書籍詳細
エリート海上自衛官は一途に彼女を愛しすぎている
あらすじ
過保護なエリート自衛官に甘やかされすぎて!? マーマレード文庫創刊3周年 SS特典付き!
情報サイトの記者・青藍は、潜入取材のために「エリート国防男子」限定の婚活パーティーに参加。そこで、怪我の手当てをしてくれた海上自衛官・涼太と急激に惹かれ合う。ところが、彼の緊急出航や航海任務のたびにすれ違ってしまう二人。青藍は寂しさを抱えるも、「愛してる。あなたと人生を共にしたい」と、熱情を孕んだ涼太から求婚宣言をされて…!?
キャラクター紹介
三宅青藍(みやけせいら)
女性向け情報サイトの記者。田舎から上京し、仕事に励んでいる。
堤 涼太(つつみりょうた)
海上自衛隊三等海佐。青藍に対して過保護になってしまいがち。
試し読み
「ただいま。お待たせ」
「おかえりなさい……って、なんか凄い色」
「ブルーハワイとパインのハーフにした」
鮮やかすぎる水色と黄色のシロップがかかった氷の山を、涼太さんは器用に掬ってひと口食べた。「甘い」と呟いてからもうひと口食べて、「どっちのシロップもたいして味変わらないな」と笑う。
つられてクスクスと笑った私の前に、氷を掬ったスプーンが差し出された。
「味見してみる?」
たわいのないお裾分けに「うん」と頷いて、スプーンに口をつける。冷静さを装っているけれど、本当は胸がドキドキだ。
あと数時間後には夜を共に過ごすのに。間接キスにやけに緊張する。
「おいしい?」と尋ねた涼太さんに、私は緊張を悟られないように「冷たい」と微笑んで答えた。
……涼太さんはどうなんだろう。間接キス、意識してないのかな。してないか、いくら女性慣れしていないとはいえ、子供じゃないのだから。
気を取り直した私は、あんず飴の屋台を見つけて「あれがいい。買ってくるね」と駆け出した。
のぼりにあんず飴とは書いてあったけれど、実際はみかんやさくらんぼや姫りんごなどの色々なフルーツがあって、水飴の色も透明と水色とピンクの三色があった。カラースプレーもトッピングできるみたいだ。
子供みたいに胸をワクワクさせながらどれにしようか迷っていると、いつの間にか後ろにやって来た涼太さんが「色々あるね。どれにするの?」と声をかけてきた。
「どれも可愛くて迷っちゃう……」
真剣に悩んだあげく私が選んだのは、定番のあんずに水色の水飴を絡めたものだった。
モナカのお皿に入れてもらって、歩きながらそれを食べる。
「いっぱい並んでるときは綺麗だったけど、ひとつだけで見ると水色ってなんか毒々しいかも」
そんな感想を零しながら眉尻を下げると、涼太さんは「こっちもかなり毒々しいよ」と、すっかり溶けて混ざったかき氷を見せてくれた。ほとんど液体になったかき氷は、カップの中で青と黄色が混ざり合って緑色に変色している。
「もう何味だかわかんないね」
「舌も、ほら」
そう言って見せてくれた涼太さんの舌は、人工的な着色料に染まっていた。舌の色がかき氷シロップの色に染まるのはお約束の光景だけれど、涼太さんが舌を見せるとなんだかやけに色っぽい気がして、私は「あはは」と誤魔化しながらも、思わず目を泳がせてしまった。
……なんだか私、今夜のことを意識しすぎているみたい。
涼太さんとの夜が待ち遠しいのは確かだけど、いちいち彼の行動に過剰に反応している気がする。
私ばっかりドキドキしたりソワソワしたりしているのかな。涼太さんは私のことを好きだけど、そんなことを意識している素振りすら全然見せないことを思うと、案外淡白なのかもしれない。
お互い好き合っていてもこういう部分でギャップがあると、結構つらいものがある。
そんな不安を胸によぎらせながらあんず飴を舐めていると、ふと涼太さんがこちらを見ていることに気づいた。
「あ、食べる?」
「ううん、いい。酸っぱいの苦手だから」
「そうなんだ」
断っておきながら、涼太さんの視線はどういうわけか私のあんず飴に向けられていた。苦手だけど興味があるのかな?
不思議に思いながら歩いていたときだった。賑わいを切り裂くような子供の泣き声が耳に飛び込んできて、私と涼太さんは揃って声の方に顔を向ける。
大勢の人が行き交う道の隅で、小さな外国人の女の子が転んで泣いていた。三歳くらいだろうか。手に持っていたと思われる犬の人形が、不運にも雑踏で蹴られ踏まれ汚れていくのが見えた。
「可哀想……。お父さんとお母さんはどこ?」
辺りを見回したけれど、両親らしき人がいない。もしかして迷子なのだろうか。
周囲の人たちがその子を心配そうに見ているけれど、なかなか声をかけられずにいるのがわかった。それもそうだろう。ただでさえこのご時世、知らない大人が子供に声をかけるのはためらわれる。そのうえ金髪碧眼の見るからに外国の子供だ。言葉が通じなかったらどうしようというためらいもあるのだろう。
けれどあまりに痛々しいその光景に、私も含め数人の周囲の人が動こうとした瞬間。誰より先にためらわず駆け寄った人がいた。
「Are you okay?(大丈夫?)」
そう声をかけて涼太さんは女の子を起こすと、服の泥をはらってあげてから腕に抱きあげた。迷子の女の子を大人の男性が躊躇なく抱き上げたことに、驚きや感心や不安そうな視線がすぐに集中する。
「涼太さん!」
彼に悪い誤解が集まらないように、私もすぐさま駆け寄った。
涼太さんは泣いている女の子を優しく宥めながら、英語で何かを話しかけていた。そして道の隅でボロボロになっていた犬の人形を拾って、その子に手渡した。けれど足跡だらけになってしまった人形を見て、その子はますます泣いてしまう。
「まいったな。これじゃ名前もわからない」
まるで迷子の小猫ちゃんだ。泣いてばかりいて名前を聞いてもわからない。
宥めてあげたいけれど、英語を喋れない私は声をかけてあげることもできなかった。
とりあえず迷子センターへ連れていこうとしたとき、あるものが私の目に入った。
「ねえ、涼太さん。あれ!」
涼太さんの服の裾を引っ張って指さしたのは、射的の屋台だ。景品に、この子が持っているのと同じ犬の人形がある。もしかしてこの子の親が、ここでとったのかもしれない。
射的をみつけた女の子が一瞬泣きやんだのを見て、涼太さんは私に女の子を「ちょっとお願い」と渡すと、屋台へダッシュしていった。
射的の屋台のおじさんと二、三言交わすと、涼太さんは台に置かれているおもちゃの鉄砲の中からひとつを選んで手に取った。射的ではよく身を乗り出して撃つ人がいるけれど、涼太さんは脚を開きやや前傾姿勢で立つと、しっかりと両手で鉄砲を持ち脇を締めて構える。
その姿勢があまりにも様になっていたので、私は後ろで見守りながら思わず息を呑んだ。
引き金を引いた鉄砲からコルクの弾が勢いよく飛び出し、狙っていた犬の人形を弾く。鮮やかに一発で獲物をしとめた涼太さんに、屋台のおじさんは「お兄ちゃん、サバゲーとかしてる人?」と感心しながら、落ちた犬の人形を拾って手渡した。
「Here you go(はい、どうぞ)」
私たちのもとに戻って来た涼太さんから犬の人形を受けとると、女の子はボロボロの人形と見比べてから両方を腕に抱きしめた。その顔には初めて見る笑みが浮かんでいる。
ホッと胸を撫で下ろしていると、女の子はたどたどしい口調で涼太さんに何かを話しかけていた。
「なんて言ったの?」
「ありがとうって。この犬にはマックスとデイジーって名づけたって。それから、『私はマックスとデイジーのお姉ちゃん、ハンナ』だって」
そう教えてくれた涼太さんの顔は綻んで、目尻が下がっている。知らなかったけれど、彼は子供好きなのかもしれない。
それから涼太さんは「これなら迷子センターに行くまでにご両親が見つかるかも」と、ハンナちゃんを肩車した。ただでさえ人混みでも目立つ長身の肩車は、まるで展望台だ。ハンナちゃんからも周りがよく見えるし、周囲からもハンナちゃんのことがよく見えるだろう。
すっかり機嫌のよくなった彼女は、ふたつの人形と涼太さんの頭を掴んでニコニコしている。そして目論見通り、とても目立っていたハンナちゃんは人混みの中からでも両親に見つけられた。……とはいっても迷子センター目前だったけれど。
アメリカから観光に来ていたと説明したご両親は、涼太さんと私にハグをして深い感謝を伝えた。お父さんに抱っこされて幸せそうなハンナちゃんの顔を見て、こちらもようやくホッとした気持ちになる。
ハンナちゃん一家に手を振って見送ったとき、ドーンと大きな音がして南の空に大輪の花が咲いた。
「わ、始まった!」
次々に上がっていく花火に釘づけになるけれど、人が行き交う道端なのでよく見えない。背伸びをして少しでも視界をよくしようとしていると、涼太さんに「あっち行こう」と手を引かれた。
とはいえ、河川敷まで行かなければ遮蔽物なしで見るのは難しいんじゃないだろうか。そんなことを考えながら歩いていると、涼太さんは屋台の通りを外れ住宅街の道へ出た。会場の多摩川からは少し離れたけれど、そのおかげで人の混み具合がグッと減る。周りは畑なので、空もよく見えた。
「ここならよく見えるね」
道路と駐車場を隔てるフェンスに凭れかかって花火を見上げていると、隣に立った涼太さんが「ごめんね」と謝った。
謝罪された理由がわからず「え? どうして?」と目をパチクリさせる。
「場所探す時間なくなっちゃって。もっといい場所で見たかったよね」
その言葉を聞いて、彼はハンナちゃんを助けるために時間を割いてしまったことを謝ったのだとようやく理解した。けれど、やっぱり意味がよくわからない。
「どうして涼太さんが謝るの? 何も悪いことしてないのに。ハンナちゃんを助けたことを後悔してるの?」
「それは……してない」
「なら謝るなんておかしいよ。私、涼太さんのこと凄いなあって思って見てたよ。今どき、誤解を恐れずに子供を助けられることも、ハンナちゃんと英語で会話してたことも。あと、射的のとき凄くカッコよかった! 涼太さんのいいところたくさん見られて、私嬉しかったんだから。謝らないで!」
そう言いきった私を、涼太さんは真剣な顔でまっすぐに見つめていた。色素の薄い綺麗な瞳に、花火のカラフルな光が映り込んでいる。
「わかった。もう謝らない」
その言葉を聞いて私はパッと微笑んだけれど、彼は表情を崩さなかった。そして手を伸ばし、ゆっくりと私の頬を撫でる。
「……キスしていい?」
「えっ……」
まさか思いもよらぬ問いかけに、胸が大きく鳴った。
住宅街ではあるけれど、周りは畑だし近くに人もいない。夜空を夢のように鮮やかに染める花火がとてもロマンチックで、私はときめきに酔うように瞼を閉じた。
両頬を温かい手が包み込む感触がして、一瞬吐息を感じたあと唇が重ねられた。大切そうに、優しく触れるだけのキス。少しだけ瞼を開くと、涼太さんの綺麗な顔が、色とりどりの花火に照らされていた。
静かに唇を重ねただけのキスだったけれど、彼は離れ際に悪戯っぽく私の唇を舐めていった。その感触にびっくりして、パッと瞼を開く。
「甘い」
見開いた目に映ったのは、照れたように微笑む涼太さんの顔だった。
「甘い……あ、さっきあんず飴食べたから」
「うん。……実はあのときからキスしたいなって思ってた」
あのときじっと見つめられていたことを思い出して、頬が赤くなる。涼太さんってば、そんなこと考えていたんだ。
……キスしたいとか、そういうこと考えてたの私だけじゃなかったんだ。よかった。
初めてのキスの感動と、彼の気持ちが垣間見えたことが嬉しくて、胸が熱くなる。彼が好きでたまらない想いのまま見つめていると、涼太さんは「もう一回」と言って、軽く唇を触れ合わせてきた。
チュッという音をたてて唇が離れたあと、はにかんで笑う私を見て涼太さんが目を細める。
「……あの日、青藍さんと出会えてよかった。俺、あなたのことが凄く好きだ」
気持ちを溢れさせるように言ったその言葉は、花火のように煌めいていて。
私の心の一ページに、深く深く刻まれた。