書籍詳細
おあずけ初夜~焦れ甘な政略結婚の相手は理想の旦那様でした~
あらすじ
新婚なのに、夜は焦らされてます。溺愛されているはずが、抱かれないのはなぜ!?
叔父から取引先の御曹司・晴海とのお見合いを強引に進められた琴乃。世話になっている手前断れずしぶしぶ会いに行くが、出会いから熱く迫る彼に心を打たれ、一か月後には理想どおりの新婚生活が始まった。だけど晴海はなぜかキスどまりで、初夜を避けるように毎晩仕事に没頭。実は政略結婚だったのではと、琴乃は悶々とした日々を送ることに!?
キャラクター紹介
大崎琴乃(おおさきことの)
家庭菜園と料理が趣味の会社員。日当たりのいい庭と広いキッチンのある家が憧れ。
緒方晴海(おがたはるみ)
緒方グループの御曹司。優しくて頼もしくて気が利く、理想の男性だが――!?
試し読み
それにしても、プロポーズを受けたとたん新居を用意する早業に、琴乃は驚いてしまう。要所要所でグイグイくる晴海に、いつも圧倒される。
「つい最近、売りに出された物件です。不動産会社によると売主は地元の方で、ご主人が商社にお勤めのご家族。長期の海外赴任が決まったため、家を手放すことになったわけです」
「まだ新しいのに、もったいないような」
「僕もそう思ったけど、いつ帰国できるか分からないし、家は使わないと劣化するからってことで、管理をあきらめたとか。でも今は、赴任先で三倍の広さの家を貸与されて、快適に暮らしているそうですよ」
「三倍……」
日本と海外では住宅事情が異なると聞くが、三倍はすごいと思った。
「では中に入りましょう。不動産会社には話を通してあるので、自由に見てください」
「ありがとうございます」
和風の建物らしく、格子戸をデザインした玄関ドアだ。晴海がノブを引くと、自動的にライトが点いた。
「わっ、広いですね」
旅館のエントランスといった造りの玄関ホールに目をみはる。
淡いベージュに市松模様があしらわれた壁がモダンな雰囲気を醸す。床材は御影石だろうか。土足で踏むのが憚(はばか)られるほど美しい色をしている。
晴海が造り付けの玄関収納からスリッパを取り出し、琴乃の前に揃えた。
「はい、琴乃さん」
「すみません」
恐縮しながらスリッパを履いて、鏡のように磨かれた廊下を奥へと進む。
正面に両開きのドアがあり、晴海が開け放すと同時にライトが点いた。この家はすべての部屋が自動点灯式のようだ。
「こちらがリビングです」
そこはまるで別世界。吹き抜けの天井を見上げ、思わずため息が漏れる。
狭い日本家屋に暮らす琴乃にとって、とてつもなく大きな空間である。
(私の家と大違い。冷暖房費がかかりそうな……)
光熱費を計算しかけて、すぐに打ち消す。格差を意識するのはよくない。せっかく晴海が選んでくれた家なのだからと、前向きの姿勢で臨む。
「素敵なお部屋ですね。家の外観と合わせて家具も和風モダンな感じで……」
琴乃はそこで「あれっ?」と気づく。誰も住んでいないはずなのに、造り付けの家具の他に、ソファなどの調度品が揃っている。
これらの家具は見本ですかと晴海に訊いてみた。
「いや、この家は家具込みで売りに出されたんです。カーテンや絨毯(じゅうたん)なども特注のインテリアだから、ぜひ使ってほしいということで。ちなみに、家電も全部そのまま使えます」
「えっ、そうなんですか?」
琴乃はあらためて見回し、なるほどとうなずく。
確かに、この家のイメージに合わせたインテリアだ。しかも特注品だけあって、どれもこれも高級感あふれる調度品ばかりで、膝が震えてしまう。
琴乃は動揺する気持ちを抑え、「前向き、前向き」と、口の中で復唱した。
「リビングはこんな感じです。そして、こちらがキッチンですよ」
「あ、はい」
リビングの隣にダイニングキッチンがある。楽しげに案内する晴海の後ろから覗き、琴乃は「あっ」と声を上げた。
「どうです、琴乃さん」
「こっ、これは……」
夢にまで見た光景に、動揺も震えも吹き飛んだ。
「セミオープンのL字型キッチン。あっ、すごい! これってプロの料理家も推薦する、大人気のシステムキッチンですよ?」
幅広の調理台に、奥行きのあるシンク。レンジフードはシロッコファンだ。ぱっと見ただけで、お手入れが簡単だと分かる。
「大きくて使いやすそうな食洗器。こちらはビルトインコンロと……ん?」
ガスコンロと並んで、サポート機能付きのIHコンロまである。最近のIHコンロは優秀だと結衣先生が褒めていた。調理に合わせて火加減を調整してくれるので、複数の料理を作るときに便利だという。
まるで、キッチンのショールームにいるみたい。琴乃は目をきらきらさせて探索を続けた。
「大容量収納棚に、フレンチドアの大型冷蔵庫。ああっ、こんなものまで……」
高機能スチームオーブンレンジを発見し、声を震わせる。料理教室のオーブンと同じタイプだ。これ一台で、あらゆる料理にチャレンジできるだろう。
琴乃はメニューの幅が広がるのを想像し、夢心地になった。
「気に入ってもらえたかな」
「はっ……!」
自分の世界にトリップしていた琴乃は、びっくりして振り向く。
晴海がすぐ後ろに立ち、にこやかに微笑んでいた。
「すっ、すみません! つい夢中になってしまって」
「謝ることはありません。そんなに喜んでもらえて、僕も嬉しいです」
彼は一歩前に出て、琴乃の顔を覗き込むようにした。
「琴乃さん」
「は、はい……えっ?」
これまでにない大接近に琴乃はたじろぐ。男らしくもきれいな顔立ち。理想のタイプそのものの晴海が、うっとりとした目つきで見つめてくる。
鼻先が触れそうなほど、近くに寄って――
「あ、あのっ……ちょっと待……」
まさか、キスするつもりでは?
いきなりの展開に驚きすぎて、逃げることができない。そもそも、逃げてもいい場面だろうか。
琴乃は混乱し、どうすることもできずに目を閉じた。
(……あれ?)
しばらくじっとしていたが、何も起こらない。晴海の体温を近くに感じるけれど、琴乃の唇は平穏無事を保っている。
そっと、瞼を開いた。
「晴海……さん?」
呼びかけると彼は一歩引き、琴乃から離れた。
「琴乃さん。やはりあなたは、僕の……」
「えっ?」
「いや、違います。そうじゃなくて」
苦しそうな顔。なぜか彼は「すみません」とつぶやき、琴乃に背を向けた。
「ど、どうかされたんですか?」
「いや、大丈夫。何でもない……」
琴乃は戸惑いながら、広い背中を見上げる。
彼は今、確かにキスしようとした。恋愛に不慣れな琴乃にも、その気配が感じ取れた。熱い眼差しが琴乃を求めていた。
だけど晴海は何ごともなかったかのように、こちらに向き直る。いつもと変わらぬ爽やかな笑顔を浮かべて。
「さあ、次に行きましょう。琴乃さんにぜひ見てほしい場所があるんだ」
「は、はあ」
先ほどの行為は一体何だったのか。それに、あの苦しげな顔。前にもこんなことがあったような――
「どうしたんですか、琴乃さん。先に行っちゃいますよ?」
「あっ、待ってください」
晴海さんは何を言いたかったのだろう。首を傾げる琴乃だが、急ぎ足で案内する彼についていくほかなかった。
「は、晴海さん。これは……」
「いかがですか?」
リビングの隣に位置する南向きの部屋は和室だった。しかも庭に面して幅の広い縁側が付いている。広縁(ひろえん)と呼ばれる板張りのスペースだ。
「窓が大きいので、昼間はかなり明るくなりますよ」
掃き出し窓を晴海が開けると、ひんやりとした風が入ってくる。琴乃は彼の横に立って外を覗き、またしても驚いた。
「庭が広い。こんなにも奥行きがあったんですね」
目隠しフェンスの向こう側に道路が通っている。陽射しを遮る建物がないので日当たりがよさそうだ。
だけど、庭には花壇も植木もなく、物干し台がぽつんとあるだけ。一面に砂利が敷かれ、土が隠れている。
「売主のご夫婦は植物に関心がなかったそうです。手入れといえば防草シートと砂利で雑草が生えないようにするくらいで」
「そうなんですね」
これほどの広さがあるのにもったいない。琴乃がむずむずしていると、晴海がこちらを向く。
「縁側と庭の組み合わせを見て、僕はこの家がいいと思いました」
「えっ?」
琴乃は、まさかと思った。
「私が、縁側のある家と日当たりのいい庭が理想と言ったから?」
晴海がうなずくのを見て、思わず両手で口を押さえた。感激のあまり、叫びそうになったからだ。
「砂利を取り除いて畑を作ってもいい。あと、琴乃さんのみかんの木をここに移植すれば、伸び伸びと成長するでしょう。そうなると、ますます理想的な庭に……」
晴海がすべて言い終える前に、琴乃は彼に抱き付いていた。普段なら絶対に有り得ない行為だが、今の琴乃は胸がいっぱいで何も考えられない。
「こ、琴乃さん?」
「晴海さん、ありがとう……あなたという人は、どうしてそんなに」
彼の戸惑いが伝わってくる。だけどやがて、温かな腕が琴乃を包み込んだ。
「えっ? あ、あの……」
抱きしめられたと分かったのは数秒後。慌てて離れようとする琴乃だが、晴海が逃さない。さらに強く抱きしめられ、耳もとで囁(ささや)かれた。
「好きだからです。僕は琴乃さんが、大好きだから」
「晴海さん……」
なぜそこまで思ってくれるの? 琴乃は聞きたかった。でも、彼はこう答えるだろう。人を好きになるのに理由が必要ですか、と。
琴乃も晴海が好きだと感じる。爽やかな笑顔。心優しく紳士的で、いざというとき頼りになる男性。確かに理想のタイプだけれど、それ以上に惹かれる要素があった。
好きになる理由……。だけど、理由なんてよく分からない。きっと、恋に理由なんて必要ないのだ。
晴海の言わんとすることを琴乃は理解し、実感している。
「晴海さん。本当に、ありがとう」
抱かれたまま彼に話しかけた。
「最初にこの家を見たとき、あまりにも立派なので怯(ひる)んでしまいました。だけど、素敵なキッチンや、こんなにも素晴らしい庭を用意してもらえるなんて、嬉しすぎて、夢を見ているようです」
晴海は腕の力を緩め、琴乃と目を合わせた。
「この家に、僕と一緒に住んでくれますか?」
「もちろんです」
晴海は堪らないといった顔になり、もう一度強く琴乃を抱きしめる。息が苦しくなるほどの拘束に、琴乃はめまいがしそうだった。
「琴乃さんっ……」
低い声で名前を呼ばれると同時に、和室へと連れて行かれる。
「は、晴海さん?」
「好きだ」
壁に身体を押し付けられ、激しいキスに襲われた。反射的に逃れようとするが、晴海が許さない。
「あ、あのっ、はる……みさ……」
強引に唇を塞がれ、全身から力が抜ける。晴海の情熱的なキスは、身体の芯まで痺(しび)れさせた。静かな部屋に、キスの音だけが聞こえる。
「……僕が好き?」
人を骨抜きにしておいて、その質問はずるい。
そう思いながらも琴乃は抗(あらが)えず、潤んだ目で彼を見つめ返し、「好き」とつぶやいた。
「琴乃さん……」
それからはもう晴海のペース。
琴乃はされるがまま、キスの嵐に翻弄されるのだった。