書籍詳細
婚約破棄しましたが、御曹司の愛され新妻になりました
あらすじ
「君は俺の妻だ」極上旦那様に徹底的に愛を教え込まれて…
親に紹介された婚約者の浮気を知った寿々は、両家の顔合わせの日に初対面の男性・昴生に咄嗟に助けを求める。二人で恋仲のふりをし、婚約者の不貞を突きつけ結婚話は流れるが、昴生は寿々を「本気で妻にする」と宣言。交際期間0日で始まった新婚生活で「君の全ては俺のものだ」と愛を囁かれ、寿々は身も心も彼のものになりたいという想いを募らせ…。
キャラクター紹介
蕪木寿々(かぶらぎすず)
衣服の製造業、流通業で広く知られている『天神ホールディングス』の社長の箱入り娘。
榛沢昴生(はるさわこうせい)
世界進出を果たすアパレル会社『ハルユニバース』の副社長。容姿端麗で親しみやすい性格。
試し読み
「昂生さん、お帰りなさい」
「ただいま。……そうか、寿々は夕食の準備と並行に、英語の勉強をしてたんだな」
こっそりと取り組んでいたことがバレて、寿々は恥ずかしくなる。頰が紅潮してきたので、昂生の抱擁から逃れようとしたが、彼は腕の力を抜かない。
「昂生さん?」
寿々は昂生の様子が気になり、少しずつ首を回して振り返ろうとする。
直後、寿々の肩を摑んだ昂生に向かい合わせにさせられた。彼は寿々の腰に手を滑らせ、顔を覗き込むようにして軽く上体を倒す。
「妻が俺のために頑張りながら料理する姿に、こんなにも心を奪われ、ときめくとは思いもしなかった」
「どうして? ……あっ!」
寿々を抱く手に力が入り、ぐいっと昂生の方へ引き寄せられる。その行動に驚いた寿々は目をぱちくりさせ、昂生の胸に手を置いた。
「愛する奥さんが夫のために一生懸命作ってくれてるんだ。惚れ直さないわけがない」
昂生は寿々を見つめて口元をほころばせる。
いつもと変わらない優しい眼差しだが、どこかいつもと違う。瞳の奥にある輝きが増し、真っすぐに寿々の胸の奥に射し込んでくる。
引き寄せられるように昂生を見つめ続けていると、彼の笑みが広がっていった。
その柔らかな顔つきに、寿々の体温が一気に上昇する。エアコンが効いて涼しいのに、ほんのりと手のひらが汗ばんできた。
スーツを汚さないよう、心持ち身を反らして離れようとするが、そうする前に、昂生が寿々の額に自分の額を擦り合わせるように距離を縮めた。
「ありがとう、寿々」
昂生の声がかすれる。その声音と吐息でくすぐられ、寿々の身体が震えた。
「寿々、顎を上げて」
昂生がこういう風に言う時は、寿々にキスしたい時だ。
それをわかっているせいか、自然と寿々の喉の奥が詰まり、喘ぐような息が漏れる。
「寿々……」
もう一度名前を呼ばれて顔を上げると、すぐに彼に唇を塞がれた。
「ンっ……」
迸る熱情に、寿々はくらくらしてしまいそうになる。それでもその場に崩れ落ちなかったのは、昂生がしっかり寿々を抱いてくれていたからだ。
まるで大切な宝物のように腕を回し、そこから一つ一つ何かを取り出すみたいに甘く唇を挟む。
これまではそうされると逃げ出したくなっていたのに、今では身が震えても何かがほしくて、心がざわつくのを抑えられない。
寿々は艶っぽい息を零しながら、昂生の口づけを受け止めた。
以前は呼吸のタイミングを知らないせいで、キスされるたびに窒息しそうになったが、最近は彼のキスに合わせて息ができるようになった。彼が呼吸の仕方、そのタイミングの取り方を教えてくれたのだ。
特に、昂生を真似て彼を追いかけると、息遣いが楽になった。でも逆に、寿々の体内で渦巻く想いが増幅されていく。
もっと昂生に求めてほしい──そう思うほど、キスされることに抵抗がなくなっていた。むしろこの行為に、幸せを感じた。
夫の手で守られている、必要にされていると……。
「……っんぅ」
心地いい温もりに浸りながら昂生の胸に置く手に力を込めた時、昂生がちゅくっと音を立てて顎を引いた。
しかし、この甘いひとときをまだ感じていたいとばかりに、寿々を抱く腕を下ろそうとはしない。
「最初に比べて、キスが上手くなった」
耳元で囁かれて、寿々の顔が真っ赤になる。
「私……」
何をどう言えばいいのかわからず、口籠もってしまう。
そんな寿々を、昂生がぐいっと彼の方へ引き寄せた。下半身がぴったりと触れ合い、彼の体温のみならず、大腿の逞しさも伝わってくる。
「もっと教えてあげよう。キスだけでなく、この先ももっと……」
それを約束するように、昂生が寿々の頰に軽く唇を落とし、ゆっくりと顎へと移動してくる。
寿々が息も絶え絶えに天を仰ぐと、昂生の熱い唇が首筋に落ちた。そこを吸われた途端、上体がビクンと跳ね上がる。
昂生の上着をきつく握り締めるのに合わせて、彼が頭を上げて、寿々の鼻筋を指で撫でた。
「まさか寿々のいろいろな顔を見られるなんて。今日は早く帰ってきてよかった」
寿々は昂生の話を頰を染めながら聞いていたが、途中で頭の中で疑問符が飛び交う。
早く帰ってきた? ……あっ!
今夜の予定を思い出した寿々は、昂生の腕を摑んでぐいっと引っ張った。
「うん? どうした?」
寿々の目を見つめた昂生が、軽く小首を傾げる。
「あの、疲れてますか?」
「大丈夫だ。早く帰ってこられたのは、それほど忙しくなかったからだよ。それよりどうした? 何か……俺に相談ごと?」
「あの、今日近くで納涼祭りがあるんです」
さらに、河川敷で花火も打ち上げられる話を続けた。
「もし、疲れていなければ……気分転換をしに行きませんか?」
「それって、デート? 俺と一緒に行きたいって、誘ってくれてるのか?」
ずばり言い当てられて、寿々は恥ずかしくなる。
自分から男性を誘ったこともなければ、デートすらもしたことがない。そのため、どういう誘い方がいいのかわからないが、寿々は小さく首を縦に振る。
刹那、昂生が寿々の腰に回した手に力を込めて持ち上げた。
「きゃっ!」
なんと抱いた状態でぐるぐると回転し始めたのだ。アイランドキッチンは広いが、ここには刃物もある。
「昂生さん! あ、危ないですから!」
寿々が懇願すると、昂生は静かに止まって寿々を下ろした。
「まさか、寿々からデートに誘われるとは思っていなくて」
昂生の頰がほんのりピンク色に染まる。それぐらい寿々の誘いが嬉しかったのかと思うと、自分の胸にも温かいものが満ちてきた。
「じゃ、シャワーを浴びてきてください」
「そうだな。スーツを脱いで動きやすい服に着替え──」
「いいえ。そのままで出てきてください」
「そのまま? ……何? 寿々は俺の裸が見たいのか?」
「は、裸?」
素っ頓狂な声を上げる寿々に、昂生がにやりと頰を緩めた。寿々を誘惑するように腰に置いた手を背中へと動かし、ちょうどブラジャーのホックのあたりをたどる。
寿々は慌てふためきながら、昂生の胸を手で押し返した。
「違います! えっと……下着はきちんと着けてください」
「……わかった。奥さんの言うとおりにする。さっさと浴びてくるよ」
昂生は寿々の頰にまたも唇を落とすと、背を向けてキッチンを出ていった。
寿々はさっと両手で頰を覆い、瞼を閉じる。
「どうにかなってしまいそう!」
昂生の積極的な触れ合いに多少慣れたとはいえ、寿々の胸の高鳴りは収まるどころかどんどん大きくなる。
それを鎮めるために何度も深呼吸をし、身体にまとわりつく熱を冷まそうと手で顔を扇いだ。
そうして少し落ち着くと、寿々は調理の途中だったものを冷蔵庫に入れて、キッチンを片付けた。
その後、ウォークインクローゼットに置いてある二人分の浴衣一式を持ち、自分の部屋へ向かう。
簡単に髪の毛をアップにし、ルーズ感を出してまとめる。続いて姿見の前に立ち、自分の浴衣を身に着けた。
生成り色の生地に流水紋と金魚をあしらった浴衣はとても大人っぽく、黒地に織り模様が入った兵児帯ととても似合う。
「うん、大丈夫だね」
準備を終えた寿々は、昂生を待つために廊下に出る。ちょうどその時、バスローブを羽織った昂生の後ろ姿が目に入った。
「昂生さん」
寿々に呼ばれて、さっと昂生が振り返る。
途端、昂生が呆然としながら寿々の浴衣姿を舐めるように見つめた。
「寿々? ……浴衣?」
寿々が手で口元を覆って照れを隠すと、少しずつ昂生の顔が輝き出す。
「もしかして、浴衣を着て?」
「はい。昂生さんの浴衣もあるんです。それで〝そのままで出てきてください〟って言ったんです。こっちに来てください」
寿々は昂生を自分の部屋に招き入れ、彼を姿見の前に立たせた。自分は膝を突き、彼のバスローブの紐をほどこうとする。
しかしそこで、ぴたりと手を止めた。
もしこの下が下着一枚だったら? ダメ、まだそういう姿を見る準備ができてない!
寿々は火傷でもしたかのように手を引き、昂生のために作った浴衣を手に取る。
下を向いたまま、涼やかなグレー色が目を引く、小千谷縮の麻布織り浴衣を昂生に手渡した。
「これを羽織ってくれますか」
「……ああ」
そう言った直後、頭上から昂生の忍び笑いが降ってきた。全てを見透かされた気がして、寿々の手が震える。咄嗟に帯を摑んでそれを隠した。
しばらくして、昂生の足元に落ちたバスローブとグレー色の浴衣の裾が、寿々の目に入る。羽織ったとわかり、寿々は顔を上げた。
「とてもいい柄だ」
昂生は腰のあたりの生地をしっかり摑んで前がはだけないようにしながら、浴衣の柄を見る。その表情が、生き生きとしたものに変わっていく。
寿々が作った浴衣を気に入ってくれたようだ。
「いつ用意した?」
「嫁ぐ前に母に言われて」
「あの忙しい時分に!? ……俺のために作ってくれたのか」
「ええ」
寿々は返事するが、それ以上は何も言わず、昂生の腰に黒帯を巻いて結びを貝の口にした。
「どうですか?」
「うん、いい感じだ!」
昂生は帯に手をあて、姿見に映る浴衣姿をいろんな角度から眺める。本当に喜んでくれているみたいだ。
寿々は立ち上がり、貴重品を入れたかごバッグを手にする。
「浴衣デート……。初めてだよ」
「私もです。というか、デートすらも初めてですけど」
実は手島との結婚が決まったあとでも、彼とはどこにも出掛けていない。父は彼と一緒なら喜んで門限を延ばすと言ってくれたが、彼は父を気遣って家に来てくれた。
でも今思うと、寿々と一緒に出歩きたくなかっただけなのかもしれない。
あの写真の女性──晴美という女性がいたから。
それで良かったのだ。昂生とすることは、寿々にとって何もかも初めてがいい。彼の全てにドキドキしたい。
ふっと口元が緩んだ時、昂生が寿々の指に指を絡ませてくる。振り返ると、彼が寿々を愛しげに見下ろしていた。
「俺は君にとって、初めての男なんだな?」
「……はい」
「これからいろいろな経験をさせてあげる。他の男には絶対与えない。君の全ては俺のものだ」
昂生が約束すると伝えるように、寿々の指を優しく弄ぶ。
相手の心に訴えるその触れ方に、寿々は幸せな気分になっていく。
「さあ、デートに行こう」
寿々はにっこりして頷いた。