書籍詳細
身ごもり契約花嫁~ご執心社長に買われて愛を孕みました~
あらすじ
「おまえには跡継ぎを産んでもらう」
お嫁入り初夜から子作り!?
家業を救うため、まどかは総合商社の御曹司・斗真に政略結婚で嫁ぐことに。迎えた初夜、彼は「おまえが孕むまで毎晩抱く。俺の子を産め」と不敵に宣言。それ以降、激しい情熱を注がれ、まどかは心も体も奪われていく。その矢先、妊娠が発覚。すると愛なき結婚のはずが、斗真が一途な旦那様に豹変!?想定外の溺愛に、まどかも次第にほだされていき…。
キャラクター紹介
久谷まどか(くたにまどか)
繊維専門商社クタニの令嬢。家業を救うため斗真に嫁ぐ。最初は彼を拒絶していたが…。
名瀬斗真(なぜとうま)
二藤商事の若き社長。まどかに強引な政略結婚を持ちかけ、「俺の子を産め」と迫る。
試し読み
「妊娠……ですか」
「はい。赤ちゃんの影が見えますよ。まだ小さいですが」
超音波写真で示された部分には、丸い円が見える。
「月経不順ということですが、最終月経から数えて、二ヵ月の終わり頃ですね」
医師の言葉が遠くで聞こえる。
妊娠。斗真の子どもを妊娠している?
頭に浮かんだのは斗真の顔。婚約当初から言われてきた。跡取りを産め、おまえの役割はそれだけだ、と。
斗真の望む赤ん坊がお腹にいる。
喜びより先に私の心に浮かんだのは、不安だった。胸がざわざわしてくる。
斗真は喜んでくれるのだろうか。
喜ぶことは間違いないだろう。望んでいた二藤の後継者だもの。
私を道具としてしか見ていない斗真なら、私はさらっと言えただろう。『二藤の跡継ぎができたわよ。産んだら、私の役目は終わりね』なんて冷たい表情で。
だけど、最近の私と斗真の関係は少し違う気がする。だから、私は妊娠をなんと告げたらいいかわからない。
それと同時に、私は斗真がどんな顔をするか怖い。どんなことを口にするか怖い。
『ああ、おまえは用済みだな』とか、『もうひとりくらい産め』なんて冷淡なことを言うかもしれない。もっと嫌なのは『そうか』と興味なさそうにされること。
きっと斗真はそんな態度は取らない。わかっている。ふた月半一緒にいて、斗真は実は私を気遣ってくれているって知っている。
だけど、それは私が都合よく解釈した斗真像なのかもしれない。実際、斗真が私に対してどう思っているか……私はちゃんと言葉で聞いていない。だから、斗真が妊娠に対してどんな反応をするか想像がつかない。
ああ、やっとわかった。
私は斗真が一緒に喜んでくれるか、不安なんだ。赤ちゃんができたって言ったら、普通に歓喜してほしい。跡取りとか役割じゃなくて、赤ちゃんを授かった夫婦として笑い合い、祝いたいのだ。
だって、このお腹の赤ちゃんのパパとママは、私たちなんだもの。
私、どうしちゃったんだろう。こんなことを考えるようになるなんて。
私は赤ちゃんができて嬉しい。同じように斗真にも喜んでほしいなんて。
病室に戻り、両親にそっと報告する。心配をかけたのだから、言わないわけにはいかなかった。
「まだ安定期じゃないから、誰にも言わないで」
「もちろんだよ」
「名瀬さん、きっと喜ぶわよ」
母の言葉に、私はわずかにうつむき、答えた。
「そうだね。後継者を産むのは、私の大事な仕事だから」
口調は自然に沈んでしまっていた。
午後、予定より少し遅れて出勤した。体調は特に問題ない。波があるのだろうか。私は自分のデスクに着き、腕組みの姿勢でうーんと唸る。
いつ言おう。妊娠したって。
困った。婚約を決めたときより困っているかもしれない。
もうどうにもならないことであるし、さっさと言わなければならない。だけど、躊躇してしまう。
この件に対する斗真の反応で、私と斗真の関係性がわかる。温度差を感じたくないというか……。私ばっかり喜んで、斗真がクールだったら、お腹の赤ちゃんがかわいそうになってしまう。私も、しゅんとしてしまいそう。
「まどか、確認したいことがある」
そう言いながら、斗真が社長室に戻ってきた。
私はぎくりと肩を跳ね上げ、すぐに「はい」と返事をした。
今は仕事中。余計なことを考えないようにしよう。
「再来月のレセプションパーティーの件なら、会場は日(にっ)刻(こく)ホテルで押さえてます」
「それだ。海外の招待客の中に、宗教上食べられないものがあるとのことなんだ。今日、急に言われた。対応できるか?」
「すでに日刻ホテルのマネージャーと打ち合わせ済みですよ。招待客リストでチェックしてましたから」
「助かった。ありがとう」
事務的に言い、斗真は自分のデスクに戻る。PCをチェックしている間も腰を浮かせているから、忙しいのだろう。
「まどか、今夜は遅くなる」
「あら、会食の予定はなかったでしょう」
「専務と常務ふたりと飲む約束をしてしまった。親父の代から頑張ってくれている人たちだ。たまに労(ねぎら)ってやらないと」
「それは大事なお仕事だね」
そうか。じゃあ、明日の朝まで延ばして……いや、いっそもう少し後でも。
「斗真、もう出かける?」
「ああ。この後外出するが、五分程度なら時間があるぞ。何か確認か?」
私は咄嗟に、ぶんぶんとかぶりを振っていた。
「ううん、なんでもない!」
伝える機会を逸してしまった。斗真は何も不審に思わない様子で、私に近づいてくる。私の顔を覗き込み、無邪気にも見える表情で尋ねるのだ。
「甘えたくなったか?」
「はあ!?」
『何をとんちんかんなことを!』と怒鳴り返そうかと思ったら、斗真はすっかり優しい笑顔になり、私の頭をよしよしと撫でる。愛犬を撫でる飼い主みたいな感じだ。
「最近、バタバタしていたからな。おまえも久谷社長の手術があったばかりだし。スキンシップは足りていなかったかもしれないな」
いつ私がスキンシップしたいと言ったのよ。そんなにあんたにベタ惚(ぼ)れじゃないわよ。勘違いにもほどがあるんじゃない?
などなど、いろんな言葉が溢れそうになる。しかし、よしよしと私の髪をまぜっかえす斗真の雑な手と、随分柔らかな微笑を見ていたら、言葉が出なくなってしまった。
だって、たぶん……スキンシップしたいのは斗真のほうだもの。
腕を伸ばし、私は斗真の頭をぐりぐりと撫で返した。背が高い斗真に届くように、ちょっと背伸びをして。ワックスで固められているから撫でづらいけど、構うもんか。
「まあ、適度なスキンシップは必要かもね」
「もう少し素直に甘えてこい。察してやらなきゃならないとは、面倒な女だな」
心の中で『あなたがね!』と怒鳴ったけれど、口にしなかった。
出発前の五分は、謎の頭ぐりぐりスキンシップで終わり、結局妊娠のことを言いそびれてしまったのだった。
翌朝、私は随分早く起き出した。体調は悪くない。ただ、斗真に妊娠の事実を告げていないことだけが心を重たくしている。
温かな紅茶を淹れ、飲みながら、ふと紅茶はカフェインが多かったことに気づく。
確か、カフェインはあまり摂りすぎてはいけないと聞いたことがあるような……。タバコは元から吸わないけれど、お酒も駄目だったはず。他は? 何が必要で、何を避けるべきなの?
ああ、妊娠と出産について知らないことばかり。赤ちゃんのためにも、妊婦の心得を勉強すべきだ。
「悩んでる場合じゃないのになあ」
せっかく淹れたし、一杯だけなら、と残りの紅茶をすすっていると、寝室のドアが開いた。
「おはよう。早いな」
現れた斗真は眠そうな顔だ。端正な顔の斗真も、目をしょぼしょぼさせてあくびなんかしていると、隙だらけで人間くさい。いつもぴしっと張りつめている彼が見せる油断した姿は、結構好きだ。
それにしても、ゆうべはお酒を飲んで遅かったし、もっとギリギリまで寝ているかと思ったのに。
顔を洗いに行く斗真を見送り、斗真の分も紅茶を淹れた。
「はい、お茶。朝ごはんは?」
「やめておく」
「そう」
私はお腹が空いている。というか、昨日は空腹時に目眩と吐き気があったから、朝は食べたほうがいいような気がするのだ。
食パンを取り出してトースターに入れ、キッチンから斗真の顔を盗み見た。斗真はマグカップを手に、束(つか)の間(ま)のぼんやりを味わっているという雰囲気だ。
「斗真」
迷いより勢いだった。今なら身構えずに言えるかもしれない。
「なんだ?」
「昨日、病院行かせてもらったでしょ? 父ね、来週退院が決まったから」
「そうか、それはよかった。家の改装も間に合ったな」
斗真の表情が明るくなる。半ば強引に私の実家を療養仕様に改築してくれたのは斗真で、両親もすごく感謝していた。だけど、その件は置いておいて……。
私は一度呼吸を整える。
「それで……病院で調子が悪くなっちゃってね、私が」
「え?」
斗真の顔色が、さっと青ざめる。
ああ、心配してる! 早く言葉にしなければ。
「検査してもらったの」
仕事バッグからファイルを取り出すと、私は挟んであった超音波写真を勢いよく差し出した。
斗真が受け取り、しげしげと眺める。それからぱっと顔を上げ、驚いた表情で私を見た。
「まどか……」
「赤ちゃん……まだ二ヵ月だけど」
言いながら、心臓がドクドクと鳴り響いているのを感じた。どんな顔をすればいいのかわからない。
この瞬間が怖くて言い淀(よど)んでいた。斗真は、なんて言うだろう?
斗真はうつむいていた。超音波写真を持つ手が震えているのが見える。
「そ、そうか……。生まれてくる子は二藤の後継者だな。俺の妻として、ようやく務めを果たせそうじゃないか」
私を見ずに、傲岸な態度で言う斗真。それは想像した冷たい言葉のひとつのはずだ。だけど様子が違うのは、最初からわかっていた。
斗真の手がぶるぶる震えていることも、頬が真っ赤でちょっと目尻が潤んでいることも、芝居でもなんでもない。隠しきれない喜びだ。
嬉しいんだね、斗真。喜んでくれているんだね。
出会ったばかりの私なら、この冷たい言葉に、きっと怒っていた。『やっぱり嫌な男!』って。言葉を額面通り受け取って傷ついていたかもしれない。
今なら伝わる。斗真の素直じゃない喜びが、ちゃんと響いてくる。
私は嬉し涙をこらえ、斗真に合わせて、ツンとした声音で答えた。
「ええ、そうよ。斗真の後継者にして、最大の敵となる子よ」
腕組みをして、偉そうに言い放つ。
「いつかこの子と一緒に斗真から権力を奪ってやるわ。今から楽しみ」
「ふん、やれるものならやってみろ。子どもは俺を尊敬し、俺を手本として立派な後継者になるだろう」
「斗真の背中を見てたら、ワンマンな性悪になっちゃうわ!」
言い返して、お互いにぷいっとそっぽを向く。キッチンに戻ってトーストを取り出しつつ、リビングをちらりと見る。
斗真はうつむいている。ダイニングテーブルに置いた超音波写真に見入っているのは明らかで、さらには右手が小さくガッツポーズを取るのだから、この男、可愛すぎやしないかしら。
私がぷっと吹き出すと、見られていたことに気づいた斗真が、がばっと顔を上げた。
びっくりした顔をしている。やっぱり顔が赤いわよ、名瀬斗真。
心配したり、不安になったりしていた自分が馬鹿みたい。斗真はちゃんとひとりの父親として喜んでくれているんだもの。
ずんずんと歩み寄り、私は斗真の肩を後ろからばんばん叩いた。
「ちょっとお! 他に何か言うことはないの!? 旦那様!」
「馬鹿! 痛いぞ!」
緊張がほぐれ、無性に笑いが込み上げてくる。斗真は笑われていることにむっとしつつ、立ち上がって私を見下ろした。必死に真面目な顔になろうとしているのに、頬が緩むらしく、微妙な苦笑いになっている。
「斗真の赤ちゃんです! ほら、ここにいるよ」
手を取り、お腹を触らせると、とうとう斗真が陥落した。震える口元から言葉が漏れた。
「……まどか、ありがとう。……元気な子を産んでくれ……」
うろたえ、涙すら滲みそうなその表情は、愛情深い夫の顔だった。私は満面の笑みで答えた。
「任せて!」
斗真が私の背に腕を回し、そっと抱き寄せてくる。
素直にその胸に顔をうずめ、ぎゅうっと抱きついた。
ベッドの中じゃなくても、もうこうすることに不安や違和感はなかった。
私……斗真のこと、もう嫌いじゃないんだ。
斗真の赤ちゃんを産むんだ。