書籍詳細
花嫁契約~御曹司に愛されすぎて、偽り婚を拒否できません~
あらすじ
「君を落とす、必ずね」
偽りの愛のはずなのに思い切り翻弄されて――
婚活パーティーで出会った訓から、婚約者の振りをしてほしいと頼まれた瀬莉は、期間限定で同居を始めることに。偽装のはずなのに本気で迫ってくる訓と、とんでもなくゴージャスな毎日に、平凡な瀬莉の生活はドキドキの連続! だけど普通の会社員だと言っていた訓が実は大会社の御曹司と知り、身分の差に悩むが、すでに彼に強く惹かれていて…。
キャラクター紹介
小泉瀬莉(こいずみせり)
恋愛にはちょっとだけ引っ込み思案の24歳、会社員。声フェチでイケボには弱い。
南条 訓(なんじょうさとし)
普通の会社員と言いながら、実は超有名企業の御曹司。うっとりするイケボの持ち主。
試し読み
訓さんと出会ってまだ二週間しか経っていないのに、私の人生はガラッと変わってしまった。
あの日までの私はいたって普通、アパートと会社を往復するだけの毎日を過ごしていた。ロマンティックな妄想はするものの現実の恋愛は、いつか結婚できればいい、ごく普通の結婚生活が送れたらそれでいいと思っていた。それなのに今の私は、超が付くほどの高級マンションの最上階に住み、寝顔まで端整な男性の隣で寝ているのだから、人生というものはいつどこでなにが起きるかわからない。
明け方まで幾度となく愛された身体は疲れ果て、目覚めたのは昼も近い十一時過ぎ。
私の身体には数えきれないほどの彼に愛された証しが、真っ赤な花のようにくっきりと残っている。目が覚めたとき自分の身体を見て、嬉しいやら恥ずかしいやら複雑な気持ちが膨れ上がった。
でも本当によかったんだろうか。今の私との関係はあくまでも契約上のことで、訓さんの本当の婚約者じゃない。それなのに彼に身を任せ、一線を越えてしまった。
訓さんは私を抱いて、どう思っただろう。なにもかもが初めての私を見て、あれは過ちだったと婚約を解消――なんてことにはならないだろうか。
いろいろ不安や心配はあるけれど、彼のことを好きになってしまった今、この気持ちを大切にしたいというのが本音だ。
訓さんは、まだ私の隣で寝ている。寝息まで乱れがなくきちんとしていて、穏やかな寝顔は疲れなんてなさそうに見える。
鍛え方が違うのかしら。なんて、私は一切鍛えてないけれど。
ふいに腕を伸ばし、布団から出ている訓さんの胸元に指先でチョンと触れてみる。
うわぁ、硬い。訓さんのことだから、きっとジムにでも通っているのね。でもこれは、癖になるかも。
訓さんが寝ているのをいいことに、上半身のあちこちを触ってみる。ついでにと上腕二頭筋を触ろうとした、そのとき。
「いつまで触ってるつもり? もしかして、まだ足りないとか?」
「え?」
訓さんの顔を、真上から覗き込む。でも目は閉じられたままで、まだ寝てるような。
じゃあ今の声はなんだったのだろうともう少し近づくと、頭の後ろに手が置かれそのままグッと押される。わずかな距離にあった訓さんの顔とくっついて、いわゆる〝キス〟してしまう。
「んん、んんんんーーーっ!」
離してと懇願する言葉は、唇に押しとどめられる。目を開けると訓さんも私を見ていて、ニヤリと笑う。
「もう!」
目いっぱいの力で、訓さんの身体を押しのける。同じタイミングで訓さんも私の頭の後ろに当てていた手をパッと離して、弾かれるようにベッドに倒れ込んだ。その拍子に身体に巻き付けていた毛布がめくれ、なにも身に着けていない身体が露わになる。
「きゃあ、見ないで!」
慌てて体育座りのように、身体を小さく丸める。頬を膨らませ訓さんに強い視線を向けると、訓さんは「仕方ないな」と言って毛布でくるんでくれた。
「見ないでって言われても、昨日の夜隅々まで見たからね。今更だと思うけど」
「そういうことじゃないんです。あの場合と今とでは状況が違うというか、いくら訓さんでも素では裸なんて見せられません」
「そうなんだ、残念」
本当に残念と思っているのか、訓さんはそう言うと毛布にくるまった私をギュッと抱きしめる。そのまま身体を揺さぶられて、まるで子供のようにじゃれ合う。
「訓さん、やめてください。目が回ります」
「嫌だ。でも瀬莉が毛布を外すなら、やめてあげてもいいよ?」
「なんなんですか、それ……」
なんて文句を言いながらも、こんな時間が楽しいと思ってしまう。
こんなふたりの関係がいつまでも続けばいいなと、願わずにはいられなかった。
「訓さん、サンドイッチできましたよ」
少し遅めのブレックファストは訓さんの要望で、ベーコンとレタスとトマトを使ったBLTサンドと定番のタマゴサンドを用意。それにキャベツと人参のコンソメスープをプラスして、朝からなにも食べていないお腹を満たした。
「瀬莉、料理上手だね。ひとり暮らしのときは、いつも自炊してたの?」
「はい。料理好きなんです。特に趣味もないし、時間だけは有り余ってたので」
必然的に料理が好きになっていた。でもほとんどが一般的な家庭料理で、手の込んだものが作れるわけではない。
「だから夕ご飯は、頑張って作りますね」
訓さんは忙しくて一緒に食べられる日は少ないかもしれないけれど、できるだけ手作りのものを食べてほしいと思っている。
「でも瀬莉だって働いてるんだから大変でしょ。ケイタリングとか頼んでもいいよ?」
「ケイタリング!?」
それって料理人がここに来て、食事を提供してくれるアレのこと? それって個人の家に来て、やってもらうようなことなの? 誕生日パーティーやお祝い事ならともかく、毎日の食事はちょっと……。
NJカンパニーのお給料って、いったいいくらなの!?
なんて素朴な疑問が脳裏に浮かぶ。
昨日のクルーズもだけれど、訓さんって金銭感覚がちょっとズレてる? 私を気遣ってのことだろうから嬉しくないわけではないけれど、ちょっと気が引けてしまう。
「大丈夫です。二人分ですし、できれば私の作ったものを訓さんに食べてもらいたい……です」
自分で言っていて、だんだん恥ずかしくなってくる。訓さんからほんのちょっと目を逸らし、苦笑を漏らす。
「なに照れてるの。瀬莉は本当に可愛い。うん、俺も瀬莉の手料理が食べたいな。でも負担になったら、我慢しないでいつでも言ってほしい。君ひとりに負担を掛けたくないからね」
「可愛いって。訓さん、それ間違ってますから。あ、お皿洗ってきますね」
隣にいるのがいたたまれなくなって、残りのサンドイッチを口の中に放り込むとすっくと立ち上がる。テーブルの上の皿を片付けるために伸ばした手を、訓さんに軽く掴まれてしまう。
「話があるからあとでいいよ。ねえ、ここに座って」
そう指さすのは、訓さんの脚の間。早くおいでと言わんばかりに待っているけれど、話をするのにそこはちょっと……と首を横に振る。
「大事な話だからね、そばで話したい」
訓さんもそこは譲歩するつもりがないのか手招きをして呼ぶから、これはいつまでたっても堂々巡りだと観念して彼の脚の間に腰を下ろした。背中側から抱き寄せられて、身体がぴったりと密着する。背中が敏感になってしまい、訓さんが少し動くだけで身体がゾクッと波打つ。
「ストーカーまがいに言い寄られている、取引先の男性のことだけど」
「は、はい」
「引っ越したばかりだししばらくは大丈夫だと思うけど、ここもいつバレるかわからないからね。解決するまで通勤は、送迎車を頼むことにしたから」
突然の、全く想像もしていなかった申し出に、意味がわからないと訓さんに振り返る。
「送迎車?」
「そう。瀬莉は女の子だからね。なにかあってからじゃ遅いし、もしものときに運転手は腕に自信のある人を用意しておいたから安心して」
訓さんは我ながら良い案だというように頷いて、満足そうに微笑んでいる。確かに安心だけれど、私のような一般人のOLが送迎車で出勤なんてできるわけがない。
「訓さん、お心遣いありがとうございます。でも送迎車は行き過ぎかと。大丈夫ですよ、マンションからも会社からも駅は近いですし、ササッと走れば問題ありません。こう見えても、足には結構自信があるんです」
そう言ってガッツポーズをしてみせる。でも訓さんは納得していないようで、眉をひそめ険しい表情をしている。
「いや、ダメだ。いくら足に自信があったって転ぶかもしれないし、道に迷うかもしれない!」
「そんな、子供じゃないんですから」
なんで今ここで、『道に迷う』が出てくるの? それにダメだなんて、一方的に言うのはどうかと思うけれど。
なんとなく腑に落ちなくて、ぶすっと唇を前に突き出す。でも必死に「ダメ」を繰り返している訓さんを見ていたらおかしくなって、ふふっと笑いが漏れてしまった。
「なに笑ってるの? 俺は真剣に──」
「私のことを考えてくれてるんですよね?」
訓さんの脚の間でくるりと向きを変え、自分から顔を近づける。ビックリしている彼の左頬に手を添えると、右頬にチュッとキスをした。
「……瀬莉?」
キスされるなんて思っていなかったのだろう。訓さんは驚きすぎたのかガチッと固まって、目をパチクリさせている。
でももっと驚いたのは私のほう。自分からキスしようなんて思っていなかったのに、身体が勝手に動いてしまってどうすることもできなかった。
「え、えっとですね。送迎車の件ですが、ありがたく使わせていただきます。訓さんに心配かけるのもなんですし……」
素直にありがとうと言えなくて、なんとも可愛くない言いかたをしてしまう。でも訓さんは違ったようで……。
「もうホント、瀬莉は素直じゃないよね。でもまさか、瀬莉のほうからキスしてくれるなんて夢みたいだ」
訓さんは「棚から牡丹餅? それとも鰯網で鯨を捕る?」なんて難しい諺を呟きながらぎゅうっと私の身体を抱きしめると、愛おしいと言わんばかりに頬を寄せる。ぐりぐりと頬を頬で擦られて、思った以上にこそばゆい。
「イヤ訓さん、くすぐったい」
「えぇ、そうなの? だったらこっちは?」
そう言った途端訓さんは、抱きしめていた手をわき腹に移動させる。指先を上下に動かすと、こちょこちょとくすぐり始めた。
「あははっ、訓さんのイジワル! もうホントに、くすぐったい。イヤ、やめて……あはははは……もう、笑いすぎて、息が苦しい……」
でも訓さんはやめてはくれなくて。何故かそのまま甘い時間に突入すると、ゆっくり過ごすはずの日曜日はあっという間に時間が過ぎてしまった。