書籍詳細
冷徹社長と子づくり婚~ホテル王は愛の証が欲しくてたまらない~
あらすじ
子づくり前提の婚約!?
クールな彼の情熱的な愛に溺れて…
喫茶店の看板娘・花澄は、危険から守ってもらったことをきっかけに、常連客の寡黙な御曹司・一弥と急接近する。「俺に家族を作ってくれないか」――突然のプロポーズに困惑するも、いつもはめったに感情を表に出さない一弥に一途に愛を乞われ、初めてのときめきに陥落! 彼に激しく求められるまま、子づくり前提のとろ甘な婚約生活が始まって…!?
キャラクター紹介
日南花澄(ひなみかすみ)
祖母の経営する喫茶店で働く看板娘。優しくて気遣い上手で密かに客から人気がある。
鳳城一弥(ほうじょういちや)
不動産事業やリゾート開発で有名な鳳城グループの御曹司。寡黙で感情をあまり表に出さない。
試し読み
突然のプロポーズに、私はひどく混乱していた。
なぜだろう。さっきまで祖母の腰痛と今後の仕事の話をしていたはずなのに。
どうして突然『結婚してくれ』になるの?
彼の考えていることがわからない。突拍子がなさすぎる。
「けっ……こん……」
自分でその単語を口にしてみるが、いっそう信じられなくて現実味が失せる。
なにかの冗談だろうか。いや、彼は冗談を言うような人ではない。おそらく本気だ。
そういえば、以前も言っていたっけ。『俺に家族を作ってくれないか』と。
あのときは冗談だなんてごまかしていたけれど、もしかしたら、ずっと考えていたことなのかもしれない。私の子どもに対する対応力を買ってくれているようだから。
だがなぜ、このタイミングでそんな話を? 喫茶店を畳むことと結婚になんの関係が? 寡黙な彼が紡ぎだす数少ない言葉から、必死に筋道の予測を立てる。
あ、もしかして、これは再就職のお誘いなのだろうか。喫茶店をやめて次の仕事を探すくらいなら、俺の子どもを育ててはみないか? と。
つまり、これは求人募集? 採用の条件は世継ぎを産める健康な肉体、そして、優れた育児力……!
仕事と呼ぶには、内容が少々ヘビーではあるけれど。
「一弥さん……」
私があらたまって声を低くすると、彼は「なんだ」と息を呑んだ。
「……本気ですか?」
「本気だ。本気で結婚を申し込んでいる」
彼の意思を再度確かめて、あらためて自分の心と向き合う。
もちろん、相手が一弥さんでなければ即刻お断りしていただろう。結婚とは、ただ子孫を産み育てるだけではなく、この先の人生をともに生きること。信頼できる相手とでなければ成り立たない。
一弥さんが魅力的な男性だからこそ、私を必要としてくれるならば、求めに応えたいとも思える。
このプロポーズが、愛とか、恋とか、そういうものでなかったとしても、私を信じてパートナーに選んでくれたことに変わりはない。
そもそも、彼との結婚を拒むだけの理由があるだろうか?
一弥さんは、ちょっと愛想は悪いかもしれないけれど、優しいし、誠実だし、すごく真面目だし、見た目だってとても格好いい。
しかも、大企業の社長という立派な役職についている。仕事熱心で前向きだ。
頼もしくて、親切で、さっきだって祖母のことを助けてくれた。なにより祖母が彼のことを気に入っている。
ない。結婚を思い留まらせるような要因が、彼の中になにひとつ見当たらない。
一弥さんは完璧すぎて、自分にはもったいないくらいだ。
これはとても光栄なこと、躊躇う必要なんてないじゃない、と自分に言い聞かせる。
「……わかりました」
私はぎゅっと拳を握り締めると、意を決して彼に向き直った。
この『子づくり及び育児、ついでに結婚』というハードな仕事を引き受けようと覚悟を決める。
「任せてください。私、産みます……! しっかり育てます!」
並々ならぬ決意で言い放った言葉に、彼は一瞬驚いた顔をして、パチパチと目を瞬いた。
返答の意味を咀嚼するまで、少々時間がかかったらしく、わずかに間を置いて言う。
「……あ、ああ。いずれは、お願いしたい」
あれ? と私は首を傾げる。なにか変なことを言ってしまっただろうか?
考えてみれば「結婚してくれ」の返事が「子どもを産みます」というのはおかしい。
せっかくオブラートに包んでくれていたのに、自分から剝がしてしまった。変な意味に捉えられてしまったかも……。
私は赤面しながら「そ、そのプロポーズ、お受けします……」と言い直した。
祖母の様子が落ち着くまで、一弥さんはここにいてくれるという。もし痛みが悪化するようなことがあれば、ホテルに置いてある車で救急病院に連れていってくれるそうだ。
しかし、二時間も経つと薬が効いたのか、祖母の様子は落ち着いた。まだ自力で立ち上がれはしないものの、横になっていればそこまでつらくはないという。
あまり食欲がないという祖母に、お粥を持っていく。一弥さんの手も借りて座椅子に座らせ、食べさせてあげた。
「わざわざこんなことまでさせてしまって、本当に申し訳ありません」
祖母は一弥さんに何度もありがとうとごめんなさいを繰り返している。しかし、一弥さんは「俺がいるときでよかったです」と言ってくれた。
食事を終えた祖母は、ひと眠りすると言って、布団に横たわった。
もう一弥さんには帰ってもらっても大丈夫だろう。一階に戻り、喫茶店の入口で彼をお見送りする。
店を出ようとドアに手をかけた一弥さんだったが、ふと手をとめて、こちらに向き直った。
「なぜ、結婚を承諾してくれたんだ?」
ドアを背にして、彼が尋ねてくる。そういえば、「結婚してくれ」「わかりました」で会話が終わって、お互いの気持ちなんてまるで確かめていなかったことに気づく。
「それは……」
なぜかと問われて、ドキドキしながら言葉を選ぶ。
ずっと好きだったから? プロポーズがうれしかったから? 運命を感じたから?
でも、合理性重視で結婚を選んだ彼からしてみると、好きだとかうれしいだとか言われても、重たいだけかもしれない。
「一弥さんが必要としてくれたので」
シンプルにそう答えると、彼はすっと瞳を細めて、私の頰に手を伸ばしてきた。
「ああ。俺には君が必要だ」
抑揚のない低い声――が、今この時はなんだか熱を帯びて聞こえる。
彼の秀麗な顔がゆっくりとこちらに近づいてきて、なにかを予感したのか、鼓動が勝手に速くなった。
「君に妻の役割を求めてもかまわないか?」
艶めいた眼差しをされ、バクバクと胸が震える。
彼は私に子育てだけじゃなく、もっと違うことも求めているの? それとも、これは子づくりの延長線上?
半信半疑ながらもこくりと頷く。
頰に添えられた手が私の顔を持ち上げる。もっとこっちに来いというように。
彼のもう片方の手が私の首筋に回り、親指が耳朶を撫でた。びくりと小さく震えながらも、先を求めるように彼を見つめ続ける。
少し怖くて緊張もするけれど、その続きをしてほしい。彼にされるなら……かまわない。
彼の顔が近づいてくるとともに、私はゆっくりと瞼を落とす。
視界が真っ暗になったときには、唇に温もりが触れていた。
優しくて、柔らかい。ゆっくりと鼻で息を吸い込めば、私を惑わすような芳しい香りがした。
ただ体の一部がほんの少し触れただけだというのに。
不思議と、一弥さんの特別になれた気がして、すごくうれしい気持ちになった。
唇が離れるとともに、ゆっくりと目を開けると、彼はいっそう情熱的に私のことを見下ろしていた。
「また、すぐに会いにくる」
もう来ないかもしれないと疑っていただなんて言ってしまったから、気を遣ったのだろう。ちょっぴり掠れた声でそんなことを言う。
「はい」
私はこっくりと頷いて、目を伏せる。しばらくのお別れなのだから、ちゃんと彼の目を見て挨拶しなければ失礼なのに、先ほどのキスが照れくさくて顔を上げられない。
頰がじわじわと緩んできて、もしかしたらにまにましているかも。余計にこんな顔、見せられない。
彼が私から手を離し背を向ける。ドアノブに手をかけ、押し開けようとするけれど。
再び彼の手がドアから離れ、少しだけ開いたはずのドアが閉まった。その衝撃でドアベルがリンッと短く鳴る。
私が驚いて彼を見上げると、なんだか険しい目で、でも、どこか困ったようにこちらをじっと見つめて――。
「花澄」
「は、はい!」
「……足りない」
次の瞬間、強い力で抱きすくめられた。私は彼の肩に顔を埋め、驚きに呆然とする。
「一弥さ――」
その名を呼び終える前に、唇を塞がれた。先ほど交わした軽く触れるだけの優しいキスとはまったく違う、強く、激しいキス。
食まれた唇から、妖艶な音が鳴る。角度を変えて幾度も交わり、咄嗟に彼の背中に手を回した。しっかりしがみついていないと、倒れてしまいそうだ。
「一弥――さんっ……ぅう……!」
彼の大きな手が私の後頭部をしっかりと捕まえて、唇を押し当てるかのようにかき抱く。その激しさに呼吸すら忘れ、無我夢中で彼の求めに従う。
ダメ……膝の力が、入らない……!
ふらりと倒れそうになると、すかさず太ももの裏に手を回され、身体を抱き上げられた。
「っきゃ!」
そのまま近くにあったボックス席に連れていかれる。彼は赤いベルベッド地のソファに私を横たえると、座面に押しつけるようにして覆いかぶさった。
「あ……一弥さ……」
再び熱いキスが始まる。今度は指先で口を押し開けられ、舌で深くまで探られた。
呼吸すら危うくなって、息が絶え絶えだ。どうやら彼も同じようで、店内にふたりの荒々しい吐息が響いた。祖母が二階にいてくれてよかったと、心の底から思う。
『足りない』――彼の発したその言葉の意味がようやくわかって、赤面する。
「……足りましたか?」
彼が唇を離すのを待って尋ねると。
「君は足りたのか?」
挑発的な表情でそう尋ね返してくる。
これがファーストキスだった私からしてみれば、充分すぎるほど満ち足りたのだけれど、離れるのが惜しくて首を横に振ってしまう。
キスが足りないのか、彼が足りないのか。
どうしたら足りるのだろう。それすらもわからず、彼の服の袖をぎゅっと捕まえる。
彼はもう一度軽く唇を奪って、私の髪をそっと梳いた。
「続きは……お祖母さんが元気なときに。君を持ち帰ることにする」
その気遣いに、優しさに、トクンと鼓動が鳴る。
彼は私の背中を支え、そっと起き上がらせてくれた。
「驚かせて、すまなかった」
紅潮した彼の頰。すごく熱っぽく見えるけれど、表情はなんだか申し訳なさそう。罪の意識を感じているのだろうか。やりすぎたって思っている?
私は首を横に振って「うれしかったから……」とひと言添える。
怪訝な顔の彼。信じてくれていないのだろうか?
だったら――とその顔を引き寄せて、自分からそっと口づけをしてみる。
たぶん、すごく下手だったと思う。唇の真ん中にキスをする勇気はなかったから、端っこのほうにひとつ。もしかしたら外れてしまっていたかもしれない。
すると彼はクスリと小さく笑って、びっくりするほど優しい目で私を見つめた。
「俺もだ。花澄とこうしていられることが、とてもうれしい」
彼がこんな素敵な表情を持っていただなんて。うっとりと見惚れてしまう。
同時に、胸がぎゅっと摑まれるように痛くなった。どうしてだろう、うれしいのに苦しいだなんて。
この関係がかりそめだと知っているからだろうか。彼は私を愛しているわけではなく、家庭を作りたいだけ……。
名残惜しさを感じながらも彼と別れた。彼がいなくなったあとも、胸がドキドキして収まらない。
彼にとっては子づくりのための結婚――そう知りつつも、何度も何度も彼とのキスを思い返してしまう。
布団に入ってもう寝なきゃという時間になっても、幾度も思い返しては、初めてのキスの感触に浸っていた。