動が速くなり、顔全体がチクチクと痛むほど熱くなる。
「この間は、本当に悪かった。急にキスをするなんて、紳士としてあるまじき行為だったね」
森下が桃花の手の甲を撫でながら、申し訳なさそうな顔をする。
(キ、キス……)
森下が発した「キス」という単語が、桃花の聴覚をとおして全身にじわじわと伝わっていく。桃花はそれとなく顔を背け、下を向いて自分の手を見つめた。
「だけど、いい加減な気持ちでキスしたんじゃないことだけはわかってほしい。俺は君に本気でキスをしたいと思ったからそうしたんだ」
「お、お願いですから、キ……キスって単語、やたらと使わないでください……。息、できなくなりそうなので……」
桃花は、つっかえながら森下に頼み込んだ。
彼はなにも言わない。
桃花は、おずおずと顔を上げて森下を見た。すると、彼はいたずらっぽい表情を浮かべながら軽く笑い声を上げる。
「ごめん。わざとだった。君が恥ずかしがる姿が可愛かったから」
「か、可愛かったなんて……」
桃花が首を横に振ると、彼は握っていた手を緩め、指と指を絡め合わせてくる。
「ここに来て君を見つけた時、この間とは雰囲気がまるで違うから驚いたよ。前はスッキリとしていて爽やかな感じだったけど、今日はすごくエレガントだ。花柄のワンピースも、フワフワの髪の毛もすごく似合ってるよ」
森下に絶賛され、桃花は恥じ入って顔をさらに赤くする。
「あ……ありがとうございます。褒めてもらってすごく嬉しいです。実は、このワンピース、今日のために新調したんです。髪の毛も、これに合わせて変えてみました。ここへ来るまですごく不安だったしドキドキでしたけど、森下さんの今の言葉で報われたって感じです」
話し始めると、だいぶ気持ちが落ち着いてきた。二度目のデートだからか、前よりはいくぶん話しやすい。
「私、正直すごく戸惑ってます。突然森下さんみたいな素敵な人が目の前に現れて、いきなりデートに誘ってくださって……。あの……ひとつ確認したいんですけど、森下さんが私をデートに誘ったのは、私が司書として森下さんのお役に立ったことへのお礼、って感じですよね?」
桃花が聞くと、森下が片方の眉尻を上げながら口元に笑みを浮かべた。
「――違いますか? いくら考えても、それくらいしかしっくりくる答えが見つからないんですけど……」
桃花は首を傾げ、ふと先日小谷たちとランチタイムに話した時のことを思い出した。
「えっと……一応お聞きしますけど、もしかして私をターゲットにしてお友達と賭けをしてるとかじゃないですよね? たとえば、ほら……ドラマとかでやってるの、見たことありませんか? 『あの女を落とせたら俺の勝ち。落とせなかったらおまえの勝ちな』とかって――」
ジェスチャー付きで話している途中で、森下の顔からふいに笑顔が消えた。
(え? まさか、図星っ?)
桃花は口を噤んだが、彼が沈黙を守り続けるのに耐え切れず、また口を開く。
「森下さんと私のこと、職場で結構噂になってるんです。それで、先日ランチタイムの時に同僚にいろいろと言われました。森下さんがどうして私程度の者にちょっかいを出すのか――」
桃花がチラリと様子を窺っても、森下はなおも黙ったままだ。しかも、さっきよりも若干表情が強張っている。いよいよ雲行きが怪しくなり、桃花は仁科に言われたことを彼に洗いざらいぶちまけてみることにした。
「同僚は、私たちの関係になにか胡散臭いものを感じるって言ってました。賭けじゃなきゃ、実験とか詐欺とか。詐欺って言えば壷とかが定番ですよね。でも私、一応貯金はありますけど、ほんのちょっとだし到底森下さんの会社の資金繰りに役に立つほどの金額じゃないんです――」
そこまで言った時、森下がいきなり盛大に噴き出して桃花を驚かせた。彼は空いているほうの手で口元を押さえ笑いをこらえていたが、いい加減我慢しきれなくなったのか、ついに声を上げて笑い出した。
「も、森下さん?」
彼は周りを気にしてか、またすぐに下を向いて笑い声を抑えた。けれど、肩は大きく震えているし、時折引き攣るような声が漏れている。
桃花は口を半開きにしてそれに見入っていたが、そのうち森下の笑いがうつったかのようにクスクスと笑い出した。
一度笑い出すと容易には止まらない。ようやく収まった時には、お互いに笑顔で見つめ合っていた。
「笑ったりして、ごめん。君があんまり突飛なことを言い出すから抑えきれなかった。それにしても、君の同僚は面白いことを言うね。だけど、残念ながらその憶測はぜんぶ外れてるよ。俺が君にちょっかいを出すのは、君と恋をしたいからだ」
「えっ……? わ、私と恋を……?」
まさかの言葉に、桃花は信じられないといった顔で森下を見る。
彼はゆっくりと頷いたあと、おもむろにジャケットの内ポケットを探り、中から一冊の文庫本を取り出した。
「あ。これって……」
見覚えのある鮮やかな色合いの表紙を見て、桃花は驚きの声を上げた。
森下が桃花を見つめながら、頷く。
「そう、白金きららの『薔薇色の誘惑』だ」
自分のイチオシの本に、森下が興味を持ってくれた――。桃花は単純にそれが嬉しくて、胸がいっぱいになる。
「男性がロマンス小説を買うのは、結構勇気がいりませんでしたか? でも、本を読むのに性別や年代なんて関係ないですもんね。大人だって絵本を読むし、子供だって哲学の本を借りに来たりしますから」
「そうだな。俺もそう思うよ」
「ですよね? 私、高校生の時に白金きららさんの本に出会って、いっぺんでファンになりました。それで、どうしても本を読んだ感想を送りたくなって、編集部経由でご本人にファンレターを出したんです。そしたら、まさかの返事が返ってきて、本当に嬉しくって」
桃花は森下に、白金きららと手紙のやり取りをしていることを打ち明けた。
「白金きららさんって、すごく優しいんです。私みたいな一ファンの手紙に返事をくれて、悩み事の相談まで乗ってくれて。私、ちょうどその頃、将来について迷っていた時期があったんですけど――」
本好きの桃花は、小さい頃から司書になりたいという夢を抱いていた。
しかし、司書になる道は極めて狭き門であり、資格を取っても実際に現場で働けるかどうかはわからない。
思い余った桃花は、高校三年生に進級する時にきらら宛のファンレターの中で自分の将来について相談をした。すると、その数日後に返事があり「自分の本当の気持ちと向き合ってみて。その上で後悔しない道を選んでください」とのアドバイスをもらったのだ。
「だから、私が今こうして司書として働けているのは、白金きららさんのおかげなんです」
桃花は引き続き白金きららとの手紙のやり取りの様子や内容について、すべて森下に話した。
彼は感じ入ったように目を細め、桃花の話に聞き入っている。
「なるほど。そんないきさつがあったのか」
森下が感慨深そうな表情を浮かべる。
「白金きららさんって本当に素敵な方で、私の憧れの人でもあるんです。いつかお会いできたら……なんて思ったりもするんですけど、夢のまた夢ですね」
文庫本の表紙を見つめながら、桃花はまだ見ぬ著者に思いを馳せる。
「そんなに白金きららさんに会いたい?」
「もちろんです!」
桃花は勢い込んで答えた。
「もしかすると、手紙とはまるで違う印象の人かもしれないよ?」
「そうだとしても、ぜんぜんかまいません。会って直接お礼を言いたいです。アドバイスをいただいたことや、手紙のやりとりをしてくださってること……それに、素敵な作品を届けてくださることへの感謝の気持ちも伝えたいです!」
森下が微笑みながら文庫本をぱらぱらとめくった。
「君のようなファンがいるとは、白金きららさんもきっと嬉しく思っているだろうね。……この本は本当に面白いし、なかなか興味深い。特にヒロインが無自覚に相手役の男を誘惑するところとか……。まるで、君と俺みたいだと思いながら読んだよ。そう思わないか?」
森下が意味ありげに、ニッと笑う。
「ぜ、ぜんぜん思いません! 私が森下さんを誘惑とか……そんなの、できるわけないじゃないですか!」
桃花が否定すると、森下は若干困ったような顔をして肩をすくめた。
「やれやれ……無自覚っていうのは、まさにこういうことを言うんだな。君がそう思わなくても、俺はさっきからずっと君に誘惑されっぱなしなんだけどな」
彼は桃花を椅子ごと引き寄せて、正面から視線を合わせてきた。そして、桃花の揃えた膝を自分の脚の間にすっぽりと挟み込んだ。
桃花は間近に迫ってきた森下にうろたえ、首の根元まで赤くする。
「そんな……。私のどこが森下さんを誘惑してるって言うんですか……」
「たとえば、俺を見る今の君の目つき」
森下が、そう言いながら桃花のほうに顔を近づけてきた。周りのテーブルはほぼカフェの客で埋まっており、人目がある。しかし、彼はさほど気にする様子もなく、桃花の髪の毛を指に絡めてくるくるとたぐり寄せるようにして弄び始めた。
「赤くなった頰や柔らかそうな耳朶もそうだ。この間、君の首筋に顔を近づけた時のことを思い出すよ。あの時は本当にいい香りがしたな。……ん?」
話している途中で、森下がふと手を止めて首を傾げた。
「この香り、いつもとは違う香りだね。もしかして、シャンプーを変えたのか?」
「あ……いいえ、そうじゃないんです。今日ここに来る前にヘアサロンに寄ってきたので――」
桃花が朝からヘアサロンに行ったことを話すと、森下は納得したように頷いてまた髪の毛を弄り始めた。
「君を担当してくれたスタイリストは、なかなか腕がいいようだね」
「はい。私が癖毛で悩んでるって言ったら『実は僕もなんですよ』って」
「『僕も』? ってことは、スタイリストは男性だったってこと?」
桃花が頷くと、森下がわずかに唇を尖らせる。
「それは、あまり歓迎できない状況だな。いくらスタイリストとはいえ、男には変わりないし」
あきらかに不満そうな彼の顔を見て、桃花は唖然として戸惑いの表情を浮かべる。