書籍詳細
失恋したら、愛したがり御曹司から求愛宣言されました
あらすじ
「俺の腕の中に閉じ込めておきたい」一途な御曹司からの熱烈アプローチ♡
双子の姉の恋人に想いを寄せ、失恋をした美容部員の真綾は、姉たちの結婚式で勤務先の専務・拓真から「そろそろ本気で口説いてもいい?」と宣言を受ける。失恋を慰め、支えてくれる彼から魅惑的な猛アプローチが始まり、ときめきを隠せない真綾。まっすぐな瞳で愛を伝え、存分に甘やかしてくれる彼の溺愛に、真綾は惹かれる気持ちが抑えきれず…!?
キャラクター紹介
西内真綾(にしうちまあや)
化粧品ブランド『LILA』でビューティーアドバイザーとして働いている。一途で天真爛漫。
藤園拓真(ふじそのたくま)
『LILA』の専務取締役で、真綾とは飲み友達。穏やかで紳士的。
試し読み
「ほら、行こう。マスター、またね」
当たり前のように腰に手を添えられて、肩が小さくびくつく。恐怖や嫌悪感はないものの、緊張感によって跳ね上がった心臓が飛び出してしまいそうだった。
「お気をつけて。真綾ちゃん、話ならいつでも聞くからね」
私にかけられた声にも、肩越しに振り返って曖昧に笑うことしかできなかった。
マスターの言葉を背に外に出ると、拓真くんは手を繫いできた。
「……っ! てっ、手は繫がなくていいと思う!」
彼に翻弄されていた私がようやく声にしたのは、そんなこと。案の定、綺麗な碧眼が私を見下ろし、盛大に噴き出した。
「そんなに真っ赤になってくれるんだ」
「な、なってないよ……っ! 暗いから、そう見えるだけだよ!」
「なってるなってる。熟したいちごみたいで、甘くておいしそう」
「変なこと言わないで!」
「本当のことを言ってるだけだよ」
クスクスと笑う拓真くんは、私の言葉をひらりとかわし続けた挙句に「可愛い顔がもっと可愛くなった」なんて言ってのける。
フランス人のおばあ様の教育の賜物なのか、それともフランスへの長期出張以外にも海外で過ごした経験が多いからなのか……。彼の言動はいつもレディーファーストで、相手を翻弄させるようなセリフも当たり前のように繰り出される。
甘い言葉や柔らかい笑みは惜しみなく与えられ、虜になる女性も少なくはない。
私自身も拓真くんのそういったところにドキドキしたことはあるけれど、それはいつだってリップサービスだと思っていたのに――。
「真綾を本気で口説く、って言っただろ?」
彼は、私の困惑をより大きくするように、綺麗な笑みを湛えて見つめてくる。
「今までは冗談めかしたことしか言ってこなかったけど、俺の中では真綾はもうとっくに特別な女の子になってるんだ。だから、これからは本気にしてもらえるように想いを伝えていく。真綾もそのつもりでいて」
街のど真ん中で甘やかに囁かれ、透き通るような碧眼に射抜かれた。しかも、今まで〝真綾ちゃん〟だった呼び方が変わっているのに、まるで違和感を抱かせない。
こんな風にされてしまったら、単純な私の胸は簡単に弾んでしまう。
紳士的なふりをして、こんな手を使うなんてずるい。
心の中ではそんな風に悪態をついてみても、私の理性も思考も関係なくドキドキさせられて、瞳も心も拓真くんに囚われていく気がした。
そんな私を余所に、彼は意味深な笑顔のままビルに入っていき、一階の最奥のドアの前で足を止めた。重厚な黒いドアの右横には、タッチパネルが設置されている。
「真綾、今から言う番号を押して。一、六、七、四、九、二、三……」
「えっ……あ、待って!」
繫がれた右手は使えないため、利き手ではない左手で番号を打つ。聞き取るのと左手で番号を押すのを同時にしているせいで少しだけもたついたけれど、全部で九桁の番号を押し終えたところでガチャンッ……と大きな音が響いた。
恐る恐る拓真くんを見上げると、彼は「開けてごらん」とにっこりと笑った。
言われた通りにドアを開けた直後、給仕服を纏った男性に出迎えられた。いわゆる〝本格的な隠れ家レストラン〟が初めての私は、目を見開いてしまう。
ウェイターに案内された室内は、奥行きのある広いワンルームのような造りになっていて、立派な厨房が設置されていた。
バルコニーに面した位置に丸いテーブルセットが置かれ、拓真くんと向かい合わせで腰を下ろす。左側にある窓から見えるバルコニーにはライトが当たり、色とりどりの花とグリーンに囲まれている。
拓真くんは、ここは完全な紹介制でランチとディナーのみ、しかもそれぞれ一日一組ずつしか予約できないと教えてくれた。料理も、完全にお任せになるのだとか。
すぐに運ばれてきたシャンパンで乾杯したあとは、どう考えても高級店でしかないお店にいることに緊張して、身の置き場がないような気持ちになった。
目の前でくつろぐ彼が「緊張しないで」と微笑んでくれたけれど、今は見慣れているはずの綺麗な笑顔は逆効果で、色々な意味でドキドキしてしまう。
そんな中で運ばれてきた前菜は、桜ユッケの周りに季節野菜のマリアージュマリネが添えられ、目の前で粉チーズが削られた。
続けて出された春キャベツのポタージュにはキャビアが載り、ポワソンはオレンジソースの酸味と甘みが絶妙な真鯛の蒸し煮だった。
口直しのラフランスソルベには深紅のバラの花びらが飾られ、アントレはA5ランクの黒毛和牛のフィレ肉ステーキをヒマラヤ産の希少岩塩で食した。
あまり馴染みのないワインとともにいただくフルコースを前に、抱えていた緊張感なんてなんのその……。ひとつひとつの料理の見た目にも味にも感動し続け、満面の笑みで「おいしい!」と連呼していた。
いつの間にか拓真くんの話にも笑顔で相槌を打てるようになり、すっかり彼のペースになっていたけれど……。この空気感に安堵していた私は、普段通りの態度でいた。
「真綾が気に入ってくれたみたいでよかった」
「うん、すごくおいしかったよ」
「じゃあ、デザートも楽しんで」
甘いものが好きな私は、その言葉に心が弾んだ。これだけおいしい料理が振る舞われたのだから、デザートにも期待を寄せてしまう。
「失礼いたします。こちら、デセールでございます」
程なくして、デセールが運ばれてきた。
私の目の前に置かれたプレートには、チョコレートで『Happy Birthday』と書かれ、いちごが載ったハート型のケーキとオレンジムースとブリュレが並んでいた。
「拓真くん、これって……」
「遅くなったけど、今夜は真綾のお祝いだ。本当は誕生日当日にしたかったけど、真綾は紗綾ちゃんの結婚式のことで忙しかったし、俺もゆっくり時間が取れる日が今日しかなかったから。ついでに、ブライダルメイクお疲れ様っていうのも込めて」
「嬉しい……! ありがとう!」
「二十六歳の誕生日、おめでとう」
「本当にありがとう」
「来年の真綾の誕生日は、恋人としてお祝いさせてくれると嬉しいんだけど」
拓真くんの真っ直ぐな眼差しに、またしてもたじろいでしまう。彼に呼び捨てにされることもなんだかむずがゆくて、ようやく追い出せた緊張感が戻ってきた。
「あの……名前なんだけど……その、拓真くんに呼び捨てにされると、ちょっとだけ違和感があるっていうか……」
「そっか」
眉を下げた拓真くんの顔が寂しげで、なんだか罪悪感に似たものを抱いてしまった。
「でも、やめないよ」
ところが、そんな私の心情なんてお構いなしに、彼は悪戯に笑う。
「真綾のことを特別な女の子だって思ってから、恭也が真綾を呼び捨てにするたびに嫉妬してたんだ」
「し、嫉妬って……! だって、恭ちゃんは幼なじみだし……。それに、上役が社員の名前を呼び捨てにするのって、よくないかなって……」
「それはわかってるよ。でもその上で、俺も真綾って呼びたい。心配しなくても、職場でヘマしたりしないよ」
ゆるりと微笑む様が、妙に色っぽい。
「ただ、真綾に嫌われるくらいなら我慢する。……本当にダメか?」
我ながら社交的な性格だと思うし、コミュニケーション能力だって低くはないと自負している。学生時代には接客業のバイトをしていたし、今までに異性から何度かされた告白もいつだって上手く断ってきた。
「え……その、ダメってわけじゃ……」
それなのに、拓真くんに眇めた目で見つめられてしまうと、思うように言葉が出てこない。わざとらしいほどに甘い空気を纏う彼は、それでいて強引すぎないから、強く言うこともできない。
なにより、拓真くんに呼び捨てにされることが嫌でもなければ、私が彼を嫌うこともないから、とても厄介だ。
「でも、そんな風に訊くのはずるいよ……」
「もっと困ってよ。そうやって俺を意識してくれないと、真綾は俺に堕ちてくれそうにないから」
困惑する私に、拓真くんは嬉しそうに瞳を緩める。
意図せずに甘やかな雰囲気に戻った彼とのひとときは、私の心を強く摑んで離してくれそうになかった――。
* * *
それからというもの、拓真くんは毎日欠かさず連絡をくれるようになった。
この数か月は月に二、三度会うくらいだったのに、彼のペースに巻き込まれてしまっているせいで、最近では必然的に週に数回は会う仲になっている。
事あるごとに私を誘ってくる拓真くんは、いつだって戸惑う私を捕まえるのがとても上手くて、誘いを断らせない。
しかも、それでいてすぐに甘い空気を漂わせてくるのだから、彼は本当にずるい。
「とてもお似合いですよ。お顔が小さい上に色白でお肌も綺麗なので、こちらのお色がよく映えますね」
笑みを浮かべたのは、フランスに本店がある化粧品ブランドの美容部員。
世界的にも有名なラグジュアリーブランドだけあって、リップ一本でもなかなかに高価だけれど、それゆえに大人気で、価値も世間の評価も高い。
そんなわけで、拓真くんから『今日は敵情視察だ』と誘われた私は、大好きなブランドが目的地だと知り、うっかりウキウキしながらこの場に来てしまった。
カウンターで彼が選んだ口紅をタッチアップしてもらったあと、発色がよくツヤのある仕上がりになった自分の唇を見て、つい笑顔になる。リップケースのデザインの可愛さにはもちろん、ピンク味のあるコーラルカラーにもときめいてしまった。
(これ、めちゃくちゃ可愛い! 自分でも似合ってるってわかるくらい、しっくりきてる! すごく欲しい! けど……やっぱりお高いんだよね……)
すっかり拓真くんのことをそっちのけで鏡に見入る私の隣で、彼が微笑ましいと言わんばかりに目を細めているのが鏡の隅に映っている。
「彼女さん、よくお似合いですよね?」
「よく似合ってますね。せっかくなので、これと同じものをください」
拓真くんの言葉に「えっ!?」と目を丸くすると、彼は「いいから」と瞳を緩める。
美容部員は「ありがとうございます」と満面の笑みを浮かべ、タッチアップしてもらったものと同じ口紅をラッピングした。
職業柄、担当したお客様が購入してくれることが自分自身への成績に繫がるのは、よく知っている。売上が伸びるのが、どれだけ嬉しいことなのかも。
「はい、どうぞ」
だから、この空気の中で『いらない』とは言えなくて、拓真くんが手際よくお会計を済ませて差し出してくれたそれを受け取ってしまった。
「……ありがとう」
「真綾によく似合ってたから、俺がプレゼントしたかっただけだよ」
彼から『タッチアップしてもらって』と言われたときには、てっきり敵情視察のためだと思っていたのに。満足そうな面持ちを向けられて、〝敵情視察〟そのものが大義名分だったのだと悟る。
お店の前に停めていた車の助手席に誘導され、左側に座った拓真くんを見る。すぐに私の視線に気づいた彼は、「どうした?」と首を傾げた。
「拓真くん、敵情視察って噓だよね?」
「別に噓じゃない。後学のためだし、今日見たことはちゃんと仕事に活かすよ」
拓真くんはにっこりと笑ったけれど、それが口実かどうかくらいはわかる。
仕事に活かす気があるのは噓じゃないとしても、思い返せばタッチアップを勧める前には、私の唇を見ながらカラーを選んでいた。そもそも、敵情視察だったはずなのに、彼は最初から口紅しか見ていなかったということも思い出す。
「真綾も俺も楽しんでたし、お互い仕事にも活かせるんだから、いいこと尽くめだと思わない? それに――」
私を真っ直ぐ見つめてきた拓真くんが、ゆるりと瞳を緩める。
その意味深な表情に思わず身構えると、彼がおもむろに手を伸ばして私の顎をするりと掬い、そのまま親指で唇をそっとなぞった。
「口紅をプレゼントしたのは、〝唇にキスしたい〟って意味でもあるんだよ」
澄んだ碧眼が私を映し、美麗なかんばせには魅惑的な笑みを湛える。まるで誘惑するかのような仕草に、私の胸の奥は大きく高鳴った。
「……っ!」
ドキドキと脈打つ心音と緊張に邪魔をされて、上手く声が出てこない。
「いいね、そういう顔。俺に翻弄されてる真綾は、すごく可愛い」
ゆるりと瞳を緩められて、胸がきゅうっと締めつけられる。甘苦しさに、息が止まりそうになった。
この感情は恋じゃない……と思うのに、鼓動は一向に収まりそうにない。
平静も纏えずに、ただただ戸惑っていた。