書籍詳細
かりそめの婚約者なのに極上御曹司に独占されています
あらすじ
「きみが魅力的すぎるのが悪い」
本気のプロポーズは甘く強引に
秘書として働く真実子は、取引先の大企業の御曹司・将人との仕事でミスをしてしまう。将人からフォローする代わりに偽の婚約者の役を頼まれ、責任感から引き受けることに。一緒に過ごすうちに、真実子は将人の優しさを知り、誰よりも大切に触れられて――どんどん彼に惹かれていく。そんな時「俺は真実子を愛してる」と熱い瞳で甘く告白されて……!?
キャラクター紹介
庄司真実子 (しょうじまみこ)
真面目で努力家の秘書。 将人に惹かれていくが、住む世界が違うことに悩む。
高原将人 (たかはらまさと)
一見クールだが、実は情熱的な御曹司。 真実子の清純で一途な姿に心を奪わていく。
試し読み
将人のパートナーということは、つまりそういうことなのだ。
どうして将人は真実子に声をかけたのだろう。プロには頼みたくないと言っていたけれど、そこに理由があるのだろうか。
将人は最初から完璧である必要はない、と思っているのかもしれない。
だとしたら、将人が真実子に見いだしたのは可能性、ではないだろうか。
自分にそれだけの価値があるとは思えないが、将人の「面白い」という言葉には、そういう意味が込められているのかもしれない。
だとすれば、むげに断ったことが申し訳なくなってくる。
そもそも発端は真実子のミスなのだ。将人の申し出に正面から向き合うでもなく、即座に拒絶したのは無礼だった気もする。
安請け合いすれば、かえって将人に迷惑がかかる。
だからこそ真実子は固辞したのだが、それはただ重責から逃げようとしていただけなのかもしれない。
困っている人に手をさしのべるのは、ごく普通のことだ。将人が望んでいるなら、できるかぎり力を貸すのが筋ではないだろうか。
そうでなくても、真実子は最近悩んでいた。変わりたいと思っていた。
一歩踏み出すなら、今がその時なのかもしれない。
「チャンス、なのかな」
真実子は静かに呟き、将人の切なそうな表情を思い出す。もう彼にあんな顔をしてもらいたくない。そう思えばこそ、より厳しく自分を律することができるはずだ。
時間をかけて自分を磨き、ひとりの女性として大きく成長する。その努力は将人の恋人役という任を降りても、真実子の財産になるだろう。
将人の話を受けよう。
そう心に決め、真実子は久しぶりに前向きな気持ちで、ブラウスに腕を通したのだった。
「わざわざ呼び出されたってことは、いい返事を聞かせてくれるってことかな?」
将人は急な呼び出しにも、快く応じてくれた。
場所は同じ店の同じ個室。当日でも席が確保できるのは、将人がよほどのお得意様だからなのかもしれない。
「はい。ただ恋人役をお受けするに際して、ひとつ条件があるんです」
真実子は緊張した面持ちで、ゆっくりと付け加える。
「少し、お時間をいただければ、と」
「どういうことかな?」
「今の私では高原さんの恋人として、ふさわしくありません」
将人は目をパチパチとさせ、言葉の続きを待っている。
「マナーや立ち居振る舞いをしっかり学んでからであれば、きちんとお役目を全うすることもできると思うんです」
しばらく将人は何も言わなかった。感心させられた様子で、じっと真実子を見つめるばかりだ。
「驚いたな。まさか君のほうから、そういう申し出があるとは」
「では、待っていただけるんですね?」
真実子はホッとして笑みをこぼす。
「あぁ。こちらは最初からそのつもりだった。実際今の真実子では、説得力にかけるからな」
将人があまりに上機嫌だったので、真実子は突然の呼び捨てに抗議するタイミングを失ってしまった。それほど不快ではなかったせいもあり、文句を言おうにも、中途半端な感じになってしまう。
「そ、そんな言い方って、あります?」
「俺にふさわしくないと言ったのは、真実子自身だろ。見合い相手に身を引いてもらうには、正真正銘、非の打ち所のない淑女になってもらわなきゃ困るんだ」
これは遊びじゃない。親しすぎるように思える呼び方も、将人にしてみたら共同戦線を張る同志だからという認識なのかもしれない。
「おっしゃることは……、わかりますけど」
「覚悟ができてるなら好都合だ。真実子は、うちがホテル事業をしてるのは知ってるか?」
「タカハラリゾーツ、ですよね」
駅近の大規模リゾートとして、誰もが知る高級ホテルだ。レストランだけだが、真実子も一度利用したことがある。
リラクゼーションサロン、フィットネスセンター、プールなども併設されており、各国の首脳や要人も利用するような一流ホテルだ。
「これから二ヶ月、真実子にはホテル暮らしをしてもらう」
「え?」
「エステ、筋トレ、テーブルマナー、それぞれにパーソナルトレーナーをつけるから、粉骨砕身努力してほしい」
「ちょ、私が言ったのは、本を読んだり、マナー講座を受けたりして」
「そんなまだるっこしいことをしていられるか。こっちは時間がないんだ」
「いやでも、仕事だってあるんですよ?」
「ホテルから通えばいいだろ。オフィスでは制服なんだから、通勤着が何着かあれば事足りるはずだ」
「自宅からホテルに通うのでは、ダメなんですか?」
「それじゃ真実子の負担が大きすぎるだろ」
一応真実子のことを考えてくれている、らしい。
確かにホテルなら、掃除洗濯はしなくていいだろう。食事を作らないから、買い物も必要ない。仕事をしながらでも、レッスンに集中できるかもしれない。
「でも費用が、かなりかかるんじゃ」
「うちのホテルだから、気にしなくていい。それに筋トレするなら、食事コントロールは必須だからな。食生活をきっちり管理できる、ホテル暮らしのほうがいい」
「私、ちゃんと自炊してますけど」
「普段はできていたとしても、トレーニングはかなりキツい。ファストフードに逃げないと、言い切れるか?」
そう言われると、真実子には自信がない。繁忙期なんかは、ついつい出来合いの総菜や、冷凍食品に頼ってしまうことも多いからだ。
しかしこの状況は想定外だ。まさかここまで大事になるとは思わなかった。
事態は真実子の想像より、ずっと深刻なのかもしれない。とても失敗は許されない雰囲気で、自分なりによく考えて引き受けたつもりだが、もう承諾したことを後悔し始めている。
かと言って、今更やっぱりやめますとは言えるはずもないし……。
「わかりました」
悩んでいても仕方ない。真実子が自分からやると言ったのだ。彼女は将人に向かって、深々と頭を下げた。
「二ヶ月、よろしくお願いします」
「それでいい。今日は最後の晩餐だ。悔いのないよう、しっかり食っとけ」
将人のありがたい? 言葉を頂戴して、真実子は本当によく食べた。もはやヤケ食いに近い状態だったかもしれない。
魚介のトマトスープから、生ウニのパスタ、白身魚のグリル。コースのデザートに加えて、追加オーダーしたカッサータ。
真実子は最後のひと口まで食事を堪能し、もう逃げも隠れもしないと、完全に腹をくくったのだった。
*
ホテル住まいが始まるのは、なんと今朝から。
昨日の今日とは慌ただしいにもほどがあるが、見合いの日程が決まっているので、すぐにでもレッスンを始めなければならないのだ。
必要な物は持参するようにと言われたけれど、コスメをはじめ大抵の物はそろっているらしいので、何着か着替えを鞄に詰めただけだった。
約束の時間より少し早くアパートを出るが、将人はもう待っていてくれた。本当に時間に正確な人だ。
「おはようございます」
「おはよう。乗れよ」
深い碧色の車は、流線型のデザインでとても美しい。真実子は車に詳しくはないが、助手席が右側にあるので外国の車だろう。
真実子が座席につくと、車が滑らかに発進した。将人の運転技術なのか、車の性能のおかげなのか、とても乗り心地がよい。
「昨日はよく眠れたか?」
「えぇまぁ」
「そうか。緊張と不安で眠れなかった、なんて言うかと思ったよ」
「私ももう大人ですから。学生時代は重要なイベントがあると、一睡もできませんでしたけどね。特に海外留学前夜はひどいものでした」
将人はそれを聞いて、ちょっと驚いた顔をした。
「へぇ、留学してたのか?」
「大学時代、一年間だけですけど」
「じゃあ英語は結構話せるのか?」
「はい。というか、他には何もできないと言ったほうがいいかもしれません」
「そんな風に卑下(ひげ)することないだろ。英語を話せるのは十分な武器だ。真実子はもっと自分を正しく評価したほうがいい」
不意にかけられたあたたかい言葉に、真実子はドキリとする。
強引で勝手で、どこかつかみ所のない人だけれど、将人はそう悪い人ではないのかもしれない。少なくともルーズではないし、紳士的だ。
「なんだよ、黙りこくって」
「いえ別に。今日の予定はどうなってるんですか?」
「焦らなくても、向こうで説明するよ。あと十分もすれば着くんだから」
将人が言った通り、そう時間はかからずホテルに到着した。エントランスに一歩足を踏み入れると、ふわりとアロマの香りがする。
歴史を感じさせる重厚な雰囲気は、さすが老舗ホテルといった感じだ。厚みのある絨毯(じゅうたん)の上を歩いていると、自然に背筋が伸びる。
将人がチェックインを済ませると、ベルボーイが真実子の荷物を持ってくれた。エレベーターホールに向かい、客室まで案内される。
驚いたことに、真実子の部屋は最上階のスイートだった。床から天井まで伸びる大きな窓の外には、都心のビル群やビジネス街が広がっている。
豊かな眺望はバスルームからも見ることができ、パウダールームには和漢植物エキスを配合した、自然派コスメブランドのアメニティが並んでいた。
パジャマは柔らかいガーゼ素材で、水切れのよさそうな厚手のタオルも用意されている。
室内の家具や調度品は、どれも一級品。タカハラリゾーツのロゴが刺繍された布が、ソファやオットマンを彩り、絨毯や壁紙などと心地よく調和して、落ち着いたシックな雰囲気を作り出していた。
「こんなすごい部屋でなくても、構わなかったのに」
「二ヶ月も暮らすんだから、シングルルームってわけにはいかないだろ」
「でも、私の部屋より広いですよ?」
「気にするな。どこに出しても恥ずかしくない、立派な淑女になってもらうためなんだから」
将人にしたら、スイートを貸し切るなんて、大したことじゃないのかもしれないけれど、真実子は責任の重大さにめまいがしそうだった。
これだけの投資をしてもらって、真実子が思ったような成果を上げられなかったら……。考えただけでもゾッとする。
「シーツやアメニティは毎日交換してくれる。洗濯はランドリーサービスを利用すればいい。あと食事は基本ルームサービスだ。真実子のために、専用のメニューを考えてもらってあるからな」
セレブと言っても過言ではないような生活をして、真実子は元の日々に戻れるのだろうか。頭をクラクラさせながら、真実子はどうにか答えた。
「とにかく、がんばり、ます」
「あぁ、精進してくれ。荷物を置いたら、まずはエステからだ。場所は七階だが、俺に一緒に来てほしいなら」
「いえ、ひとりで大丈夫です」
子どもじゃないのだから、将人の同行は必要ない。真実子は部屋のカードキーだけを持ち、彼を残して部屋を出たのだった。
リラクゼーションサロンに到着すると、まずその規模に驚いた。
完全個室型トリートメントルームの他、サウナやジェットバスなど、豪華な施設には圧倒されてしまう。
すぐに施術が開始されるのかと思ったが、まずはスパでごゆっくりと言われて、初めてミストサウナを利用した。ドライサウナとは違い、肌がしっとりと保湿され、発汗もほどよいのが新鮮だった。