書籍詳細
お見合い代役が結ぶ純愛婚~箱入り娘が冷徹御曹司にお嫁入りします~
あらすじ
今すぐ結婚しよう クールな御曹司×純情な令嬢の濃密愛!
内気な社長令嬢の亜理沙は、冷酷非情と噂の御曹司・亮とのお見合いに代役を立て、断ることに。ところがその後、偶然に亮と出会い、怒るどころか甘く迫ってくる彼に、亜理沙は戸惑いを隠せない。しかもいきなり熱く抱きしめられ、「俺のものになれよ」と求愛されて!? 亮の強引な愛情に翻弄されるうち、純情な亜理沙は初めての恋の刺激に溺れていき…。
キャラクター紹介

大迫亜理沙(おおさこありさ)
父が経営する不動産会社の総務部に所属する社長令嬢。引っ込み思案で男性が苦手。

久織 亮(くおりあきら)
大手ゼネコンの次期後継者。敏腕で容姿端麗だが、冷酷非情な面がある。
試し読み
「亜理沙の言うこと聞いてやったんだから、俺の言うこともひとつ聞けよ」
「な、なんでしょうか……?」
「部屋に行くぞ。貴重な時間がなくなった。移動せずここにいれば、俺の家まで向かうぶんの時間を有効に使える」
彼はさらりと言うと、また私の手を取ってフロントへ歩き始めた。
上階の一室に入るなり、亮さんは気だるげに上着を脱ぎ捨てた。
「あー、マジで疲れた。生産性のない無駄な話ばっかで」
彼がお洒落なデザインのひとり掛けソファに腰を下ろし、長い足を組む。私は雑誌の一ページみたいな画にうっかり見惚れた。
ソファだけでなく、テーブルやベッド、壁紙から照明まですごく凝ったコーディネート。窓から覗く夜景もまるでインテリアの一部。キラキラ輝いていて、カーテンを閉めるのが勿体ないと思うほど。
その中にモデル顔負けの彼はすんなり溶け込んでいて、別世界にも感じちゃう。
「スイートルームってこんな感じなんですね……素敵」
私はスイートルームに宿泊したことはなかった。厳密に言えば、記憶のないくらい小さい頃には家族で利用したらしいけど、覚えていない。
「お前、やっぱり令嬢っぽくないな」
亮さんは眉を下げて苦笑し、肘をついた手の甲に軽く頬を乗せ、柔らかい眼差しで私を見る。
「華美に着飾らないし、家庭料理得意だし、結婚相手の条件にスペックは関係ないようだし」
次々と語られる内容に目を瞬かせる。
「自己中なわがままでもないし、そうかといって、ずっと黙って従う感じってわけでもない」
「す……すみません。普通で」
『ない、ない』と言われ、なんとなく申し訳なくなって肩を窄めた。
亮さんに手招きされ、おずおずと彼に近寄る。ぬっと腕が伸びてきた直後、デコピンをされた。
「痛っ……」
ふいうちを食らった私は眉を寄せ、額を押さえる。
「いいんだよ、亜理沙はそのままで。余計なこと考えるな」
満足そうに口元を緩める亮さんに、私もなんだか目尻が下がった。
ふと、亮さんが私をじっと見る。
「お前、本当に俺が久織じゃなかったとしても、一生ついてこれる?」
突然投げかけられた質問に、初めはきょとんとしていた。が、徐々に顔が熱くなり、身体まで火照ってくる。頬を両手で覆い、信じられない思いで亮さんに視線を向けた。
「いや、それどういう反応なんだよ」
亮さんが軽く眉を寄せ、不満げにぼやく。私は鼓動が高鳴る中、声を震わせた。
「い……一生なんて軽々しく言わないでください。……期待しちゃう」
亮さんはわかってないのかな。普段クールな人が、そういう言葉を口にしたときの威力はすごいってこと。単なる仮定の話だって、こんなにドキドキさせられる。
そこで亮さんは私の手首を掴んで引き寄せた。前傾姿勢になった直後、ちゅっと軽くキスをされる。
どぎまぎする私に、亮さんは言った。
「俺、ずっと結婚なんかしないと決めてたけど、やめた」
「え……」
「亜理沙の期待を裏切りたくないからな」
亮さんのふわっと微笑む表情もまたふいうちで、私はしばらく放心した。
彼は明らかに女性を嫌っているふうだったし、一緒にいられるようになっても結婚は期待していなかった。
もう……。ずるい。亮さん、だんだん、やさしさがわかりやすくなってきてる。
「もう七時か。ルームサービスでも取るか?」
「え? あっ、いえ……。なんだかまだ胸がいっぱいで」
亮さんから極上のセリフと笑顔までもらったから、今は食欲どころじゃない。
「じゃ、あとでだな。……ちっ。親父からだ」
途中、亮さんのスマートフォンにお父様から着信がきたらしい。
彼はそれを無視して電源を切り、サイドテーブルに放った。
「えっ。い、いいんですか?」
「今日はもういいだろ。それに、さっき日を改めるって決めたし」
まだ若干不服そうな雰囲気は残るものの、亮さんはそう言ってくれた。改めて感謝の念に堪えず、私は深く頭を下げる。
「ありがとうございます。私、頑張って父を説得しますから」
自分たちの始まりが始まりなだけに、自分の父にとって亮さんの印象は良くないはず。それは、逆も然り。だから私は、父に亮さんを認めてもらうだけでなく、自分自身も彼のお父様に認めていただくためにこれから頑張らなきゃ。
大切なのは本人たちの気持ちかもしれないけれど、やっぱり周りの人たちには祝福されたい。
この間まで、不安で自信もなかったのに前向きに考えられるようになったのは、亮さんが佐枝さんに向かって『本気』と宣言してくれたから。
彼の気持ちを知った今、雲さえ掴めそうな気がする。
「誠也さんたちのお式楽しみですね。そういえば、私たちきっと会場でも会えますね」
亮さんは新郎の親族席で、私は新婦の来賓席で。
史奈ちゃんと誠也さんが恋人同士になった直後は、想像もしなかったことだ。
もし亮さんとこうなっていなければ、逆に式で亮さんと顔を合わせるのが気まずくて悩んでいただろうな。
亮さんは、興味なさげにぽつりと零す。
「俺には他人の結婚にそこまで肩入れするのが理解できないけど」
「他人じゃないです。私の大切な親友と、大切な人の弟さんの結婚ですよ」
私が即答した瞬間、身体に両手を添えられ、亮さんの膝の上に座らされていた。
「えっ……ちょっ……亮さん、重っ……ん」
しどろもどろになる私に構わず、彼は私の口を甘やかなキスで塞ぐ。
唇を離した彼は眉間に軽く皺を寄せ、ぶつぶつとつぶやいた。
「……くそ。本当は今日のうちに、無理やりにでもお前を連れて報告したかったのに。まあでも、元はと言えば俺が誠也に代役を押しつけたせいもあるから」
亮さんが、子どもがいたずらをして注意されたあとみたいに、ばつが悪い顔をしているものだから、思わず目尻が下がってしまった。
「亮さんって……本当はすごくやさしい人ですよね」
くすくすと笑って見せると、彼はきょとんとする。どうやら、あまり言われ慣れない言葉だったらしい。
「元々私とのお見合いのときも、断るのに自分じゃ棘があるから物腰の柔らかい誠也さんを代わりにしたって聞きました。お付き合いを始めてからも、私のペースに合わせてくれてますし」
初め聞いたときは、亮さんに対して先入観を持っていたのもあって、にわかに信じられなかった。けれども、今日だって結局は私の意見を尊重してくれた。
亮さんはクールに見えて、人情味がある。そういう部分を垣間見てはきゅんとして、ドキドキする。
私、この人がとても好き。
「さあ。自分のことなんてよくわからないからな」
彼はそう答えてすぐ、私の頬や耳朶に軽いキスを落とす。
話をうやむやにするためだったのかもしれないが、次第にそうではなく単純に愛情表現なのだと感覚でわかってきた。
「こういうの……してくれるの、いつもうれしい……って思ってます」
胸から溢れ出た想いが、自然と口から零れ落ちる。
前まで、触れてもらえていても自信を持てなかった。今は違う。
亮さんの気持ちを感じて、素直に受け入れられる。
気恥ずかしくて目を伏せたら膝の裏に手が添えられ、抱き上げられた。
彼らしいスパイシーな香水のにおいがふわりと動き、鼻孔を擽る。キングサイズのベッドにそっと下ろされ、額にキスが落ちてきた。
それから瞼にも口づけられ、ゆっくり距離が離れていって、どちらからともなく視線を絡ませる。
冷ややかだと思っていた彼の双眸には静かな熱が灯されていて、私だけを映し出す。
彼は眼差しひとつで、内気な私を大胆に変えていく。
「あの……大人のキスして……くれませんか?」
今日は、いつもみたいに終わらされたくない。
私の願い出に、亮さんは目を剥いて固まった。
沈黙が続くにつれ、心臓が口から飛び出そうなほどバクバクいって、羞恥心も大きくなっていく。
はしたなくて嫌われたかも、と不安になった矢先、うれしそうに口角を上げる唇が見えた。
「お前……変わりすぎだろ」
亮さんは低い声で言って、私の髪に長い指を挿し込む。耳の上からスーッと襟足に掛けて撫でられ、心地よくなっていたとき。
「ベッドでねだって俺を従わせるのは、亜理沙だけだな」
瞬く間に彼の甘美な唇が重ねられた。もうどちらのものかわからなくなるほどキスを繰り返しながら、なお私は求めていた。
亮さんは貪りつくようなキスをしていても、ずっと私の頭を撫でてくれていた。
私が唇にさえ力が入らなくなっても何度も絡め取り、深く口づける。ぞくぞくっと背中が粟立ち、身体の奥からほとばしるものを感じる。
私は大きな背中に両手を伸ばして回し、きゅっとワイシャツを掴んだ。
キスの合間、吐息交じりにささやく。
「好き……です」
私の告白を受けた彼は、突然項垂れて、「ふー」と長い息を吐いた。そして、おもむろに顔を上げ、低い声で言う。
「煽るのはそれくらいにしてくれないか」
煽情的な双眼に、このうえなくときめく。
常にクールな彼がなにか堪えている姿は、胸に迫るものがある。
私は彼の汗ばんだ頬にそっと手を添えて、不器用ながらも形のいい唇に触れた。
「これがお前の答えってことで、いいんだな……?」
刹那、鋭い眼光に当てられ、心臓が大きく跳ねた。甘い高揚が堰を切って溢れ出す。
「――亜理沙。今日はお前を抱く」
精悍な顔つきで宣言され、緊張が最高潮に高まる。
私がコクッと小さく頷くや否や、彼は獣のように牙を剥き、あっという間に私を羞恥と快楽の渦へと引き込んでいく。
なにがなんだかわからなくて口元に両手を添えていたら、乱暴に引き剥がされた。
「口を押さえるな。こっちはお前のイイ声が聞きたいんだ」
「――ん、あぁっ……」
隅々まで蹂躙する亮さんの指先に陶酔する。
合間、「亜理沙」と頻りに名前を呼ばれ、感極まって涙が浮かんだ。目尻から零れ落ちないように我慢して、薄っすら瞼を押し上げる。
彼は妖艶に微笑み、私の耳へ口を寄せた。
「ああ。めちゃくちゃそそる顔してる……もっとだ」
色っぽいバリトンボイスに触発され、また胸がきゅうっと締めつけられる。
幸せすぎて、とうとう下睫毛の上にあった涙が零れ落ちた。
亮さんは、涙の跡にそっと口づける。
「好きだ」
ずるい。余裕のないこんなときに、普段はなかなか聞けないセリフを言うんだもの。
私はその夜、熱い腕に抱かれ、初めて知る痛みよりも充足感でいっぱいだった。